新世界編
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だんだんと暗くなる景色を横目に、ぼーっとお弁当箱を眺めては箸でつつく。
あんなに恐怖の対象だったバーソロミュー・くまが、実はいい人?だったことにも驚きだが、この量のお弁当をルフィ1人前と換算していたハンコック様にも度肝を抜いた。いつから準備したらルフィのお腹を(ある程度)膨らませた上で10人前作れるのか。
みんなの話が右から左へ流されている中、取り止めもないことを考えていたらウソップさんから米粒と共に大きな声が飛んできた。
「…い、おい!アンリ聞いてんのか!?」
「へ?ああ、聞いてますよ。
で、なんでしたっけ?」
「しっかり聞いてねェじゃねーか!」
ビシッと綺麗な角度でツッコまれて曖昧に笑った。いけない、気を抜いていたみたい。
「だからぁ!お前の“龍神族”としての力ってどうなったんだって聞いてんだよ」
「あーー…、なくなりました。悪魔の実を食べて、綺麗さっぱり」
「「「えぇっ!?」」」
どよどよ、ルフィとゾロさん以外のみんなが(サンジさんは気絶中)驚く。ロビンさんやフランキーさんには軽く話してあったつもりだったが、話し忘れてたのかもしれない。
箸を置いて、居住いを正し、滑り落とすように事のあらましを説明する。(わたしが死にそうになった所は割愛した。絶対怒られるから。)
「そ、それじゃあ悪魔の実の能力と引き換えに、龍神族じゃなくなったってことか?!」
「そうなりますね」
「ギャーーー!!アンリの海洋生物避けを頼ってたのに〜〜〜!!死ィ〜ぬ〜〜!」
「うるせェぞウソップ!」
「なら、アンリもおれ達と一緒で泳げなくなったんだよな?!」
「うん。ーーだから、もう見れないと思ってた海の中の景色が見られて、なんだか不思議な気分」
得しちゃった、と笑えばそれまで騒いでいたウソップさん達が一気に静まった。情緒不安定なのかも知れない。
そこで口火を切ったのはチョッパーやウソップさんではなく、やっぱり我らが船長だった。
「ンぐっ、そんなことよりよ!お前が食った実、結局何の能力だったんだ?ハンコックに聞いても教えてくれねェしよーー」
「ルフィも知らないの!?」
「うん、知らねー。なァ!教えろよ〜〜〜」
全部食べ終わったルフィはわたしのお弁当を見ながら言った。仲間の中でもまだ近くにいたルフィでさえ、わたしの能力を知らないらしい。ハンコック様、結構律儀だよな。好きな人にならポロっと喋るのかと思ってたけど、そんな事ないようで安心した。
わたしはルフィに食べかけのお弁当を渡して空になった弁当箱を回収すると、重い腰を上げた。
「ンー、サンジさんも寝てるしそれはまた今度ね。わたしはあったかいお茶持ってきます」
「あっ、逃げんな!」
「そーだそーだ!」
「お、おれと一緒の動物系かな?それともロビン達みたいな超人系かな?」
残りのお弁当をかっ喰らいながら、器用にわたしの腰に巻き付いて抗議するルフィ。それを援護射撃する形でヤジを飛ばすウソップさんはナミによって剥がされた。
わたし自身、今この場で話すつもりはなかった。あんまり見られたいものでもないし。
けど、チョッパーのそわそわした様子を見て良心の呵責が生まれた。あんなに可愛くて優しい生き物を無碍にできる奴は人間じゃない。
ぼそっと呟けば、火に油を注いだようにルフィとウソップさんが大騒ぎした。
「……動物系、デス」
「「なに!?動物系!?見せてくれー!!」」
「何になれるんだ!?チョッパーか!?」
「なれないよ!魚人島に着いてからだったら、見せられる機会があるかもね」
3人から盛大なブーイングを背に、キッチンへ入った。変に期待を煽っただけになっちゃったかな?
明かりをつけて、勝手に湯を沸かしながら軽く弁当箱を洗い、無意識にため息を吐いた。
深く沈むにつれて仄暗くなっていくこの光景は、懐かしくて感傷の波が寄せては返す。なんだか慣れない。
どうしても思い出すのは、もう二度と会えないかも知れない龍神さまのこと。
あの人は今もここで、一人漂っているのかな。
会いに行けない、会いに来ない。今わたしは海の中にいるよと叫んだって、あの人にはもう届かない。
外のみんなの話し声が別世界みたいで、このキッチンには水道から垂れ流された水音だけが響く。
泡だらけの指をそっと窓に向かって手を伸ばした。もう未練なんてないつもりだったのに、こうして手の届く距離にあると、どうしても望みない指先を伸ばしてしまう。
想像通り、指はこつんと虚しくガラスに遮られて終わった。
「ばかみたい…」
わたしの言葉に呼応するように、キッチンのドアが開いた。振り返れば金髪の頭がちらりと輝いた。心臓が、一つ跳ねる。
「サ、サンジさん、もう起きても平気なの?」
「ああ。すまねェ、おれが不甲斐ないせいで片付けさせちまって」
「ううん、これぐらいさせて」
「そうかい?なら、拭いてくから貸して」
さっと手慣れた様子で袖を捲り上げ、隣で布巾を片手に微笑んだ。目が合うと心臓が締め付けられたように苦しいから、ぱっと逸らしてお願いします、と言えば優しい声が返ってきた。
なんだか感じ悪かったかな?ちらちらサンジさんを確認すれば首筋がイカれるほどそっぽ向いて、洗った弁当箱を丁寧に拭き上げていた。
その光景を見てやっとわたしの心は落ち着きを取り戻した。…アレだ、人が取り乱してる所を見ると平常心になる現象だ。
「…サンジさん、それ首痛くならない?」
「わ、悪ィ…!2年間アンリちゃんのことを思ってイメージトレーニングまでしてたんだがそれが仇になったみてェで、感動でまた鼻血が…!」
「感動で鼻血が!?」
だからこそ見ないようにしていたらしいのだが、それにしてもあの角度は痛いだろう。
それでもわたしに気を遣ってここにきてくれたサンジさんを見て、曇り空だった思考も晴れ間を見せた。最後の弁当箱を渡してサンジさんの名前を呼べば、わたしの心臓と同じくらいピクリと飛び跳ねた肩が可愛い。
「ありがとう、」
「…アンリちゃグハッ!!」
「あ〜〜!!サンジさんしっかりー!」
ばっちりわたしと目があった事で、鼻血を出し白目剥いてサンジさんはその場に膝をついた。まるで敵襲があったかのように
アッコレわたしじゃ逆効果のやつだ!早く離れてチョッパーを呼ばないと!!
取り敢えず仰向けに寝かせて急いで立ち上がるけれど、何か熱いものに腕をクッと引かれた。
振り返れば、サンジさんが握った手よりも熱い眼差しでこちらを見つめていた。
「…ング、チョッパー呼ぶ前に答えてくれ、アンリちゃん」
「な、なに?」
「アイツ、ーーーエースとは…」
ーーその時、船がグラリと大きな音を立てて傾いた。
*
揺れの正体は、見知らぬ海賊の敵襲だったらしい。仲間を引き連れて突撃かと思いきや、この船に一人で突入。当然、返り討ちにあいぐるぐるに縛られていた。
な、何がしたかったのだろう…。
「この船にゃァ、カワイ〜ィ子がいっぱいで羨ましいなァ…。“泥棒猫”と、アンタは知らねェなあ。見たことねェお嬢さんだァな?」
「…」
「アンリ、みちゃダメよ」
自分も槍玉に上げられたのに、ナミはわたしを庇う様に前に出て縛られている男の間に入った。が、そんなこと許す訳ない人が一人、目を覚ましているのだ。
ドカ!と鈍い音が聞こえたと思えば、一瞬のうちに男は飛んで壁にぶち当たっていた。
「何ちゅうゲスな目でウチの美人航海士と麗しい天使を見とるんじゃあ!!」
「ボヘェア!!!!…オォ……」
「ナミさん、アンリちゃん!もう心配ねブハーーーーーーー!!!」
わたしとナミを一度に見たせいなのか、サンジさんはシャボンを突き抜けそうなほど鼻血を噴射させて飛んでいった。出血量が心配になる。
「もうめんどくせェな!!お前のそれ!」
「刺激の少ない写真でリハビリを始めよう。
あと、アンリはあんまり近寄んな」
「…まさかのドクターストップ」
お医者さんから名指しで近寄るなと言われてしまえば仕方ない。さっきサンジさんが言いかけた言葉は気になるけど、リハビリが済んでからにしよう。これ以上出すと、本当にダメそう。
さっきまで駆け足気味だった胸を撫で下ろして、ナミから「もうそろそろ冷たい海流に入るから上着持ってきて」と言われたので大人しくお使いに行く。
一応、と思って買っておいたダウンコートがこんなにも早く陽の目を浴びるなんて。せっかくだからわたしたちの分と合わせてロビンさんのも持っていくと、ありがとうと優しく微笑んでくれた。美人さんの笑顔はサンジさんじゃなくても効くものだ。
「ちょっと目を離した隙に、みんな何の話で盛り上がってるんでしょうか?」
「二段構造になってる海流の話よ。アンリも加わってきたら?」
「そーだ、アンリも詳しいんじゃねーのか?」
期待の眼差しを向けられても、わたしはナミみたいに深層海流がどうとかは全く分からない。流れが遅いって部分にだけ頷いて、あとはぽけーっと受け流してしてしまったのだが。何故かルフィ達は期待の眼差しを向けられ、頭を捻りに捻った。
「えーーっと、下に行けば行くほど海の性格って出ますよね…!なんか昔めっちゃ喋りかけてきた気がする!」
「いや知らないわよ」
出てきたセリフは、側から聞いたら電波なものだった。なんだその伝わりにくいあるある。
落ち込んでるわたしの肩を叩いてブルックさんが歌いませんか?と慰めてくれたので、お言葉に甘えて歌ってもらった。
大人気ロックスターの歌は、元気が出るね…。
しみじみしていれば、ナミが言っていた不思議な海流に着くそうな。慌ただしくサニーの可愛い船首へ向かえば地響きのような音が木霊する、海流、というよりも滝に近い自然現象が見えた。ルフィは大はしゃぎだが、わたしは畏怖というか自然特有の恐ろしさのようなものを感じる壮大な景色に、感嘆の息が漏れる。
みんなそれぞれの感想を言っていると、縛られた男が立ち上がり抗議してくる。
「おい!麦わらの一味!すぐに引き返せ!!
やべェぞ!!」
「何だ。そういや居たな、てめェ…」
「下をよく見ろ!怪物がいる!!」
怪物、の単語に反応して言われた通り、奈落のような下をまじまじと見れば、何かが蠢いている影を捉えた。
「なに、あれ……」
「「!!?」」
「アレがここに住み着いてるなんて聞いた事がねェ…!!“殺戮に飽きる事を知らず、大海原を駆け巡る悪魔”!!“人間の敵”!!!」
「アレは…!!!
クラーケンだ〜〜〜!!!!」
暗がりから手足だけを出してこちらを海中深くに誘う悪魔。言い得て妙だ。こんな密室、しかも衝撃を与えれば割れてしまうようなシャボンの中じゃどうすることもできず、軒並みクラーケンが握りしめた船のような末路を辿る事だろう。アイデアロール成功ですね。
それにしてもクラーケンって言うから、てっきり…。
「イカ……??」
「いやタコだろどう見てもッッ!!!!」
ウソップさんから綺麗なツッコミをいただいてしまった。こんな緊急時でも息をするようにツッコんでくれるというのは、なんだか楽しくなってしまう。
縛られた男が命乞いのように激しくルフィに叫ぶが、ウチの船長は身勝手に遮った。
「いいこと考えたんだおれ! あいつをてなづけよう!!」
「は?!」
「おめー今なんつったァ!?ルフィ!!」
「あのタコ手なづけて、船引いてもらおう!」
「アホ言え〜〜〜〜!!!」
突拍子もない事を言うなぁ、と常々思っていたけれどここまで発想の上をいくともはや感心してしまう。サニー号より何十倍も大きなタコを見てもずっと笑顔だし。
ウソップさんとチョッパーは怖いのかずっとギャーギャー騒いでいるが、それでもみんなマイペースにスケッチしたり感傷に浸っていたりさまざまだ。ナミの叫び声と船長のワガママをBGMにじぃっとタコを観察していると、後方から一隻の船がやってきた。
どうやら縛られ男の仲間らしい。こんなクラーケンの真前までよく行くなぁとか感心していると、ものの数秒で海賊船は捻り潰されてしまった。巨大な一本の触手によって。
「ぬぁぁぁぁあ!!!!」
「シャボンコーティングが壊れた!」
「サニー号よりでけェ船が一握り!!」
縛られ男の船が海の藻屑となり、船員達は寄る方なく浮かんでいった。動く標的を始末し終わったクラーケンは、今度こそこちらに敵意を向ける。デカすぎる触手が鞭のように襲い掛かった。咄嗟に戦闘態勢に入るも、ここでおっ始めればさっきの船みたいにコーティングが破れてしまう。ああ、もどかしい…!!
まさか海中でこんなに不自由な思いをするとは、昔のわたしは想像だにしないだろう。
一発目はフランキーさんが起点を効かせて避けられたが、二発目以降はそうもいかない。
そんな時、縛られ男が提案したのは“バタ足コーティング”というシャボンで作られた潜水服らしい。丸くて可愛い。
しかしこんな海の中で3人だけを外に出すのはちょっと、大丈夫なのかな?
「大丈夫だ、アンリちゃん。すぐにクソタコ野郎を蹴り飛ばしてくるから待ってて」
「……うん」
「アンリちゃんの笑顔、メロリンラ〜〜ブッ!!!」
「リハビリの効果がァーー!!
バカ!近づくなって言っただろ!?」
「アッ、ちょっとアンタ達!命綱は付けなさいよーーー!」
チョッパーに怒られちゃった。3人が船を飛び出すのを見送った後、クラーケンとのバトルが始まった。もちろん、この船も標的らしく触手は襲う。みんな、2年間の修行の成果がこんな所でもよく分かる。
わたしもいつでも変身できるように、眼前を見据え手に汗を握った。
*
拝啓、天国のお母さん。
わたしは今よく見知った暗闇の世界で、何故か仲間を探しています。
クラーケンと対峙中に滝に落ちていった単独行動3人組を追うようにサニー号も下へ潜り、今は冷たい海の底を探索している。
あの3人、ナミの言うこと聞かないで命綱付けずにいったものだからこの惨事だ。望遠鏡を握る手が冷たくなって、息をかけるとすぐに白に染まって闇に溶けた。
サニーの目を光らせても(物理的に)限られた範囲しか見れなくて、クルー総動員でルフィ達を探す。
「船は停滞できないから見落とさないで!」
「アイアイサー!」
「でも実際ラチ明かねェなァ。どうすりゃいいんだか…」
ゆらり、と視界の端で布のようなものが揺れる。触手がキラキラ光り、海底の寂しさを埋めてくれるような気がした。
「わ!!クラゲ!でっけークラゲだ!」
「デカー!!本当ですね〜〜〜!!ピッカピカ光ってる〜〜!!ちょっと夜空の星のようですよ!?」
「うん、きれ〜〜!」
海の中で何かに出会うこと自体初めてだから、深海にこんな綺麗な生物がいるのか〜なんて呑気に観察していると、触手が一本ぬらりと入ってきた。チョッパーは恐る恐る握手でもしようかと近づくが、あと数センチの所でロビンさんが声を荒げた。
「!!触ってはダメよチョッパー! おそらく毒を持っている!」
「ええ〜〜〜〜!??!」
「まずい間に合ねェ…!!」
「ッ!チョッパー!!」
フランキーさんもウソップさんも間に合いそうにない。ーーやるんだ、わたしが!
「チョッパー、避けて!」
いつもやってたみたいに、カチッとスイッチを入れるイメージで。頭に思い描く、なりたいわたしを。腕を伸ばして手をピストルの形にする。出すのは片方だけ、少しでいい。
ぶわりと風が舞い、頬を掠め、息を吐く。ーーだいじょうぶ。
「
スパン、と軽い声を上げて飛び出したのは真っ白な羽根。クラゲ目掛けて撃てば、チョッパーに触れる瞬間触手は千切れ、芝生に落ちて動かない。
「おおおお〜!!?」
「「!?」」
「フランキーさん!お願いします!」
「お、おう!
ちょっと“クー・ド・バースト”!!」
クー・ド・バーストのおかげで船内の空気はちょっと減ってしまったけれど、追撃のように向かってきた巨大深海魚の捕食を逃れた。
毒もダメだがシャボンに複数の穴が空いたらバッドエンド。四面楚歌、絶体絶命は変わらないが一時脱したとみていいだろう。
ほっと一息吐けば今度は仲間から噛みつかれた。
「な、なななな、何よ今の!!」
「羽みてェなのがぶぁわ!って!!何の実食ったらそうなんだよォ!!?」
「ありがとなアンリ〜〜〜!!」
「どわぁ!?ちょっと待って!せめて一人ずつ来て!」
一難去ってまた一難、日本の昔の人は上手いこと言ったもんだ。
コホン。区切るように咳払いをして答える。
もうこうなれば腹は括った。あんまり見せたくないとか、ウダウダ言ってるヒマもなかったんだから。
「わたしは“トリトリの実、モデルハーピィ”を食べてこうなりました。」
見てもらった方が早いだろう。
腕を軽く広げて、背中に力を入れれば、先ほどのような白くて大きな羽が生えた。
長さで言えば腕二本分だろうか?調節したんだけれど、やっぱり大きくなりすぎる。シャボンコーティング船だとやっぱり満足に広げられないなぁ。
翼をバサバサと動かせばさっきクラゲの触手を撃ち抜いた羽根が、芝生の上にそっと落ちる。
さながら新雪の降りはじめのよう。
「女の顔と真白の翼。はばたけば突風を生み、光と声で人を惑わす幻想の化け物。
ーー人はそれを、“ハーピィ”と呼びます」
うっそり微笑めば、誰かが固唾を飲む音が深海に響いた。