東京国
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学校に着くと、先生は不気味なほど優しかった。きっと×××××の話が伝わっているのだろう。そんな態度とられても、あなた達の評価は変わらないのに。
放課後、やはりというか、当たり前のようにあの人達はわたしを呼び出した。
こちらは態度に変わりなくて安心したような、嫌悪したような不思議な気持ちだ。
今日はいつものトイレではなく、その校舎の屋上に連れていかれた。きっと悪いセンパイという人がいるんだろう。
立て付けの悪い錆びたドアを開けると、男性の上級生が二人いた。いじめているグループが3人から5人のバカになったらしい。バカは増えても減ってもバカなのだろう。
「おい、コイツかよ。調子乗ってるやつって」
「そーでーす!この子がちょーっと調子こいてて、鈍臭いから私達が毎日遊んであげてるのぉー」
「私らいなかったら今頃ボッチだよねー」
「てか、今日のヘアピンなにそれ。
似合ってないよ。」
「で、××さん。昨日の約束覚えてる?」
昨日の約束?はて、わたしはこの人達と何か約束なるものをしただろうか。
頭をひねって考えても、よく分からない。
「なんのことだか、さっぱりだわ」
「はぁ?あんたの親から金もらって来いって話しただろ?!忘れてんじゃねーよトリ頭!!」
「それは、あなた達が勝手に言ってたことでしょう?それを約束とは呼ばないわ。ご存知なかったかしら?」
いつもなら口を閉ざして、嵐が過ぎ去るのを待っているだけだった。けれど、今日は違う。今日のわたしは鎧を纏っているんだ。
無様な姿には、なれない。
その瞬間、わたしの頬を電撃のような衝撃が走った。いじめグループの一人から頬を殴られたようだ。平手打ちって、ダメージこそないが屈辱だなぁ。
「…ち、調子のんな!!」
「何様だよアンタ!ムカつく!」
「センパイ!この子好きなようにしてください!!」
「ボコボコにしても、滅茶苦茶にしてもいいから!」
「結構無口って聞いてから、マグロもありだなぁと思ってたんだが…。生意気なやつの方が俺好みだなぁ」
ニヤリと歪められた上級生の顔が、気持ち悪い化け物に見えた。
5人がかりでわたしを捉えようとしてきたので、捕まったら終わりだと悟る。
咄嗟に走り抜けて屋上の柵に手を伸ばす。柵を手で掴んだ瞬間、誰かにもう片方の腕を掴まれた。誰かなんてもういい。
掴まれた手を振り払って、柵を飛び越えて、屋上と、空のヘリに立つ。
周りからどよめきが起こる。
「や、やめなって!こんなの冗談じゃん!」
「おいおい、マジか!」
「…いや、どうせ飛び降りる覚悟なんてないんでしょー。あー、やだやだかまってちゃんかよ」
その言葉に、わたしの頭で何かが切れたような音がした。なんだか可笑しくて笑ってしまいそう。
そうだ。母も、父も、×××××も、こいつらも、学校の先生も。全員可笑しい。
ーーーそう思う、わたしが一番可笑しいのかも。
「……覚悟なんて、とっくにできてる。
わたしは今まで地獄に耐えてきた。その度に、心を殺してきた。何度も何度も。
体を一回殺すのなんて、簡単だ」
ニッコリと笑い、この人たちとつまらない世界に別れを告げる。
ふわりと気持ち悪い浮遊感と、次いでぐしゃりとトマトを潰した時みたいな音が響く。
女性の甲高い悲鳴とか、耳障りなのに心地いい。
もうこの世界に用はない。
けれどもし、次があるなら今度は幸せいっぱいの世界がいいなぁ。
あと、恋なんかもしてみたい。
運命の人との恋、なんてあの勇敢で優しくて可愛い主人公みたいで素敵だ。
そうしてわたしの人生はあっけなくもフェイドアウトしていった。
ーーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
雨が止み、少し焼けた都庁に砂埃が舞う。
そうして眠っていた金の髪の魔術師は眼を覚ます。ーーゆっくりと開かれた瞳は、吸血鬼のそれだった。
ゆらりと、起き上がるファイを、黒鋼は険しい顔つきで見下ろしていた。
ファイはそんな黒鋼を瞳に写し、いつものようにゆっくり頬を緩め、目を細める。
「……おはよう、黒鋼」
いつものような優しい声で、いつものようににこやかに。けれど、いつものふざけた呼び方ではなく、完全に線を引き直した呼び方で。
一瞬、目を見開いた黒鋼は、また眉間に深々とシワを寄せる。
ベッドから立ち上がろうとしたファイに向かって、「動くな」と、短く低く告げる。
「逃げないよ」
もう間延びした、誤魔化したような口調ではないファイに対して、持っていた毛布を勢いよく投げる。
「まだ動くな」
黒鋼の優しさは分かりづらいようで、分かりやすい。ファイに被せた毛布とは別の毛布を持って、外にいるあの男の紋がはいった服を着た『小狼』の元へ歩いていく。
雨の降っていない東京の空は、何も遮るものがなく綺麗な星空だった。
ファイの元に、うさぎのように飛び跳ねてモコナが不安そうにやってきた。
「心配かけてごめんねーモコナ」
額の石が光を放ち、現れたのはやはり次元の魔女その人だった。
おそらく、ファイに用があったのはモコナではなくこの魔女なのだろう。
〈モコナ。通信はそのままで少し眠ってくれる?ファイと二人で話がしたいの〉
魔女がそう言うと、モコナは早々に眠りにく。優しくみんなを和ませてくれて、みんなの為に涙を流すモコナには、知って欲しくない話をするのだ。
「吸血鬼から戻れる方法を残すなんて、貴方は小狼君達に甘いですね」
〈……左目が戻ったら吸血鬼じゃなくなるってことは、もう二度と元には戻れない事より残酷かもしれない。貴方次第ではね〉
伏し目がちな次元の魔女の黒髪のひと束が、肩からはらりと落ちる。
〈黒鋼とは…〉
「話しましたよ。“おはよう黒鋼”って」
〈…それが貴方の答えなの〉
目を細めながら話すファイは、その緩やかな笑顔から表情を一度も変えない。
「最初は小狼君やサクラちゃんやモコナや、メイリンちゃんみたいにちゃんと名前で呼ぼうと思ったんですけど、なんか色々呼ぶたびに怒るのが面白くて。
渾名で誰かを呼ぶなんて、した事なかったですしね。楽しくて、くすぐったくて、自分で引いた線を通り越してるのに気付かないふりをしてた。
…だからオレは、オレを生かす事を選んだ彼を許しちゃダメなんですよ。許せば……また近づく事になる」
〈今回のことは、貴方が一緒にいたからではないわ〉
「それでも、オレはこれ以上誰も不幸にしたくない。昔、アシュラ王が連れ出してくれた時の言葉が嘘になってしまわないように」
何かに懺悔するように、笑顔を少しだけ沈めていく。もうこれ以上は、と我慢している子供のように。
〈ファイ。これだけは覚えておいて。
あの子達は貴方にとってもうただの通り過ぎていくだけの
貴方の痛みは、あの子達の痛みでもあるのよ。それは、身を以て知っているんじゃない?〉
深々と、魔女の言葉がファイの胸へ突き刺さる。刺さってしまっている事に、ファイはまだ目を逸らしていた。
「……メイリンちゃんは、まだ上で眠ってるんですか?」
〈メイリンは…、貴方の後ろのカーテンに囲われたベッドで寝かされているわ〉
どこかほっとした表情を浮かべるファイに、次元の魔女は眉をひそめる。
次にファイへ襲いかかる戸惑いや悲しみに、憂いを含みながら。
通信を終えて、ファイはメイリンの眠っているベッドへ腰掛けた。
長い髪を解いて、横になる彼女を見て安堵する自分がいることにまた驚く。
「オレがこんな事になっちゃったって知ったら、驚くのはメイリンちゃんだろうなぁ」
白くきめ細やかなメイリンの肌をそっと撫でようと手を伸ばすが、触れる直前で手を止めてしまう。
自らの所為で不幸になった、という人達を何人も何人も見てきた彼にとって、メイリンは一番遠ざけなければいけない存在だ。
いつから、こんなにも愛おしくなってしまったんだろう。そう考えるのは、一度や二度となんて数じゃなかった。
メイリンがファイと呼ぶ声や、顔を真っ赤にして怒ったり、お姫様だっこをすると面白いくらい照れて焦ったり、歌う時の綺麗で流れるような雰囲気や、凛々しい表情で強くあろうとした姿。
そして、桜花国で死なないで、と涙を流して縋るメイリンを。
きっと、ファイに吸血鬼の血を与える時に、その場にメイリンが居たら、「私が餌になる」と言い出す事は容易に想像できた。
そんな事、血を吐いてでも死んでもさせなかっただろうけれど。
そうやって生かそうとする、メイリンからもまた距離を置かないと。
この子は絶対に、不幸にしてはいけない。
「……デートの約束、破っちゃうなぁ」
なんの契約もしていない、ただの口約束だったけれど。彼女は、嬉しそうにまた行けばいいと言っていた。あんなに優しい約束をしたのは、いつ以来だったろう。
それでも、ファイはその約束を反故にする。
メイリンが幸せであれるように。
ごめん、ごめんね、と心で繰り返すファイの片方だけの瞳と、花弁が落ちたようにふわりと瞼を開ける赤い瞳の視線が交わる。
ぱち、ぱち。長い睫毛が入ってしまうんじゃないか、と言うほど瞬きをするメイリンに、ファイは仮面のような笑顔を向ける。
また怒られるかな、それで嫌いになってくれればいいのに、と思いながら。
「おはよう、メイリンちゃん」
『……ぁ、え、っと、ど、どちら様、ですか?』
鈴の音のような声は戸惑いと恐怖を乗せて、白く細い腕を縮こませながら、凛々しく整った眉を下げて、ガーネットの瞳は不安でゆらゆら揺らめいている。
こんな、か弱い雰囲気を出す女の子じゃない。
「…メイリン、ちゃん?」
『そのメイリンって、誰ですか…?』
この子と距離をとって、線を引いてという決意や覚悟が、ガラガラと砕け散る音だけが、ファイの頭に響き、ファイ、と呼ぶメイリンの声が耳の中で反響する。
(瓶に詰め込まれたシトリン)