東京国
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ベッドから起きると見覚えのない無骨な天井をバックに、左目を隠した金髪で綺麗な男性がこちらを覗き込んでいた。
「おはよう、メイリンちゃん」
『……ぇ、あ、えっと。
ど、どちら様ですか?』
わたしの一言に、隠れていない方の蒼い瞳は大きく見開かれた。見開きすぎて、宝石みたいな目がぽろっととれてしまいそう。
というか、わたしの知り合いにこんな人いないよな?
なにが、どうなっているんだろう。
そっと男性の腕が伸びてきて、思わず身を縮める。すごくイケメンだけれど、それとこれとは話が違う。別枠だ。
「…メイリン、ちゃん?」
『あの、メイリン、って誰ですか…?』
そういうと、目の前の男性は、ひどく顔を歪めて、「忘れない、って言ったのに…」と小さく消え入りそうな声で呟きベッドから立ち上がり去っていった。
忘れないって何を…?あなたはだれ?
その声が、頭にこびりついて離れない。
なんだったのか。そもそも人違いだったのかな?いや、でも起きた時に目があったってことは、寝てる間もずっと見られてたってことだよね?
『…ん?あんんな綺麗な人に寝顔見られてたの!?ちょっと待って、よだれ垂れてたりとか…!』
ペタペタと口周りを触ると濡れていないためセーフだった。
セーフだったが、視界に違和感がある。
『…髪、伸びてるし、服のそで、なにこれ。ひらひらでふわふわだ』
毛布を捲ると、いわゆるクラシカルロリィタのような格好で寝ていたようだ。いや、服着替えてから寝ろよ。…じゃなくて、こんな服持ってなかった。
あと、何年か眠ってたのかってくらい髪がめちゃくちゃ伸びてる。色も髪質も違うような…。どういうことなんだろう。
ざわつく胸を撫でながら、周りを見渡すが、ベッドはカーテンのようなもので区切られているようで、あんまり視界から情報が入らない。これはあの外国人男性のように、外に出ないといけない、か?
それはそれで怖い。
打ちっ放しのコンクリートの壁や、少し汚れているベッドシーツと埃っぽい毛布。
おそらく知らない場所だろう。そして、さっきの男性。どこかで見たことあるような…。わたしのことを“メイリン”と、呼んでいたり、何故か笑顔だったり、目覚めて数分で不審な点がこんなに多い。
誘拐、拉致、監禁なんて言葉が頭をよぎる。記憶も曖昧だし。けれど、出ないと何が何だか分からないままだ。
『……よし!』
いざ探検!とカーテンを勢いよく開けて出ると、コンクリートの瓦礫がオブジェのように並んでいた。
外気が頬をかすめ、横を見ると外がある。まず監禁の線はなくなったが、違和感。何故こんなところにベッドがあるのだろうか。
いや、取り敢えず外に出てみよう。さっきの人を探してもいい。あの人からは敵意なんてものは感じなかったし。聞いたら親切に教えてくれるかもしれない。楽観的に行こう。
丁度外には3つの影が見えた。あの人の友達かな?わたしは考えなしに、とりあえずその人たちへ近づいてみた。
けれど、込み入った話をしているらしく、雰囲気は険悪だった。
「あの子が帰りたくても帰れなくなっていたら?ケガならまだいい。でももし、命を落としたら、…もう帰れないんだ」
「それも覚悟の上だろう、あの姫は」
「…そこまで分かっていて、何故……」
「だからこそ。待っている者の所へ帰ってくると約束した姫を信じて、俺は待つ。
待つ事が、一緒に行く事より痛くてもな」
「……オレは待てない」
「信じることがそんなに恐いか」
…なんだろう、出るに出れない。
なにより、意味が全く分からない話なのにぎゅっと胸が痛くなる。苦しい。
雨が、降ってきた。
「待て」
「……まだ止めるなら、戦うことになるよ」
「もし。もし、助けに行って貴方が傷付けば、さくら…いや、姫はもっと傷付く」
大きな柱の1つを背にしている茶髪の少年が、何か白いふわふわを抱きしめながら、金髪の人に向かって言う。静かだけれど、力強く、芯のある声で。
その“さくら”と、いう名前に心が引っかかる。懐かしい、桜並木がフラッシュバックする。
「きっと、自分の体が傷付く何倍も心が傷付く。貴方が姫を傷付けたくないのと、同じように」
「……本当に同じなんだね、君達は」
「あ!サクラだ!!」
4番目の高い声が聞こえ、その声に弾かれたように三人は先の小さな影の元へ走っていく。わたしも、何故か駆けつけたい焦燥感へかられたけれど、何故だかは分からない。
謎が、謎を包んでしまう。
『ここは何処で、あの人達は誰で、わたしはどうしてここにいるんだろう…』
話を聞いている限り、あの人達は誘拐なんてしそうにない。それにわたしを誘拐した所で、何の得もなさそうだし、女の子もいるようだ。
それに、外の景色が異様だ。
砂漠かと勘違いしそうな程の砂に、建っていたはずのビルは崩れ落ちている。その中に、雨だけが降り続けている。
ふと、目線のその先にはさっきの三人がこちらへ向かって歩いている。先ほどの金髪の人が誰かを抱えているように見える。あの人が、さっき名前が出た“さくら”さんなんだろうか。
呆然と見ているわたしに気がついたのか、三人、いや四人ともの目線がわたしに向かう。
『あ、あの、おはよう、ございます』
「メイリンも起きたんだ!よかったー!」
『ほわっ!?え、ウサギ?!ラット?
けど、喋って…えぇ!?!』
こちらに飛び跳ねてやってきたのは黒くて大きい人でも、茶髪の少年でも、金髪の人でも抱えられている女の子でもなく、白くて丸い耳長の喋るおまんじゅうだ。
喋るおまんじゅうは、自然にわたしの腕の中に入ってはてなマークを出しているが、こっちが出したい。
何で喋ってるのか、まさかぬいぐるみ?いや、暖かいから生き物なんだろうけど、ここへ来てまさかの情報追加に驚きを隠せない。
「何驚いてやがる」
「……っ」
「メイリン、ちゃん?」
「メイリンどーしたの??モコナはモコナだよ?」
「まさかっ…!!」
茶髪の少年が何かを感じ取ったように目を見開いた。その瞬間、白いおまんじゅうの額にあった赤い石(もうこの時点でわたしの知っている生物からは外れている)から、光が溢れて、その光は投影機のように映像を写した。
〈……メイリンのことについては、あたしから説明するわ〉
写し出されたのは、綺麗に整った黒髪の女性だった。
ーーーーーーーー
わたしについて、この状況、そしてこの人達について、目の前の女性ーー次元の魔女さんは話てくれた。
『…つ、つまり、わたしは李苺鈴って女の子に生まれ変わって、この人達の旅に加わって色んなところを巡っていたけれど、すごい呪いの所為で記憶喪失になった…ってことですか?』
〈端折ってザックリ言うとそんなところよ。〉
『…し、信じれない!』
〈良いも悪いも全て真実よ。それは、その子達が証人。そして何より、先程鏡を見た貴方が一番理解しているんじゃないかしら?〉
『……っ…』
そう、先程鏡を見せてもらうとそれはわたしの顔ではなかった。
綺麗なアジア系の若干つり目。瞳の色は赤い柘榴のような色。そして何よりわたしの記憶よりも整った顔つき。記憶より背は低くて、手足もすらりとしたスレンダーな身体。
全然知らない人のはずなのに、だけれどリンクして動き、瞬きをする。どうやら本当にこの顔はわたしの顔らしい。
そして、李苺鈴、という名前には聞き覚えがなさすぎる。
どうやら無自覚にも転生、いや成り代わりという方がジャンル的にはあっている気がする。数多のオタク文化に浸ってきたけれど、こんな突拍子も無い事は予想していなかった。ファンタジーな世界でシリアスな場面。思わず冷や汗が流れる。
金髪の人と目が合うと、あからさまに逸らされてしまう。
どうやら、メイリンさんの残した何かが一番重いのはこの人のようだ。
〈記憶喪失、無くなったわけじゃなく、正しく言うなら相殺。“初期化”したの。
そうなってしまったのは飛王・リードという魔術師が施した呪い所為よ。
飛王は記憶の実験と称して、メイリンに“全て忘れる呪い”をかけた。そして、それに気づいたメイリンの母親はあたしに“全て思い出す呪い”をかけるように願った。あとは、貴方の気持ちと、どちらの魔力が上回るか〉
『メイリンさんの、気持ち』
〈貴方に魔力があろうとなかろうと、貴方にはクロウの血が流れている。だから、メイリンの気持ちが忘れたい、思い出したくない、と望むのであれば、それは飛王に理がある。
あたしの魔力で対抗できない程に。だから、記憶が“初期化”された〉
そんな…、と白いおまんじゅうから涙ぐんだ声が聞こえた。後の四人は声にはしないが、悲しい顔や、やるせない思いが空気に漂っている。こんな年も違えば、国籍や世界までもが違うような人たちから、愛されていたんだ。メイリンさんは。
なんだか、頭がごちゃごちゃになってきたけれど、それだけはひしひしと感じられた。
「ねぇ、侑子。メイリンは、モコナ達のこと、もう思い出せないの…?」
〈メイリンの中に、まだあたしの魔力が微かに残っている。もし、メイリンが再び思い出したい、と強く願えばーー記憶が戻るかも、しれない〉
『わ、わたし、思い出したいですよ…!?
皆さん悲しんでるし、わたしもこの状況が分からないままで不安だし…』
〈それでは駄目。貴方が心からそう願わなければ…。
けれど、あたしは貴方が“全部思い出す”のがいいのか、“全部忘れた”ままの方が幸せなのか分からないわ〉
こんなにも強くて凛とした女性が、諦めたように笑う姿を、初めて見た。
綺麗だ、と思う反面、そんな顔しないでよ、とも思った。
あなたには、そんな顔似合わない。不敵に、傍若無人に、毒牙みたいに、不気味に、我儘に笑っていてほしい。何にも知らないのに、そう願ってしまうほど、綺麗で儚い笑顔だった。
〈…話を戻すわ。サクラ姫からの水の対価。確かに受け取ったわ。
玖楼国の遺跡でサクラ姫、貴方の記憶を奪った男は、先ほどの飛王・リードという男よ。正確には記憶を奪う事や、忘れさせる事が必要だった訳ではないわ。
飛王の真の目的は、貴方の記憶を“飛び散らせる”事〉
「何の、為に…?」
〈願いの為に。飛王の願いを叶える為には、必要なものがふたつある。ひとつは、玖楼国に埋まっている遺跡。そして、サクラ姫、貴方が記憶を探して色んな世界を巡る事。
次元を超え、時には時間さえも超えて。様々な次元を“記憶”する事〉
「サクラは旅の最初、ずっと眠ってたんだよ。今は元気だけど、寝てる間に起こった事覚えるのは無理だよ」
記憶、記憶。また記憶だ。
記憶は人を形成する。人格や癖、人体までも。わたしも、メイリンさんの記憶はまるでない。けれど、どこかこの人達を悲しませたく無かったり、金髪の人を見れないのは、きっとメイリンさんの気持ちがまだココにあるから。
きっと、“さくら”さんも、そうなんだ。
〈飛王が欲しかったのは、サクラ姫の心の記憶ではないわ。躯という名の器の記憶。
各次元や、世界を躯に記憶できる。それがサクラ姫が持つ、世界を変えうる力。
その為に飛王はサクラ姫の記憶を羽根にしてらそれぞれの次元に落とした。それを拾い集める旅を貴方達にさせる為に。
既に飛王の企みを知っていた『小狼』を攫い、何も知らないけれど、羽根を集める事を、何よりも優先するもう一人の小狼を創り、黒鋼の母上を殺め国を滅ぼした〉
「……何の関係がある」
地を這うような低く、響く声で、黒髪の大柄の男の人は眉ひとつ動かさずに問う。
けれど、その表情は真実を知って、驚いた感情を殺しているような、抑えた気持ちが伺える。
〈貴方が諏訪を出て、日本国の忍になり、知世姫に仕え、いつか旅立つように。
日本国で、人を異界へ送れるのは知世姫しかいないから〉
「俺が知世に仕えたのは自分の意思だ」
〈えぇ、知世姫もそう信じている。だからこそ、飛王の思惑を知っていても貴方を送り出した。
ファイ、…貴方も同じよ。仕組まれた事と、そうでない事。貴方はもう分かっているでしょう〉
ファイ、と呼ばれた金髪の人は、わたしをちらりと見ると、目を逸らし、深く深く俯いた。わたしの中に、メイリンさんを探しているような。
けれど、さくらさんと手が触れ合い、ファイさんの表情が幾分か和らいだ。笑うと、綺麗だ。
〈サクラ姫が様々な次元を超えて、より安全にそれを“記憶”出来るように。
もう一人の小狼、黒鋼、ファイ。貴方達が集められた。旅の同行者として。〉
「モコナとメイリンは…?」
〈モコナ。貴方達はあたしともう一人の魔術師クロウ・リードが創ったものよ。メイリンも、あたしともう一人が送り込んだ、こちらの一手。飛王の思惑を阻止し、そして、2つの未来の為に。〉
しんしんと、誰かの想いを表すように、雨は止まない。
(カーネリアンに憧れて手を伸ばす)