チェスの国
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夢を見た。
ぷかぷか。ごぽごぽ。海の中を漂う夢。
好奇心で、一番底まで行くと奥の奥で、女の子がひとり丸くなってる。
側に行きたいのに、女の子の周りにはきらきらした宝石のような欠片がいくつも漂っていて、わたしは入れない。触れられない。
だから、大きな声で呼びかける。
『どうしたの?』
『…情けない話だけれど、帰り道がわからないの』
『ははーん、迷子ですか?』
『ま、迷子言うな!
…そういうあなたは、どうしてこんなところに居るの?早く帰りなさい』
『いや〜、実は、わたしも迷子のようなものでして』
そう言うと、顔は見えないが少女は呆れた雰囲気を出した。せっかく可愛いだろう顔を歪めているのかもしれない。
少女は空を見つめるようにして、果てしない高さにある水面を眺める。
こんな深海じゃ、光は差さないのに。
それでも必死に手を伸ばして、見上げる。
『…みんなは、元気?』
『元気とは、言い難いです。
モコナは時々暗い顔してます。小狼さんも、さくらさんも。あ、でも黒鋼さんはきっといつも通り、優しくて優しくない』
『彼は?』
『すごく、すごく、傷付いてます。
それを色んなもので埋めようとして、でも無理だってことは自分が一番よく分かってて。
それでまた傷付いてます…』
『はぁ…。でしょうね。相当無茶して、無理させてるものね』
少女はまた呆れたようにため息を吐くが、それは悲しい色を乗せていた。
『伝言よ。
今度またバカみたいなこと言い出したら、近くの岩とか切り株じゃなくて、あなたの綺麗な顔面をぶん殴るわよ!おバカな魔術師さん!』
『え、それって……』
ぼこぼこ。ぶくぶく。
きらきら。浮かぶ。
わたしに手を振る、髪の長い、赤い瞳の女の子。
あの子は、だれ?
ーーーーーーー
眩しい朝日が、オレの瞼を焼け焦がすように朝を知らせる。
“あれ”以来、深く眠ることを避けている。
眠ってしまったら、オレの汚い願望が夢になって現れそうで。
ただでさえ、今はあの子と、同じようで別物の彼女を混同しないように必死だと言うのに。
オレが作り出す幻想まで出てきたら、それこそお手上げだ。気を失うように、少しだけでも意識が飛ぶのはありがたく思える。
ふと、リビングの方からカタカタと音がすることに気がついた。鼻歌交じりに。
こんなウキウキな高い音、モコナだろうなぁ、と思ったが鼻歌に耳をすますと、どこかで聞いたことのあるメロディだった。
『見つけたいな、叶えたいな。
信じるそれだけで、超えられないものはない』
ぼやけていた訳もない視界が、鮮明になる。
色付いていたはずの世界が、更に明度を増す。
そんな、いるはずないのに。壊れてしまったと、思っていたのに。
『歌うように、奇蹟のように
想いが全てを変えてゆくよ。
---きっと、きっと、おどろくくらい』
笑いかけるような、暖かな陽だまりの歌声は、間違いなくあの子のものだった。
けれど、違っていたら…?
確かめることに臆病になってしまうのに、いつの間にか、オレはあの子がいるリビングの扉を開いた。
キッチンには、今もオレが目で追い続けてる黒髪で小さい影が一つ。
けれど、鬱陶しいといって結い上げていた髪はおろし緩く編まれていて、動きづらいと言って短いスカートばかり履いていたのに、それも忘れたパンツ姿が視界に入る。
笑ってしまう程、落胆した自分がいる。
分かっていたはずなのに。
何度も目で追いかけて、何箇所も同じところを見つけて、それより多くが違っている。
彼女も、鬱陶しく思っているだろう。自分を追う、よく分からない目線を。
何もかも忘れた状態で、こんな過酷な、利益も何もない旅に途中参加した彼女が一番辛いだろうに。それでもごめん、と心の中で謝り続ける。
ふわり、と振り返ったガーネットの瞳と視線がかち合う。
とくん、と鳴る心臓が嫌になる。
それでも何でもないふりをして、合った目線を下にそらした。
『おはようございます、ファイさん』
「…なに、してるの。こんな時間に」
『えへへ、なんだか変な夢を見て目が冴えちゃったので皆さんにスープでも作ろうかと』
ぐつぐつと煮立つ鍋には、いっぱいの野菜とトマトの匂いが漂う。
『ミネストローネなんて初めて作ったんですが、みなさんこの国に来てからあまり栄養のあるもの摂ってないみたいだから…』
「オレは食べれないけれど、サクラちゃんは喜ぶんじゃないかな。君が作ったものだし」
『それなら嬉しいなぁ』
鈴のような声で笑いながら、鍋をかき混ぜる。鼻歌が、また響く。
「…その歌」
『あっ!えっとごめんなさい!耳障りでしたよね…!!』
「いや、違う。違うんだ。
…その歌、どこで?」
『えーーっと、あれです!ほら、あれ……あれ、どこだっけ?
確か、ずっと昔に、好きだった』
遠くを眺めるようにガーネットの瞳がぼんやりとする。けれど、徐々にその瞳は悲しみや悔しさ歯がゆさに満たされて、足元の方へ。
何でもないように、「もういいよ」と言うと彼女は眉をハの字にさせて無理やり笑顔を作る。
彼女はたまに、思い出の欠片を手に取っては思い出せずに笑う。自分が傷付いているのに、オレ達の方が悲しむからと笑う。
それがどうしようもなく居た堪れない。
彼女の目が泳ぐ。きっとあまり話したことのないオレがまだ近くに居て、やり辛さを感じているのだろう。
話題を探すように、右往左往とかける百面相する表情にちくりと痛む。
『…あーー、と。
そうそう!夢を見たんです!…って夢の話とか一番つまんないですよねあはは』
「別に」
『そっすか…。
えと、わたし、夢の中で海にいたんですけど、一番奥に髪の長い女の子が居て。その子にどうしたの?って聞くと、迷子になったって言うから、ちょっと揶揄うとすぐに怒られて…』
思い出すように拙く、一つ一つ零す彼女の横顔は、どこか儚げに見える。
『…あ、その子から伝言?を預かってるんですけど、って夢の中なのに変ですよね』
「伝言…?」
『そう。…“今度またバカみたいなこと言い出したら、近くの岩とか切り株じゃなくて、あなたの綺麗な顔面をぶん殴るわよ!おバカな魔術師さん!”って元気よーく言われたんですけど…あれ?そう言えばファイさん魔術師でしたよね?』
「………それは、オレと君しか知らない…」
言葉にならない感情が、脳と心を埋め尽くす。そんなこと、あるのだろうか。
彼女からその言葉が出てきたと言うことは、信じてもいいのだろうか。
“初期化”されたはずの思い出は、欠片だけでも残っていると。
『どうしたんです?』
「……っ…」
きょとん、と見上げる彼女の体躯を、抱きしめたくなる。触れるのを躊躇う己の右手を、伸ばして、触れられる距離にあるのに、届かないと諦めた。
彼女は君じゃない。
それに、オレに抱いていた気持ちも、君が言いたかった言葉も、オレが送った言葉も、全てが初めに戻っている彼女だ。
このまま、いつか来る別れを待つ方がいいに決まっている。
オレの言葉を忘れてやらない、と言ったあの子は、今ここにいない。戻る可能性が見出せたとしても、それを喜ぶ人達にきっとオレは居ない。
「……スープ、出来たならサクラちゃんに届けるよ。もうそろそろ、起きる頃だろう」
『そう、ですね。お願いします』
ぎゅっと拳を握りしめて、虚ろになった片目の眼帯をそっと撫でる。
これで、いいんだ。
笑える程希望に満ちた歌は、今までと同じように綺麗だったんだから。
(きらきらを、集めては隠す)