セレス国
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ファイさんの攻撃呪文が、こちらへも飛んでくる事はなく、どうやらセレスへ来る前にかけてもらった守護の強化魔法が効いているのだろう。わたしを蚊帳の外に、黒鋼さんとファイさんは互いに攻撃を繰り返す。
氷の攻撃はこちらには届かないが、冷たい風が、頬をかすめる。脳裏には、ファイさんの束の間の優しい記憶が過ぎて行く。
けれど、いつからかだったのだろう。
どこかの歯車が狂ってしまったのは。
ファイさんの魔法の氷の破片が、わたしの頬の薄皮を少しだけ傷つけた。寒さで痛みは鈍くなっているようだ。その所為か、頬に伝うのは暖かな血か涙か分からない。
そんなわたしを見て、ファイさんが一瞬表情を固くしたが、それでも黒鋼さんへの攻撃の雨は止まない。
流れてくる記憶は、痛ましいものが増えた。
セレスの谷に死体が多くあるという。獣かもしれないからと、討伐に行った魔術師や兵士は生きて帰ってこなかった。
思い浮かぶのは、先程城内で見た死体、死体の山。残骸、と言っていい程酷い死に方をした者たちの姿。それが、今のファイさんの記憶と酷似していた。
あぁ、分かった。殺したのは、アシュラ王だったんだ。
『……そ、ん…な』
「君は、優しい子だね」
舞台の上から、まるでわたしに向けて放ったような台詞だった。その細められた瞳は、鈍く狂った色をしていた。
咆哮のように、ファイさんが叫ぶ。
轟々と、竜巻をあげて。稲妻が、風が全部黒鋼さんへ向かっていく。悲鳴だった。
わたしは余波に、身を固めているしか出来ず、声は届かない。わたしの、声は届かない。
けれど、黒鋼さんはその身と刀一つで斬りかかる。煙を巻き上げ、激情を乗せて。
そして、切ったのは記憶の中の片割れだった。パラパラと何かの欠片が降り注ぐ中、ファイさんを地面に叩きつけて低く唸るような声が聞こえた。
「言った筈だ。おまえの過去は関係ねぇとな。それに、俺達にそいつが見せたのがおまえの過去だというなら辻褄が合ってねぇだろ」
「な、………に」
「おまえの魔力が使えば使う程強くなるものなら、使いたいだけ使って更に強くなれば“自分より魔力が強い者を殺す”とか言う呪いは発動しなくなる。だが、さっき視た過去であいつは言っていた」
『……もんよう、を、写せば、消えるまで力が強くなる事を、抑えてくれる…?』
「強くなるのを抑えてどうするんだ、あれがおまえの過去なら、何故おまえはそんな紋章を負った」
それはそうだ。何故負わないといけない。
簡単だ。強くなってしまったら、何か、アシュラ王が困る事があるんだ。
「茶番はいい加減にしろよ。
こんなすぐ綻びが分かる過去見せて、何を企んでやがる」
全てを射殺せそうな眼差しが、アシュラ王へと向く。けれど、そんなものどこ吹く風だと言うように、アシュラ王は涼しげに微笑み、かつんかつんと歩く。
「私はね、願いを叶えて欲しいだけだよ。
約束したね、ファイ。
この国の人々に害をもたらす者は滅する。
それが何者であっても」
「……出来ない。
貴方はあの谷からオレと…ファイを連れ出してくれた。たとえ、貴方にどんな思惑があったとしても、貴方はオレ達に始めて……優しくしてくれた人だった。だから、殺せない…!」
禍々しい濁りを帯びた瞳は、光を宿さない。
かつんかつんと音を立てる足音は、何かのカウントダウンのようだった。
ふと、視界に影が差し、見上げると、その狂った瞳は私を見下していた。
『あ、』
「では、このお嬢さんを退場させよう」
「メイリンちゃん!!!」
弾かれたようにファイさんの声が聞こえて、次の瞬間頭を鷲掴みにされ持ち上げられた。
痛くて、熱い。沸騰しそうな程、蒸発してしまいそうな程。
何かの衝撃音が遠くで聞こえる。ファイさんの魔法だろうか?それとも黒鋼さん?
先ほどとは違い、光を宿さない瞳と同じ高さで目があった、気がした。
「ファイは君が大切なようだね。とても良い事だ。まさか、君のような子を連れて帰ってきてくれるとは嬉しいよ」
「メイリンちゃん!!駄目だ!」
「小娘!」
「……この子に歩み寄ってくれてありがとう。これからも、よろしく頼むよ」
わたしにしか聞こえない小さな声で、まるでわたしに託して居なくなる人のような言葉に驚いた。最後に、儚げな世界一優しい顔を映して、限界を迎えた意識がフェイドアウトしていく。
(泣き言を逆さまに言った)