セレス国
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風に包まれて、気がつくと凍った空気が頬を掠める。鼻腔にスンと入るのも、雪の寂しい匂いだった。
「着いた?」
「ここが、セレス…」
小狼さんの声が掠れて聞こえるほどの吹雪が突然わたし達に襲いかかる。
視界も悪く、下手したら体ごと持っていかれそうな悪天候の中、ファイさんはぼんやりと、けれどしっかりした体制で目の前の真っ白に染まった神秘的なお城を眺めていた。
「あの城は…」
「オレが居たルヴァル城」
「だめ!サクラの体がどこにあるのか分からない!」
「モコナが感知していたの姫の羽根の気配。羽根は姫の記憶、心だから。
魂がない体は分からないんだろう」
小狼さんの考察は当たっていたようで、モコナはしゅんと長い耳を垂らした。
けれど、反対にファイさんは黒い手袋に包んだ人差し指を真っ直ぐに城に向ける。
「サクラちゃんはあそこにいる」
「何故分かる」
「魂と体が分かれてもサクラちゃんはまだ生きている。そして生きているものの気配は、あの城からしかない」
「この国の他の人達は?」
「………」
その無言が示すのは、察しが悪くなんの経験がないわたしでも理解できた。
痛い、じくじくと痛むファイさんの気持ちが、わたしにも波のように届いてきて、痛い。
「どうやってお城まで行けばいいのかな。
あの階段登るの?」
「あれは本当にあるわけじゃないんだ」
「幻か」
城の外装にある何千もの階段は、幻らしい。
ルヴァル城、というくらいだから、警備の為の魔法なのかもしれない。
ファイさんが、またスッと人差し指で呪文を描くが、その手を小狼さんが止めた。
これ以上、苦しい思いをファイさんだけに背負わせたくない、のだろうか。
「風華招来」
代わりに小狼さんが呪文を唱えると、周りに風が集まってきた。風はわたし達の体をに宙に浮かせ、球体になり軽々と、それこそ風のように運んでくれた。
空を飛ぶなんて初めてで、なんだか臓器がソワソワするけれど、吹雪も来ないし便利だ。
ルヴァル城には、思っていたより早く着いた。
当たり前だが雪の匂いは少なく、その代わりに、なんだか嫌な臭いがした。ぞわりと背筋も凍るような。
モコナの驚いた声に振り向くと、そこには白いコートを赤く染め、動かなくなった、人、人、人、人。血は乾いて、寒い所だからなのか、あんまり腐敗の匂いはしないけれど。
それでも、死んだ人がそこらへんに、石ころのように転がっていた。
ごくん、といつの間にか乾いていた喉に唾液を飲み込む。
「ファイの着ている服と……似てる」
「この城のやつらか」
「そうだよ」
ファイさんはそれっきりで、勝手知ったるように城の扉を開ける。
小狼さんの足が、力なくぐらりと傾く。モコナ達が心配して声をかけるが、いや、と言葉短く大丈夫だと伝えていた。
城の中にも、当たり前のように死んだ人間が、ゴロゴロと倒れていた。中には生きている人がいるかもしれない、なんて幻想を打ち砕くように。ぴくりとも動かないで。
「……平気か?」
『平気、ではないですけど。わたしだけ弱音吐いてるわけにはいきませんから』
「そうか」
前を歩く黒鋼さんは、それでも気遣うようにわたしの方を確認してくれている。
ファイさんは…、何も言わないで、迷子の子供みたいに、けれど目的の場所へと着実に向かっていた。
「城のどこに姫の体があるか分かってるのか」
「……ああ」
ファイさんの進む方向に歩いていくにつれて、段々と死体が多くなっている、気がする。引きずられた赤い後や、四肢の一部を失っているもの。真一文字に怪我を受け、そのまま絶命したであろうものまである。
そして一番死体が多く、荒れている扉の前までやってきて、ファイさんの手が伸びる。
けれど、それに反応したように、扉は勝手に開かれた。
「お帰り、ファイ」
目の前には、先程の光景が嘘だったのかと錯覚する程、綺麗な人がそこにいた。
芸術品のように綺麗な唇から、低く甘やかな声が、ファイさんを呼ぶ。
「…出来れば帰らずにいられればと、思っていました。ーーーアシュラ王」
その言葉に反応する黒鋼さんと、わたしの心臓。この人が、アシュラ王。何も知らないわたしの脳内に、その文字だけが反響して止まない。
ファイさんの表情とは反対に、アシュラ王と呼ばれたその人は、まるで舞台の上にいるように、さらさらと台詞を乗せる。
「約束したのに。わたしの願いを叶えてくれると。待っていたよ君を。
この子も、待っていた。ーー君をずっと」
ーーーーーーーー
“我がヴァレリア国の皆心待ちにしていたのに。弟王の皇子誕生日を、兄王も楽しみにしておられたのに”
“何故双子だったのか”
寒くて身も縮むような凍てつく空気。
けれど、ここから這い上がらなければ。
いくら指先が血で滲んでも、痛くても、寒くても。
“弟王が突然病で身罷られた”
“やはり双子は凶兆”
“作物が育たぬ、水が濁った”
“弟王の御妃が自ら命を。
ご自分が双子の皇子を産んだから、このような不幸が、と”
少年の目の前には、視界が歪むほどの高さの壁。か細い煉瓦の溝、一つ一つに感覚のない指先をかけてこの壁を登り、この穴を抜けなければ。
その意思は、心無い声に吹き消されそうになりながらも、必死に必死に耐えた。
“やはり凶兆”
“双子は、凶兆”
まるで、風前のともし火のように、ユラユラと自分達を呪う声が、耳を離れない。
“しかも強大な魔力を。
お生まれになって間もないのに、お二人合わせれば既にヴァレリア国の皇である兄王につく魔力の持ち主だとか”
“成長されれば皇を凌ぐやも知れぬ、と”
“不幸を呼ぶ、不幸を”
“ーーー父君と母君、どちらも死に至らしめ、国まで滅す”
“しかし殺せば更に厄災が増す”
(おお運命よ、運命よ。)