東京国
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ゆらゆらと水に合わせて揺れる赤色の帯は、止まることはなく神威から溢れ出て、広がる。
慌てて地下の水に飛び込んだファイの目には、その赤い帯を出させたのが小狼だという事実が映っていた。
普通なら死んでいるか、よくて瀕死になる量の出血だったのに、次の瞬間、神威は動き出し、鋭く伸びた爪で小狼へ攻撃する。
「
……あれの主人はおまえか」
神威の金に光る瞳が、小狼から後方へいたファイに移る。水の中なのに声が聞こえて会話できるのはひとえに魔力の高ゆえか。ファイも当然のことのように神威の問いへ否、と告げる。
小狼から溢れる血の帯はゆらゆらと水を漂うが、その血は広がらず神威の周りを流れている。
「まさかあの
〈違う。彼は、本当に良い子なんだ。
サクラちゃんを守って、羽根を探そうと一生懸命で〉
ゴボボボボと空気の泡が水面へ向かって押し流される中、ファイは悲しそうな、辛そうな表情で小狼へ語りかける。ここにメイリンがいれば、もしかしたらいつものへらへらした笑顔はどうしたと発破をかけるかもしれない。それほど、苦痛に満ちた表情だった。
〈…小狼君〉
「おまえ、これが人間じゃないと知ってたな。抑えてはいるが、相当の魔力の持ち主だろう。だったら、これの中身…おまえ達は心とかいうんだったな。それが誰から与えられたものだという事も知っていただろう」
〈たとえ、それが他者のものでも、偽りでも、その心を受け取るものにとっては真実なんだ〉
ファイも、“知っていた”。どこの世界で、なにがどうなる、なんて事までは知らないにしても、サクラのことや小狼のことを“知っていた”。だから同じく“知っていた”のに何もできなかった、しなかったメイリンを責め立てられなかった。彼女の心中を、自分なら分かっているような気になって。
そして、偽りでも本当だと受け取れば真実になる。これも、小狼と自分へ向けて言っているようなものだった。本当になればいい、と。
小狼の右目から、ポゥ…と光が放たれて魔法陣が現れた。『小狼』の右目の封印の、魔法陣だろう。けれど、それが段々と薄れていくのがファイには理解できた。
〈右目の魔力が、消えかけてる!〉
水の動きが変わり、小狼を中心に水が竜巻のように避けていく。周りから水がなく、外から見ると、水の壁が他の彼らとファイ達を隔てている。
これは、小狼から、というよりも別の方向から魔力を感じる。
「誰か来る。別の世界から。あの狩人じゃない」
「もう一人の小狼君が、来る」
水の深い、奥の方からまだ知らないもう一人の彼がやってくる。呼応して、小狼から放たれる魔法陣はゆらゆらと大きくなり、それに伴いヒビが入る。
もう、限界がきているようだ。
「(その心は君のものだ。君と、サクラちゃんや君を愛する人たちで作った、大切なものなんだ。だから、無くしちゃいけない!!)」
ファイは小狼を思い、今度は自分の意思で、確固たるものを持って、魔術を使った。小狼が大切で、みんなで過ごしたあの時間が愛おしくて、もう一度、と祈るように魔術を使った。
切れかかっている封印をもう一度元に戻そうとしているが、魔法陣へ絡まる呪文はパリパリと音を立てているばかりで、ひび割れの足は止まらない。ファイは今まで見せたことのない苦悶の表情で、それでも必死に魔術を保持する。
「あれからさっきまで感じてたのと同じ気が近づいてる。…なんだ、あれは」
小狼の魔法陣が消失したと、同時に水の壁から何かがひたりひたりと現れるのを神威は見つけた。ぼーっと、まるでここに魂がないように、水の底に張っていた繭の枝を伝い、こちらにひたり、とまた近く。
『……しゃおらん、ふぁい』
「っ!?メイリンちゃんっ!」
ここに居るはずのない、メイリンが小狼と同じような眼差しで、ファイを見つめる。そのガーネットにいつもの自分が写っていない事に、ファイは場違いな不安と疑問を感じる。
そうしている間にも、『小狼』が小狼へ渡した心は小さな珠になり、ファイの足元へころころと転がっていった。それを拾い手のひらで力強く握りしめる。
ファイへ近づいた小狼は、躊躇なくファイを足蹴にした。力なく倒れるファイの頭を踏みつける小狼。
「この世界に羽根はあれだけか?」
何を聞いてもこの世界の事情を知らないファイからは答えはなかった。
メイリンの反応はない。
「魔術を使うな。
……その目が魔力の源か。羽根を取り戻す為に、これも必要か」
ファイの頬へ手を添える小狼。
メイリンの、反応は…。
『…しゃおらん。小狼だめっ、!!!』
悲鳴に似たメイリンの声が、地下にこだまする。己の数メートル先で、何が、起こっているのか。血が、おびただしい量の血が、ファイから溢れる。それを浴びて食らって、尚も無表情の小狼がいる。
手にはあのきらきらとした、綺麗ね、とメイリンがよく褒めていた瞳がある。それを、ばくり。と小狼が、口腔の中へ放り込み、むしゃり。と咀嚼する。咀嚼、咀嚼、咀嚼、咀嚼、咀嚼、咀嚼。
どくん、どくん、とファイからはまだ血が溢れて止まらない。
けれど、そんな彼を引きずって、小狼はメイリンのいる方向へ向かう。
『…いや、ぃや嫌だ嫌だ嫌だ!!!
こんな結末っ、ファイ!ファイ!!!
嫌だァアーーーーー!!!!』
ゴーン、ゴーンと、終わりを告げる鐘が、頭の中で鳴り響く。
ーー“さぁ、もういいだろう。
すべて、わすれろ”
その男のつまらなさそうな声がメイリンの脳を支配する。額にはあの蝙蝠の紋様が浮かび上がっている。
けれど、それよりも大きな魔法陣が、メイリンの足元へ現れる。次元の魔女の、魔法陣だ。互いが互いの呪いを、魔法を打ち消し合っている。魔力や戦略は、干渉値によりほぼ互角。だけれど、ここにはメイリンの精神も関わってくる。
忘れたい。思い出したい。どちらを強く願うか、それがメイリンにかかっていた呪いを強めることになる。
しかし、別次元にいる男がにやり、と一人で笑っているのを、この場にいる誰も知らない。
魔法陣はぱらぱらと消え去り、メイリンは地に倒れこむ。
虚ろな瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちるが、もう引きずられて血を流すファイは写っていなかった。
(ごくん、といなくなるスフェーン)