セレス国
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体が、意識が徐々に水面へ向かって浮かび上がる感覚が、指の先から伝わってくる。
キラキラした記憶の欠片が私を通り過ぎていく。
小狼に無理を言って婚約者になってもらった事、クロウカードを集めに行くと言った彼を見守るために私も来日した事、この世界では初めて行く日本にドキドキそわそわした事、友枝小に通える事になって、初めて見る私の憧れの存在に心臓が止まったように感じた事、神社、マラソン、スケート、いちご狩り、香港へ帰ってからもたまに遊びに行く日本はとても楽しくて、大好きだった。
そして、旅に出た。そこからも色々あった。大好きな人が増えた、思い出が増えた。大切な人を亡くしたり、楽しいばかりじゃないけれど、無くしたくない思い出が増えた。忘れたくない言葉をいくつももらった。
きっとこれからも増え続けるだろう。
だから、帰りたい。あの人達のところへ。
ーーーーーーーー
ファイの体から光が溢れ、世界に黒の文様が張り巡らされる。床にも、壁にも、空にも。
まるで包むように、檻のように囲うそれは、ファイにかかったもう一つの呪い。
曰く、“砂漠の姫を連れておまえがこのセレスへ戻り、王を自ら殺すのが出来なければおまえの意思とは関係なく発動する”
ファイの魔法で世界が閉じる、呪い。
唸るような地響きがなる。それがまるで世界を閉じる合図のように。
「出るぞここから!!」
「無理だ…みんなは…。
……オレの魔力は、使えば使う程強くなるものじゃなかったみたいだ」
息が上がるファイの口から、ぼたぼたと血が流れる。傷なんて山ほどあるが、それに起因したものではない大量の血が流れ出す。
「おそらく、魔力を使う程オレは…死に近づいている」
「な……に…」
「けれど、まだ…魔力は残っている。
小狼君、サクラちゃんとメイリンちゃん、モコナを離さないで」
小狼はその言葉に従い、抱いているサクラとモコナ、近くで気絶しているメイリンを背中に担いでぎゅっと耐えた表情をしていた。
けれど、何かに気がついた黒鋼は声を荒げた。
「何をするつもりだ!」
「ここから…出る」
光を帯びたサファイアブルーは、もう虚ろではなかった。スッと指を立てて最期の力を振り絞って呪文を描く。描いた呪文は、帯のように小狼達や黒鋼に巻きついた。
小狼達は魔法によって姿を消したが、黒鋼は戸惑いの表情のまま目の前に立っていた。
弾かれるように呪文の帯が消えて、その反動でまたファイは血を大量に吐き出す。
「どうした!?」
「足りない…魔力が……」
全員をセレスの檻から脱出させるだけの魔力は、もうなかった。それは先のアシュラ王との戦いもそうだが、写身の小狼に奪われた片目が大きな原因だった。ファイの美しい瞳は魔力の源。それが片方無いのだから、負荷は想像以上のものだった。
檻の外へと逃がされた小狼は、激しい動揺が渦巻いていた。そんな中、モコナが途切れ途切れに小狼の名前を呼ぶ。
「モコナのお耳の飾り……とって…」
「!?」
「もう一人のモコナが、今夢で教えてくれたの…お願い…」
よく分からないが、小狼は言われるがままにモコナの耳についた赤い石の耳飾りを取った。その耳飾りから激しい光が差し、もう随分小さくなった檻に一つ人が通れるほどの、穴を開けた。
黒鋼はそこから出られたが、ファイまでは出られない。魔法具の耳飾りを持ってしても二人は通れなかったのだ。
小狼がギリっと奥歯を噛みしめる。誰かを諦めないといけない、そんな選択は嫌だった。
すると、後ろからか細く拙い声が聞こえた。
『…しゃお、らん』
「!起きたのか!?」
『う、ん。……あのね、私をあそこまで、あの二人の、ところへなげて、』
「けど!!」
『だいじょーぶ。絶対、大丈夫だから』
「…あぁ」
弱々しい笑みを浮かべるメイリンを、小狼は勢いよく投げた。
ひらひらとなびく黒い髪が、まるで手を振っているようだった。
ーーーーーーーーーー
唸る地響きが聞こえ、堪え難い焦燥感と選びたく無い選択肢があることに気がついた。
眠っている場合じゃ無い。
ここで、もし失ってしまうようなことがあったら、私は一生後悔する。そう思うと、なにかが私に呼びかけてきた。
〈彼らと共に、生きたいですか?〉
誰だか分からないけど、なにを今更当たり前のことを聞いているの?
〈では、その髪をあの檻に置いて行ってください。それには貴方の母君とあの魔術師の魔力が込められている〉
『…ははッ、上等じゃない』
私は気がつくと背負ってくれていた小狼に、檻まで投げてと頼んでいた。せっかくファイが出してくれたのに、と小狼の琥珀の瞳が訴えていたがそんなの知ったことじゃ無い。あの人の犠牲で永らえた命なんて、きっと後悔するだけに使ってしまうから。
投げられた浮遊感が襲ってくる。それに合わせて、ファイが私を見て目を見開いた。黒鋼も吃驚した表情を向ける。けれど、彼も分かっているようだ。
『先にこれ、借りるわね』
「…あぁ」
片手に持っていた蒼氷を借りて、束ねた髪にそれを充てがう。力を込めると綺麗に、とまではいかないがザッと音を立てて私から離れていく。
さようなら、〈李苺鈴〉。
私はもう、あなたになろうとした日々は捨て去る。切り落とされた髪は、ハラハラと檻の中に落ちていく。
使い終わった蒼氷を黒鋼に戻すと、奴は躊躇なく腕を片方切り落とし、私とファイを檻から引きあげた。
蒼氷と、黒鋼の腕、そして私の髪を残してセレスから脱出し、逃げ込むように新たな世界へと
飛び立った。
(生きるべきか、死ぬべきか)