チェスの国
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「余計な真似を!!」
時を同じくして、飛王・リードは憤りを感じていた。
次元の魔女が笑みを見せた理由と、同じであるところがまた皮肉なものだが。
「魔術師が魔女を殺せるとは思っていなかったが、まさか姫を刺すとは。
魔術師にそされて死ぬのは、しばらく後に本来の力を取り戻したクロウ・リードの血筋であるあの『小狼』だった筈」
本来の筋書きであるところは、そうなのだろう。けれど、着々と未来の姿は変わってきている。
「魔力を取り戻し、それを先見した姫がその未来を回避しようとするとはな。
刺される相手を己に変え、その強運と右足を捨ててまでも。確かにこちらの筋書き通りには進まなかったようだな。この一手は、魔女と姫が先んじたか。
姫の魂は夢の中へ、しかし記憶の器である体が落ちたのはセレス」
影が落ちるほど深い微笑みは、闇のようにどろどろと小狼達へ蝕んでいく。
「魔術師にかけた最初の呪いは解けた。しかし、もう一つの呪いが残っている。
セレスでしか発動しない呪いがな」
悪意の魔の手が、密やかに伸びる。
「…しかし、あのクロウの成れの果ての一駒がまだ旅を続けているとは。
“全てを忘れる”呪いで、何もかもを忘れて。筋書きでは、あそこであやつは退出し、“東京”でその生涯を終えるはずだったのだが…。まぁよい。セレスでの呪いがある」
モノクルの奥の目だけが、不気味に笑っていた。
ーーーーーー
イーグルさん達がセレスへ向かう準備を整えてくれていた。
今までの装飾品が多く、デザイン重視の服ではなく、分厚い生地にファーがついたようなロングコートをプレゼントされた。
モコモコで暖かい上にブーツで動きやすい。
「貰ってもいいの?」
「ええ。次に行かれる国はかなり寒い所だと聞きましたから。
あ、メイリンさんには先程のドレスもお渡ししましょうか?」
『お気持ちだけで結構です!』
イーグルさんはからからと笑うが、金持ちジョークは笑えない。あんな全部オーダーメイドのドレス貰えるかって。
それにしてもセレス国は寒い所らしい。
だから、セレス出身のファイさんも冬の匂いがするのかも知れない、と密かに納得していた。
「…一応、貴方達の事情を知っていて黙っていたお詫びです」
「監視してた件もな」
「やっぱり気付いていましたか」
「おまえ達以外にもいたようだがな」
『?』
なんの話ですか?と問う前に、遮るように後ろからファイさんが現れた。
白いコートに白い、制服のような格好。おそらくこれが本来のファイさんの出で立ちなのだろう。左目を覆う眼帯がやけに浮いて見えて、息を飲んだ。
モコナは大丈夫?と優しくファイさんに問うと、大丈夫だと答えた。
全然、大丈夫そうには見えないけれど。
モコナの額の石が光り、次元の魔女さんが投影される。今から、セレスに向かうのだ。
「みんな用意出来たよ!」
〈では、五つの対価を。
チェスの優勝賞金を寄越しなさい。
チェスは姫だけじゃない。貴方達みんなで参加したもの。己の力で勝ち取ったものだから、対価になるわ〉
『ま、待ってください!
わたしは参加してません…』
「モコナも…」
モコナはわたしに色々教えてくれていたが、わたしは何もできなかった。
「いや、ちゃんと一緒だった。
待っていてくれてると分かっていたから、帰る為に頑張れたから」
「『小狼』…」
『……』
待っているだけは辛いけれど、それでも血を流して、涙を流したあなた達程じゃない。
そう思うけれど、心にとどめた。対価がそれでいいのなら、わたしは何も言えない。
〈もうひとつ、条件があるわ。
モコナが移動する時、ファイ貴方も一緒に移動魔法を使いなさい〉
「………はい。
ごめん、これも嘘ついてたね」
「いや…」
剥がれ落ちていくファイさんの嘘の鍍金。
彼はどれだけのものを欺いて、守ってきたのだろう。どれだけ欺いて、辛い思いをしていたのだろう。見える傷なら、拙くたって手当ができるのに。
すると、ファイさんが目の前に立って、痛いのを我慢してふっと笑っていた。
『ファイ、さん』
「……今まで、ごめんね。
君のキラキラとした部分が、オレの名前を呼ぶ声が、優しい指先が、どうしても重なってしまって、苦しかったんだ」
長くしなやかな手がわたしの頭を撫でる。こんな事、初めてで、戸惑いを隠せない。
そんな言葉も、初めてだ。
撫でられた手は、懐かしいほど心地よかった。その手がそっと離れ、わたしの頭の宙で文字を描く。呪文のような、わたしにはさっぱり分からない文字だ。
王冠のようにわたしの頭の上で文字の輪っかがくるくると回り、淡い光となって溶けた。
「…君の髪には魔法がかかっていた。その体を守護するという、……メイリンちゃんのお母様の複雑な魔法が。
オレは守護魔法は苦手だから、せめて、その上から強化をさせてもらった」
『魔法、ですか』
「うん、オレは魔術師だから」
その言葉に、逃れられない運命を感じてしまう。モコナから聞いた事がある。
ファイさんは、魔法を使わないって。死ぬような目にあっても、絶対使ってこなかったと。それでも、自分は魔術師なのだと言った。それが答えなのだろう。
ファイさんはそのまま、モコナに声をかけた。
「モコナ、蒼氷出してくれるかな」
「え?」
戸惑ったモコナだが、黒鋼さんからはなにも文句が出ないところを見て、素直に蒼氷を出した。モコナの口から飛び出る刀を握る。
「手を」
大人しく開かれた左手に、わたしと同じく呪文を描くと、蒼氷は黒鋼さんの手の中にシュルンと収まっていった。
あまり見たことがない魔法に、目をぱちくりさせてしまう。
「モコナが側にいない時、剣がないと困るから。彼が手から剣を出すのと同じ方法だよ」
『そっか、小狼さんも手から…』
「……いいのか」
「もうたくさん使っちゃったからね、魔力」
わたしの為に、黒鋼さんの為に、さくらさんの為に、みんなの為に使うと決めた魔力。
モコナと同時に、また宙へ呪文を描くように魔力を使うファイさんは、とても儚げで美しく思えた。
〈行きなさい、セレス国へ〉
風に身体を包み込まれて、魔女さんやイーグルさんに見送られながら旅立った。
さくらさんの体を、取り戻す為に。
(はらはらと、散るさくらは雪に似て)