セレス国
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
死んだ先なんて、信じてなかった。
来世なんて、信じてなかった。
本当に生まれ変わって、願いを叶えられるんだ。もう、今日のうちから明日に絶望しなくてもいいんだ。
暗闇の中。時計の針が、チクタクと聞こえる。鐘がなったら、わたしは生まれ変わる。
この輪廻からも脱せる。もう鳴る事もなかった心臓が、とくんとくんと期待の鐘をいち早く鳴らしている。
あと、少しで、鐘が…ーーーー。
その時、悪魔が囁いた。
“お前の望みは、本当に幸せな来世か?”
“本当はなりたいのだろう?
強くて、凛々しく、可愛らしいあの子に”
聞かなくてもいいはずのその声は、否が応でもわたしの頭に響いて、耳にへばりついて離さない。可愛らしい、あの子。
元気で、勇敢で、友達や家族からも愛されて、素直で、優しい、桜並木を走る女の子。
憧れだった、あの子を思い描いた。
“その願い叶えよう”
『待っ…!』
“願いには、それ相応の対価を。
おまえの記憶の一部をいただこう”
“そして、おまえに呪いを授ける。
おまえは、いつか全てを忘れる”
“自らそう望み、全てを、無くす。
これは、呪いだ”
ゴーンゴーンと、始まりを知らせる運命の鐘は鳴る。じわじわ絶望に染まる視界には、もう何も映らなかった。
そうして囁く悪魔に魂の行き先を捻じ曲げられて、わたしは、私は〈李苺鈴〉の役割を担い転生することになった。
ーーー誰とは言わないあの子になった。
ーーーーーーーー
『……そう、だ。私が、私が願ったんだ。
私が、あの子になりたいと…』
膝がかくんと力なく折れた。乾いた笑みは静かに、よく響く。
つまりは、私が選んで私が進んできた事だったのだ。本来の〈李苺鈴〉を奪って、自分の無力さに嘆いて、自らイレギュラーになったんだ。とんだ喜劇、とんだ茶番である。
『立ってください』
『……でも、』
『立ちなさい。わたしに、素敵で無敵なかっこいい所を、最前列の特等席で見せてくれるんじゃなかったんですか?』
ぎゅっと、握り締められた手のひらが熱い。
横を覗き見ると、同じ顔で、でも別の志を持つ強い瞳が涙であふれていた。あふれているのに、零す事はない。ふるふると、堪えているその表情に、情けなくなった。
この子には、発破をかけられてばかりだ。
『そう、ね。
………そんな大それた事はひとっっ言も言ってないんだけれど!
私はこれで全て思い出した。もう忘れたいなんて泣き言言ってやらないわ』
『っはい!』
私の決意が固まった事に反応したのか、新たな白の扉が現れた。今度は二人で入るには狭すぎるサイズのもので、そのサイズが意図する事も何となく察せた。
ごしごしと荒っぽく目に溜まった雫を拭うと、私らしくない目元を赤らめてにかっと笑う隣の少女。この子には、色々迷惑も心配もかけた。
なんと声をかけるのが正解なのか、未だに分からないけれど、目線を合わせて最後にきゅっと手を握り締めた。
『…メイリンさん、わたしね。
あなたの名前で呼ばれて、あなたと区別されるのが苦手だった。あなたの名前を呼ぶ、他の人の瞳が怖かった。突然向けられる優しさが痛かった、不自然に思えた。
それはわたしのモノじゃないのに、わたしが使って当然だと他の人は言うのが嫌いだった。だからわたしはわたしだけのモノを欲したの』
『えぇ、』
『それが、やっと見つかった』
少女は先程拭ったのにまた目元に涙をためて、ゆっくりと微笑んだ。
血色の良いふっくらとした唇を優しく、愛おしいもののように紡ぐ。
『わたし、名前があるんです。
『ーーーー…そう、千鶴。いい名前ね』
『はいっ』
目を細めて花が咲くように笑うと、少女ーー千鶴の涙は零れ落ちた。
その暖かな雫をそっと指の腹で掬って、撫でるように拭う。そうして一度だけ、言葉にならない声で「ありがとう」と言った。
ーー名残惜しいけれど、もう行かなくちゃ。
『それじゃあ、行ってくるわ。
私の超絶かっこいい所を、最高最前列の特等席でしっかり見てなさいよ!!』
『……は、いっ』
勝手に開いた扉に踏み込む。光が溢れていて眩しいけれどもう振り返らない、忘れたいなんて言わない。甘いも苦いも辛いも全部抱えて、あの人達と生きて行くんだ。
あの子に、かっこいい所を見せるんだから。
(千の願いを込めた鶴)