チェスの国
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「雷帝招来!!」
機械人形と呼ばれた女の子の手のひらには、高圧電流の、エネルギーの塊が生まれる。
それに対抗して、小狼さんも聞いたことのない魔法を放つ。
聞いたことはないけれど、この耳にしっかり残っている、呪文。
きっと、これは最後の力なんだろう。
わたしはモニター越しに固唾を飲むことしかできず、雷が弾け、眩しい様を目をそらすこと無く見つめる。
煙が上がり、周りが見えなくなってしまう。
けれど、少し経つとそれも晴れて、チェス盤に立つ二つの影が見える。
勝負は、決まったのだろうか。
ゆらゆら揺れる二人。もう立っているのも、やっとの思いなんだろう。
ーーーついに、機械人形の方が先に倒れた。
小狼さんの、勝ちだ。
『よかった…!!よかった!』
気付かない内に目尻に溜まっていた雫を救い、滲む視界でモニターを眺める。
結局応援しか出来なかったけれど、誰も欠ける事がなくて、本当によかった。
小狼さんも力なく倒れてしまったが、さくらさんがそれを支えていた。素敵な、画だ。
これから、この二人は壁も超えて、もっと仲良くなれたらいいなぁ。
ーーーーけれど、そんな大団円も束の間。
隣で眠っていた女の子から、淡い光が溢れ出して。居なくなった。
キョロキョロと探してみると、モニターに映し出されたのは、光の中から現れた先ほどの、女の子。
スピーカーから、外の音声が流れてきた。
「チィ…?」
「次元移動能力を備えた、この国唯一の機械人形です。“彼女”が貴方を他の世界へ連れて行ってくれます」
イーグルさんの説明を聞く限り、先ほどの隣で眠っていた女の子は、モコナと同じ能力を持った、機械人形。
そして、このバトルの賞品なんだろう。
けれど、それをどうしてさくらさんに向けて言うの?さくらさんは、これが欲しかったの?
さくらさんは、たなびくミルクティ色の髪をもつ少女へ手を伸ばす。それに応えるように、少女もまたさくらさんへ手を伸ばす。
だめ、行ってしまう!
さくらさんのもう一本の手を、小狼さんが力を振り絞って握る。離さない、と瞳が訴えている。
だめだ!だめだ!
嫌な予感が、止まらない。さくらさんを、一人にちゃ、だめだ。
無意識のうちに、わたしは部屋から飛び出していた。なんだか分からないけれど、頭がひどく痛む。けれど、立ち止まっている暇はない。無力でも、何も出来なくても、側で、彼らを…!!
ーーーーーーーー
「次元の道が、もうひとつ…」
イーグルのもう一人の駒、ランティスの声を聞き、ファイはセレス国に置いてきたチィの封印が解けてしまったことに気が付いた。
繋がろうと、しているのだ。
インフィニティと、セレス国と、そしてサクラが望む世界が。
サクラの手をぎゅっと離さない小狼は、繋がりかけている世界に行かせるものかと、尚も力を込めて、叫ぶ。
「一人で別の世界へ行くつもりなのか!?」
「…離して」
「おれがいるからか!?」
「違うの。貴方のせいじゃない。
…でも行かなきゃ、間に合わない」
確信めいたサクラの言葉に、小狼と、ファイは動じる。
ファイの瞳には、もう、“今”などは映っていない。
あるのは、穴の底。
踠いても踠いても、這い上がれない恐怖。
寒い、痛い、出たい。
“選べ。もう一人か、おまえか”低い声がそう囁く。悪魔のような、神のような声。
そうして、いつもの死体のように落ちてくる、自分自身。
血に濡れた手のひらを眺める。
裂け目から出てくる指が、忠告する。いや、これは呪いだ。
“けれど、いつか。
おまえ達がずっとそれぞれの場所に留め置かれた理由。その膨大な魔力を凌ぐ者が現れたら、おまえは”
機械人形と、同じ顔をした少女から、サクラの記憶の羽根が零れる。
ファイは、歩みを止めない。
小狼の手からこぼれ落ちたサクラは、三つの世界の分かれ目で、羽根をその身に受ける。
まるで、何かの儀式のようだ。
ファイは、歩みを止めない。
開かれた翡翠の瞳は悲しげで、鈴のような声は不安を含み、ファイの名を呼ぶ。
ファイは、歩みを止めない。
そして、足元にある剣でサクラの身を貫いた。
“おまえは、その者を殺す”
裂け目からでだけを出す男の低い声が、今もファイの耳に残響する。
呪いは、解けない。
ファイの脳裏に、今まで築かれたサクラ達との陽だまりのような思い出が蘇り、音を立てて壊れていく。
壊れたものは、もう戻らない。
「剣を抜くな!!!」
「さくら!!!」
『だめ、だめだ!!ファイさん!!!!』
居るはずのない、声が遠くから聞こえた。
そんなに叫んでは枯れてしまう、と場違いなことを思ってしまう。
カタカタと震えるファイは、無意識に声のする方へ首を傾ける。
そこには、思い出の中の姿をした、居るはずのない、あの子がそこに居た。
『…呪いなんかに、負けないで!!!』
ガーネットの瞳に、涙をいっぱい溜めて。
震えた肩を、もっと震える手で諌めて。
いつか自分に向けられた言葉を、ファイに向けている。
「あ、あ、あ、あ…!!」
“今”を映していなかったファイの瞳に、一筋の光が宿る。
けれど、ファイがサクラを貫いてしまったことに、変わりない。それは、己の手に伝わる感触が、それを証明していた。
小刻みに震える歯が、カチカチと煩い。
煩い、何もかも。
きつく剣を握る手を、優しい温もりが包む。
〈ーーー間に合った〉
ファイが貫いたサクラが、躰と魂に分離したのだ。そして、その魂が優しく微笑みかける。
〈大丈夫、わたしの命は消えてない。
まだここにある。
忘れないで、これからも未来は変えられる〉
「……サク、ラ…ちゃ」
〈…ごめんなさい、ファイさんをお願い。
メイリンちゃん、ありがとう。
ーーーまた、会えるまで〉
優しく微笑んだサクラの魂は、血が流れた躰と別々の世界へファイ達を置いて向かった。
また、会えるまで。その言葉を皆の心に残して。
(くらくらしそうな程、遠く)