日本国
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煌煌と輝く月光はスポットライトのように、きめ細かい彼女の頬を照らす。
あの後からまだ目が覚めない、静かに寝台に横たわる愛おしい人。
触れていいものか躊躇したが、指先に触れた黒髪はこの状況に似つかわしく無い程さらりと心地よかった。
まだ見慣れない、荒く切られた髪はきっと、整えると肩口まで届かなくなるだろう。それが悔しくて、彼女が起きた時に、なんて声をかけていいかが分からない。
「……それでも、早く起きて。
またオレに約束をさせてよ」
今度は絶対に破らない。守るから。
もう意固地になるのはやめる。
君はどうなっても君である事に変わりはないと知っていたはずなのに。
拒むのはもうやめるから。
懇願するように出てきた言葉は、目の前の彼女には届かない。寝ているのだから、聞こえてるはずもない。
ふ、と馬鹿らしくなって笑ってしまう。
ーーーーけれど、今まで静かに眠っていた彼女の瞼が、ゆっくりと開いた。
『ーーーーおはよう、ファイ』
「…っ、メイリンちゃん?」
『ふふ、私以外のなにに見えるの?』
優しく笑う彼女は、間違いなくオレの知っている“メイリンちゃん”だった。
月の光を帯びたガーネットの瞳は真っ直ぐオレを見ていた。
「記憶が、戻ったの…?」
『えぇ。アシュラ王がね、私の体に魔力を注いで、手助けをしてくれたみたい』
寝台に座る際に警戒心なく触れてきた手のひらから、まだ王の暖かさが残っていた。
『…アシュラ王は、優しく笑っていたわ。
まるで父親のように。あなたをよろしく頼むと言って』
「そ、う………」
『命というのは、重いものね。笑って逝かれたら、尚のこと残された側はそれを背負わなければいけない』
「それでも、置いていきたくないから」
『そうよね。置いて、忘れる方が辛いから。重くても持って行かなきゃ』
思い出すのは、ファイのこと。王のこと。
目の前の彼女は、誰を思い出しているのだろうか。考えが顔に書いてあったのか、くすりと笑って遠くの月を眺め口を開いた。
『…あの子、千鶴って名前なの』
「?」
『あの子よ。私は〈前のわたし〉って呼んでたけれど』
その言葉に蘇るのは、全てを忘れたもう一人のメイリンちゃんの姿。髪をおろして、優しく微笑み、いつもオレ達に気遣ってばかりだった、あの子の姿。
『私と同じような啖呵を切って、私のかっこいい所をを最前列の特等席で見るんだ!って、背中を蹴飛ばして応援してくれたわ』
「………オレも彼女に一度殴られたっけ」
『記憶をなくしたままでも喧嘩っ早かったのね…。あの子の選択次第では、私は今ここでこうしていない。あの子自身が、また千鶴として生きれる道もあったのに。
それでもまた私にチャンスをくれた。
そんなの、背負っていくしかないじゃない』
笑ってそう言うメイリンちゃんは、東京で目を覚まさなくなった時とは、雰囲気が少し違った。全てを思い出して、成長したのかもしれない。
『…そ、それはそれとして!
ファイ!黒鋼とは仲直りしたの!?』
「え、あ、…今知世姫と話してる所だから、メイリンちゃんの顔見てから、あの人の所に行こうと思って。
というか、やっぱり記憶ない時の意識はあったの?」
『それなりにね。
あなた達がギクシャクしてることは知ってたし、大変だって千鶴から聞いてたから。
まだならすぐに行ってきなさい!』
「いや、もう少しメイリンちゃんと話を…」
『そんなの後でいくらでも話してあげるわよ!そ、それに………』
徐々に頬が赤くなっていき、かけていた布団に顔を埋めて消え入りそうな声で何かを言っている。
「どうしたの?」
『……ぅ、だから!こんな髪もボサボサでお風呂に入ってない状態を、あんまり見られたくないの!久しぶりに話すなら、ちゃんとした格好がいいのよ!!』
気付きなさいよ、と真っ赤になって悪態を突かれるとなんだ笑いがこみ上げてくる。
我慢できず声を上げてしまい、枕を投げられた。
『もう!もう!!早く行きなさいよ!』
「うん、それじゃあ後でね」
くすくすと笑いながら押されるようにして、部屋を出る。
少しばかりの約束を、もうしてしまったことに心が弾み、嬉しくなった。もう、破ったりしない。守るんだ、と新たに決意した。
月明かりを頼りにあの人の部屋へ訪れる。
ーーーーーーーー
ファイが部屋を出て行った数分後、今度は知世姫が現れた。
ご存知かと思いますが、と枕詞をつけて今の状況、事のあらましを説明してくれた。
ここは日本国、白鷺城。黒鋼のいた世界。
彼は腹に大きな穴と、片腕を失い息も絶え絶えにこの世界へ移動してきた。そして、先程意識を取り戻した、と言う事らしい。
「…と今は、このような感じでしょうか」
『変わっていなくて、よかった』
私が介入した事によって、黒鋼の容態やサクラの安否が変化しているかも知れないと不安だったけれど、それは杞憂に終わった。
私は、生まれ変わる前や前世での記憶と、後〈原作の記憶〉も取り戻した。それが意味するのは、ひとつ。
『やっぱり、私は介入してはいけない』
今までは何とか見えざる力の修正が働いていたのかもしれないが、今はもう分別がつく。それに、私が介入したことによって今後、どうなるか分からない。
『…知世姫、』
「お気持ちは分かりますが、一先ず髪を整えて、湯浴みを致しましょう」
『あなたが私に優しいのは、根本からなのかしらね』
鈴のように笑う小さな女の子に、ピッフル国と友枝にいた優しい笑顔の強かな女の子を重ねた。取り敢えず切りますか、と取り出された鋏に冷や汗を垂らしながら。
(春の匂いが頬をかすめる)