新世界編
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わたしは今、30番グローブにいる。
エースを探すのは大前提として、わたし達が今から向かう場所・魚人島は寒いらしいのだ。深海育ちのわたしからすればへのカッパだろうけれど、二年間亜熱帯の女ヶ島にいたことを考えれば防寒具含め色々服や身嗜み用品を買っておいたほうがいいだろう、という腹積りである。
ショッピング街だからか人の賑わいが盛んな中、外套と目深に被ったフードでは少し浮いてしまう。こんな事もあろうかと、持っていた帽子を目深く被り、メガネとひげをつければ、簡単な変装の出来上がりだ。
………………わかる。
この世界はつけヒゲに対してあまりにも信頼を置きすぎてる。
正直これで大丈夫なのかわたし自身とても不安だが、荷造りしていた時にハンコック様から渡されたのだ。手配書も二年前の黒髪だし、髪型も違えばスタイルも違うから平気だとは思うけれど、ただでさえ白髪はイヤに目立つし変装するに越したことはない、と抑え込まれた。いやいや、ハンコック様の言うことに間違いはない。蛇姫様こそ絶対、蛇姫様こそ正義。いや、無理矢理そう思い込んでるだけだ。洗脳を自分でかけるしかないだけなのだ。
ええい、もうさっさと済ませてしまおう、と思ったが、久しぶりに見る既製品の洋服達に心躍ってしまう乙女心を止められない。
「(女ヶ島だとほとんど手縫だったから…)
ショッピング、たのしい…!!!」
拝啓、エース。
ごめんなさい、もうちょっと遅くなるかもしれません。引き続き、海軍や他の海賊達に見つからないように頑張ってください。
両手にこんもりとしたショッピングバッグをいくつもかけて初めて、やりすぎた…と後悔した。あれから服、アクセサリー、日用品等々買っていると、いつの間にかこんな事になってしまった…。猛省だ。先にエース見つけてから来た方が良かったかもしれない。
もし言い訳を一つするなら、今向かっているサニー号の中に置いた二年前の服は、もう着れないと思ったのがわたしの購買意欲に拍車をかけた。ナミ達から買ってもらったものだから大切にしたいが、サイズ的にもう入らないだろう。
「そ、それに、春夏秋冬島があるからそれに合わせた服装ってのが、必要になるだろうし…」
言い訳じみた言葉がひとりでに出ては消えた。
…フランキーさんに頼めば、クローゼットもう一つ作ってもらえるだろうか。デザインはウソップさんにお願いして、出航が落ち着けば甲板でペンキを塗るのもいい。
潮風が頬を撫でれば、耳の奥でみんなの笑い声が聞こえた。心で燻っていた何かが、わたしの足を早めた。
荷物を置くついでだと思って、一足早く向かっただけだったのに、こんなにも待ち遠しいなんて。
*
ヤルキマン・マングローブから漏れる日の光を浴びて、誇らしげな顔を見せる太陽のようなシンボル。海賊船とは思えない程キャッチーで可愛らしいフォルムだが、ドクロを掲げた船を一人の女性が立ち止まり感慨深そうに眺めている。ーーーその女性に、声をかける男が一人。
「……ンン??アーーーゥ!!そこにいるイ〜〜〜〜イ女は…!!!
我が一味のスーーパーーー考古学者ァァ〜〜〜〜〜!!!!!!ロビンじゃねェかよォ〜〜!!!!!!!!!!」
すでに船に乗り込んでいたアロハシャツに海パンの男。否、人間なのかすら怪しいフォルムの動く者は両手を掲げ、彫ってある星のマークを見せつける。きっとこんなもの(不審者を含めた)見せつければ悲鳴の一つや二つ上がるものかと思いきや、沈黙のあと女性は花が咲いたような笑みを浮かべた。
「変わらないわね、フランキー」
「変わったろ!!バカヤロー!おれの体に詰まった男のロマンを刮目せよ!!
見ろ、この空前絶後のモデルチェンジ!おれはもはや、…人智を超えた!」
「……そうね、もう人として接する事は出来なさそう」
「おいおいそりゃ変態って意味か?このホメ上手!!」
気心の知れた仲のようでフランキーと呼ばれた男とロビンと呼ばれた女は互いに現状報告をし合った。乗り込んだ船は至る所がぶにぶにとしたナニかに包まれていて、ロビンは愉快そうにソレを指で突く。
「レイリー達には会ってきたわ」
「BARに行ったんだな。お前で何人目だ?」
「9人目よ。あとはルフィ一人」
「…そうか!!新たなる船出の時は近いな!
すでにメンテは万全だぜ、“新兵器”もな!ガハハ!」
フランキーはそばに置いていた大瓶のコーラをガッと掴むと勇ましく飲み干す。その姿こそ変わっていなくてロビンは内心ホッとした。
フランキーはコーラ片手に他の仲間が船に一度出向いたことも話す。その中に、この船で一番気弱で心優しい少女はいなかった。けれど、レイリー達の話方からして、少女・アンリもすでにこの島へ辿り着いていると、二人とも確信があった。
あの子が生きて、強くなってこの島にいる。
「…そういえば、あなたこれご存知?」
「ーーああ、ブルックの張り紙か。おれは知ってた。
仲間の輝かしい現在を誇りに思っているのか、フランキーは黄昏るようにコーラ瓶を掲げた。大瓶で屈折した日の光は、されど綺麗にフランキーを照らしている。
「あいつは今輝いてんのよ!
暗い静かな霧の海から、歓声の鳴り止まねェ光のステージへ上ってった。
もしかすると、あいつはもう…」
誇りに思う気持ちと、置いて行かれたようなノスタルジーな気持ちがない混ぜになり声のトーンをいつもより落とす。ロビンは何も言わずに、甲板の芝生を眺めながら次の言葉を待つ。
ここにいる二人が、しょうがない事だと腹を括っている。
「海賊なんかにゃァ戻らねェかも知れねェな…」
「そ、そんなこと!!
そんなことないですよね!!?!」
飛び込むように割って入った声は、一人だけなのにまるで割れんばかりの声量だった。しかし気が抜けるような声質に二人は一瞬戸惑ったが、突然の来訪者に臨戦態勢になる。
振り向く形で視界に入った来訪者は、一言で言えば“天使”のような姿だった。
ブルーオパールのようなキラキラした瞳は戸惑いや焦りの色をしていて、顔は人形のように小さく、手足はすらりと色白で細い。白くふわふわした髪はハーフアップツインテールでよりボリュームが増しているようにも見える。
幼く、儚げで、庇護欲をそそる可愛らしい容姿。しかし、その容姿こそが二人の背後を取ったという事実を不気味に強調させた。
剣呑な雰囲気でフランキーは片眉をあげながら少女、とも呼べる女に声をかけた。
勿論、いつでも攻撃できるように片手で標準を合わせながら。
「……オイ、嬢ちゃん。てめェ何モンだ?」
「えっ、えっ、?」
「この船に何かご用かしら?」
「あ、あの……、わたし、」
人攫い、海軍、政府、他の海賊。
この海賊団はただでさえ敵が多いのだ。留守を任されている自分達がこの船を守らなければ、また出航が伸びてしまう。そんな責任感からか二人から威圧感がビシバシと飛んできて、少女は、泣いてしまった。
「あぁあ、あの、わた、わたし、ぃ…!!」
「「………」」
一瞬にして凍りつく空気。
フランキーなんてすでに眉を下げ困り果てている。他者に対して血も涙もないロビンですら、突如目の前にやってきた少女の怯えた様子に度肝を抜かれたようだった。
所謂、「あ〜〜あ!なーかせた!」の空気が、そこにあった。
否、厳密に言えばまだ泣いていない。
大きなガラス細工のような両目に、いっぱいの涙を溜めて我慢しているのだ。
しかし、それがより一層責められているような気分になる。なんとも言えない申し訳なさだ。
穏やかに、ひらりと花々を飛び移る蝶のようにこの世を歩いてきたロビンも、少女にもう一度言葉をかけるのを躊躇われた。
「……っず、わたし、驚かせたかった訳じゃなくて…。皆さんに信じてもらえないとは思うんですけど、本当の本当で…。」
「……お、おう」
「わたし、あの…、アンリです!」
まるで一世一代の告白のように眉をキュッと寄せて紡いだ名前は、ロビンとフランキーの、いや、麦わらの一味の末っ子、その子だった。
アンリと離れてからすぐに、彼女の手配書が出回った。名前こそ載っていなかったが“海の魔女”と付けられた事から、政府側にアンリが“龍神族の末裔”であるとバレているのだろう、というのがロビンの考察だ。
けれど手配書に載っていた写真と自身らの記憶の中のアンリは、黒髪の長髪に深い海のような瞳、そして栄養が行き届いていない体付きだった。最後の変化に関しては、この二年間にどうにかなるだろうが…。
他二点に関しては全く違う。髪色なんて反対の白銀のようなくせっ毛だ。
疑念が拭えない眼差しでアンリだと自称した少女見ると、彼女のダムは決壊寸前だった。いつものロビンからは想像もつかないほど焦っていたが、ふと彼女の手元に目が止まった。
きゅっと裾を掴むように、まるでお守りのように握られたそれは、二年前龍神族である彼女の始祖・龍神から賜った特別なヴェールだった。二年もの間この船のクローゼットの奥に閉じ込められていたソレは、久しぶりに呼吸をしたようにキラキラと揺らめいていた。
「あなた、ソレどこから持ってきたの…?」
「??女部屋の、クローゼットの奥ですけど…」
すん、と鼻を啜りながら答えた内容は、ロビンの記憶の引き出しと完全に一致していた。フランキーは何が何だか、と顔を顰めていたけれどそれもそのはず。だって、収納場所の事はロビンとナミとアンリしか知らないはずだから。
気がつけば甲板の芝生を駆けて、今も泣きそうな小さな肩を抱き寄せた。
「疑ってごめんなさい、ーーアンリ。
いくら姿が変わっても、貴方は貴方だった」
「ロビンじゃ゛ん゛ッッ…!!!!」
「…アンリのお話し、聞かせていただいてもいいかしら?」
*
「ぐる眉」
「マリモ」
「エロコック」
「迷子緑」
「7番」
「あ゛〜〜!??ならもう一回決着つけるか!?どーせまたおれが勝つけどな!」
「頭腐ってんのか!?さっきもおれが勝っただろーが!」
仲が悪そうな、否、今にも殺し合いを始めそうな程仲の悪い二人が顔を突き合わせて喧嘩している。周りはゴロツキばかりで喧嘩なんて日常茶飯事。誰も止める事はないが、一人は三本も刀を持っているのに、もう一人は丸腰だったのが印象的で、目を止めている人はちらほらといた。
段々喧嘩がヒートアップしてきたその時、丸腰の男が何かに目を奪われた。
ぼんやりとした男をこのまま斬り捨てることも可能だったが、何を見ているのか気になった刀の男は同じ方向へ目を向けると一羽の白鳩が飛び立とうとしているところだった。一体これの何が物珍しいのか。刀の男は考える振りだけして分からん、と興が削がれた様子で刀を鞘へ戻してぼーっとする喧嘩相手を放って歩き出す。
釣りがしてェ、と誰に言うでもなく呟かれた感情とは別に、刀の男は海から遠ざかっていく。方向音痴は、長い歳月をかけても治る病気ではないのだ。
いつの間にか意識がこちらに戻ったぼーっとしていた男・サンジは、喧嘩相手だった仲間のゾロの脳天目掛けて軽く踵落としする。
「ッッてめっ、ぶった斬るぞ!?」
「そっちじゃねーよ、迷子バカ」
「うるせェ!!」
「…お前さ。
アンリちゃんには、会ったか?」
サンジはまたもやぼーっと物思いに耽って問いかけると、あっけらかんとゾロは答える。
「アイツ、まだ死んでなかったのか」
「死なねーーよ!!天国なんかにアンリちゃんはやらん!!」
「そーかよ。おれァ見てねェから知らねー」
「………」
あの時会った真っ白で天使のような君は、幻なんかじゃない。そう思いたくて、サンジは空を仰ぐ。ゾロはその様子を見ながら、アンリの“魔女”という呼び名はあながち間違いでもねェな、と呆れて歩みを再開させた。
*
ロビンさんとフランキーさんに、二年前にみんなとはぐれてから今日までことを簡単に説明した。思い返せば色々あるけれど、絞って話しても自分語りが長くなったのか、他の仲間も集まってきた。
大人っぽくなったナミ、筋肉がついて逞しくなったウソップさんはあんぐりと口を開けてこぼれんばかりに目を見開いている。こういうところはやっぱり昔と変わらない。
「「…ッッ……!!!?」」
「あ、あの〜…」
「ちょ、ちょっと待ってくれ…まだ信じられねェ」
「だだだ、だってアンリよ!?こっちはアンタの懸賞金見てびっくりしたとこなのに!」
二人の反応は、当然だ。
大人っぽくなったとか、逞しくなったとか。わたしの変化はそんなものじゃない。髪色が変わり、目の色が変わり、能力が変わり、種族が変わった。そんなもの、別人と呼んでなんら変わりない。
自傷的にふと目を下げると、それまで口をぱっかーんと開けて何も言わなかったチョッパーが、くっと勇んでわたしの手を取った。
「ーーおれは分かるぞ!」
「っ」
「たしかに昔みたいな潮の匂いはしねェけど、それでも懐かしい匂いがする!お前は絶対アンリだ!」
「……チョッパー…!! すきっ…!!!」
勢い余ってチョッパーに抱きつくと、昔と同じ懐かしくて暖かい匂いがした。チョッパーの匂いだ。安心して、なんだか鼻の奥がツンとした。
そういえば、この船に拾われた最初に真っ先に優しく接してくれたのはチョッパーだったな。
お医者さん、っていうのは絶対あるんだろうけど、それでも勇気があって優しいチョッパーだからわたしはあの頃からずっと頼りにしていたのだ。
「……おまえ、さっきまで偽ロビンに騙されてたくせに」
「…私の偽物にも騙されてたくせに」
「あ!あれはみんなと久しぶりに会ったからで!!」
「チョッパー、おひさまのいい匂い…」
「くすぐってぇぞ〜!!」
「「……」」
じゃれつくわたし達を、ナミとウソップさんが恨めしそうににこちらを見ていたことなんて、この時は視界に入らなかった。
その二人に大きな手をぽむっと(可愛らしい効果音付きで)置き、サングラスを親指で押し上げたのは言わずと知れたアニキ。
「確かにアンリの変化にゃァ驚いたが、おれも負けてねェぜ?」
「スゲーーーよな!!」
「オオオオ!!?
おれも!おれも近くで見せてくれ!」
「ハイハイ…」
もう既に見ているらしいウソップさんと初見のチョッパーはとてつもない熱量でフランキーさんを褒め称えた。わたしも変形ロボの魅力を理解できるクチだが、そこまで少年にはなりきれない。フォルムはなんとなく覚えていたし。
けれど、フランキーさんなりにこの場を和ませてわたしの違和感を薄らぐようにしてくれたのだろう。さすがアニキだ。
しかしながらチョッパーが去ったせいで腕の中から温もりがなくなってしまい、少ししゅんとする。そんなわたしの頭を細指でサラリと撫でたのはナミだった。
「…長い時は気がつかなったけど、アンタくせっ毛だったのね」
「っ!へへへ、わたしも切った後気がつきまして…」
「こっちも素敵よ。でもこの結び方だとボリューム多く見えない?」
正直めちゃくちゃ見える。わたしは肩程の長さで驚異のくせっ毛なのに、所謂ハーフアップツインテールという結び方をしている。そのせいで余計にボリューミーに見えるのだが、。
「でもね、この結び方、昔ナミがしてくれたのと同じだからちょっとは黒髪の時の“わたし”に近づくかなって、思ったんだ…」
「ンン゛…そ、んなの…!いつでもしてあげるわよっ!!」
「ほんとに?!修行中は身支度を自分でしなくちゃいけないからって切ってみたんだけど、またお言葉に甘えちゃおう、かな…?」
子供っぽいことを言ってしまった。恥ずかしくなって俯けば、ナミの強烈セクシーパンチを喰らった。胸で窒息しそうなんて、やっぱりまだナミには勝てないらしい。ここの女性陣の成長に比べたらわたしなんてスズメの涙程しかない。見通しが甘い自分を慰めたくなった。
男女分かれて久しぶりにキャッキャ浮かれていれば、船を寄せていた岸にある二人がやってきた。シャッキーさんとレイリーさんだ。
「あら、アンリちゃん。ここに居たのね」
「少々島の状況が騒がしくなってきた」
話を詳しく聞けば、島ではあのニセモノ麦わらの一味を本物だと思った海軍が本格的に動き出したのだとか。
わたしのニセモノさんへ、思わず合掌してしまった。今や本物のわたしより狙われるだろうに。何故そのポジションに落ち着いてしまったのか、知りたくはないが同情した。
「ブルックちゃんにもライブ会場の電伝虫で状況は伝えてあるわ。もうすぐこっちに向かってくるはずよ」
「っ!よかった〜〜!!」
「ふふ、アンリは気にしていたものね」
「スターの座を捨てて来るか…。やっぱりアイツは骨がある」
慌ただしくなってきたサニー号の船内。気がかりだったブルックさんの事情も聞けたことだし、わたしはひとっ走りエースでも探しに行こうかとした時、ぽむ、と頭に手を置かれた。
起きやすい位置にあるのは理解しているが、この数時間で頭撫でられすぎじゃないだろうか?
いや、嬉しいけど。今度は誰だろう?と想像するまでもなく、置かれた手は雄々しくも歴史を感じるしっかりとした手だった。
「レイリーさん」
「探しに行くのは私に任せて、君は仲間とここでゆっくりしているといい」
「で、でも」
「彼の居そうな所なら分かる。まァ、恐らくルフィと一緒だろう」
「ルフィ!?」
みんなの声が一つになった。
我らが船長が、もうこの島に着いているのだ。
口角が無意識に上がり、彼の笑顔を想像しては胸を弾ませた。
ーーああ、やっと揃う。この船に、みんな。
瞼を閉じて、サニー号での冒険を反芻していれば、事情を知っている大人組がシャッキーさんと情報を交換していた。
「海岸に面した42番グローブがいい。そこに船を回し、全員を集めろ。ーー少々慌ただしいが、それぞれの“二年”を乗り越えて、いよいよ再出発の刻だ!!」
長かったようで、あっという間だったこの“二年間”。仲間と離れ離れだったのは寂しかったけれど、みんなの隣に立てるだけの力と技術を磨いた“二年間”だった。
わたしがまたサニー号に戻ってこられたのも、あの時生きることを諦めなかったおかげ。
*
〈…フランキー、そっちにはどれだけ集まってる?〉
「ブルックとお前ら3人が揃えば、いつでも出られる」
〈そうか、了解。42番GR海岸だな〉
「後で会おう!」
ハラハラ、どきどき。
先ほどの高鳴りとは違う意味で心臓が駆け足になる。じわり、と吹き出した汗を手の甲で拭えば緊張も解れるかと思ったが全然そんなことはなかった。
ガチャっと切られた通話は、寸前までサンジさんの声が聞こえた。フランキーさんが対話していた電伝虫も、心なしかサンジさんみたいな表情と眉毛だった。電伝虫を初めて見たわけじゃないのに、なんだか落ち着かない。
「…アンリ、大丈夫?」
「ははは、はい、もんだいないですよ」
「声裏返ってるわよ?
そんなに緊張してると後でやらかすんじゃない?」
ナミが意地悪そうに口角を上げた。
確かに、こんなにガチガチだと航海に支障をきたしそうだ。気晴らしに風に当たるか、それとも…。考えあぐねていると、ロビンさんが助け舟を出してくれた。
「そのマント、部屋に置いてきたら?」
「…あ、それもそう、ですよね。
ついでにお掃除でもしてきます!」
「転ぶなよ〜〜」
ウソップさんに返事をして甲板を去り、女部屋に入れば、わたしのベッドには大量のショッピングバックが置かれていた。…忘れていた。
自分の行いに小さくため息をつき、クローゼットの奥に今まで握りしめていたヴェールをそっとしまった。
外套の釦に手をかけ脱いでいれば、ドレッサーの鏡に映るわたしと目が合った。
肩につくか分からない長さの白い髪は四方八方にぴょんぴょん跳ねて、それを無理やりに結んだものだから幼さが際立っている。瞳は変わらず青いけれど、色素が薄まってしまって全体的に薄幸感が否めない。
肉と筋肉はついたけど、それでも真っ白で健康的とは言い難い見た目だ。
「……ハンコック様程の、とはいかないにしても頑張ったんだけどなぁ…」
項垂れるが仕方ない。切り替えていこう。
服を整理して、埃っぽい部分を重点的にはたきをかけて箒で追い出す。
女子部屋は昔から定期的に掃除していたが、男子部屋はどうなっているのだろう?その辺、あまり頓着なさそうな人が多いから、もしかしたらキノコでも生えて野生化してるかもしれない。二年間侍女として修行してきたスキルが役立てばいいのだが…。
掃除が終わりまた甲板へ戻れば、丁度ブルックさんが到着したところらしい。
「ブルックさん!」
「おや、……その鈴のような音色は、アンリさんですか!?なんと、ご立派になられて〜〜」
「あはは、悪魔の実食べたらこんな感じになりました」
「お前めちゃくちゃ端折ったな!?」
「悪魔の実…、それはまた壮絶な体験をされたんですねェ〜〜〜イェァ!」
ロックスターのような(実際そうだが)シャウトを奏でた後、弾き語るように静かにエレキギターを撫でれば落ち着いたジャジーな雰囲気だ。
な、何か弾いてくれるのかな…、と胸をワクつかせていた期待も束の間。
「それでは、アンリさん。」
「はい?」
「パンツ見せてもらってもよろしいで、」
「見せるかぁ!!!!」
「しょゲブーーー!!?」
ロックスターの横っ面をナミが思いっきり蹴飛ばした。かわいそうなほど痙攣しているブルックさんに駆け寄りたいが、ロビンさんから冷たい目つきで首を横に振られた。
ごめんなさい、ブルックさん。わたしはここで十字架を切るしかできそうにありません。
ファンの皆さん、本当にごめんなさい。
「… アンリ、ブルックに祈るな。マジっぽいから」
「いや、でもほら、供養は大切かなって」
「ヨミヨミの実全否定!?」
「あれ?そういえば、チョッパーは?」
「チョッパーなら後の3人を迎えに…」
そうこう言っているうちに翼がはためく音と共に、甲板に大きな影が落ちた。
響くほどに元気な声は、変わらずにわたし達を笑顔にしてくれる。
「うぉーーーーーー!!
みんな〜〜〜〜〜!!!!!!!」
「「「ルフィ!ゾロ、サンジ!」」」
サニーを包むほどの大きな鳥に運ばれてきたのは、まだここにいなかった面々。なんでだろう、ルフィの元気な声を聞くとさっきまでの緊張が嘘みたいにほぐれていった。
滲む視界を押し上げるようにルフィ達に手を振ると、ひとりだけ飛び立っていった。鼻血で。
「サンジ〜〜〜!!?」
「サンジさん!?」
大事になる前に大きな鳥さんがキャッチしてくれたはいいが、出血多量でほぼ昏睡状態。だというのに慌てているのはわたしとウソップさんだけ。
みんな懐かしいなー!とか、再会の喜びを分かち合っていた。うわ言を繰り返しているサンジさんに「しっかりー!」ともはや悲鳴のような声をかけていると、ちょいちょいと肩を叩かれた。振り向けばそこには、いつの間にかエースがいた。
「相変わらず騒がしい船だな」
「ン!??エース!?」
「…おまえ、おれの事忘れてたろ」
「そんな事あるわけないじゃん!というか、急に逸れたのはそっちでしょっ?!」
「あーー…、わりぃ」
悪びれることなくにっこりと太陽のように笑うエースを見ると、怒るに怒れなくなるのはきっと船長のせいも幾分かあるのだろう。
4人できたのだって、どうせルフィが小さな火種を大きくしたせいで大騒ぎになって、野次馬ってたエースが巻き込まれたんだろう。
エースに会ったことあるなしに関わらず、“火拳のエース“の登場に(意識がある人は)みんな驚いていた。どうやらフランキーさんは、エースが義手をつける時に面識があるのだとか。
世界って案外広いようで狭いのかも知れない。
「ちゃんと海軍にはバレてないよね?大丈夫?」
「…その事なんだが、やっぱ隠れるのやめるわ」
「………へ…?」
あれだけ世界中を騒がせた公開処刑。
エースは沢山のものを失って、拾えたのはせいぜい命くらいのもので。それさえ、世間では死んだことになっているからこそ、こうしてシャボンディ諸島や他の島を一人でも歩けているのに。
それを、やめる…??
「……エース、それ本気?」
「おう!そろそろマントは暑ィしうぜーしな」
「ッそれだけで、」
「それにこんなコソコソ隠れて生きてたって、死んでるようなモンだろっ」
死んだのと、一緒。
わたしは、エースにそんなものを背負わせていたのか。拾っていたつもりの命ですら、自由に扱えないものに…?
視界が真っ暗になる。鈍器で後頭部を殴られたみたいに、ぐらぐらと平衡感覚と指先の感覚がなくなっていく。冷や汗だけが手と背中の汗腺から噴き出るような不快感。
わたしは、わたしは。
そこでハッとしたのは、目の前を赤い炎が煌めいたから。がっしりと肩を掴む手は、片方だけが機械仕かけで硬い。
「勘違いすんなよ、アンリ。
隠れて生きてくか、自由に生きてくか。選んだのはおれだ」
「エー、ス」
「“あの時”死に場所も選べなかったおれにその機会をくれたのは、おまえだよ」
「っ…!!!」
「ったく、オメーは泣いてばっかだな」
涙が抑えきれなかった。暖かな炎の前じゃ、冷や汗はすぐに引いてった代わりなのかも知れない。エースは困った様子で笑いながら、指でゴシゴシとわたしの涙を拭いた。優雅さのかけらもないが、不器用な優しさだけが伝わってあったかい。
ーー大砲が撃たれたのはそれからすぐだった。
ぐらりと船が揺れて、雰囲気は一変。ぐずぐずしている間にもう海軍がすぐそばまで来ている。サニー号はちょっとやそっとじゃキズ一つ付かない、とフランキーさんは言うけれど、流石に大砲を何発も撃ち込まれたら魚人島に行く前にお陀仏だ。
あわや反撃して逃げるか、という時にうっすらと鼓膜に響いたのは、いつもそばで聞いていたあの高慢な声だった。
「
「あ、あれは……」
「あれは、九蛇のマーク」
「くじゃ?」
「“七武海”、海賊女帝の統べる屈強な女人海賊団よ」
「なんじゃあの絶世の美女は!!あ、サンジが死んだ」
「何故七武海が今ここに…!?」
「あ、ハンコック達だ」
「あぁ〜〜〜」
みんな海賊女帝を一目見ようと(一部状況把握のためだろうけど)、望遠鏡を覗いていた。
わたしには望遠鏡なんて覗かなくても分かる…。ハンコック様、今めちゃくちゃドヤ顔してるんだろうなぁ。ルフィの役に立てたって。
考えることは恋する乙女なのに、やってる事めちゃくちゃなのがあの人らしい。
周りの人間ーー主にわたしとニョン婆様ーーが頭を抱えるなんて微塵も興味がないんだから。
「ハゥア!今こっちに目配せを!
私、心臓が飛び出ちゃいそうです〜!!飛び出る心臓、ないんですけど」
「助かったな、今のうちだ!」
「こっちは助かったけど、全然よくなーーい!!ハンコック様ってば、シャボンディまで来ちゃダメだって言ってあったのに…!!」
「アンタ達、あの七武海と知り合いなの?」
「ああ、おれは女ヶ島に飛ばされたからみんな友達なんだ」
「…わたしは二年間、女ヶ島で修行させてもらってて、その、海賊女帝の侍女をちょっと」
「アンリちゃんが、海賊女帝の、メイドさん…!!?」
「サンジーー!想像すんな!気をしっかり保て〜〜!!!」
みんなが驚きの表情をする中、エースは頭を捻った後、ピっとわたしに紙切れを差し出した。
「あ、おれのビブルカード。悪ィけど、持っててくれ」
「エース、前の燃えたからおれにもくれ!」
「ほらよ」
「ありがとう!」
「あとこれ、アンリの分作っといたからちょっともらってくぜ」
A 4サイズくらいの白い紙も渡されて端っこを千切られた。え、ビブルカードって本人の許可なく作れるもんなの?なんて事言うのは今更だ。こんな世界に個人情報保護法なんて存在しない。後ろが何やら騒がしい。
「ほんじゃまァ、行くとするか」
「……うん、今度は死なないでね」
「おれは死なねェよ、バーカ。
これでいつでもお前のこと迎えに行けるしなっ」
「遊びに来てくれんのはうれしーけど、エースにだってアンリはやらねーぞ!」
「ちょ、ルフィ!」
ルフィの子供のような独占欲に対して、笑いながらエースは船の柵に足をかけた。もう、行ってしまうんだ。エースも、わたし達も。
名残惜しさに後ろ髪を引かれると、あ、という短いエースの声が上から降り注ぎ、忘れ物かな?と近寄ればいつもみたいにしゃがまれて、一気に顔が近づいた。
気付けばみんなは帽子の影に隠れていて、抵抗する間もなく頬に燃えるような熱くて柔らかいものがあてがわれた。ちゅ、と派手なリップ音を立てて離れた“それ”をエースの唇だと理解したのは、じゃーな、と短い別れの挨拶を聞いた後だった。
「ーーー駄賃、もらうの忘れてたから」
「あ、あ、あ、」
「またな。ルフィ、アンリ!」
「おーーーぅ!まーーたなー!!!!」
赤い炎は青空の元に溶けて、響いたのは昔一度だけ聞いた火拳、の言葉だった。
今のわたしも、きっとあの炎みたいに耳まで真っ赤に染め上げられた事だろう。通り道に残った火の粉を睨みつけても、憎らしい笑みは返ってこない。
(たしかに、それは“初恋”。)