チェスの国
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「2分の1の確率。その通りになったわね。
躰と魂、それぞれに分かれ。躰はセレスに、魂は姫が望んだ世界に」
薄暗い物置で呟いた言葉は、風に溶けた。
ガラス
ーーーーーー
さくらさんを一人にしてはいけないと、分かっていたのに。
“メイリンちゃん、ありがとう”と最後に言ったさくらさんは、どんな気持ちだったのだろうか。わたし、に言った言葉なのだろうか?わたしは、あなたに何も出来なかったのに。
今だって、剣を握って離さないファイさんに声をかけることも出来ずに、ただ立ち尽くしてしまっている。
「その剣で、もう誰も傷つけるな。
おまえ自身もだ」
黒鋼さんがファイさんの手を包み込んで、悲しい顔をしている。
小狼さんも、悲痛に歪んだ表情だ。
そして、綺麗なサファイアブルーの瞳が一つ、わたしを貫く。そんな目で、見ないで。わたしは、何も出来てないのに。
涙をためて、小さく「ごめんなさい」と叱られた子供のような声で呟く。緊張の糸が途切れたように気絶したファイさんに、思わず駆け寄る。けれど、先ほどの瞳を思い出して、伸ばした手を引っ込めた。
小狼さんがファイさんを負ぶる。
辺りの損傷が激しく、チェス盤が崩れそうなのでどこかへ運ぶのだろう。
「何がどうなってんだよ!!」
「未来は?」
「…変わった。あの3人と、彼女は死ななかった」
「どういう意味だ」
イーグルさんと、ランティスさんの不可解な言葉に、黒鋼さんが噛み付いた。
もうこれ以上傷付けまいと、まるで番犬のようにイーグルさんを赤い眼光が睨む。
「ご説明します。あの人と一緒に」
ーーーーーーーー
わたしが先程いた建物の、モコナがいた別室にファイさんは運び込まれた。幸いベッドもあり、そこに寝かせられる。
そちらにはモニターなんてなくて、不安がっていたモコナはわたし達を見るやいなや、すぐに飛びついてきた。
「みんな!!
その血どうしたの!?怪我したの!?
サクラ!サクラは!?」
モコナも嫌な予感がしたのだろう。
小狼さんに縋るように、サクラさんの事を聞いている。皆、顔色を曇らせている中、モコナの額の石が、突然光を放つ。
投影されたのは、ガラス匣を持った魔女さんだ。
〈姫はこの中にいるわ〉
「その中は…」
「店がある場所とちがう!」
〈そう、
“夢”の世界。さくら姫の魂は今、夢中にある。これは姫が望んだことよ〉
「あのお姫様は、夢で未来を知ることが出来たようですね。うちのランティスと同じく」
ランティスさんは眉間にしわを寄せ、見てきたことのように、話す。
「夢を視た。
チェスの最終戦。
あの姫が彼に殺され、死に。仲間二人も死に。彼は自ら命を断とうとするが、それを彼女が庇い、命を落とす。そこで彼は心を壊し、そして…」
「やめて!!
そんな酷いこと…」
〈その夢を姫は変えようとした。命を賭けて。
姫はファイに自分を刺させたくなどなかった。そんな事になれば、ファイがどうなるか夢で視て分かっていたから。
けれども、それは回避出来ない程強い呪いで。姫は決心したの。ならば、その後の未来だけでも変えようと。
そして…。己の強運を対価に望む世界を目指し、貴方達が死なないように、もう一つ対価を支払うと〉
「何を…」
「あの、右足か」
『あの足は怪我で動かないんじゃなかったんですか…!?』
〈治る可能性はあった。
けれど、もうあの足が二度と動かなくても、貴方達を、そしてファイ自身を死なせないように。かけられた呪いを解きたかった〉
ファイさんの呪いを、解くために。
わたし達を守るために。
わたしはまだ、さくらさんときちんとお話も出来ていないのに、守られてばかりだ。
もしも、わたしじゃなくてメイリンさんだったら、守れたのだろうか。
ぎゅっと握ると、手のひらに爪が食い込む。
そんな事気にならないくらい、今は自分が情けない。
ベッドのシーツが、擦れる音がした。
起き上がったファイさんの表情が、見えない。
「…知ってたんですね。サクラちゃんは、オレが嘘をついていた事を。
オレが、元いた世界、セレス国にサクラちゃんの羽根があるのを知っていた事を」
「えっ!?」
〈サクラ姫が知ったのは、夢で先を視る力が戻ってからよ。東京で、羽根が戻った時〉
「あの姫も、夢見か」
「昔、セレスに落ちてきた羽根で、オレはチィを創った。貴方の所で小狼君達に会って、彼らがそれを探していたのを知っていたのに、オレは教えなかった。
魔力がある君ならもう一つ知ってるよね」
何も伺えないサファイアブルーの隻眼に、小狼さんは見つめられ、答える。
「…もう一人のおれを通じて視た。
玖楼国の遺跡で、姫の記憶の羽根が飛び散った時、神官が言っていた。
“散った記憶は既にこの世界にはない”と。
けれど、その後最初の国に移動した時、貴方は小狼に、一つだけ引っかかっていたと言った。もしそうなら神官が分からない筈がない」
「そう、オレは最初から羽根を持っていた」
「モコナ…、侑子の店で目が覚めてからずっと羽根の波動感じてたけど、でも…」
「誰が持ってたかは分からなかったよね。
だから、君はオレと距離をとっていた」
自分の吐いた嘘を、一つ一つ剥がすように真実を述べるファイさんは、見ていて痛々しかった。これじゃまるで、断頭台の上に立っている囚人のようだ。
「貴方も知っていましたよね、オレがついていたいくつかの嘘を。
初めてオレが貴方の店に現れた時、雨が降っていて、貴方だけは雨に濡れていなかった。
あの時、貴方の魔力は両目が揃ったオレより強かった。だから、オレと別の空間に居たんですよね。
自分より強い魔力を持つ者を殺すという、オレにかかった呪いを知っていたから」
呪い、呪い、なんて鬱陶しい響きだ。
わたしもこの人も、呪いをかけた奴に人生を転がされている。
「知っていたのに、何故、オレを一緒に行かせたんですか?」
〈それが貴方の願いだからよ〉
「それが仕組まれていた事でも?」
〈そうだとしても、出逢って、一緒にいて、言葉を交わして、そしてどうするか、選ぶのは貴方自身よ〉
いつかわたしにも投げかけられたその言葉は、ファイさんの胸を貫いた。
こんなに運命に、呪いによって左右されていても、今からでも“選ぶこと”は、出来るのだろうか?
それなら、わたしはやっぱり、あなたにこの体を返したいと思うから。
(コロコロと、手のひらからこぼれる)