セレス国
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ファイさんの絶望感が、記憶が、拒んでも拒んでも頭の中に流れてくる。
双子の皇子が生まれて、蔑まれ、呪いだ凶兆だと身勝手な風習。
双子の皇子の一人は塔の上、もう一人は死体を捨てる奈落のような穴の下に囚われた。
凶兆の双子は生きて、不幸にならないといけないと。
断末魔のように奈落の底に響き渡る声、声、声。言葉を忘れた、獣のような声。
産まれたことが、生きていることが、生きているだけで、罪なのか。
まだ幼い子供に、死んでいればよかった、だなんて言葉。喉が焼ける程の感情が、溢れてくる。まるで、この記憶とわたしの感情がドロドロに溶け合うような。
けれど、双子は選択を迫れた。
聞き覚えのある、悪魔の囁きに。
“ここから出たいか?”
“その願い叶えてやろう。けれどら出られるのは一人だけだ”
“選べ。おまえか、もうひとりか”
「ユゥイを出して」
塔の上から落ちてくる、もうひとりの自分。
同じ顔の、同じ髪の、同じ運命を背負った別の自分。大切な、大切な双子。ひどく頭がいたい。
奈落に落ちてきたその身体は、べちゃりと赤い血だまりを作った。
“おまえが選んだ。その結果がこれだ”
“おまえが選んで消した命。
おまえはその責を負わなければならない”
“これは、呪い”
悪魔は、再び囁いた。
やり直したいか。時間を戻したいか、と。
“死んだ者を生き返らせる術があるとしたらどうする”
悪魔の囁き声は、奈落の底によく響いた。
気がつくと、視界がぼやける程の涙が溢れて止まらない。熱を帯びた瞳も、頭も、何も正常に動いちゃいない。
それでも、舞台は回り続けるだろう。
「そう、その子の記憶を受け取った君ならしっている筈だ。あの時、この子は塔の中で同じ質問をされて、君を選んだ。
ファイ、いや本当の名前はユゥイだったね。君は死んだこの子こファイという名を名乗り、自分のユゥイという名前はこの世から消した。ーーけれど、それでも君の罪は消えないよ」
アシュラ王のすっきりとした笑顔が、ひどく心に突き刺さる。罪は、消えない。
「大丈夫、君と一緒にきた三人にも視てもらっているから」
その言葉に、ファイさんはどきりとしながらこの城に着いてから、初めてわたし達の方へ振り返る。
いつの間にか小狼さんは膝から崩れ落ちて頭を抱えていて、黒鋼さんはしっかりとした眼でアシュラ王を睨んでいる。わたしは、呆然と涙を流しているだけ。もう、これ以上見たくない。
これ以上、ファイさんを苦しめてまで、あなたの柔らかな部分に無断で触れたくない。
されど舞台は回り続ける。
「さぁ、本当の君を視てもらおうファイ。
過去に君がした約束を、君が知っていた事を」
ーーーーーー
奈落に現れた悪魔は、二つの呪いを双子の片割れへ施した。
悪魔は尚も言葉を続ける。
“おまえは旅をする。砂漠の姫と、こちらが用意した写身と共に、我が一手として”
どくん、と心臓が強く脈打った。
身に覚えのありすぎる単語に、戦慄を覚えた。まさか、そんなまさか。
否定したい思いが止まらないけれど、その分事実だと肯定する記憶が、流れてくる。
この人が、飛王・リードなんだ。この人がさくらさんの羽根を散らばらせて、小狼さんを閉じ込めて、メイリンさんを皆から奪った。
けれど、その飛王の駒がファイさんだったなんて。そして、そこからもう仕組まれていた事だったなんて。
記憶の中の少年は、アシュラ王と出会い、ルヴァル城へやってきた。
アシュラ王は、冷たくなったはずの少年の片割れを水底へと沈め、眠らせる。セレスのお守りの石と、一緒に。
石の名は、
辛くても、悲しくても。水底に眠った片割れを生き返らせるまで、願いを叶えるまで死なないと己に誓った。
たとえ、この手で誰かの命を奪っても。
ぐらり、と視界が揺らぐ。
黒鋼さんが、立ち上がり、手から蒼氷を出した。目は、はっきりとファイさんを見据えて。抜き身の切っ先が、幼い片割れを抱え震えるファイさんに向かって伸びる。
「…死ねない。
ファイを生き返らせるまでは、この名を、命を返すまでは」
「では、殺さなければならい、ね。彼を。
そして、わたしの願いを叶えて貰わなければ」
だめだ。そう叫びたいのに、別のものが込み上げて声が出ない。何かが引っかかっているような、妨げられている感覚が離れてくれない。
また記憶が流れてきて、今度は少し成長したファイさんだ。魔術師としてセレス国の為に戦って、さくらさんの羽根を二枚も手に入れ、国民からはありがとう、と喜ばれる。
ここに居てもいいんだ、という安心感が心地いい。
そんな国に連れてきてくれたアシュラ王に、何かを返したくて、ファイさんはアシュラ王の願いを聞いた。
それは王であれば当然の、国を憂う願いだった。けれど、そこで出てきたのがファイさんへの呪い。
“己より強い魔力の持ち主が現れたら、その者を殺す”呪い。
「それを解く事は出来ないが、抑える事は出来る。君の魔力は使えば使う程、強くなるものだが、これを身に写せば文様が消えるまで君の力がこれ以上強くなる事を抑えてくれる」
出てきたのは、黒の文様。
魔法陣ほど規則的でもなく、空に描く呪文程文字でもない、強くなる事を抑えられる刺青。けれど、今のファイさんは、確かこれはなくなっている筈だ。だから、頑なに魔法は使わなかったのだろう。
「この国の人々に害をもたらす者を滅してほしい。たとえそれが、何者であっても」
その願いは、どこか助けを求める声で。
その願いは、どこか叫びのようだった。
「君は約束してくれたんだ。
この国に、人々に害をもたらす者は、殺す」
黒鋼さんの蒼氷が、ファイさんの呪文を叩き割る。砕け散ったそれはガラスのようで。
けれど、黒鋼さんの怒りは本物だった。
この中で、誰よりも本物だった。
「茶番はいい加減にしろよ」
(されど輪は回る)