新世界編
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ゆっくりと重い瞬きをすれば、ぼんやりとした視界がだんだんクリアになっていく。それに伴ってわたしの霞んだ思考回路も明るくなり、知らない天井をぼーっと眺めた。
ああ、この短時間であと何回気絶するのだろう。途切れ途切れの記憶を繋ぎ合わせても、ここが何処だかさっぱり分からない。
「ここは人魚の入江の海底! 町の人魚カフェの女子寮だからお友達がいっぱいいるの!」
「ジョ、女子寮……!? マ、マ、マ、マ、マーメイドカフェとは…!??」
「私が今ウェイトレスしてるお店だよ。美人の人魚がいっぱいいるの」
「……ッ…!!!! ぅッッ…!!!?」
「「サンジがあぶなーーーい!!!」」
「んギギ、ッこなくそッーーーー!!」
「耐えたーー!?」
なんだか微妙な空気な時に目が覚めてしまったらしい。声をかけるのも憚られるほど盛り上がっていた。
「おれはこの魚人島では鼻血を噴いて意識を失うような、あんんんな勿体無くて不甲斐ないマネは絶対にせんと誓ったんだ!!! ……もう、報われてもいいはずだ……」
「切実だな」
「ならさ、上に行ってみよーよ! お友達紹介するね!!」
弾む声に合わせてみんなのテンションも上がる。起きた時は気持ち悪くなかったのに、なんだかお腹の奥がぐるぐると気持ち悪いものが疼いている。ここはやっぱり寝たフリでも…。
「アンリも行こう! 起きてんだろ?」
「ッッ!?」
ルフィは屈託ない笑顔で当然のことのように言い放った。反射的に肩を揺らすわたしを見て、みんなが驚く。同時に駆け寄ってきたのはチョッパーと、さっきまで項垂れていたサンジさんだった。
「アンリ!大丈夫か?気分はどうだ?随分海水飲んだみたいだけど…」
「アンリちゃん!!よかった…。ちょっと肌が冷たいね、おれのジャケット着て!」
二人ともマシンガンのように捲し立てるので少し目が回ってしまう。大丈夫だよ、と伝えるとチョッパーは安心したようで「何かあればすぐおれに言えよ!」と胸を張っていた。可愛い。けれど、サンジさんは変わらず心配そうに眉を下げていた。さっきまでハイテンションだった人だとは思えないほど。
垂れ下がった丸い頭を見て無意識に片方の手が持ち上がった。迷いなくサンジさんの頭頂部を目指していたはずの手は、途中で我に返りピタリと止まった。そうだ、わたしチョッパーからサンジさんにあんまり近付いちゃだめって言われてたんだった。行き場を失った手は元の位置に戻る事なくサンジさんが両手でそっと掴み、祈るように額のところで握った。
「……ッ〜んとに、無事でよかった」
「ごめんね、不安にさせて」
「あー……、いや。まあ、そうだな。
悪魔の実を食ったって聞いてたのに、改めてアンリちゃんが溺れてる姿見ると…」
「……」
「めちゃくちゃアセっちまった」
情けねぇと自傷的に眉を下げて笑っていた。
寝起きにとんでもない攻撃を受けたもんだ。胸を押さえれば、チョッパーが心配そうに見てきたので深呼吸をしてなんとか暴れん坊の心臓を落ち着かせた。
やっぱりただでさえこの一味能力者が多いのに、わたしまで足手纏いになっちゃって重荷だよね!?
サンジさんとウソップさんだけで3人も能力者抱えてよく無事だった、他のクルーは大丈夫だろうか。手渡されたタオルで髪を絞る。
あれ?手渡された…? 今わたしは一体誰からタオルをもらったの??
見上げると、今にも涙が溢れそうな表情(かお)をした女の子がそこに居た。魅惑的な凹凸のある身体にくりくりした目、そして足は綺麗なピンクの鱗に包まれた人魚の女の子。
わたしは彼女を知っている。
「…ケイミー、さん?」
「っ!!! アンリ様!」
首元に抱きついて離れないのは、2年前にもお世話になった可愛い人魚さんだ。ぎゅーぎゅーとわたしを抱きしめて離さないケイミーさんの肩をとんとん叩けば徐々に力は緩んでゆきやっと顔が見れた。
「久しぶりです、ケイミーさん」
「アンリ様…、ほんとアンリ様だぁ…!!」
「ふへへ。はい、わたしです」
「龍神族の力とか、なにも感じなくて、けどルフィちん達と一緒にいるし、私分かんなくなっちゃって…」
そりゃそうだ。あの力は、“運良く”悪魔の実と相殺されたんだから、今やわたしを手配書通りの“海の魔女 アンリ”だと理解できる者は人魚、魚人を含めて誰も居ないだろう。
「ケイミーさん」
「……」
「わたしはあなたの言う通り、もう龍神族の末裔じゃありません。…龍神様との縁も、切れました。だから、あなたが敬う必要はないんです」
「でもっ、私…!」
「だから、その、……もしケイミーさんさえ良ければ、お友達になってくれませんか?」
2年前には言えなかった言葉を、ケイミーさんはボロボロ涙をこぼして受け入れてくれた。
泣いてるケイミーさんを落ち着かせれば、私が着てたワンピースが乾いたからと持ってきてくれた。ひとまず“アンリ様”じゃなく、みんなと同じように接してもらえるようにお願いをした所、わたしも“ケイミーさん”じゃなくてケイミーって呼んでとブーメランが返ってきた。
「えーっと、ケイミー…?」
「うん、アンリちん!」
ぎこちなく呼び合って、額を合わせて笑った。なんだか友達らしくて嬉しい。
落ち着いたところで、わたしが起きる前に話題に上がっていた人魚の入江という所へ向かうのだそう。ケイミーの同僚の人魚さんがいるし、なによりウチの船長がワクワクしている。はじめての島にわたしもワクワクしてるが…。ちらりとサンジさんを横目で見ると鼻の穴を膨らませてまだ見ぬ人魚の入江に胸を躍らせていた。
そして、わたしはそれを見て胸をモヤモヤさせていた。……ンン〜〜〜??
「どうしたんだ? アンリ」
「いや、なんでもない…と思う」
「それよりよ、あのストローみてェなのなんだ?」
「島のシャボン職人が加工した“ウォーターロード”。魚も私達も自由にあれに乗って…、ちょっと見てて!」
ケイミーのウチから乗ってきたカメのタクシーから一人で降りて、目にも留まらぬ速さでどこかへ行ってしまった。さすが人魚。
ついに海上?へ上がったタクシーの窓?からさっきのストローを登るケイミーの姿が見えた。
「ほらみて! このストロー使えば空だって泳げるの〜!!」
「おお〜〜!! 楽しそう〜〜!!」
「いいなぁ〜〜!! わたしも泳ぎたい!」
「ン!?待てよ! それより深海に空と雲があるっ!!」
ウソップさんの言葉にわたしも驚く。そうだよ、深海って暗くて冷たい何もない所なはずなのに、この島には空も雲も陽の光も空気もある。無知なわたしがいくら首を傾げても答えは出ず、飛び込んできた女性特有の高く柔らかい声に思考も遮られた。敏感に反応したサンジさんに習って振り向けば、そこには天国かと見紛う程煌びやかで色鮮やかな美人な人魚さん達がきゃっきゃうふふしていた。
「うぉーーー!!まるで童話の世界だァ!!
珊瑚の大陸!人魚の入江!!」
「ネバーランドみたい…!」
「うわあああああああ!!!!」
「サンジが号泣中!」
「バラティエ出た時より泣いてんなァ」
陽を浴びてキラキラ光る美人に、サンジさんの情緒は崩壊した。無理もない。アマゾン・リリーで修行したわたしでさえ目が離せない光景だ(元々美人に弱いって事もあるが)。
「みんな〜〜〜!!
こちら船長のルフィちん、泣いてるのがサンジちん、女の子がアンリちん、鼻が長いのがウソップちんに、たぬきのチョッパーちんね!」
「トナカイだよ!!!!!」
「見つけたぞ!! ここがオールブルーだ〜〜〜〜!!!!」
「それでいいのか、サンジ……」
「………へぇ…、オールブルーってこんな所にあったんだぁ…」
「「「ッ!?」」」
脳内で処理したはずの言葉は声となって、そして存外低く冷たい言葉として出てきた。
チョッパー、ウソップさん、それにあの鈍感なルフィでさえ深海よりも冷たい声にピクリと肩を震わせたが、情緒ぶっ壊れ中のサンジさんは只今美人の人魚さんから海で遊ばない?とお誘いを受けている為届くはずない。
その事にもモゾモゾと胸の奥で何かが蠢いて落ち着かないはずなのに、頭はキンと冷えて静かだ。
「おれ…、ここに……!!
住む〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!♡♡」
「きゃーー! サンジちゃん面白い人〜〜!!」
柔らかく優しい笑い声はまるで歌っているようで、パシャンと弾ける水飛沫は人魚さん達の鱗のようにキラキラ輝いていた。
「いいなぁーお前ら、泳げて」
「ルフィちん達もシャボン付けたら泳げるよ」
「ホントか!?」
「結局ここへ来てあいつ元に戻ったな……。 根性か……?」
「でもよかったよ、あれ以上鼻血を噴いてももう血液のストックがないから…。サンジの血液型珍しいやつだし」
「………………」
どうして魚人島はこんなにも晴天で、遊泳日和なのにわたしの心の中はこんなにもどんより曇っているのだろう。
人魚さん達が自由に泳げて羨ましいから?ううん、違うと思う。だけど理由が思いつかない。鼻の下を目一杯伸ばしてるサンジさんなんて見たくもないのに、どうしてか目で追ってしまってもやもやの霧が晴れない。
「アンリほっぺた餅みてーだなぁ〜〜」
「む゛……、ルフィやめて」
不満げに膨らんだ頬をデリカシーなく突くルフィの手を叩いて、パシャパシャと輝く水面を蹴る。わたしはこんな水遊びしかできないのに、サンジさんは楽しそうでいいなぁ…。そうだ、これはきっと“サンジさんが”羨ましいんだ。無理やりな自己解決していればばちん!と目がハートのサンジさんと視線が合う。緩みきった頬は高揚し、目元なんていつもよりもずーっと垂れ下がってて、浮かれた声色でわたしを呼ぶ。
「お〜〜〜〜い!! アンリちゃんもおいで〜〜!!!」
「………」
「サンジが呼んでるぞ、アンリ 」
「…こんなちんちくりんより周りの人魚のおねーさんがいいみたいだし、しらない」
ふん!とあからさまに視線を逸らせば落ち込んだようにサンジさんが膝をついた。どうせ人魚のおねーさん達に慰めて貰えば、またメロリン顔に戻るんだろう。やっぱり腑に落ちないがムカムカした。
「なー、ケイミー!
おれこの魚人島で必ず会いてェ奴がいるんだ!」
「だれ? 人魚姫??」
「いや、ジンベエだ!」
ハッキリと聞こえたその名前は、2年前にわたしもお世話になった人だった。
「ジンベエ親分?」
「ああ!2年前、エースんトコ行く時にすげーー世話になってよお! アンリ、お前も来るだろ?」
「……いく」
「行くって、オイオイ! お前らジンベエってまさか“また”七武海の!? いや、元七武海か」
「うん、友達なんだ」
ルフィの発言にウソップさんはまた目玉ひん剥いて驚いた。確かにウソップさんからすれば本日二度目の七武海登場だ。そう思うとびっくりしちゃうよね。わたしは一回目がマリンフォードの頂上戦争だし、二回目なんて七武海会議に同行させられたからその手のビックリには体が慣れちゃったのだ。おっかびっくりの日々が懐かしい…。
脳みその隅っこが刺激されて、胸のモヤモヤも多少晴れた。ケイミーの話はルフィに任せて(大丈夫かどうかは別とするが)、わたしはそっとチョッパーの肩を叩いた。
「どうしたアンリ?」
「あのね、ちょっと胸の奥?胃が気持ち悪くて…。後でいいから診てもらえる?」
「やっぱり具合悪いのか!? い、今から診るか!??」
「イヤ、本当に後でいいよ」
なんでも入ってるかわいいリュックから、聴診器をいそいそ取り出そうとするチョッパーの手を止めた。こうやって心配させちゃうからあまり言いたくなかったけれど、胸のつっかえは早めに消化させていた方がいいかと思っただけで今すぐじゃないんだよ、チョッパー。ごめんね、と声をかけていればケイミーと仲良しなメダカの五つ子さん達が大急ぎでやってきた。なんでもリュウグウ王国の船がくるらしい。
わたし達は仕方がなかったにせよ、入口とは別のところから無理矢理入ってきた不法入国者の海賊だ。警戒されて、指名手配されてもおかしくない。
「ルフィちん達!! 隠れなきゃ!」
ケイミーがいつもより鋭くそういうと、わたし達は岩間に身を潜めて、予め用意していた外套を頭から被り、様子を伺う。すぐに何やら仰々しく大きな舟がやってきた。視界を遮る程のリュウグウノツカイが真ん中を貫くように挟まっているのを見ると、どらかといえば舟というより牛車のようなものに近い感覚なのかもしれない。
これから何が起こるのか凝視していれば、舟からけたたましいラッパが鳴り響いた。それを合図に、入江の人魚さん達は黄色い歓声をあげる。王子様、の歓声と共に現れたのは3人の姿の違う人魚の男性達だった。
話の流れで不法入国者、と単語が聞こえた。どうやらわたし達を探しているのは間違いないようだ。けれど、人魚さん達にはケイミーから根回しされていたのかわたし達の事を告げ口するような事はなく、空振りしたと王子達は帰ろうとした。ーーその瞬間。バシャアン!ととんでもなく大きな赤い噴水が空いっぱいに広がった。
発生源は、もちろんサンジさんだ。いつもなら呆れる所だが、今のはヤバい。ものすごい出血量。人が一度に出していい量の血液でない事を、この場にいる誰もが一瞬で理解した。
「今の血の量、やベェぞサンジ!!」
不法入国だとか捕まるとかは二の次で、サンジさんの元へ駆け寄る。わたし達は焦っているのに、当の本人はとても幸せそうに震えて気を失っている。なんだろう、一瞬イラッとしたものが頭の端を通った気がする…。今こんな感情に構ってる暇ないのに。
兵士達が舟から大勢降りてきたけれど、本当にわたし達はそれどころではないのだ。チョッパーが必死に献血の必要性を問うたが周りには動揺ばかりが広がって献血を名乗り出てくれる人なんて一人もいなかった。
「おい誰か頼むよ、お願いします!! サンジに血ィやってくれ!」
「急いで!!! 誰かいねェのか!?」
「だれか! 助けてください!!」
「こんなバカな死に方ねェ…!!」
「チョッパーちん、人魚も魚人も人間と同じ血液だよ!輸血も出来る。……だけど、」
ケイミーが助け舟のように言うが、それではどうして周りの魚人達は動いてくれないのか。わたし達が悪人だから? それにしては様子がおかしい。言葉を遮って高らかに笑い飛ばしたのは、魚人島へ入る前に出会った新魚人海賊団を名乗る者たちだった。
「人間共がァ〜〜〜!!バカを言ってやがるぜェ〜〜〜!! クソみてェな“下等種族”のてめェら人間に! 血をくれてやろうなんて物好きはこの魚人島にゃァ一人もいねェよォ!!」
「そんなもの差し出せば人間を嫌う者たちから“闇夜の裁き”を受ける!」
「「「!!?」」」
「ダラダラと大量の血を流し、何も出来ずに死に絶えればいい…!! この国には古くからの法律があるのさ! “人間に血液を分つ事を禁ずる”!!」
「なに、それ……!!」
「これはいわばお前ら人間の決めたルールさ!! 長い歴史において、我らの存在を化け物と恐れ…!! 血の混合をお前らが拒んだ!! 魚人島の英雄、フィッシャー・タイガーの死も然り! 種族構わず奴隷解放に命を張った男がッ、後の流血戦の末血液さえあれば確実に生きられた命を…、いとも簡単に落とした。心なき人間たちに供血を拒まれて…、死んだ!!!」
目の前が、真っ暗になった。
鬼の首をとったように叫ぶ魚人の言うことが本当なら、サンジさんは、どうなるの…?
ゴツゴツしている綺麗な手を握っても、いつものような反応は返ってこない。体温も、きっとそのうちもっと下がっていくのだろう。
「そんな部下一匹の命なんか諦めて、おれ達と魚人街へ来い!! 新魚人海賊団船長、ホーディ・ジョーンズ様がお前らをお呼びだァ!!!」
「お、おい!! 法律かなんか知らねェが頼むよ! 誰かいねェか!? “S型RH-”!! 礼なら何でもするからよォ! 今はとにかくコイツの命を救ってくれ!」
「………そ、んなの」
「…、いいアンリ。下がってろ」
「ル、フィ」
腹の底が煮えたぎってるのに、わたしの手は冷えていくばかり。このままあの魚人のうるさい口を切り裂いてやりたい。抑え切れない程のドス黒い感情に囚われそうになったのを捕まえてくれたのは、暖かい太陽みたいな手だった。
ルフィが代わりにひと暴れしてくれた隙にケイミーが王子達の舟をジャックし、何とかこの場から逃げ果せた。向かったのは町。そこには人間が大勢いるからきっと献血もお願いできる、と。
「ーーごめんね、私が同じ血液型なら拒否なんてしないのに!」
「お前が謝ることじゃねェだろ!! 元々コイツのやましい気持ちから始まってんだ。見ろよ少しニヤけてやがる!!」
「サンジー!! いい加減にしろよー!何も考えるな!!本当に一刻を争う状態なんだぞ!?」
こっちは大騒ぎだったのに、当の本人は白目を剥いてもなお幸せそうに頬が弛んでいる。未だ予断を許さない状況なのにこの人ときたら…、呆れと怒りが腹の奥でまぜこぜになる。
強めに頬を突いても起き上がることのないサンジさんに気は晴れず、不安だけが募っていく。
「……サンジさんのばか」
ぺしっとデコピンしてもモヤモヤは収まらなかった。
*
「ぅッ……ここは…」
短いうめき声で、みんなが一斉にベッドを覗き込む。昏睡状態と言っても差し支えない状況から気がついたのだ。わたし達は一安心で、脱力した。
「よかった〜〜〜!!」
「血液の提供者が見つかって本当によかった…!!」
「そうか…血が…!? どうしちまったんだおれは…!」
「サンジさん、まだ寝てなきゃダメだよ」
痛々しい管が繋がってるのに無理して起き上がる体を寝かせつける。こうすればサンジさんは無理しないだろう、とチョッパーとウソップさんに言われたのだ。
「魚人島はなんで血ィくれねェんだ。…町中探し回っても全然人間が見つからなくて…」
「実際もうダメかと思ったよ…!!」
「お前ら、おれの為に………! ありがとうな! ……だが、思い出せねェ…。おれはどこで一体何してたんだ…!?」
頭を抱えて思い出そうとするサンジさんにルフィ達が慌てて止めに入る。そりゃそうだ、あんなに血の気が引く体験、もう懲り懲りだ。
それなのに人魚の入江のことを是が非でも思い出そうとするサンジさんには、執念のようなものを感じる。あ、やだまた胃がムカムカする。
「………」
「ア、アンリちゃん…?(寝かせたパン生地みてェに頬っぺた膨らんでる…エッ可愛い…)」
「なんでもない」
「あ〜!」
そっぽ向くとサンジさんから情けない声がした。わたしなんかじゃなくて、美人でナイスボディーな人魚さん達の方がいいくせに……???? なんか今すごいこと思ったな??お腹の辺りを撫でて見てもスカスカして気持ち悪い。もしかしたら本当に病気かも知れないなんて不安に思い、ちょっと席をはずした。
ここはケイミーの働いてるマーメイドカフェの裏手。人間用のトイレもあって、気晴らしに用を済ませた後またお借りしてる部屋へ戻る。その途中で大恩人、今回献血に協力してくれた双子の海賊(オカマさん)のスプラッシュさんとスプラッタさんが丁度出て行くところだったらしい。危ない、もう少しでお礼を言いそびれるとことだった。
「アラ、キューティちゃん♡」
「たぬきのお医者サンが大丈夫だって言ったからアタシ達おイトマするワネ♡」
「そうでしたか。今回は無理言ってご協力いただき、本当にありがとうございました!!」
九十度に頭を下げた。最敬礼、前世で習って今世でも割と活躍している礼儀作法の一つだ。女ヶ島で侍女をしていた頃、先輩侍女のシラウメさんにもこれは褒められたのだ。
しかし、彼ら(彼女ら?)はわたしの肩に手を置いて顔を上げて、とチャーミングにウィンクした。…正直言って大変濃い。
「さっきの金髪のキューティちゃんにも言ったけど、アタシらみたいな血の気の多いヤロウの血なんて何リットルでも持ってっちゃっていいのヨ♡」
「そーよそーよ、もっと持って行きなさいよバカん♡」
「……ありがとう、ございます。わたしの血液型も、サンジさんと同じだったらよかったのに」
わたしの血液は、2年前まで龍神族の特殊な血だった。悪魔の実を食べてそれは“普通の人間”と同じになっている。はずだ。それも含めてチョッパーに診てもらおうと思っていたのだが、まさかこんな早急に必要になるとは思わず出遅れてしまった。
「あなたもカレに血をあげようとしたんでしょ?!」
「それって最高の愛ネ!!」
「あっ、えっ!?」
スプラッシュさん達はなにやら感銘を受けたかのようにわたしの手をギュッと握り涙を流す(何かの汁も一緒に出ていたが)。
愛、という言葉にはとんと縁がない。家族愛や友愛、親愛ならいざ知らず彼ら彼女らが言うところの“Love”には前世を足してもお世話になったことがない。
「ーーイヤだなぁ、まだ恋ですよ」
だから、これがそうだとはどうしても思えない。だって愛ってもっと綺麗で高尚なもののはずだから。冗談めかして笑えば、胸に巣食う感じたことないモヤモヤもこの気持ちも、少しは軽くなると思った。
(あいしてるは他人事)