セレス国
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ぱちり、と目が覚める。
見渡すといつもの、暗い海の底のような夢の中。わたしの…、いやメイリンさんの夢の中。ぼこぼこと膜の外側で鳴る水の音が心地いい。けれど、ここから出なければいけない。わたしは、その為にここに来た。そう心から思えた。
『…メイリンさんを、探さないと』
今外で大変な事になってるって。
大切な人の、大事な時が来たって、伝えないと。水の抵抗で足取りが重い。
水面からの、朧げな光を頼りに見渡す。
すると、ちらりと綺麗な欠片が視界に移った。そちらへ行くと、また少し先に同じような欠片がふよふよ浮いている。それがゆっくりと続いて、道標になっていた。
欠片の道標をたどっていくと、やはりいた。
彼女だ。
煤けたワンピースを着た、長い黒髪の女の子が、顔を突っ伏して蹲っている。
『探しましたよ』
『…また、あなたなの?』
『また、わたしです。
ほら、帰りましょう?皆さん、あなたの事すっごくすっごく待ってますよ』
『私は忘れたいと、思ってしまったのよ?
もう、私が帰る場所はあそこじゃないわ』
『でも、あそこはわたしがずっと居るべき場所でもない』
だから、帰りましょうと手を差し伸べても、その手が見えないのか、見て見ぬ振りなのか一向に反応がない。
皆が、今大変なのに。急がないと、本当に壊れてしまうかもしれないのに。
その焦燥感が、わたしを突き動かした。
丸くなっている彼女の背中に、あまりに慣れない形で蹴りを入れた。
『………は?』
『いい加減にっ、して!!
帰りたいんでしょ?会いたいんでしょ?声をかけたいんでしょ!?だったら帰ればいいでしょーが!申し訳ないとか、罪悪感とか、自分への嫌悪感とか後回しにして!!』
『……』
『わたしも一緒に行ってあげるから!』
再びその呆けた顔の前に手を差し伸べると、まん丸のガーネットの瞳は細められてくしゃっと笑った。声を上げて。
美人は笑うと綺麗、というが何とも豪快な笑い声だった。
『いや、あの、ちょっと?』
『……はぁー、ごめんなさい。やっぱり同じなのねと思って。啖呵の切り方とか、沸点の低さとか、私そっくりね』
『そう、ですか?』
『そーよ』
彼女はそう言って、差し出したわたしの手を掴み立ち上がった。初めてきちんと見たその姿は、やっぱり鏡の中のわたしと同じで。
けれど、その自信たっぷりの瞳や眉、勝気に上がった口角も、しなやかに伸びる白い手足も、水流に沿う髪も。全て、鏡で見るわたしなんかより、“しっくり”きた。
彼女が、李苺鈴だ。
『さて、それじゃあ此処を出るのだけれど。その前に、一つ確認ね』
『はい?』
『私が此処を出る、って事は“全てを思い出す”事になる。そうなると、“何も知らない”あなたは消える。それでもいいの?』
真剣な眼差しで、わたしを見つめる。
そこにはあるはずが無いと思っていた、不安、心配、慈愛が混ざりあっていた。呪いの副産物であるわたしを、本来なら居なくて当然のわたしを、心配してくれているのか。
なんて、困った人なんだろう。モコナや他の人が言っていた通りだ。わたしは、一つくすりと笑い、答える。
『何を言ってるんですか?
……わたしには何もない。力も知識も経験も。そんなわたしが、時間をかけてあなたになった。血の滲むような、汗塗れの日々だったんだろうと想像します。そして、尊敬しますし、憧れました。
そんな憧れの人の活躍を、わたしは見たいんです。大好きなみなさんに、返してあげたいんですよ』
『………そう。
なら、特等席で見せてあげる』
笑い合う二人が、同じ大きさの手を繋いだ。
深い海の底に差すことのない、灯りが道のように続く。進め、と言うことなのだろうと二人はしっかりと進んだ。
少し進むと、目の前に大きな白い扉が現れた。扉を守るように立っていたのは、ガーネットと名乗った男だった。
「やぁ、オメデトウ」
『……ここが、最後の記憶?』
「あぁ、この扉で最後だ」
『……』
『やっぱり怖いですか?全てを知る事に、怖気づきました?』
『ハッ、言ってくれるわねぇ〈前のわたし〉』
『…ゴメンナサイ、調子に乗りました。美人顔で凄むのやめて』
空気に飲まれない会話に、小さく笑ってしまう。ぎゅっと繋がれた手を互いに握り、ガーネットに開かれた扉に、どちらからともなく足を踏み入れた。
ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
死んだら人は、天国か地獄に行くと思っていた。けれど、わたしは自殺した。そんな人が、天国へといけるはずもないし、地獄へ行くほど悪いこともしていないらしい。
自殺した者は、輪廻を彷徨うらしい。後悔しながら、苦悩に苦痛に頭を抱えて、永遠とも呼べる輪廻を、彷徨い巡る。
わたしも例に漏れず、彷徨っていた。
これでよかったのか、こんな結末でよかったのか。こんな形で死んでしまっても、もう×××××には会えないのに。
幸せなんて、もう覚えてない。
けれど、その言葉を頭の中で唱えるだけで、懐かしい、古い記憶が掘り起こされそうになる。桜並木を走る、女の子の。あんな風に過ごしてみたい。もう、無理かもしれないけれど、叶えたい願い。
「あら、お客さんかしら?」
『……あな、たは?』
「あたしはこの店の主。名前は侑子。勿論偽名だけれど」
『…みせ、?なんの?』
「願いを叶えるミセ」
長く美しい黒髪と、少し赤みがかった、吸い込まれそうな瞳の女性がいた。
願いを叶えるミセ。なんて、漫画じゃあるまいし、あり得ない。けれど、女性の瞳は嘘を付いていない気がした。それに、わたしとも、話をしている。死んだ、わたしとも。
『本当に、叶えられるの…?』
「えぇ」
『じゃあ、“幸せになりたい”。幸せになって、運命の恋をしてみたいの』
はっきりと口に出した願いは、女性の胸に届かなかったのか、眉一つ動かさない。
「…幸せ、なんて曖昧よ。受け取る側で如何様にもなる水のようなモノ。掬っても掬っても、手の隙間から零れ落ちる程の」
『わたしはただ、毎日温かいご飯を、心から素敵だと思える人と食べたい。暖かな布団で眠りたい。“今日”のうちから、“明日”へ絶望したく無い。…何度も、心を殺すのは嫌なの』
するすると流れる言葉に、自分でもびっくりした。そっか、わたしはこんな事を願っていたのか。こんな事を、ずっと叶えたかったのか。
なぁんだ。
「……いいでしょう。今世では無理だけれど来世なら可能よ」
『それでいい』
「そして、願いを叶える対価も、とても大きいわ」
『……対価。今払えるモノなんて、』
「貴方の大切な人との記憶。いえ、その人の記憶そのもの」
『…大切な人、の記憶』
「けれど、これではまだ足りない。
来世を望む事は、一歩間違えれば魂に傷がついてしまう事だから」
『それでも、叶えたい。
だから、追加で……わたしの
「……」
女性が、固まる。
だんだんと険しくなる表情に、冷や汗が垂れた。
「…死体ね。
それでは余りにも貰いすぎてしまう。こういうものは与えすぎても、奪いすぎても駄目なのよ」
『………それじゃあ、あなたが分割払いにしてくれたらいいです』
「……」
『わたしは生まれ変わる。それは絶対、揺るがない。その時、もしまた願いがあれば今の対価で叶えてください』
「いいわ、その願い叶えましょう」
ため息が一つ漏れ出したかと思えば、なんだか女性の瞳は、暖かなものに満ちていた。
「貴方の来世に、幸多からんことを」
『ありがとう』
「そういえば、まだ貴方の名前を聞いてなかったわね」
『わたしの、名前は…ーーーー』
(貴方の特等席)