小さなアクアリウム
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(番外編)
わたし達はある島に停泊中。
ナミ曰く冬島の海域らしく、部屋の中でもとんと寒い。もぞもぞと分厚くもふもふと布団に顔を埋めて、いざ寝るぞと灯を消した後、ナミからコソッとわたし達に声がかかった。
「ねェ、アンリ、ロビン。
どうせまだ起きてるでしょ?」
「どうしたの?」
「秘密の会議かしら」
ひみつの会議、なんだかワクワクする響きだ。
間違って眠っちゃわないように、枕を抱えベッドの上で座る。それでも寒いから肩から毛布をかけて。ロビンさんは優雅に寝そべりながら、ナミは胡座を掻いてニヤリと不気味な、…いや、何かを企んでいる顔をしていた。
ウン、どんな表情も美人だよ。
「もうすぐ何の日か知ってる?」
「……なんの日?」
「…あぁ、そう言うこと。ふふ、航海士さんも素敵な事思い付くのね」
「え、な、なんなの??」
二人の美女は顔を付き合わせてニコニコニヤニヤと笑っている。…ダメだ、話についていけない。誰かの誕生日とか?それだったら宴大好きマンのルフィが騒いでないわけないし。
記念日、とか?それだとわたしが乗り込む前だから分かんない可能性だってある。頭を捻って考えてみてもそれらしい答えは出ない。
じれったくなったのか、ナミがぴんっとわたしのおでこを軽く突いて、時間切れ♡と言われてしまった。
「正解は、バレンタインよ」
「…バレン、タイン」
「そう、女性が好きな男性にチョコレートを送る文化よ。他には男性から花束をもらう国や、プレゼント交換する島もあるらしいわ」
「こうしてグランドラインを回ってると、文化も季節も違ってるから分かりにくいのよねぇ」
「……(いや、わたしが驚いてるのは、この世界にもバレンタインなんて行事があるのかって事だったんだけど。というか、今のロビンさんの言い方だと、こっち主流はチョコの方なのかな?)」
未だに抜けきらない異世界カルチャーショック。今までにも色々あったが、割と俗世的なんだなと改めて認識させられた。
「今じゃ好きな男へ、じゃなくても義理で送ったりするでしょ?
そこで!この船の虚しい男共に私達美女からのありがた〜いチョコレートをくれてやろうというワケよ!」
「楽しそうね」
「な、なるほど!」
フンフンと首を激しく縦に振る。
サンジさんなんて鼻血出して特に喜びそうだ!
安易に想像出来ちゃう。
ルフィ達も意外と甘い物好きだし、ゾロさんはお酒に合うチョコレートだと食べてくれたりするのかな?チョッパーは特に甘い物好きだから、きっとサンジさんとは違うベクトルで大喜びだ。
みんなが喜ぶ姿を想像して、その日はぐっすりと眠りについた。
次の日、わたし達は三人で島に降り、お目当てのものを手分けして探す。計画としては3人でみんなに一つずつ渡す予定だ。
ナミは一人でショッピングを兼ねて、わたしとロビンさんはお菓子屋さんを見て回った。何処もこの時期だからだろうか、チョコレートにちなんだお菓子がずらりと並んでおり、どれにするか迷ってしまう。
「アンリはバレンタイン初めて?」
「はいっ!陸の人とせっするきかいなんてほとんどなかったし、そういう文化があることもある事もきのう知りました!」
「…そう、なら選ぶところも楽しまなくちゃ」
綺麗な微笑みに勢いよく何度も頷き、色とりどりのお菓子のショーケースを覗き込む。
カウンターには気の強そうなおばさんが、にっこりしながらいらっしゃい、と出迎えてくれた。
「アンタらも好きな男に渡すのかい?」
「あ、いえ、わたし達はなか、むぐっ」
「ええ、そうなの。オススメはあるかしら?」
突然両肩から形の良い滑らかな手が2本生えて、わたしの口を塞いだ。間違いなくロビンさんだ。店番のおばさんの説明を聞きながら、ロビンさんはわたしの方へ視線を寄越して、唇に人差し指を当て物理以外でもわたしの口を閉ざした。
「(そうだ、仲間なんて言ったらわたし達が海賊だってバレちゃう)」
了解です、とボディーランゲージするとようやく口を塞いでいた手は花びらになって消えた。
「それじゃあマダム。
このビターチョコレートと、こっちのチョコクッキーと…、そうね、綺麗なキャラメルチョコレートを下さるかしら?」
「いやだねェマダムだなんて、オホホホッ!
でも3人分かい?そりゃアンタモテるだろうけど…」
「ああ、違うの、これは予備よ。
あの人の好きなお菓子、分からないから」
「成る程ね、がんばんな!」
照れたように目を伏せたロビンさんに、おばさんは何も聞いてこなかった。…のらりくらりと躱すの凄腕処世術に震えが止まらない。
さ、さすがロビンさん…!!わたしには出来ない事を平然とやってのける!そこにシビれる憧れるぅ!!
なんて事は口には出さず(出せず)、ロビンさんはラッピングに、ピンクの二重リボンと深緑のタグとシックなプレゼントリボンと、別々に付けてもらっていた。
なるほど、ああやって見分けるのか。
「それで、お嬢ちゃんは決まったかい?」
「…あ、えーっと。じゃあ、」
そういえば、誰の分を買ったらいいのか決めてなくて、目が泳いでしまう。今のでもう三人分はあるから、わたしはあと誰の分を決めればいいのだろうか?こんなことならナミと別れる前にちゃんと決めておけばよかった…!
えーっと、あああと悩んでいれば、こっそりとロビンさんが耳打ちが聞こえる。
「アンリ、初めてのバレンタインなんでしょ?だったら貴方が真っ先に思い浮かぶ人にあげたら、その人とても喜ぶんじゃないかしら?」
「え、でも」
「大丈夫よ、被ったら私達で頂いちゃいましょう?」
悪戯っ子のような笑みでウインクなんてされてしまえば、わたしは抵抗できる術なんて持ち合わせていない。
「……じゃあ、このマカロンのケースを」
「はいよ。アンタは一つでいいのかい?」
「はい、ラッピングは……きれいな青で、おねがいします」
*
その日の夜、みんなでサンジさんの晩御飯に舌鼓を打ちそろそろ食事も終わり、各自解散、と言う手前で、ナミの声がかかる。
「ンだよナミー」
「もう記録が溜まったのかァ?」
「おれ次も冬島がいいなぁー」
「ちゃうわ!
今日はバレンタイン。というわけで、私達からのありがた〜〜いチョコよ!受け取れヤロー共♡」
「ンンン待ってましたァーー!!!!」
「「「わーーーい!!チョコレート!チョコレートぉおーい!!」」」
「ヨホホホホ、私バレンタインでチョコレートを貰うなんて久しぶりですね〜〜!」
「……はぁ、くだんね」
「あら、剣士さんの分はビターチョコだから、ライスワインなんか合うんじゃないかしら?」
「なら話は別だ」
「おいコラクソマリモ!!ロビンちゅあんからのクソありがてェチョコレートだぞ!!もっと丁重に扱いやがれ!!!」
バレンタインというだけで、ここまでお祭り騒ぎになれる海賊も珍しい事だろう。何だか微笑ましくてくすりと笑ってしまった。
ナミがゾロさんとサンジさんの喧嘩を両成敗したのを確認してから、黒いジャケットをちょいちょいと引っ張る。
「ン?どうしたんだい、アンリちゃん」
「サンジさん、あのね、これ」
「………ぇ、…」
「お、お菓子屋さんのおばさんがね!ラッピングをハートにちゃって、ずいぶんとろこつな形になっちゃったんだけど…」
「………………」
「…えーーっと、中身はマカロンなんだよ!ここのお菓子屋さん、おいしいらしくてね!」
わたしもクッキー買っちゃったんだ、おいしかったよ〜と、間に耐えきれず要らん情報まで口にするも、サンジさんから何の反応もなく、心に焦りが募ってゆく。
室内でのどんちゃん騒ぎも相まって、顔の熱が下がることはない。箱を持つ指も震えて、もうこのまま押しつけて部屋に戻ろうかと思った時、
「わわ、」
「ーーちょっと。ちょっとだけ、待ってくんねェかな」
突然、大きな手のひらで私の視界は遮られた。
背伸びをしようが横にズレようが、これじゃサンジさんが今どんな表情なのか分からない。
けれど、声色から察するに何か焦っている?みたいだ。
「これを、おれに?」「アア、アンリちゃんが、どうして」「クソ、こりゃ夢か?」とか聞き取りにくい程のボリュームで色々聞こえてくる。こ、これは、喜んでくれてると思ってよいのだろうか?
やっと手が退けられて視界が広がると、サンジさんは片方だけ隠れた顔を一目で分かるくらい赤くしていた。わ、わわわ、なんだこれ。なんか、なんか、わたしまでドキドキしてきた…。
…さっきより、しんぞう、いたい。
「これ、おれが貰っても、いいの?」
「…その、サンジさんの、分なので」
「………すげーーー、うれしい」
青いハート型の箱は、言葉とは真逆にきゅっと潰さない程度に握りしめられているように見える。顔を覗けば、呆然としたサンジさんが箱を見つめながら特徴的な眉をへの字にして、へにゃへにゃと口元が緩くなっている。いつものメロリンとはまた違った表情だ、なんて鑑賞していると、さっきまで合わなかった視線が急にピタリとかち合う。
サンジさんは赤くなった頬を掻いて「ちょ、ちょっと待ってて」と言い残し、キッチンへ引っ込んでしまった。
何かしてしまったのだろうか、そう思うと居ても立ってもいられなくておずおずとキッチンを覗くと、サンジさんの両手にはわたしの背の丈の半分はあるであろう大きな鉄板を持ち上げていた。鉄板に丁寧に敷かれたクッキングシートの上にはピンクや黄色やチョコレート色のまるやハートが均等に並んでいて、思わず息を飲んだ。これ、なんだろう。むくむくと膨れ上がる好奇心が顔を出して、困惑も焦燥感もそっちのけでサンジさんの手先を見つめた。
「あまいにおい、」
「おっと、待っててって言ったのに。
好奇心旺盛なお姫様だ」
「あ、ごめんなさい。つい気になっちゃって…」
「いーよ」
ふっと弧を描くみたいに上がる口角に嬉しくて、また胸がきゅっと絞められた。とくとく早くなる鼓動を気付かれないように、透明な息を吐いて見つめる。
サンジさんの手先は器用に、小さいハートをひとつとって、絞り袋からクリームを丁寧に乗せていく。夢中になって手先を追いかけていれば、もう一つの小さいハートでクリームをサンドした。サンジさんにとっては単純作業なんだろうけど、動作一つ一つが洗礼されていてとても綺麗だと、思った。これが見惚れるって事なのかもと、我にかえり恥ずかしくなった。
仕上がったお菓子をお皿に乗せて、急にサンジさんがしゃがんだ。
だ、大丈夫!?どうしたの!?と近寄れば、シィーと己の唇に人差し指を立てる。
「もうちょっと待っててくれりゃ、ちゃんとラッピングした完成品を渡せたんだが…、アンリちゃん」
「は、ひゃい!」
「おれの気持ちも、貰ってくれるかい?」
お皿から一つ口元まで運ばれてきたのは、ハート型のピンクのマカロンだった。メレンゲクッキーのアーモンドの香ばしいが、そわりと食欲を誘った。
「…おいしそう。わたしだけ、先にもらってもいいの?」
「…………あーーー、実を言うとこれはアンリちゃん用だから、むしろ全部もらってくれた方が嬉しい。
あ、心配しねェで!ナミさんとロビンちゃんには明日ケーキ焼くし、野郎どもには腹の膨れるマフィンかパウンドケーキでもつくるから!」
マカロンって確か、乾燥とかに時間かかるしマカロナージュ?を作るのが難しいお菓子だって前世で聞いたことがある。
わたしの為だけに、バレンタインの日に作られたお菓子。
なんだろう、体の奥から湧き上がる胸を締め付けられるような気持ち。ドキドキもしてるけど、さっきとは違って、自惚れそうになる。
ものすごく恥ずかしいし、顔もきっと茹でダコみたいに真っ赤だろう。クラクラしてきたんだから間違いない。
けれど、ここはキッチンカウンターの裏。
しかもしゃがんだ事によってどんちゃん騒いでいるみんなからは見えないときた。
ご丁寧に口元まで運ばれたそれは、後はわたしが口に含むだけ、という所まで来ている。
ああ、あれほど取り乱していたのに、サンジさんはやっぱり頭が良くて意地悪だ。目の前で見せている表情は、捨てられた子犬みたいになっている。
そんなところも含めて。
「…やっぱり、ダメか、」
「〜〜っ、えい…!」
「なっ!!!?!♡♡♡」
ぱく、と一口大のマカロンを齧ろうと小さく含んだのがいけなかったのか。
それとも、どこまでいっても小心者のわたしがいけなかったのか。
わたしの舌は、甘いマカロンのクッキーとバタークリームのハーモニーと、サンジさんの指の感触を味わってしまったのだった。
「ご、ごめんなさい!サンジさんのゆび、かんじゃって…って、サンジさん!?」
「…… アンリちゃんの、ぷにぷにの唇… アンリちゃんの、」
「きゃーー!鼻血、鼻血出てる!!?
チョッパーーー!!!!」
マカロンの乗ったお皿はなんとか死守しながらも、器用に鼻血を出して頽れて(くずおれて)いくサンジさんを揺さぶるが気を取り直す事はなく、そのままバレンタインの宴はお開きとなった。
*
お風呂から上がり、湯冷めしない程度に海を眺めながら女部屋に戻る。
ずっと離れず、頭の中で再生されるのは今日の出来事。
最後は結局有耶無耶になってしまたが、わたしとサンジさん、同じものを交換したって事だよね?しかもサンジさんは手作りで、わたしはお店の。これじゃあどっちが乙女か分かんないなぁ、とドアを開けると、待ってましたと言わんばかりのナミに捕まってしまった。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられるのにも慣れてきたが、未だに迫り来る胸囲には慣れない…。
ロビンさんはそんなわたし達のじゃれ合いを楽しそうに見ている。知ってるのだ、ロビンさんが止めてくれないことくらい、わたしは知ってるのだ……。現に、開いている本を閉じようとはしてくれないのだ…!!と某齧歯類のモノマネで現実逃避することくらい、許してほしい。
「…それで?どうだった??」
「どうって、なにが?」
「サンジくんの反応よ!」
「えーーっと、……すごい、よろこんでくれたと、おもう…」
「へぇ〜〜〜〜〜よかったじゃない」
ニヤニヤ顔のナミはわたしのほっぺを突いて悪戯してくるが、恥ずかしいので何もできず固まっているわたしはされるがままだった。
ふと、ロビンさんが何かに気づいたように本を閉じて首を傾げ、すとんと艶やかな黒髪が一房しゃなりと垂れる。そんな動作一つ取っても綺麗だなぁ。
さっきはお世辞であんなこと言ってくれてたけど、やっぱりサンジさんも、どうせ貰うならナミとロビンさんからチョコレート欲しかったよね。
「そういえば、サンジが作ってたお菓子ってなんだったのかしら?」
「あの後大変だったからねー」
「マカロンでしたよ。できたてもらったらおいしかった、やっぱりサンジさんすごいよね!」
「……へぇ、そう。サンジもなかなか素敵な事するのね」
クスクスと微笑みながらまた本を開いてしまったので、わたしとナミはロビンさんの脇にぴっとりとくっついて、何が?なんのこと?と教えを乞うしかなかった。そりゃそんなこと言われたら気になるよ!
「ふふ、この時期になるとお菓子にも意味を持たせる女の子が増えるのよ。
チョコレートは“貴方と同じ気持ち”。
クッキーは“お友達でいましょう”。
キャラメルは“安心する存在”。みたいにね」
「へぇ…」
「じゃあマカロンは?」
ロビンさんは綺麗な唇を薄く開いて、演技めいた仕草でわたしに手を差し出した。
「“あなたは特別な人”」
数秒体も思考も固まった後に、ぼふん、とまるで効果音がつく程、わたしの顔に熱が集まる。
熱った顔に無意識で両手を添え、今日の出来事を振り返る。
口からは言葉にならない、悲鳴にもなり得ない短い音だけが漏れる。
「あばばばば…」
「アンリもサンジも、同じものをお互いに送り合ったのね」
「ははーーん、なるほどねぇ」
「…し、したり顔やめてください!おねがいします!たいは、たいはないんです!!」
我らが天才航海士の話じゃ、冬島の海域じゃなかったのか。今日はずっと熱いじゃないか。
そう文句を垂れても、今の雰囲気じゃ余計に揶揄われるだけだった。
次の日。
食べ損ねて余ったマカロンを綺麗にラッピングしてサンジさんから手渡されたけれど、如何にもこうにもロビンさんの言葉が頭から離れず、ついうっかりそっけない態度を取ってしまったのは、…仕方ないと許しいてほしい。こちとらまだまだ思春期なのだ。
(偶然というには無粋な、)
わたし達はある島に停泊中。
ナミ曰く冬島の海域らしく、部屋の中でもとんと寒い。もぞもぞと分厚くもふもふと布団に顔を埋めて、いざ寝るぞと灯を消した後、ナミからコソッとわたし達に声がかかった。
「ねェ、アンリ、ロビン。
どうせまだ起きてるでしょ?」
「どうしたの?」
「秘密の会議かしら」
ひみつの会議、なんだかワクワクする響きだ。
間違って眠っちゃわないように、枕を抱えベッドの上で座る。それでも寒いから肩から毛布をかけて。ロビンさんは優雅に寝そべりながら、ナミは胡座を掻いてニヤリと不気味な、…いや、何かを企んでいる顔をしていた。
ウン、どんな表情も美人だよ。
「もうすぐ何の日か知ってる?」
「……なんの日?」
「…あぁ、そう言うこと。ふふ、航海士さんも素敵な事思い付くのね」
「え、な、なんなの??」
二人の美女は顔を付き合わせてニコニコニヤニヤと笑っている。…ダメだ、話についていけない。誰かの誕生日とか?それだったら宴大好きマンのルフィが騒いでないわけないし。
記念日、とか?それだとわたしが乗り込む前だから分かんない可能性だってある。頭を捻って考えてみてもそれらしい答えは出ない。
じれったくなったのか、ナミがぴんっとわたしのおでこを軽く突いて、時間切れ♡と言われてしまった。
「正解は、バレンタインよ」
「…バレン、タイン」
「そう、女性が好きな男性にチョコレートを送る文化よ。他には男性から花束をもらう国や、プレゼント交換する島もあるらしいわ」
「こうしてグランドラインを回ってると、文化も季節も違ってるから分かりにくいのよねぇ」
「……(いや、わたしが驚いてるのは、この世界にもバレンタインなんて行事があるのかって事だったんだけど。というか、今のロビンさんの言い方だと、こっち主流はチョコの方なのかな?)」
未だに抜けきらない異世界カルチャーショック。今までにも色々あったが、割と俗世的なんだなと改めて認識させられた。
「今じゃ好きな男へ、じゃなくても義理で送ったりするでしょ?
そこで!この船の虚しい男共に私達美女からのありがた〜いチョコレートをくれてやろうというワケよ!」
「楽しそうね」
「な、なるほど!」
フンフンと首を激しく縦に振る。
サンジさんなんて鼻血出して特に喜びそうだ!
安易に想像出来ちゃう。
ルフィ達も意外と甘い物好きだし、ゾロさんはお酒に合うチョコレートだと食べてくれたりするのかな?チョッパーは特に甘い物好きだから、きっとサンジさんとは違うベクトルで大喜びだ。
みんなが喜ぶ姿を想像して、その日はぐっすりと眠りについた。
次の日、わたし達は三人で島に降り、お目当てのものを手分けして探す。計画としては3人でみんなに一つずつ渡す予定だ。
ナミは一人でショッピングを兼ねて、わたしとロビンさんはお菓子屋さんを見て回った。何処もこの時期だからだろうか、チョコレートにちなんだお菓子がずらりと並んでおり、どれにするか迷ってしまう。
「アンリはバレンタイン初めて?」
「はいっ!陸の人とせっするきかいなんてほとんどなかったし、そういう文化があることもある事もきのう知りました!」
「…そう、なら選ぶところも楽しまなくちゃ」
綺麗な微笑みに勢いよく何度も頷き、色とりどりのお菓子のショーケースを覗き込む。
カウンターには気の強そうなおばさんが、にっこりしながらいらっしゃい、と出迎えてくれた。
「アンタらも好きな男に渡すのかい?」
「あ、いえ、わたし達はなか、むぐっ」
「ええ、そうなの。オススメはあるかしら?」
突然両肩から形の良い滑らかな手が2本生えて、わたしの口を塞いだ。間違いなくロビンさんだ。店番のおばさんの説明を聞きながら、ロビンさんはわたしの方へ視線を寄越して、唇に人差し指を当て物理以外でもわたしの口を閉ざした。
「(そうだ、仲間なんて言ったらわたし達が海賊だってバレちゃう)」
了解です、とボディーランゲージするとようやく口を塞いでいた手は花びらになって消えた。
「それじゃあマダム。
このビターチョコレートと、こっちのチョコクッキーと…、そうね、綺麗なキャラメルチョコレートを下さるかしら?」
「いやだねェマダムだなんて、オホホホッ!
でも3人分かい?そりゃアンタモテるだろうけど…」
「ああ、違うの、これは予備よ。
あの人の好きなお菓子、分からないから」
「成る程ね、がんばんな!」
照れたように目を伏せたロビンさんに、おばさんは何も聞いてこなかった。…のらりくらりと躱すの凄腕処世術に震えが止まらない。
さ、さすがロビンさん…!!わたしには出来ない事を平然とやってのける!そこにシビれる憧れるぅ!!
なんて事は口には出さず(出せず)、ロビンさんはラッピングに、ピンクの二重リボンと深緑のタグとシックなプレゼントリボンと、別々に付けてもらっていた。
なるほど、ああやって見分けるのか。
「それで、お嬢ちゃんは決まったかい?」
「…あ、えーっと。じゃあ、」
そういえば、誰の分を買ったらいいのか決めてなくて、目が泳いでしまう。今のでもう三人分はあるから、わたしはあと誰の分を決めればいいのだろうか?こんなことならナミと別れる前にちゃんと決めておけばよかった…!
えーっと、あああと悩んでいれば、こっそりとロビンさんが耳打ちが聞こえる。
「アンリ、初めてのバレンタインなんでしょ?だったら貴方が真っ先に思い浮かぶ人にあげたら、その人とても喜ぶんじゃないかしら?」
「え、でも」
「大丈夫よ、被ったら私達で頂いちゃいましょう?」
悪戯っ子のような笑みでウインクなんてされてしまえば、わたしは抵抗できる術なんて持ち合わせていない。
「……じゃあ、このマカロンのケースを」
「はいよ。アンタは一つでいいのかい?」
「はい、ラッピングは……きれいな青で、おねがいします」
*
その日の夜、みんなでサンジさんの晩御飯に舌鼓を打ちそろそろ食事も終わり、各自解散、と言う手前で、ナミの声がかかる。
「ンだよナミー」
「もう記録が溜まったのかァ?」
「おれ次も冬島がいいなぁー」
「ちゃうわ!
今日はバレンタイン。というわけで、私達からのありがた〜〜いチョコよ!受け取れヤロー共♡」
「ンンン待ってましたァーー!!!!」
「「「わーーーい!!チョコレート!チョコレートぉおーい!!」」」
「ヨホホホホ、私バレンタインでチョコレートを貰うなんて久しぶりですね〜〜!」
「……はぁ、くだんね」
「あら、剣士さんの分はビターチョコだから、ライスワインなんか合うんじゃないかしら?」
「なら話は別だ」
「おいコラクソマリモ!!ロビンちゅあんからのクソありがてェチョコレートだぞ!!もっと丁重に扱いやがれ!!!」
バレンタインというだけで、ここまでお祭り騒ぎになれる海賊も珍しい事だろう。何だか微笑ましくてくすりと笑ってしまった。
ナミがゾロさんとサンジさんの喧嘩を両成敗したのを確認してから、黒いジャケットをちょいちょいと引っ張る。
「ン?どうしたんだい、アンリちゃん」
「サンジさん、あのね、これ」
「………ぇ、…」
「お、お菓子屋さんのおばさんがね!ラッピングをハートにちゃって、ずいぶんとろこつな形になっちゃったんだけど…」
「………………」
「…えーーっと、中身はマカロンなんだよ!ここのお菓子屋さん、おいしいらしくてね!」
わたしもクッキー買っちゃったんだ、おいしかったよ〜と、間に耐えきれず要らん情報まで口にするも、サンジさんから何の反応もなく、心に焦りが募ってゆく。
室内でのどんちゃん騒ぎも相まって、顔の熱が下がることはない。箱を持つ指も震えて、もうこのまま押しつけて部屋に戻ろうかと思った時、
「わわ、」
「ーーちょっと。ちょっとだけ、待ってくんねェかな」
突然、大きな手のひらで私の視界は遮られた。
背伸びをしようが横にズレようが、これじゃサンジさんが今どんな表情なのか分からない。
けれど、声色から察するに何か焦っている?みたいだ。
「これを、おれに?」「アア、アンリちゃんが、どうして」「クソ、こりゃ夢か?」とか聞き取りにくい程のボリュームで色々聞こえてくる。こ、これは、喜んでくれてると思ってよいのだろうか?
やっと手が退けられて視界が広がると、サンジさんは片方だけ隠れた顔を一目で分かるくらい赤くしていた。わ、わわわ、なんだこれ。なんか、なんか、わたしまでドキドキしてきた…。
…さっきより、しんぞう、いたい。
「これ、おれが貰っても、いいの?」
「…その、サンジさんの、分なので」
「………すげーーー、うれしい」
青いハート型の箱は、言葉とは真逆にきゅっと潰さない程度に握りしめられているように見える。顔を覗けば、呆然としたサンジさんが箱を見つめながら特徴的な眉をへの字にして、へにゃへにゃと口元が緩くなっている。いつものメロリンとはまた違った表情だ、なんて鑑賞していると、さっきまで合わなかった視線が急にピタリとかち合う。
サンジさんは赤くなった頬を掻いて「ちょ、ちょっと待ってて」と言い残し、キッチンへ引っ込んでしまった。
何かしてしまったのだろうか、そう思うと居ても立ってもいられなくておずおずとキッチンを覗くと、サンジさんの両手にはわたしの背の丈の半分はあるであろう大きな鉄板を持ち上げていた。鉄板に丁寧に敷かれたクッキングシートの上にはピンクや黄色やチョコレート色のまるやハートが均等に並んでいて、思わず息を飲んだ。これ、なんだろう。むくむくと膨れ上がる好奇心が顔を出して、困惑も焦燥感もそっちのけでサンジさんの手先を見つめた。
「あまいにおい、」
「おっと、待っててって言ったのに。
好奇心旺盛なお姫様だ」
「あ、ごめんなさい。つい気になっちゃって…」
「いーよ」
ふっと弧を描くみたいに上がる口角に嬉しくて、また胸がきゅっと絞められた。とくとく早くなる鼓動を気付かれないように、透明な息を吐いて見つめる。
サンジさんの手先は器用に、小さいハートをひとつとって、絞り袋からクリームを丁寧に乗せていく。夢中になって手先を追いかけていれば、もう一つの小さいハートでクリームをサンドした。サンジさんにとっては単純作業なんだろうけど、動作一つ一つが洗礼されていてとても綺麗だと、思った。これが見惚れるって事なのかもと、我にかえり恥ずかしくなった。
仕上がったお菓子をお皿に乗せて、急にサンジさんがしゃがんだ。
だ、大丈夫!?どうしたの!?と近寄れば、シィーと己の唇に人差し指を立てる。
「もうちょっと待っててくれりゃ、ちゃんとラッピングした完成品を渡せたんだが…、アンリちゃん」
「は、ひゃい!」
「おれの気持ちも、貰ってくれるかい?」
お皿から一つ口元まで運ばれてきたのは、ハート型のピンクのマカロンだった。メレンゲクッキーのアーモンドの香ばしいが、そわりと食欲を誘った。
「…おいしそう。わたしだけ、先にもらってもいいの?」
「…………あーーー、実を言うとこれはアンリちゃん用だから、むしろ全部もらってくれた方が嬉しい。
あ、心配しねェで!ナミさんとロビンちゃんには明日ケーキ焼くし、野郎どもには腹の膨れるマフィンかパウンドケーキでもつくるから!」
マカロンって確か、乾燥とかに時間かかるしマカロナージュ?を作るのが難しいお菓子だって前世で聞いたことがある。
わたしの為だけに、バレンタインの日に作られたお菓子。
なんだろう、体の奥から湧き上がる胸を締め付けられるような気持ち。ドキドキもしてるけど、さっきとは違って、自惚れそうになる。
ものすごく恥ずかしいし、顔もきっと茹でダコみたいに真っ赤だろう。クラクラしてきたんだから間違いない。
けれど、ここはキッチンカウンターの裏。
しかもしゃがんだ事によってどんちゃん騒いでいるみんなからは見えないときた。
ご丁寧に口元まで運ばれたそれは、後はわたしが口に含むだけ、という所まで来ている。
ああ、あれほど取り乱していたのに、サンジさんはやっぱり頭が良くて意地悪だ。目の前で見せている表情は、捨てられた子犬みたいになっている。
そんなところも含めて。
「…やっぱり、ダメか、」
「〜〜っ、えい…!」
「なっ!!!?!♡♡♡」
ぱく、と一口大のマカロンを齧ろうと小さく含んだのがいけなかったのか。
それとも、どこまでいっても小心者のわたしがいけなかったのか。
わたしの舌は、甘いマカロンのクッキーとバタークリームのハーモニーと、サンジさんの指の感触を味わってしまったのだった。
「ご、ごめんなさい!サンジさんのゆび、かんじゃって…って、サンジさん!?」
「…… アンリちゃんの、ぷにぷにの唇… アンリちゃんの、」
「きゃーー!鼻血、鼻血出てる!!?
チョッパーーー!!!!」
マカロンの乗ったお皿はなんとか死守しながらも、器用に鼻血を出して頽れて(くずおれて)いくサンジさんを揺さぶるが気を取り直す事はなく、そのままバレンタインの宴はお開きとなった。
*
お風呂から上がり、湯冷めしない程度に海を眺めながら女部屋に戻る。
ずっと離れず、頭の中で再生されるのは今日の出来事。
最後は結局有耶無耶になってしまたが、わたしとサンジさん、同じものを交換したって事だよね?しかもサンジさんは手作りで、わたしはお店の。これじゃあどっちが乙女か分かんないなぁ、とドアを開けると、待ってましたと言わんばかりのナミに捕まってしまった。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられるのにも慣れてきたが、未だに迫り来る胸囲には慣れない…。
ロビンさんはそんなわたし達のじゃれ合いを楽しそうに見ている。知ってるのだ、ロビンさんが止めてくれないことくらい、わたしは知ってるのだ……。現に、開いている本を閉じようとはしてくれないのだ…!!と某齧歯類のモノマネで現実逃避することくらい、許してほしい。
「…それで?どうだった??」
「どうって、なにが?」
「サンジくんの反応よ!」
「えーーっと、……すごい、よろこんでくれたと、おもう…」
「へぇ〜〜〜〜〜よかったじゃない」
ニヤニヤ顔のナミはわたしのほっぺを突いて悪戯してくるが、恥ずかしいので何もできず固まっているわたしはされるがままだった。
ふと、ロビンさんが何かに気づいたように本を閉じて首を傾げ、すとんと艶やかな黒髪が一房しゃなりと垂れる。そんな動作一つ取っても綺麗だなぁ。
さっきはお世辞であんなこと言ってくれてたけど、やっぱりサンジさんも、どうせ貰うならナミとロビンさんからチョコレート欲しかったよね。
「そういえば、サンジが作ってたお菓子ってなんだったのかしら?」
「あの後大変だったからねー」
「マカロンでしたよ。できたてもらったらおいしかった、やっぱりサンジさんすごいよね!」
「……へぇ、そう。サンジもなかなか素敵な事するのね」
クスクスと微笑みながらまた本を開いてしまったので、わたしとナミはロビンさんの脇にぴっとりとくっついて、何が?なんのこと?と教えを乞うしかなかった。そりゃそんなこと言われたら気になるよ!
「ふふ、この時期になるとお菓子にも意味を持たせる女の子が増えるのよ。
チョコレートは“貴方と同じ気持ち”。
クッキーは“お友達でいましょう”。
キャラメルは“安心する存在”。みたいにね」
「へぇ…」
「じゃあマカロンは?」
ロビンさんは綺麗な唇を薄く開いて、演技めいた仕草でわたしに手を差し出した。
「“あなたは特別な人”」
数秒体も思考も固まった後に、ぼふん、とまるで効果音がつく程、わたしの顔に熱が集まる。
熱った顔に無意識で両手を添え、今日の出来事を振り返る。
口からは言葉にならない、悲鳴にもなり得ない短い音だけが漏れる。
「あばばばば…」
「アンリもサンジも、同じものをお互いに送り合ったのね」
「ははーーん、なるほどねぇ」
「…し、したり顔やめてください!おねがいします!たいは、たいはないんです!!」
我らが天才航海士の話じゃ、冬島の海域じゃなかったのか。今日はずっと熱いじゃないか。
そう文句を垂れても、今の雰囲気じゃ余計に揶揄われるだけだった。
次の日。
食べ損ねて余ったマカロンを綺麗にラッピングしてサンジさんから手渡されたけれど、如何にもこうにもロビンさんの言葉が頭から離れず、ついうっかりそっけない態度を取ってしまったのは、…仕方ないと許しいてほしい。こちとらまだまだ思春期なのだ。
(偶然というには無粋な、)