新世界編
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ドカンガコンと重厚な鉄を殴る音が聞こえる。どうせウソップが何か作ってるんだろうと夢うつつに思って、はたと気がついた。
あの可哀想な長鼻は“燃え盛る島”へ連行されたじゃないか。一度思い出すと意識は浮上していく。やけに重い体を起こし、瞼を擦れば見えてくる。鉄は殴られていたんじゃなく、“蹴ら
れて”いたし、音の正体はウソップではなく殺気ダダ漏れのサンジだった。
フランキーは身を寄せ合ってるナミとチョッパーをチラリと見た後、サンジへ声をかけた。
「何はしゃいでんだ?」
「…ハァ、はあ。起きたなら手伝え」
「何を……ウォッ!?なんだここ!」
ほぼパニック状態のチョッパーが閉じ込められたと騒ぎ立て、やっと状況を把握しつつあるフランキーはナミの話を聞いて状況を理解した。
「推測だけど、誰かが船に“催眠ガス”を撃ち込んで眠ってる間に攫われちゃったみたい」
「ガスが船に充満してたのは間違いねェ…。クソ、おれがもっと早く気が付いてれば」
「おれ達売られちゃうのかなー!!人攫いかなー!?」
トナカイや人並み以上に大きなロボットまで連れ去っているのだから、もし本当に人攫いなのだとしたら飛んだマニアックな商人だろう。
「アンリとブルックはどうした?」
「……分からない、ここに居たのは4人だけ」
フランキーはチョッパーの言葉で気がついた。アンリは一度、それこそヒューマンショップへ売られそうになったことがある。ブルックはさておき、年若い女で目を惹く顔立ちのアンリがいない事が気になった。そして、そのせいでこういう場面ならいつも冷静なサンジが焦っているのだと、やっと腑に落ちた。
「早くここから出て探さねェと…!!」
「まァそう焦んな」
「んだとッ!?」
「アイツはああ見えて度胸もありゃ実力もある。合流するに越した事ねェが、焦りすぎても良くねェんじゃねェか? ちったァ信じてやれよ」
「………それも、そうだな」
アンリが信用できないから焦ってるんじゃないことを知った上で、フランキーはそう言った。いつまでもグダグダやってるコイツらにはいい薬になるかもしれない。
しかしフランキーもあのふわふわと可愛らしい女が、自分達と別の場所で隔離されてるであろう事が唯一の不安だった(ブルックはさておき)。チョッパーも悪魔の実の能力者。ナミも年若い女だし、物好き(ロリコン)でない限りアンリとナミを比べるとナミの方に食指が動く下衆は多いだろう。なのに、アンリがいない。
サンジほどでは無いが、不安が拭いきれなかった。なんせ、悪魔の実の能力者に“なってしまった”彼女には決定的な弱点があるのだから。
*
夢の中で、機械の無機質な音だけが響いていた。サニー号にそんな装備ないし、そもそもこの世界で病院のような機械音なんてあまり聞かない。それこそ病院のような設備が揃っていたローさんの潜水船くらいだろうか。思考が広がるにつれて目が醒めてきた。瞼を開くとぼんやりと白い天井が浮かんできた。本当に病院みたいだ。辺りを見渡すと薬の棚やビーカー、薬物実験でもしそうな備品がたくさんあった。物だけ見ると病院というより、学校の理科室を思い出した。
どこだろう、と思うが前にカシャンと鉄が引っかかる音が聞こえた。ベッドの柵を通して手錠が繋がれていた。鎖と機械音、そしてわたしの呼吸音しかしない誰もいない知らない部屋。わたしにもう少しだけ余裕があれば「○○しないと出られない部屋!?」って声に出してたかもしれないが、悲しきかな(この場合ありがたい事かもしれないが)そこまで余裕はない上にだんだん直前の記憶が蘇ってきた。
「そっか、麻酔みたいなもの撃たれて…」
けれど、ここに拉致されてるのはわたしだけ。ナミ達はどこにいるのだろう。無事、だろうか。わたしも身体中触って調べたけど怪我一つしてないから、みんなも大丈夫だと思いたい。怪我をしたらチョッパーがいる。道に迷ってもナミがいる。不安になったらブルックさんもフランキーさんもいる。何が襲ってきてもサンジさんがいる。きっとみんなは大丈夫。
「よしっ、何はともあれみんなと合流だ!」
幸いわたしが繋がれてる手錠も鎖も海楼石じゃないようで(麻酔のようなもののせいで体は少しだるいけど)動けないわけじゃないし、首輪型の爆弾もついてない。誰が何の意味でわたしを捕らえたのか分からないけれど、考えるのは今じゃなくていい。最優先事項はナミ達と合流だ。
ふんっと力を入れれば鎖がぷちっと千切れた。2年前じゃ考えられないパワープレイ。そうでもしないも女ヶ島じゃ生きていけないのだ。
手枷も外そうとしたところで自動扉が開いた。
「シュロロロ、どこへ行くつもりだ?」
「……帰るの、仲間のところへ」
白衣の男は意識がなくなる前にみた作業着の男を連れて現れた。即ち、わたし達を眠らせて連れ去った張本人だ。キッと睨むが暖簾に腕押し、また独特な笑い声をあげて、マァ落ち着けと声をかけてきた。
「今の気分はどうだ? 吐き気や、眩暈は?」
「……?」
「ただの問診だ、さあ答えろ」
「仲間はどこ?」
「正直に答えたら教えてやろう」
「あなたを殴ってから探すからいい」
近くの薬棚を漁るように背を向け、こちらを見もしない白衣の男に向けて跳び、脚を振り下ろした。が、男の体は煙のように四散し手応えがまるでない。悪魔の実の能力者だと咄嗟に構えたが遅く、わたしはドサっと地に伏した。
途端に喉が閉まるような息苦しさと、眩暈で周りがチカチカうるさい。何をされたのか、疑問が頭の中で鳴り止まない。体には触れたが攻撃された覚えがないし、白衣の男はまるでこちらを見ていなかった…!
「シュロロ、まぁいい。貴様のバイタルは取ってあるから後でじっくり見てみよう」
「……ッ、は。なに、したの…?」
「アァ、安心したまえ。ただの“酸欠”だ。
改めて自己紹介をしてやろう。おれは天才科学者!“M”シーザー・クラウン!!そしてガスガスの実の能力者だ。ーーよろしくな、貴重な幻獣種のモルモット」
「!?」
うっとりとした声色で微笑む白衣の男は紛れもない悪魔の顔をしていた。
確かに、わたしが食べたのは幻獣種と呼ばれる貴重な悪魔の実だった。飛行能力があること自体世界的に稀なようで、さらには幻獣種というだけで狙われる事もあるらしく、蛇姫様の提案で外に出る時は姿も声も能力も隠してきた。今までは。ーー魚人島でみんなの役に立てた事が嬉しくて、忘れていたのかもしれない。
しくじった挙句に変態科学者に拉致監禁とか、本当にどうしようもない。奥歯を噛み締めようとも力が思ったように伝わらず、ただ胸が焦燥感に焼かれる。
「…ああ、あったあったコレだ!
少し前から幻獣種相手だと毒の効果が違うのではないかと研究してたんだが、中々実験できる機会がなくてなァ。人造悪魔の実(スマイル)で試したところで同じ結果とは限らねェ、そんな時!お前がノコノコやって来た!!」
男の手の中でちゃぷんと揺れたのは試験管に入った怪しげな茶色とも紫とも取れる液体だった。霞んだ視界にも分かりやすい男の紫のルージュがゆっくりと弧を描いた。
「…っハ、おまえのよこっつら、ぜ、たいはっ倒、す…!!」
恨めしく睨んでも紫のルージュは歪む事なく、綺麗な弧を描いたまま。わたしは再び意識を暗闇に投げることになった。
熱くて苦しくて叫びたくても声が出ない。夢と現実の境界線すら曖昧になっていく。
苦痛から逃げる術がない暗闇の中で一つ、大きくはないが薄ぼんやりと輝く光があった。手を伸ばそうとするけど軽々とわたしを避ける光に指だけ掠ると、新雪に指を沈ませた時の感覚を思い出す。
つめたい、けど刺すような冷たさじゃなくじんわりじんわりと熱を溶かすように柔らかい。
「だ、れ……?」
「ふふ、凄いわ。“本物“はこんなに強いものなのね、」
大丈夫、大丈夫よ。と子守唄を歌うように撫でられた頭からはすっと痛みが和らいでいった。
*
吹雪の中、大きな男が子供を抱いている。大切に、大切に。誰にも何にも奪われないように。そこに芽生えたのは“愛”以外の何者でもない。頬を刺す冷たい突風から守るように、病気なんか届かないくらい大きく暖かいもので覆ってあげられればいいのに。
大きな男が子供を見て、時々子供らしくないすっと通った頬を優しく撫でる。暖かい、むしろ汗をかいてるようで少し暑いくらいなんだろう。恐らくまた発熱しているんじゃないか。
男の冷たい手に擦り寄る姿を見て、また胸が苦しくなった。
この子を早く“自由”にしてやりたい。
忌わしい病気から、凄惨なトラウマから、悪魔のような自分の兄から。
「…もう少し、もう少しの辛抱だ。ーーがんばれ、ロー」
全てを塞ぎたくなるように芯から冷たくなっていく吹雪の音。頬を刺す風は“どこでも”同じらしい。ザクザクと雪をかき分けるように歩く人はシルエットに反して重い音がした。
見張り番の男はその音に気がつき、ふと声をかける。
「あれ? ローさん、どちらへ??
今海軍の奴らが近くに、…!!」
「知らねェよ」
トラファルガー・ローは鋭い眼差しで見張り番の男を一瞥し、何かを片手で抱きながら愛刀をゆっくりと抜いた。見張り番は一瞬体を強張らせるも、まさか自分達にその切先が向くとは思っておらず、いつの間にか身動きが取れなくなっていた。視界の端には自分のものと思わしき右手と左足、そして下顎から首筋にかけてという鏡でもないと視界に納められないようなものまで雪の上に落ちていた。驚きのあまり言葉も出ない。というよりも、下顎がないからか上手く発音ができないらしく赤ん坊の喃語の様な声が出るだけだ。しかし、トラファルガー・ローが抱えていたものはしっかり見えた。
寒くないようコートでぐるぐる巻きにされている、女だった。
「どこへ行こうと、何をしようと。ーーおれの自由だ」
トラファルガー・ローは片手で抱えた女に愛おしさや懐かしいような感情を帯びた視線を送る。その後バラバラになった見張り番には目もくれず、視界が白く染まる吹雪の中ザクザクと迷いなく進んで消えていった。
*
一定のテンポで聞こえる耳障りの良い音が夢ではないと理解すると自ずと意識が浮上した。すっと瞼を開くと白くぼやけた視界の中に見覚えのある帽子を被った不機嫌な顔が浮かんだ。
「……ローさんって、いつもわたしのピンチに現れますね」
「テメーはいつも突拍子もない現れ方をするな、魔女屋」
久しぶりに聞いた低い声に、頬が緩んだ。
辺りを見渡そうにもわたしを包見込むようなモコモコと空から降る雪で何もかも遮られている。
「なんだか悪の科学者の代名詞みたいな変な笑い方の人に変な薬をぶち込まれる夢をみたような気がする…」
「残念だがそりゃ現実だ」
「えぇっ!? じゃ、じゃあ、広い箱みたいな部屋に閉じ込められて天井からお宝が降ってきて息ができなくなっちゃったのも!??」
「そりゃ夢だ」
なんだ、それなら綺麗なお姉さんに膝枕されて頭撫でられたのも夢か。せっかくだったら不気味な科学者よりもそっちが本当だったらよかったのに。風の冷たさからここが現実である感覚がはっきりしてきた。
次に問題視すべきは、このアングルだ。なにせローさんの顔が近い。2年ぶりの知り合いの距離じゃないだろ。
「へ、変態科学者に拉致監禁されていた所、助けていただいてありがとうございます。そろそろ降りますね。……あの、ローさん?そろそろ腕をどけていただいても…?」
「お前のいうところの変態科学者は、厄介な薬を使ったらしい」
曰く、動物系悪魔の実の能力者はその特性上薬も毒も効きづらく、大抵の薬品は効果が半減以下らしい。その上回復も早い。その上幻獣種であれば特性は高まる。なんだか難しい話をされたが、要は薬効きませーんの人になったらしい。だからこそ対抗策として作られた薬の被験体にされたのだと。
「で、でもほら、意外と元気ですよ」
ミノムシの様に毛布でぐるぐる巻きにされてるから身動きは取り辛いがちからこぶを作るイメージでにっこり笑うと、ローさんは一瞥した後鼻で笑った。これはさすがにわたしでも分かる、これは“嘲笑”というものだ。
「元気な人間ってのは、例えば熱が40度近くあって、この雪の中でも震えながら発汗してる、自分の足じゃ立つこともままならねェ奴のことか? ならテメーは健康そのものだな」
「……そ、そんなこと」
「いいか? 常人なら死んでも可笑しくねェウイルスを投与されてる。治すにしてもお前に解熱なんかの薬は効かねェときた。おれならウィルスを多少除去してやれるだろうが、今ここで無理して悪化させるか、大人しく運ばれて治療を受けるかどっちか選べ」
「ごめんなさい、大人しくしてます……」
まるで射殺さんというような目線が真上から降り注ぐ。おそらく目を合わせたら飽きれられながら雪の上に放置されるだろう。そして今のわたしはそれだけで死ぬ状態だと、懇切丁寧に地を這う声で訴えられた。よほどの死にたがりか、2年前の馬鹿なわたしくらいでないとこんなに怖いお医者様に逆らうなんて出来ないだろう。気分はホールドアップ、降参である。
ローさんはまた鼻を鳴らしてザクザクと雪道を進む。顔は見えない(怖いから)が、その足取りからしてあまり迷っているような雰囲気はない。この雪が降る視界の悪い中、きちんと方向も目的地も明確らしい。
しばらくローさんの腕の中で揺られていると、何やらすごいスピードでズシンズシンと音が近付いてくる。
「そこか。ーー少しここで待ってろ」
「あ、ちょっとローさァん!?」
何故か岩間の陰にわたしを置いて、ローさんの愛刀だけ携え何処かへ歩いていく。
も、もしかして、馬鹿を言いすぎたせいでこのまま放置されるのだろうか…。
暫く言われた通り待っていると、近くで何かが崩落したような大きな音がした。もしかするとここも危ないかもしれない。今出せる力を振り絞ってうごうごしてると、またさっきのような音が響く。頭の中に雪崩の二文字がよぎったがそれ以降続く事はなかったので違ったのだろう。雪崩でなければ、もう一つ浮かんだ顔に被りを振った。必死に動くと、絡まって私を離さなかった毛布は観念したようにはらりと解けた。
しかしわたしの行動を遮るのは怖い顔の医者でも、硬く結ばれた毛布でもなく重度の倦怠感と眩暈に頭痛に伴う吐き気という体調不良の独壇場。目の前がエレクトリカルパレードのようだとか、重力ってこんなに強敵なのかとか考えながら雪に足を取られつつローさんが消えた方向へ急ぐ。いつもより鈍くなった耳に吹雪に紛れて高い声が飛び込んできた。
「同盟ですって!?」
なんだかナミの声に聞こえて足は無意識に早まる。やっぱり、あの雪崩の様な地響きはルフィ達だったんだ。仲間と合流できる、その一心でズンズンと雪をかき分けて岩場から覗くとローさんとルフィが対面していて、ルフィの横にはフランキーさんと横たわってるチョッパーの姿があった。きっとさっきの轟音は一悶着あった時のものだろう。しかしナミの声が聞こえたはずだけれど、姿は見えない。不思議に感じながらもフランキーさんと目が合いできる限り大きく手を振って声をかける。
「おーーーーい!みんなーー!」
「おっ!アンリ!!なんでいるんだあ?」
「アンリ〜〜〜!!よかったーー!」
「………?????」
ルフィが目を輝かせ、フランキーさんは駆け寄りわたしをむぎゅっと抱き寄せた。おんおんと泣いているがいつもより勢いがない。それに何より声がナミだ。
この世界のことを知ってから2年そこそこ。色んなことが起こったし、衝撃的な事も多々あったけれどここまでの珍事は知らない。理解のできなさに宇宙を背負ってたっぷり沈黙のあと。
「……雑コラみたい」
「面白れェだろ〜〜??」
「面白くないッ!!!」
「多分喜んでるのルフィだけだと思うよ…」
一割程度しか状況を把握できてないが、ルフィだけ異常に楽しそうな事は理解した。
他の海賊団との同盟組んで四皇を倒すという、突拍子もない話をローさんは持ちかけているようだ。ルフィにしては珍しく考え込んでいた。ナミ(疑問)には申し訳ないが、私はルフィが即答で了承すると思っていた。この2人が肩を並べていた“原作”も、なんとなく知っていたし、それがなくてもローさんはまごう事なき“命の恩人”だ。それも相まって、なんとなくすぐにいいぞって言うと思ってた。
「なにもいきなり“四皇”を倒せると言ったわけじゃない。順を追って作戦を進めれば、そのチャンスを見出せるって話だ…!」
「……その“四皇”ってだれのことだ?」
「ちょっとルフィ!なに興味持ってんの!?
こんな奴信用できない!!」
「そこに関しては大丈夫だよ、ナミ。」
「アンリ!あんたまで…!」
「だってわたしをここまで連れてきてくれたの、ローさんだし」
ただしルフィがもしこの話に乗らなかったとして、わたしが単独でローさんのお手伝いをするかと言われたら残念ながらNOだ。いくら恩人であっても船長の言い付けを破ってまで恩返しはしない。2年前ならいざ知らず、わたしもこの世界に段々染まってきたと言う事だろう。