東京国
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砂で覆い尽くされた地面を叩く雨音が響く中、魔女さんは話を続ける。
わたしの記憶を“初期化”して、さくらさんの記憶を飛び散らせた男の話。
「その遺跡とやらと、姫の記憶で叶うそいつの願いは何なんだ?」
〈次空を超える力、時間と空間を操る力を手に入れる事〉
「その力で、何を…?」
〈それを教えることは出来ないわ。
けれど、飛王が叶えようとしている願いは、誰もが夢見る、でも誰も叶えられない夢よ〉
誰もが夢見る、誰も叶えられない夢。
それはきっと悲しい気持ちと怒りと嘆きで出来ている夢、なんだろう。
国や歳や人種が違っても、感情だけはみんな持っている。忍でも、お姫様でも、すごい魔法使いでも、きっと記憶がないわたしでも。
〈あたしが今教えられるのはここまでよ。メイリンのことについてもね。これ以上は干渉値を超えるわ〉
「なんだ、その干渉値ってのは」
〈世界は、一見無秩序のようで、揺れ幅を許しながら均衡を保つ事で維持されている。そして、均衡を保つ事で維持されているものは、その均衡を失えば壊れるのみ。
飛王が貴方達に旅をさせる事で既に崩れ始めているものもある。たとえば、過去が変わってしまった紗羅ノ国もそうよ。けれど、崩れて生まれた新しいものにもまた意味が在る。
ーーーーすべては必然だから〉
まるで心を射抜く目で、わたしを、みなさんを見つめる魔女さん。すべては、必然。
繰り返すように、胸に落ちていくその言葉は、どこかで聞いたことがある気がした。
そんな気がしても、記憶は戻りそうもないのに。
〈貴方達が出逢って、共に旅する事になったのは、確かに仕組まれたからだけれど。でも、その後は、貴方達自身の意思で選んできた事。進んでそうしてきた者、流されて来た者。どちらもそうあるように、選んだ結果。無くしたものは確かにあるけれど、生まれたものもまた多い、だからこれからの事も貴方達が選べばいいわ〉
「旅を、…続けます。
小狼くんを探すために」
ファイさんに支えられていたさくらさんは、体に鞭を打ってまで起き上がり魔女さんに告げる。
〈小狼を追いかけて旅を続ければ、飛王の思惑に添うことになるわ〉
「…それでも、行きます。
ーーーー小狼くんの、心を取り戻す為に」
痛々しい怪我も、血濡れた体も、あまりうまく開かない右目も。本当は今すぐに意識を手放したいだろうに、治療が必要なのに。
さくらさんはまっすぐな瞳で、魔女さんに告げる。強い人だ。
「オレも一緒でもいいかなぁ?
今オレの目は小狼君の元にある。同じ魔力の源は引かれ合うから、小狼君探すのに少しは役に立つかも」
「…それは、ファイさんの本当の気持ち、ですか?わたしが行くって言ったから…、本当にやりたいこと、隠してませんか?」
「本当にやりたい事だよ」
ファイさんはそう言うと、さくらさんの手に自分の手を添えた。
さくらさんの気持ちが、メイリンさんの方へ向いているのに気がつく。
「オレは治癒系の魔法を使えない。
君の怪我も治せない魔術師だけど、一緒にいさせてくれる?」
「魔法が使えても使えなくても、…ファイさんはファイさんです」
「“我が唯一の姫君”」
傷だらけになったさくらさんの手を持ち上げて、小さく口付けをする。金の糸のような髪が束になって目元に落ちる様は、まるで絵画のような綺麗な姿だった。けれど、この心臓はそれを認識して、ちくちく痛み出す。
メイリンさんは、ファイさんのこと、好きだったのかな。
躯の記憶、というのはあながち間違いでもないようだ。痛いのに、どうして痛いのかも分かるのに。胸が痛いという事実しか、わたしはまだ知らない。
「モコナも一緒に旅したい!
黒鋼は?」
「日本国へは帰る。それは変わらねぇ。
けれど、変わったものかある。ーーー約束は、ひとつじゃなくてもいいだろう」
口数の多い方ではない事が窺えるような、黒鋼さんはもう一つ、みなさんに約束をした。この人は、優しい人なんだろう。
「それに、探してた奴にも会えるしな」
先程とは瞳の奥に宿すものが違って見える。
黒鋼さんは魔女さんを見つめると、一つ瞬きをして、わたしの方を向いた。
「お前はどうするんだ」
『わ、わたし、ですか?』
旅を続けるのか、否か。
メイリンさんは拳法の達人だったらしい。けれどわたしは体を動かすのは学校の体育くらい。敵、なんかに遭遇してもきっと負けるだろう。足手纏いにしかならない。一緒に行っても、迷惑がかかるだけだ。
しんとしたこの場に、冷たい角度からの意見が出る。
「ここの人達と、いればいい。」
『ファイ、さん』
「“全てを忘れる呪い”というのはもう発動したんだから、こんなことに関わることはない。
ここに残ればいい。何もできなくとも、きっと置いてくれるだろう。
外に行くと突然変異、ってやつがいるけれど、ここに居れば安全だろうし。食料も、君一人分なら増えても減っても同じだろう」
ファイさんの言っている事は、正しいのかもしれない。話を聞く限り、ここの人たちは優しいんだろう。こんなよく分からない話をする為に場所を開けてくれたり、さくらさんが外へ対価を取りに行くときにはスクーターと、方位磁石のようなものを貸してくれたらしいし。優しく、手厚い。記憶のあるなしに関わらず、きっと優しく生きていくことができるだろう。
それに、もう呪いとか、魔法とか、記憶とか、この胸の痛みなんかと離れることができる。知らない人の影を追われたり、苦しむ表情を見ないで済む。
ーーーーでも。それでも。
『…ごめんなさい。わたしも一緒に行きたいです』
「どうして…」
『お役に立てることは、数少ないかもしれません。皆さんがわたしを見て、辛い思いをするかもしれません。
それでも、わたしは“メイリンさん”を知りたい!!』
どんな人で、どんな想いでこの旅に至ったのか。どんなものが好きで、どんなものが苦手なのか。お料理はできるのかな?わたしが苦手だったものは克服したのだろうか?
そんなわくわくが、胸を占めている。きっと場違いなこの気持ちは、将来への憧れ、という言葉が近いんだろう。
わたしはわがままで、自分勝手だ。
〈そう。それが貴方の選択なのね。
ファイ、貴方はそれでいいの?〉
「…オレからは、もうこの子に何かを言う資格はありません」
さくらさんの手を強く握るファイさんは、悔しそうで、辛そうで、申し訳なくなった。
けれど決めたのだ。こんなわたしが、メイリンさんのような強い人になったきっかけが知りたい。ーー憧れもあるけれど。知ったら、記憶が戻るかもしれない。ファイさんに、メイリンさんを返してあげなくちゃ。
〈貴方は?『小狼』〉
「取り戻したいものがある。
もう戻らないかもしれない。けれど、守れるなら、守りたい。
一緒に、行きたい」
さくらさんへなのか、小狼さんの気持ちは、真っ直ぐと向かう。綺麗に光る、刀のように。真っ直ぐと。
〈分かったわ。
では行きなさい。己の望みのままに〉
“もし、望んだものがあるのなら。
ありのままの心で、そのものを望め。”
わたしの心の中で、髪の長い誰かがそうにこりと微笑みながら言う。それは、何だったのか、今のわたしには分からない。
けれど、知りたいと思う。
(眩しく光るリビアングラス)