チェスの国
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長い長い階段を登り、ようやくチェス盤の上に辿り着く小狼さん達。
さくらさんは足を怪我しているから階段を登るのも一苦労なのに、涼しい顔でファイさんに手を引かれているのが見える。
けれどその表情は不安げで、いつもの“あえて無表情にしている”ものとは別に思えた。
高みの見物、とはよく言うもので、こちらが手を出したい声をかけたいと思っていても、物理的な距離や区切りをつけられて、見守ることしか出来ない。
…というか、なぜわたしはここに居るのだろうという疑問は数時間前に遡る。
小狼さん達が最後のチェスバトルへ出掛けたすぐ後、一人の男性がわたし達の宿へ訪れた。
チェスバトルを開いている主催者さんの、護衛?駒?のジェオさんというらしい。
大柄で黒髪だが、黒鋼さんとはまた違った、どちらかと言うと優しい印象がある人で、申し訳なさそうに顔を歪めていた。
『ど、どのようなご用ですか?
もう小狼さん達は出て行きましたけど…』
「あー、いや、俺は、嬢ちゃんに用があるんだ。……主催者のビジョン家当主が、貴方に
最終戦。あの人達が戦っている所を見れる。
些細だろうけれど、頑張ってくれている姿を、この目で見て、応援かま出来る。
『いき、いきます!』
「本当か? 怪しいだろ?」
『え、怪しいお誘いなんですか?!』
「いや、違うけどな!?」
『ならよかった。あ!でもわたし、主催者さんに会う為の服とか持ってません。ドレスコードとか、どうしよう…』
「それはイーグル…主催者側が用意してある。急に誘ったワケだしな」
『よかった』
にこりと笑うと、ジェオさんはまた不安そうに顔を歪める。
持ち物などもなく、わたしは眠っているモコナをきゅっと抱きしめ、ジェオさんについて行った。
ーーーーーー
目的地に着くと、あれよあれよと言う間にお手伝いさんらしき複数の女性にお着替えさせられた。
黒の首元まで詰められたシックな形のスカート丈は膝上で、後ろが長いフィッシュテールのような作りのドレス。袖は、スカートとは反対にピッタリまとわり付くようなタイト仕様で、袖口のみにフリルがあしらわれている。
ガーターベルトをして、太ももまであるレースのニーソックスを履かされる。ヒールが高めの靴も黒。
髪も結い上げられて、いつのまにか二つのお団子から余った髪が垂らされている。ゆるく巻かれて、本当に夜会にでも出るんじゃないかって感じに仕上がった。勿論、こんな素敵な服装は好きだし、正直ど真ん中だ。
『……だけど、どうしてこんな、気持ち悪いくらいサイズがぴったりなんでしょうか?』
「私が用意させました。
気に入ってくださいましたか?」
『いや、まぁ、デザインは大変好ましいのですが…』
「その髪型もよくお似合いだ」
『いやあのだから』
目の前にいる白髪の、人の話を聞かない人はイーグルさんというらしい。ジェオさんが言っていた、このチェスバトルの主催者さんらしい。
食えない笑顔でこちらを伺う様が何とも不気味でいらっしゃる。
このドレスをこの人が手配したのかと思うと、もしかしたらすごい暇なのかも知れない。
「では、改めましてようこそメイリンさん。私はこのチェスの主催者。イーグル・ビジョンと申します。
もうすぐチェスバトル、
心苦しくも、私は用がありますので同席は出来ません。こちらの部屋にもう一人居りますので、どうぞバトルが終わるまで、ゆっくりしていてください」
『は、はい』
有無を言わせない笑みに、何故か嫌な予感がわたしの背中に駆け巡った。
というか、なんでこんなに芝居掛かった言い回しをするのか…。
「それでは」とイーグルさんが去った後、目の前の自動ドアが開くと、大きなモニターと、向こう側がガラスになっている部屋が広がっていた。この国の内装は相変わらず無機質で、どうやらモニターはガラスの向こう側を映しているようだ。
そして、モニターの前には椅子が二つ。どちらも絢爛豪華な装飾が施された椅子で、クッション性も嫌味なくらい座り心地がいい。
椅子は、わたしの分の空席が一つと、もう一つには綺麗な女の子が眠るように座っていた。
イーグルさんが言っていたもう一人の観戦者は、この子だろうか。
最高級の陶器の肌に、ミルクティー色の長い髪はさらさらで、薄い唇はふっくらとしており、降りているまつ毛は常に上を向いている。
伸びる四肢もすらりとしていて、体躯を覆うのは少し大胆な黒の胸元が開いたミニドレス。
『まるでお人形みたい…』
眠っているから余計にそう思うのかも知れないが、起きていても人形のように綺麗な子なんだろう、と想像が膨らむ。
いや、いかん。寝てるからってそんな人をまじまじと見てたら変態だ。
そわそわしながらも用意された席に腰を下ろせば、モニター内のチェス盤に人が集まってきた。
そして冒頭へ戻る。
ーーーーーーーー
二つの階段が伸びるチェス盤の上に、最後のゲーム。脚がまだ回復していないサクラにとっては難しいだろう長い階段も、弱音一つ吐かないでしっかりとした足取りで登る。
そんなサクラに、ファイは優しく微笑み手を貸す。その手を、サクラはぎゅっと握った。
いつもはしないその行為を不思議に思い、ファイは不安そうに揺れる翡翠の瞳を見つめる。
「ファイさん」
「なぁに?」
「言ってくれましたよね、わたしの望み通りにと」
「それが、我が姫の望みならば」
「…じゃあたった今、こらから。
自分自身を、自分の思いを一番大切にすると、約束して下さい」
「………サクラちゃん」
サクラの不自然な言葉に、目を見開く事しかできなかった。
場に役者が揃ったところで、卵型の白の椅子から声が上がる。
「準備はよろしいですか?」
「最後のマスターは貴方ですか」
「一応、責任者ですから」
にっこり笑うのは、このゲームの主催者、イーグル・ビジョンだった。
このゲームのラスボスも彼、と言うわけだろう。
「さて。
最後のチェスは
「おれがやる」
「了解しました」
名乗りを上げた小狼に、異論を唱えるものは誰もいない。
「気ぃつけろ、戦った後もな」
「ああ」
何かを察した黒鋼は、小狼へ忠告をする。
その瞳は、色んなものが混ざり合っていた。
けれど、小狼は武器を取り、サクラへ手を伸ばす。もう、迷うこともなくサクラはその手を取った。
卵型の黒の椅子へ腰を下ろすサクラの元には、小狼しか居ない。
「貴方と同じ姿をした人と旅をして、ずっと助けられてばかりだった。
貴方にも、怪我や辛い思いばかりさせてしまって…」
「謝るつもりなら、…いらない」
「ありがとう、小狼君。
貴方も小狼という名前だと、モコちゃんに聞いたんだけど…」
「いや、それは……そうだが」
サクラから、己に面と向かって名前を呼ばれ、小狼はどうして良いか分からず面映く、目線を下げる。
「勝つぞ」
「はいっ」
チェス盤から伸びていた階段は外れ、椅子の頭上からぶら下がっていたチェーンは縮み、卵型の椅子は宙ぶらりんになった。
これで、両者両駒とも逃げられない。
「武器ですが、それはいつも使っている物ではないのでしょう?
貴方の最も得意とする武器で闘いましょう。魔力とやらも、使用可で」
その言葉に、小狼達はピクリと反応する。
何故、この世界の者が魔力を知っているのか。何故、小狼がいつも魔力を使っていると知っていたのか。
その答えは、一つしかない。
「監視してやがったのはあいつらか」
仮宿の窓から、視線がつきまとっていたのを知っているファイと黒鋼は顔を強張らせる。
「その力も、マスターの精神力次第ですが」
その言葉に、サクラも小狼も不安はなく、手に持っていたバタフライナイフのような武器を黒鋼へ投げ渡し、小狼は手のひらを合わせて、光と共に剣を現した。
「では、こちらの駒を」
イーグルがそう言うと、上空から只ならないモノが現れる。
人ではあり得ない重量感が着地し、煙立つ。
機械音と共に立ち上がったソレはーー。
「貴方の世界にはいませんでしたか?
短い黒髪と、2本の管をなびかせ、まるで少女のような体躯と、涼しげな顔で小狼を見据えるソレは、最後の壁として現れた。
(ピコピコ、ザーザー)