君に手向けた花
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いつも見てた。
私は“本当の私”じゃないから、君に恋心なんてこれっぽっちもなかったけれど、君に特別な感情があったと思う。それは家族愛であったり、友愛の部類ではあるのかも。もしかしたら、羨望もあったかもしれない。
だから、君の“一番好き”にずっと居座るあの子がーー私は大嫌いだった。
『で、その私に大っっ嫌いなあの子を助けろって言った?』
「あぁ。正確には、貴方の嫌いな彼女と同じ魂を持つ子だが」
『一緒じゃない!』
「まぁそう言わないでくれ。私も必死なんだよ」
『ふん! クロウ・リードの生まれ変わりのくせによく言うわ』
「それを言うなら、貴方だって」
『…どんぐりの背比べ、というより目くそ鼻くそって言った方が近いわね』
「酷い言われようだな」
目の前の男は作ったような笑い声で喉を震わす。眼鏡の奥には必死さのかけらも感じられない。ーーそう。私は、昔の、前世の記憶がある。あると言っても、前世のーー〈前のわたし〉がどうやって死んだかとかは靄がかかったように思い出せない(思い出せたらそれはそれでトラウマものだろう。)
それでも私は、彼ら彼女らを“知っている”。
カード集めをする女の子や、衣装作りが好きな女の子。封印の獣と、審判者。そして目の前の最強の魔術師と謳われたクロウ・リードの生まれ変わり。
それと、私のいとこのクロウ・リードの末裔。
『…で、お話の中では私とあなたは“関わりがないはず”なんだけど、私になにをして欲しいっていうわけ?』
「ふふ、さすがだな。
単刀直入に言おう。君には世界を渡る旅に出て欲しい」
『はぁ?!またどうして…』
「君がこの世界へ生まれたルーツを知る為」
『…なによ、それ……』
〈わたし〉が、私になった理由。
〈前世のわたし〉はこの世界が大好きで、何度も何度も見惚れるように憧れた。魔法のカードも、無敵の呪文も、お互いを一番だと思える運命的な恋も。
けれど生まれ変わったところで今の私の手の中にあるのは、使い込まれたボロボロの式服と、
この身一つで戦う為の中国拳法だけ。
憧れた女の子にはなれないまま、気がついたら私はクロウ・リードの末裔の一族〈李苺鈴〉として生まれ変わり、強制的に〈李苺鈴〉として生きてきた。口調を変えて、趣味嗜好を変えて、武術や知識を身につけて。
もし、その理由が。
私が〈李苺鈴〉になった理由が分かるなら。
私はそこに飛び込むだろうか?
そのためならば、なんでもするだろうか?
ーー非常に残念ながら、答えはイエスだ。
『…って、世界を渡るってことは、“あの一行”に、次元の魔女のところに飛ばされるって訳ね』
「おや、ご存知でしたか」
『猫被んな、さっきと声のトーンが全然違うでしょーが!』
「おやおや、手厳しい。でも貴方も被ってたじゃないんですか、猫」
『私は〈苺鈴〉という厚化粧をしてたの、一緒にしないで』
とてもじゃないけどこんな会話あの子達には聞かせられないだろう。くすりと笑い、目の前の彼を見据える。柊沢君は片手で支えられない程の大きな杖で床をトンと突いてクロウの魔法陣を出した。その様子は本物の魔術師、クロウ・リードそのものだった。
「……すみませんが、一つ頼まれごとをしてもらえませんか?」
『場合によるわね』
「貴方が知っているあの“世界の筋道”を壊してください。出来れば私は、皆さんに傷ついて欲しくない…」
『それはあなたが次元の魔女を失いたくないだけなんじゃないの?』
不毛な腹の探り合い。そう言うと、柊沢君は少し目を見開いて、口をニヤリと歪めさぁ、それはどうでしょう?、なんて謎めく。食えないなあ。
『修正力を侮らない方がいいわよ。痛い目見るんだから』
「そうですね、貴方が一番よくわかっている」
『自分から頼んでおいてその言い草は腹立つわね。…まあいいわ。あなた程の人が頭を下げたんだもの。やれるだけの事はやってあげる』
「……貴方の旅路に幸多からんことを」
小さくありがとうと唇を震わせて優しく微笑む眼鏡の美少年は、次の瞬間視界から消えていた。
(旅立ちの日は窓を打つような雨だった)