新世界編
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ガヤガヤと騒がしい酒場はこの世界を見渡せば、それこそ星の数ほどあるだろう。
それが童話の世界のように、シャボン玉が浮き上がっては消える島だとしても例外なく。
秩序を取り持つ政府のお膝元であるここ、シャボンディ諸島でも奥まった場所へいけばそれなりに品がない店が居を構えている。この酒場と同じように。
けれど他の店とは違う点が一つ。
ここで食事をする男女が一風変わっているところだ。
白い髭を蓄えがっしりとした男は片腕だけ機械だし、そしてエラく豪快に山盛りのメシをカッ食らっている。自分の体積よりも大きい肉やピラフがみるみるうちに消えていくのは、ある意味スカッとするかもしれない。
女の方はというと、ポンチョで覆っていて顔は見えないが、小柄でスラリと細い脚を優雅に組んでいる。女だけ見ればとっても清らかで気品漂うスイーツパーラーと勘違いしそうだが、雰囲気はどこか苛立っていて男を視界に入れながら睨むように紅茶を嗜んでいる。
しかしそうさせないのは男のメシへとかぶり付く勢いと飛び散る食べカスのせいだろう。それが不快なのか、とうとう我慢の限界が来た女は口いっぱいに食べ物を詰めた男に話しかけた。
「エー……、じゃない。おじいちゃん、そろそろ行きましょ」
「がばばびびぶふぁ!」
「ジジイとか言ってないし、というか口の中に入れたまま喋らないで!」
「ふがふが」
「うん、ほら、…もうそろそろ混んでくるし」
女が鈴のような心地よい声でそう零すと、狙ったかのように酒場の扉が豪快に開いた。入ってきたのは大きな腹を抱えるように大股で、我が物顔で歩く麦わら帽子の男と小判鮫のように群がる数人だった。それまで店内にいた人達は、麦わら帽子の男達をみてざわつき、果ては店から逃げてしまう人もいた。
彼らは店の奥にある数人がけの一番大きな大きなソファに腰掛けて、まるで召使いを呼びつけるように店主を跪かせた。
店にある一番いい酒を持って来い、肉もありったけだ、乱暴な態度と物言いに周りの海賊からも罵声や拳が飛んできてもおかしくない状況だが、そんなことはまるでなかった。
当然だ。だって、今まさに肉をかっ食うその男は二年前マリンフォードの白ひげと海軍の頂上戦争に単身で乗り込み、時代を動かした張本人、3億ベリーの賞金首、モンキー・D・ルフィだったのだから。
*
念願で(軽度の)トラウマであるシャボンディ諸島に辿り着いたと思ったら、エースに酒場に連行された。早くレイリーさんと会っておきたかったのにぃ、とブツクサ言ってもエースが聞き入れてくれるとは思っていない。
この兄弟の前で食欲と冒険欲に勝るものはないのだ。
だから大人しく酒場で無理言って渋い紅茶を飲んでいたのにエースってばずっと食べてるし、食べ終わったお皿は詰みすぎてピサの斜塔みたいになってるのにまだ手も口も止まらない。
あと何時間かかるかな…、ともはや呆れ半分諦め半分でぼんやり天井を眺めていると、背中に嫌な予感が走った。
さっと膝上丈の短い外套のフードを目深くかぶってエースを急かす。けれど、遅かったらしい。予感は確信へと進化して、酒場の扉が開いた。
この島ならよくいそうな意気がる海賊かと思ったが、予想斜め上の答えが我が物顔で歩いている。しかも複数人。
咄嗟に自分とエースの口に大きめの肉で蓋をした。エライと褒めてくれ。
わたしが口を物理的に塞いだ理由は、ソファで踏ん反り返っている腹の大きな男達のせいだった。髪がオレンジの中肉中背の女、やけに長い頭でアロハシャツの男、太陽の塔みたいな仮面をつけた大きな男。そして真ん中で下卑た笑い声を響かせながら酒を煽るのは、赤のノースリーブを羽織り麦わら帽子を外さない、頬に傷がある男だった。
エースは塞いでたはずの肉を頬張りながらその男達に笑顔で声をかけようとする。から、物理的にめちゃくちゃ止めた。
「っってェエ!ンにすんだよ!!」
「違うから!あれ絶対違うから!!」
「ア?どう見たってルフィだろうが!」
「どこをどう見たらルフィなの!?」
そう、男達は明らかに麦わらの一味を意識した格好をしていた。わたしからすれば下手なモノマネなんだけど、どうやら周りにとってはそうじゃないらしい。あれだけはっきりとした写真付きの手配書があるにも関わらず、あのクオリティで“本物の麦わらのルフィ”だという認識だ。しかも二年前の戦争で知名度が大きく跳ね上がったのか、ニセモノでさえ、有名なイカれた海賊扱いを受け、恐れられていた。
「ハァ…。エース、あれニセモノだから。
もしもホンモノのルフィだったら、あなたに話しかけないわけないでしょ?」
「う〜〜ん、まぁ、そうか。エッじゃあアイツら全員ニセモノなのか!?」
「だからそう言ってるよね!!とにかく、ここ出るよ」
「んッッ、ぐちょっほまへ!」
立ち上がりついでに残っていたお皿の中身を全て口の中に入れて(まん丸ピンクの悪魔を彷彿とさせる)まぐまぐしながらも着いてきてくれた。店員さんにお勘定を渡している最中に、エースが口の中のものを全て吐き出した。いや、吹き出したと言った方が正しい。肩を震わせて、場を置いてけぼりにしたようにギャハハハハ!!と指を指して笑っていた。
「おい!アンリ、見てみろよッ!!」
「も、もうちょっと声抑えて!
それでどうしたの?」
「アイツも“麦わらの一味のニセモノ”だろ?ッククク…!」
示された先を見れば、ゴワゴワした長い黒髪を靡かせた女がニセルフィに絡みついていた。後から来たその女は身長は2メートル近くあるが鶏ガラのように手足が細く、青い目を鋭く吊り上げ特徴的な鷲鼻をふがふがさせていた。
無意識に手をわなわなさせながら、腹を抱えるエースを見た。あ、あれは、まさか…!!
「ニシシ、お前のニセモノだろうよ」
「なっ、なっ、」
もうちょっと似たような人いただろ!!と叫びたくなったがぐっと我慢した。
耐えろ、わたし!いくら横でずっと腹を抱えて笑っているエースがいようと、あの醜悪なモノマネ集団がデカい顔をしていようと、ここで叫んだらわたしがホンモノだとバレてしまうかもしれない。それに、アレが似ていると認めた事になってしまう…!!
それはいけない!海軍にバレるよりいけない!
さっさとこの店を出ないと!!
「店員さん!これ、代金ねッ」
「あ、はい、…ってお客さん!多いよ!」
エースの首根っこを掴んで店を出ようと扉に手をかければ、店員さんから呼び止められた。まあここの治安を考えれば、金を強奪されることはあっても代金を多く払うお客なんていないのだろう。だが、わたしは振り返ってこう言った。
「それは取ってて。“どうせ足りないだろうけど”」
「は?それって、どういう」
今度こそご馳走様、と外へ出た。
あそこにいたら、いろんなことに巻き込まれかねない。今のうちに退散しておくのが吉だ。
*
中略
どうしよう、エースとはぐれちゃった…。
レイリーさんにもらったビブルカードに沿って歩いてたんだけど、麦わらの一味仲間募集!って怪しげな張り紙を見た一瞬の間でエースが消えた。なんで?マジック??3歳児でもこんなに素早く見失うことないよ???
わたしが必要以上にオロオロしている理由は、なにもエースがいなくなったからじゃない。
何を隠そう、今世間的にエースは死んだことになっているのだ。
二年前の、あの戦争以来。
マリンフォードで起きた頂上戦争は、このシャボンディ諸島で生放送されていたらしく、いくら政府側が火拳のエースの手配書を取り下げずとも世界的に見れば彼はあそこで処刑されたという認識らしい。
エース自身もその世論を隠れ蓑にここまでやってきたらしいので、そうそう自分から火拳を使って大暴れ…、なんてしないとは思うのだけれど。それでも相手はルフィの兄。考えてるのか考えてないのか分からない、ルフィを薄めた程度の猪突猛進全力投球。女ヶ島からの航海で、人を疑うことの知らなさと好奇心おばけなことと食欲で動く人だという事は、痛いほど理解した。島にいた時より分かる。あの人はマジでルフィのお兄ちゃんだ。
探せる自信がない。一緒にいるものだと思い切っていたから、ビブルカードももらってない。
されどここはシャボンディ諸島。いくら海軍本部が移動したからと言っても海軍も闊歩している島だ。火拳のエースが生きていたとバレたら大変なことになってしまう!
首を横に振って困惑を取り除き、今はエースを探さないと!と意気込むと、わたしの腕をゴツゴツとした皮の厚い手が握った。
振り向けば、下品な笑みを浮かべた野蛮人が四、五人集まってきた。
「オイねーちゃん、アンタも麦わらの一味に入りてェのか?」
「おれ達麦わらのルフィと知り合いだから、会わせてやるぜ」
「ねーちゃんレベルのオンナなら、麦わらのルフィ船長も喜んでくれるだろうよッヘヘ!!」
何も言っていないのに勝手に話が進んでゆき、腕を引っ張られる。うーーん、どうしよう。臭いから早く離れてほしいんだけど。
このまま「ルフィならオンナより大きな肉持っていた方が喜んでくれますよ!」って言って逃げたい。けど、腕を握られたままじゃ穏便に済ませられない…。ああ、アマゾン・リリーで生活していくうちに脳筋になってしまったのか、本当に物騒な方法しか思いつかず頭を抱えていると風を切るようにナニかが、現れた。
「ーーーオイ、クソ野郎。
レディの細腕からその汚ねェ手を離しやがれ」
その言葉に、声に、肌が粟立つのを感じる。雷に打たれた、なんて表現がいいのだろうか。
そんな表現が大袈裟ではないほどの衝撃が、全身を駆け巡った。
放心状態で動けなくなったわたしを男達は怯えていると勘違いしたのか、わたしを置いて話は進んでいく。
「ンだよニーチャン。おれ達はこの女が麦わらの一味仲間募集の張り紙を見てたから声かけてやっただけだぜ?」
「そーそー、応募条件はあるらしいがこんなに綺麗なオンナなら、ルフィ船長も喜ぶってモンよ」
「?何ワケ分かんねェ事言ってんだ。…だが、まぁ確かに女性を見る目だけはあるようだな。マドモアゼル、こんな奴ら放っておいておれとどこかでお茶でも…」
男達を無視するように割って入ってきた男性は、シェイクスピアの舞台上かのようにキザったくわたしの方へ軽くお辞儀をした。ダメだ、まともに顔を上げられない。そんな様子をおかしく思ったのか、男性は一瞬、わたしのフードを覗き込むようにしたが、その行為はいつまでも腕を握って離さない海賊らしい下品な男共のがなり声で遮られた。
「おれ達を無視してんじゃねェー!!」
「邪魔すンじゃねェ!!」
「ッッそりゃこっちのセリフだクソ馬鹿共ーーー!!!」
一斉に攻撃を仕掛けた男達を軽々と避けスラリとした長い足を、まるで鞭のようにしならせて頭に踵落としを食らわせた。それもわたしの腕を掴んで離さない男以外、全員ほぼ同時に。
わたしも男もびっくりして固まったが、男は私を人質にとるような動きを見せたが、それも呆気なく終わった。
不穏な動きにいち早く気付いたキザな男性が、腕をキツく掴む男の手を弾いた。
「
否。弾いたなんて優しさはなく、さっき男達を沈めた以上の力で手に踵落としをするもんだから、とんでもなく鈍い音がわたしにも聞こえた。絶対複雑骨折したよ…。
男の断末魔のような声が耳をつん裂くが、追い討ちのように男性が蹴り倒して大人しくなった。わたしが何かするまでもなく、全滅。
こ、これは騒ぎになるかも…。とか心配する余裕はなく。正直、男達に囲まれた時より逃げたい。が、屍(多分死んでない)を超えて男性がこちらにやってくる革靴特有の足音が聞こえる。
それはまるで死刑宣告のよう。
バイクのエンジン音と聞き間違えるくらい、今のわたしの心臓はバクバクとうるさい。あああ、ほんとに口から出そう。何がって、わたしもまだ分からないけど、出てくるのが朝ごはんじゃなくて心臓であればまだ御の字だろう。
そうこうしている内に、男性はわたしの目の前に立ち、すっと肺に空気を送る音が聞こえた。
「きみ、大丈夫かい?さっきから俯いてるが、もしかして怪我でもした?!」
「…………」
じんわり、じんわりと。
耳から脳、心臓へと染み込んでいく男性の、彼の優しさが溢れる声に泣きそうになった。
この声がもう一度聴きたくて、この人にもう一度名前を呼んで欲しいと何度も何度も願って夢見た。
声を出せずに、一先ずふるふると頭を振って無事であることを伝える。その時視界に自分の白い髪が映った。…そうだ。今のわたしはもう“あの頃のわたし”じゃない。海軍も分からない、エースにもびっくりされるような見た目になってしまった。
それは勿論わたしの決意の表れだし、アマゾン・リリーの皆が二年間協力してくれた証でもある。恥じることはない。むしろ誇りに思っているくらいだ。
でも、もしこの人に誰?と言われてしまったら…、と足踏みする自分もいる。
「…もしかして、怖くて声が出せない?今さっきの奴らなら、当分は起きねェと思うんだが」
「………」
「って、あんな事したおれが一番怖ェか」
「ちがっ…!!」
あれだけハンコック様から“外にいる時は他人と目を合わすな、声を出すな”と言い付けられ、わたしもそれが当たり前になっていた。だから、無意識のうちに口をつぐんで下を向いていたのに。少し落胆したような、落ちた声色に思わず否定の言葉が走った。
バッと見上げると、彼と目があった。
最後に見た時とは分け目が変わっていて、髭も増えてる。それでも相変わらず綺麗な、青い海の色がちかっと瞬いた。
「…………え、」
「…ごめんなさい、それじゃあ」
「待ってくれ!」
沈黙が耐えられなくて思わず逃げようとするけど、彼に腕を取られた。さっきの男と同じくらい皮が厚いのに細くて節張ってるけど、握る強さは柔らかく、力強く振り払うとするりと解けてしまいそう。それでもしないのは、やっぱり期待してるからで。
近くの海岸から聞こえる波音と、わたしの心音が重なり合う。わたしが名乗れば済む事なのに、唇が震えて言葉に出来ない。
じわ、と涙が目尻に溜まり始めた時。
「ーーーもしかして、アンリちゃんかい?」
「っ!!!」
「アンリちゃん、なんだろ…!?」
縋るように、懇願するように。わたしの名前を叫ぶサンジさんは、少しだけ腕を握る力を強くした。はいもそうですも喉から出てこなくて、代わりに出たのは嗚咽だけ。それでも振り向いて、こくんと頷けば握られた腕を引いてすぐに胸の中に閉じ込められた。
懐かしい潮と煙草の香りに、頭がパニックになる。心臓が、破裂しそうだ。なにもしていないのに、息が上がってくるしい。
「…大変、だったね。マリンフォードでの件、聞いたよ。手配書も。驚きすぎて心臓が止まるかと思った」
「………」
「何度もアンリちゃんが夢に出てきて、助けてって叫ぶんだ。おれはすぐに駆け寄るんだけど、毎回後一歩のところで手が届かない。」
「………サンジさ、ん」
「……よかった、きみが生きててくれて」
「…わた、わたしが、こうして生きてるのは、サンジさんのおかげ、だよ」
ちゃんと、話せた。
顔を見てお話しなんてまだきっと無理だろうけど、湯気が出そうな顔をこれ幸とサンジさんの胸元にぎゅっと押しつけて隠して、やっと言えた。
わたしを思い止まらせてくれてありがとう。
そばに居なくても、声が聞けなくても、支えてくれてありがとう。
恥ずかしくて情けなくて口に出せないけど、届いたらいいな、なんて狡賢く思い続けた。
「……あ、あ、の、アンリちゃん…。そろそろ、おれ…!!」
「…??」
「んグウへェ!!!!」
奇声を発しながらサンジさんは仰け反った勢いのまま一人で後ろへ倒れてしまった。思わず悲鳴をあげて駆け寄ると、なんとも幸せそうに頬を弛ませたまま気絶していた。なんだか懐かしい。手で抑えた鼻から血が出ていたから慌てて拭いて、そのまま背負ってレイリーさんの元へ急ぐ。
仲間が(何故か)倒れたのだ。申し訳ないが、エースの事は後回しにさせてもらおう。この道順ならきっとシャッキーさんのお店だし、ベッドかソファくらいは貸してくれるだろう。
そのあとでぜーーったい探しにいくからね!と心の中で謝って地面を蹴り上げた。
*
シャッキーさんのバーの扉を叩くと、二人とも少し驚いた顔をしたけど快く迎えてくれた。
中には重傷のデュバルさん達トビウオライダーさん達がいてわたしも驚いた。
みんなわたしの変化やサンジさんが気絶してる事に驚いたのかと思ったけど、その二つに驚いてたのはデュバルさん達だけだった。
曰く、「女の子はね、少し見ない間に立派なレディになるものよ」とのこと。
あまり気にならないわ、と言外に言われた気がして頬が緩む。それに、シャッキーさんが言うととても大人の深みがある。レイリーさんも深く頷き、わたしの頭に手を置いてた。
「沢山頑張ったんだな、アンリちゃん」
「…ゔっ、ばい!!」
「あら、レイさんったらオンナ泣かせなんだから。こんな悪いオトコに捕まっちゃダメよアンリちゃん」
3人で少しだけ談笑した。
この二人は本当に慈愛というか、わたし達を庇護下に置いてくれているみたいでなんだか安心してしまう。
その話の中で、みんながもうこの島についていることを聞いた。なんとゾロさんが一着だったらしい。思いもよらない大どんでん返しに、一瞬頭が置いて行かれた。2番目がフランキーさん、3番目がナミ、4番目がウソップさん、5番目がチョッパー。そしてわたしとサンジさんという順番らしい。
やっぱりというか何というか、ルフィは最後だろう。ハンコック様のお誘いにもし乗っていたらお墓参りどころか遅刻の可能性だってあった。
ひと段落着いたところで、コップ一杯分のお茶を頂いてから席を立った。
「あら、どこか行くの?」
「ここまで連れてきてくれた人が、迷子になっちゃって…。お買物ついでに探して来ます」
「そう、そこの坊やにはわたし達から伝えておくわ」
シャッキーさんが含みのある言い方をして、ウィンクを一つ飛ばした。前々から思っていたけど、この人達…、ウインク上手すぎない?どうしてこんなにかっこよくて粋なことが出来るんだろう。時間があればご教授頂きたい所だが、またの機会にしよう。
「嬢ちゃん、トビウオ乗ってくか?」
「ううん、歩いて行くね。ありがとう」
「「お、おう…」」
ウインクは練習したことないから、寝たきりのデュバルとトビウオライダーさん達に代わりの笑顔を飛ばすと押し殺したような声が漏れ聞こえた。え、ダメだった?
まだまだってことなのかな…、としんみりドアノブに手をかければレイリーさんから呼び止められた。振り返れば、レイリーさんはなんだか真剣な面持ちで、目元がきらりと光っていた。
「…アンリちゃん。私は君に謝らないといけないことがある。
君達が出発する前に、と思っていたんだが、どうもタイミングが分からなくてな。そう固くならないでほしい」
「な、なんでしょう…?」
固唾を飲んだ音が聞こえたのか、レイリーさんはゆっくりと瞬きをして、唇を震わせた。
「私は、君の母親のことを知っている。」
「え……」
「君の母親、アンナちゃんは海賊だった事は知っているかな?」
「はい、なんとなくは」
「…初めて君を見た時、アンナちゃんと見間違うほどそっくりだった。まるで生き写しのようだった」
「………」
「けれど、髪色や目の色が変わったとしても、君たち親子は似ているな。お転婆なところなんか、そっくりだ」
「……うれしい、です。
ありがとう、レイリーさん」
滲んだ涙を目の前の老紳士がいつの間にかすくって気づかないふりをしてくれた。
「けど、そんな事別に謝るだなんて…」
「いや、話はここからなんだ。ーー私は君の父親とも、面識があってね」
「ッ…!!!」
ヒュ、と息を呑む音が響いた気がした。
父親。父親か、そりゃそうだ。龍神族だって哺乳類。アマゾン・リリーだって適当な島に降りて子供を作って育てるとニョン婆様が言っていた。
昔、数多の龍神族の娘達の記憶を見せてもらった時も、“人間の父親”がちらりと映っていた。けれど、どれもあまり幸せそうな家族ではなかった。龍神族の娘は、いつしか子供を授かると海へ帰っていったように。
母も、そうだった。
「どんな奴かくらいは話してやれるが、どうする?」
店内の視線が一斉にわたしへ混雑する中、わたしの頭は妙に冴えきっていた。
「母は、父親であるその人が好きだったみたいです。お別れをする時、とても辛かったと…言っていました」
「……そうか、」
「けれど、それとわたし個人はなんの関係もありません。父親が誰であろうと、わたしが“おとうさん”と呼びたいのは、今も昔もこれからも、龍神さまだけですから」
伏し目がちな美丈夫の彼が、頭の中で語りかけてきた。きっと今もこの広い広い海のどこかで、わたしを見守ってくれているのだろう。
寂しい思いを、していないといいな、と思う。
「ーーでも、話してくれてありがとうございました、レイリーさん」
「…いや、私こそ申し訳ない。野暮なことを言ってしまったらしい」
「いってらっしゃい、アンリちゃん」
「はいっ、行ってきます!」
少しだけしんみりした気持ちは光と共にかき消されて、再びドアノブを回した。
(それは貴方のおかげ)