シャボンディ諸島編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
激しい怒声と、当たれば即死に近い閃光が連射される。逃げ道は瓦礫や藻屑に変わり果て、その光景は次はお前の番だと言わんばかりだ。
まるで壁のように現れる敵は、わたし達なんて指先で踏み潰せるんじゃないかと思うほど大きく見えた。
仲間の悲鳴が、鼓膜にこびりついて離れない。
この悲鳴は、誰の…?
「サンジさん!!だめ!いかないで!!」
このうざったいくらいに他力本願で、縋り付くような子供の泣き声は…。
「フランキーさんおろして!!!
だめなの!それだけはっ…!!」
ーーーわたし、?
「ッハァ…、?!ハァ、ハァ……」
ガバッと体を飛び上がらせて、足りない酸素を肺に送り込む。今の今まで呼吸を忘れていたみたいだ。なのに、いくら吸っても酸素が足りない気がして息苦しい。
「ハァ…、ハァ、ヒュッ、」
「大丈夫だ、ゆっくり深呼吸をしろ」
突然、ドアから低く心地いい声がした。
我が物顔で現れたのは、とても背の高い目元にクマがある、どこかで見たことある男の人で。
その人は慣れた様子でわたしに近づき、そして大きく節張った手で背中を撫でつけた。
深く息を吸え、ゆっくり吐け、とシンプルな物言いに頭の回らないわたしは素直に従う。
しばらく拙い呼吸音だけが部屋の中を埋め尽くし、脳にも酸素が届きだして少しは物事を考えられるようになった。男の人はわたしがもう大丈夫そうだと判断すると、眠っていたベッドの前に椅子を持ってきてドカリと腰を下ろす。
「ここは、どこ…?あなたは、」
「おれはトラファルガー・ロー。海賊だ」
薬品の匂いを漂わせたクマの深い男ーーローさんは、壁に立てかけてあった大太刀を肩にトンと置き、不気味な笑みを浮かべた。
警戒しなければいけないのだろうが、やはりこの人の顔はどうも見た事がある。それに、わたしを落ち着かせる為に発せられたあの声は、どうにもわたしの警戒心を緩めた。
「それで、おまえは?」
「… マヤ・アンリといいます。
麦わらの一味という海賊団の、見習いです」
「麦わら屋の女か。
海賊にしちゃ随分貧相だな」
「……??(麦わら、屋?)」
なんとなく上辺だけの会話に居心地の悪さを覚えていると、突然ローさんは持っていた大太刀を鞘から抜き、切先をわたしに向けた。
その出来事に驚きはしたが、深淵のような影から覗く瞳には殺意や敵意を感じず。むしろ好奇心のようなものが蠢いている気がした。
「胆力があるのか、ただのバカか…」
「?あの、」
「…フッ、まあいい。今からおれの質問に答えてもらう。嘘や拒否するならコイツでバラバラになると思え」
好奇心のようなものがある、がしかし。この人の目はとてつもなく本気だった。
すぐに死にはしないだろうが痛いのは誰だって嫌だ。病み上がりなら尚更だと、わたしはコクコクと猛スピードで頷いた。
「素直だな。
じゃあ一つ目だ、何故海に浮かんでいた?」
「浮かんでたんですか、わたし」
「…覚えてねェのか?」
「……はい」
「ッチ仕方ねェ。なら、先にお前を拾った経緯から話す」
「(舌打ち!?
この世界に来て初めてされたかも…)」
ローさんの形の良い唇から紡がれたのは、あのシャボンディ諸島での別の出来事。ローさん率いるハートの海賊団は、わたし達と同じく大柄のバーソロミュー・くまを模したロボットに襲われたらしい。一体破壊した後、危険だと判断したローさんはシャボンディを離れ、航海していると、わたしが流れていて拾った、というわけだ。
「近くに島はねェ、見渡す限り船もいねェ。
どうしてこの潜水艦の近くを溺れてたのかも、お前が何者かも、お前が起きるまで分からねェ状態が4日続いた」
「………4日…?」
「アア、外傷もないお前が眠り続けていた日数だ。」
4日。4日も、眠っていた?
あれから、4日も、いや、それ以上経ってるってこと…?
止まっていたはずの思考回路が急激に動き始めて、冷や汗が、嫌な予感が止まらない。
あのあと、みんなはどうなった?ルフィは??
「あ、の!ローさん!
今何日で…、いやそれより新聞ってありますか!?」
「あ゛??なんでそこまでてめェの言いなりにらなきゃいけねェんだ?
そもそも、質問してんのはコッチだぞ」
差し向けられた大太刀で、頬の薄皮が一枚切れた。つぅっと血が一筋流れるが、そんなこと今は気にしてられない。“アレ”を確認しないと、わたしはわたしを許せなくなる。
俯いて、ぷるぷると震えるわたしに頭上からふっと笑い声が聞こえた。
「どうした、やっと自分の置かれてる状況が理解できたか?それなら泣き喚くんじゃなく、とっととてめェの事情でも、」
ぴと、とわたしが部屋の壁に手をつけると、外から大きな物音が聞こえた。何か巨大なものが船をノックするような、不気味な音だ。
目の前でニヒルに笑っていたローさんでさえ、眉を顰めて警戒している。部屋の外が、騒がしくなり出した。慌てた様子で扉を開けたのはペンギンと書いてある帽子の男の人だった。
「ったくこんな時にうるせェ…」
「キャプテン!急に海流が変わりました!
このままじゃポーラータング号が耐えれねェ深さまで引きずり込まれちまうッ…!!」
「なに?ベポはどうした!?」
「慌てて右往左往してます!」
「馬鹿しかいねェのか…!?」
仕方ねぇと零しながら大太刀を鞘に仕舞い、わたしを一睨みした。わたしは冷え切った視線を返し、頬の血を袖で拭った。ローさんが目を見開いたのに気付き、ああ頬の傷は消えたのか、と一人納得する。
「ローさん」
「…なんだ」
「わたしにきょーりょくしてください。
その代わりといっちゃなんですが、質問にはすなおに答えますし、船をしずませるのもやめにします」
壁に凭れるように首を傾げると、長く鬱陶しい髪はしゃなりと揺れた。
「…は?おい、待て何の話だ」
「それとも、ご所望ならこのまま深海につれて行ってあげてもいいですよ」
「………ッ、お前何者だ?」
「ーーそうですね。これからは、海のまじょに、なっちゃうかもですね」
にこり、と口元だけ笑ってみせれば、ローさんは諦めたように舌打ちをした。
*
とりあえず、脅し脅されの関係は取りやめらしい。
ローさんは一先ず状況の説明をしに、この部屋から出てしまったが、わたしへの扱いは一転。
さっきの捕虜のような扱いではなく、対客人としてコーヒーまで出してくれる始末。
ちなみに、この部屋までコーヒーを届けてくれたのはさっきのペンギン帽子の人で。ソーサーを置いてくれた時に目があったので、思わず会釈すると何故か表情を強張らせて去って行った。あの帽子可愛いから一度近くで見れないだろうか…、とか思っていたがあの反応からしてどうやら難しそうだ。
底の見えない程黒いコーヒーにありったけのミルクとお砂糖を混ぜていると、船員と話がついたのかローさんが帰ってきたので反射的におかえりなさい、と言葉が口をついた。
「……」
「すみませんでした、さっきはつい気がどうてんしてて…」
「この船に異常はなかった、今回は不問にしてやる。」
ぶすっとした表情で、いかにもまだ許してませんと言いたげな顔に思わず吹き出しそうになった。海賊って、みんなこんなに分かりやすいんだろうか?ルフィだって…。
思考の中でその名前が挙がれば、わたしの頭は段々と稲穂のように頭を落としていく。
「…それで、お前のことだが」
「ーーやっぱり、“未知”はおそろしいですか?」
「ッ」
「そりゃそうですよね。
ただでさえ起きるまでどんなヤツなのか分からなかった人が、もう人かどうかさえ怪しくなってきているんですから。なんなら、今からでも海になげすててもいいですよ、死にませんので」
カップに口をつけて、こくんと小麦色の飲み物を喉に滑らせた。あれだけいっぱい混ぜたのに、全然苦味がなくならない。
ずっと、どうやったってコーヒーたりえるその存在に、どこか親近感と嫌悪感を抱く。
その言葉に呆れたのか、ローさんは淀んだ空気を肺から一気に吐き出した。盛大なため息に反応して、無意識に目線を上げると急に節くれ立った指が目の前にあった。え、と声を上げるより先に長くて硬そうな指先がわたしのおでこを思いっきり弾いた。
「いっッッッつぁ〜〜…!!な、なんででこぴん…??!」
「テメーは馬鹿なのか?」
「はい!?」
思わず声を荒げたわたしに目もくれず、ローさんは優雅に脚を組み直してコーヒーを一口含んだ。喉が上下にゆっくりと動くだけで、なんだか視線が引っ張られる。
「人はいつか死ぬんだよ」
「それは人の場合で、」
「さっきのが“痛い”と感じる時点で、テメーは人だ。残念ながらな」
不敵に笑うローさんは、やっぱりわたしの知ってる海賊に近い人だと、改めて思った。
太陽のように笑う、わたし達の船長に。
わたしと目線がバチりと合うと、ローさんは眉間に皺を寄せて、手元のコーヒーカップにわざとらしく視線を落とした。
「それで。
テメーが御所望のブツは今他の船員が探し回ってるから少し待ってろ」
「今日の新聞ですね、ありがとうございます」
「…つーことで、時間が出来たわけだ。
おれの質問に答えてくれるか?魔女サマよぉ」
「あはは…本当にごめんなさい。質問ならなんでもうけつけますからゆるして」
「言ったな?」
ローさんはカップをテーブルに置くと、組んでいた脚を解いて前のめりになる。この人やっぱり脚長いなあ、ブルックさんにも勝てるんじゃないだろうか、なんて取り留めもない思考が広がりかけたが目の前から送られる鋭い視線がそれを許してはくれなかった。
捕らえたからには離さない、そう物語っているようでわたしの喉は自然と固唾を飲んだ。
「まず、どうしてお前が海に流されていたかだ。騒ぎを起こした麦わらの一味があの包囲網をそう容易く抜けれるもんでもないだろう?」
「…そ、れは。」
そう、ローさんの言う通りそれは不可能だった。逃げようとしても山のように聳え立つ強敵が道を阻んだからだ。
わたしは重く震える唇を、何とか開き、あのとき怒った出来事を詳細に語った。
*
おかっぱに鉞(まさかり)、その姿はまるで金太郎そのものだった。その大きな金太郎は傷一つ付いていないくまみみ男を引き連れてやってきた。あんなに苦労してみんなでやっつけたくまみみ男がもう1人と、あの金太郎だってきっと強い。少なくとも傷だらけのわたし達じゃ、太刀打ちできない程。
少しの問答を終えて、金太郎、もとい戦桃丸と名乗った男はくまみみ男に命令し、またあの強烈な光線が放たれた。
「はあ、…はぁ、ここは逃げよう!!」
「ッ、」
「一緒じゃダメだ!!バラバラに逃げるぞ!」
「「逃げるの賛成!」」
ルフィがらしくない命令をするくらい、強敵らしい。悔しい。悔しいけれど、どうしようもない。ぎっと奥歯を噛み締めて、前を向く。
ルフィ、ゾロさん、サンジさんは3人別れて逃げるらしい。ゾロさんが、きっとこの中で一番の重症者だ。無傷のわたしが、代わってあげられたらいいのに…、なんてどうしようもないことを思ってしまう。そんなわたしに聡く気づいたゾロさんは安心させるように短く息を吐いた。
「…大丈夫だ、兎に角テメーはグル眉に引っ張ってもらってでも逃げろ」
「ッはい、」
「お前に言われなくとも、アンリちゃんはおれがお姫様抱っこして愛の逃避行するんだよ!!ンねぇ〜〜、アンリちゃん!♡♡」
「ハイハイ!
何でもいいから行くわよサンジくん!!」
「はいナミさん!!♡
レディはおれの命に替えても守るぜ〜〜〜!!!!」
「命にかえないでにげようね!!わっ、ゾロさんも、また後で!」
「…アア」
ナミとフランキーさん、そしてサンジさんに抱えられるわたしという組み合わせでとにかく逃げる。今は、それだけを考えないと。
「サンジさん、しんどくなったらわたしのこと水路に放り投げてッ」
「アイツらの姿が見えなくなってからね!」
サンジさんはいつもより強めにそう言うと、わたしの肩を抱く力を強めた。
「命懸ける覚悟あるならお前全員の囮になれ」
「レディー限定だクソ野郎!!
てめェは勝手に身を守りやがれパンツマン!」
「ああもう…」
「みんな!!
3日後にサニー号で!!!」
「「「おう!」」」
ルフィの号令と共に、みんな散り散りになって逃げていく。ゾロさんには、ウソップさんとブルックさんが着いてるみたいでちょっと安心した。どっちも身軽だし、気を配れる人だから。
そのウソップさんの機転で、煙幕が敷かれて敵の目を眩ませた。今のうちに逃げないと!
だが次の瞬間、わたし達の行先にあった道を、見覚えのあるビームで破壊された。
「来たぞ!」
「イヤ〜〜!!!なんでこっちに!?」
「オイオイてめェコラ押すな!!」
「ヒッ」
ズゴン、ドゴォンとビームを連射するくまみみ男にわたし達は避けるだけで精一杯。
ーーしかしその間にも事態は急加速していく。
ゾロさん組の行手を阻んだのは金太郎でもくまみみ男でもなく、空からやってきた髭のおじさん、海軍大将だった。海軍大将なんて、わたしでも“知ってる”くらい強い人じゃないか!そんなの、ボロボロのゾロさんが…!!
冷や汗が背筋を伝う。イヤな予感は的中した。
一発受けただけで地に伏せて動けなくなってしまったゾロさんに、大将・黄猿と呼ばれる人は容赦なく足を上げてビームを浴びせようとしている。あのくまみみ男と、何だか近い恐ろしさのある光に奥歯がガタガタと震え出す。
みんなの悲痛に枯れる声が、島を揺らしているみたいだ。
「ゾロ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
ーーその時、彗星のように一つの影が現れた。
影は黄猿の足をいなす様に蹴り上げて、ゾロさんを助けた。こんなこと出来る人、今この場所にいない、はずなのに。
「あんたの出る幕かい、“冥王”レイリー…!!」
「若い芽を摘むんじゃない、これから始まるのだよ!彼らの時代は…!!」
「おっさーーーーーーーん!!!」
「レイリーさ…!!!」
あの海軍大将を軽々と止められたという事実と、助けに来てくれたレイリーさんに、わたしもみんなも呆然としていた。黄猿となにやら顔見知りのようだが、その剣呑な会話の内容は正直頭に入ってこなかった。
その時、ルフィの声が全員の耳に飛び込んできた。
「ウソップ、ブルック!!
ゾロを連れて逃げろ〜〜〜!!!」
「ッ、行くぞブルック!」
「ハイ!」
「全員!!今は逃げる事だけ考えろ!!
今のおれ達じゃあ、こいつらには勝てねェ!!!!」
ルフィの無鉄砲さを、底なしの強さを見てきた。今も“昔”も。だけど、そんな面ばかり見てきたからこそ、きっとわたしはこんなにも悔しいのだろう。涙を流すほど。
そんなの、ルフィと長く居るみんなの方がきっと悔しいのに。
「ッフランキー!!」
「ハァ、全コーラを使い果たすぞ…!!
こいつが最後の攻撃だ!!」
フランキーさんはわたし達の前に立ち、息も絶え絶えで目の前のくまみみ男に向かって風来・砲を放つ。所謂空気砲を食らったくまみみ男は明後日の方向へ飛んでいった。
「ちったァ効いたかバカ野郎めが!!
走るぞ!!!」
「わたし、足手まといだ…!」
「弱音は後よ!!それに、アンタ抱えてる方がサンジくんのテンション上がるでしょ!」
「そうだ、気にしねェで掴まってて!」
「オイ無駄口叩いてねェで走れ!」
思わず漏れた弱音に、みんなから後押しされてわたしは素直に口を閉じてサンジさんの首元に絡まる腕に力を入れた。こんなんじゃ、ダメだ。ダメなのに、今のわたしは縋るしか出来ない…。
けど、急にすぐ上から「アンリちゃんごめん!」と切羽詰まったサンジさんの声が降ってきたと思えば、わたしの体はふわりと宙へ浮き、別の感触に包まれた。
「ウソップ達が危ねェ!
フランキー!!アンリちゃんとナミさんを頼む!先に行っててくれ!」
「、気ぃつけろよ!嬢ちゃんのことは任せろ!!」
「サンジさん!!?」
サンジさんはバッと背中を向けるといつの間にかウソップさん達へ標的を変えたくまみみ男の元へ駆けていった。1人になって身軽になったからか随分と早くて、わたしもナミも何も言えずにサンジさんはその場から離れた。
みんな、逃げきれない仲間のために一生懸命戦ってる。その事実が、泣きたくなるほどの現実で、わたしの奥歯は音を立てた。
「…フランキーさん、降ろして」
「あァ!?何言ってやがる!おれァサンジにおめェのこと任されてんだ!!いいから黙っておれ様に担がれてろ!」
「違うの!わたしも!…んーん、わたしなら!この混戦をなくせる!!」
仲間のために海に祈るくらいなら、わたしにも出来る。
ナミは否定的な声をあげたけど、フランキーさんは片眉を上げて「どれくらい時間がかかる?」と、とても冷静に問いかけた。やっぱりこういうところは大人なんだな、なんて不意に思うくらいには。
俵のように担がれていた身体はさっきぶりの地面に降ろされて、膝をついてマングローブの根に手をつく。やっぱりいくら諸島といえど、ここからでは海から遠くて、声が全然聞こえない。それでも。
「ーー3分、いや、1分ください。
さっきは出来たんだから、今できないなんてうそだ…!!」
フランキーさんはサングラスをあげて「了解だ、まかせろ」と頼もしい。ナミも諦めたようにクリマタクトを構えてくれた。
ごめんね、ルフィ。やっぱりわたしは傷つく仲間を放って逃げるなんて出来ないや。
フランキーさんにあそこまで大見えを切ったんだ。鼓膜を震わせる悲鳴や、みんなが倒れる音はシャットダウンして海の声に集中しないと。
暗い瞼の裏には何も見えないし光も差さないが、一本の張り詰めた糸のように集中すると根っこを伝う海の水から、頼りない声が聞こえる。これを辿れば…!!
「アンリ避けて!!!!」
「ーーえ、ナミ…?」
「お前は、旅行するならどこへ行きたい?」
飛び込んできたのはナミの甲高く叫ぶ声。
そして視界には壁のように聳え立つ、くま耳のバーソロミュー・くま、その人だった。
バチリとまるで火花が散ったようにチカチカと周りが眩しく、それでも天をつくほど高い位置から真っ直ぐわたしを見据える目線とかち合い、そしてわたしは。
「けっきょく何も出来ないまま、わたしは一人海で生き延びたという訳です」
「なるほど、七武海バーソロミュー・くまの能力か…」
わたしの話に得心がいったのか、ローさんはニヤリと不気味な笑みを浮かべふわふわの帽子に片手をかけている。少しすると、好奇心の増した瞳をこちらに向けて、またわたしに問いかける。
「じゃあ次だ。
むしろここからが本題だが、ーーお前は、何だ?」
「それはさっきも言った通り、麦わらの一味の…」
「そっちじゃねェ。
てめェは“種族として人間なのか?”って聞いてんだよ」
懐疑心を抱いているような言い回しなのに、ローさんはやはりどこか楽しそう。というより、夏休みの自由研究を心待ちにする小学生のような眼差しでわたしを見つめる。
わたしは小さく息を吐いて、真一文字に唇を結んだ。いい、この人には情報を提供してもらうのだから、これくらいいいだろう。というか、この時点で化け物と罵られないだけマシだ。
流石にあの大太刀で首を落とされたらわたしもどうなるか分からないし。
「…わたしが“にんげん”じゃない、と確信を得たような言い方ですね」
「ーーああ。死ぬ死なねェは別としても、お前みたいに刀傷がすぐに無くなるやつなんて見たことねェ」
「ふ、なら最初からそう言えばいいのに…」
試すようなことするんだな、と頭の隅で思い、視界に入った文房具ーーハサミを手に取り、片方の刃だけを使って手のひらにすっと赤い直線を引いた。ビッと手のひらは熱くなり、冷や汗が背中を伝う。けれど、わたしは眉を少し動かしたくらいに止め何もなかったようにその手のひらをローさんの目の前に突き出した。
赤い線は次第になくなり、珠のように垂れた血を拭うと先ほどと同じように何もない色白い手のひらがそこにあるだけだった。
「………」
「ローさんのおっしゃる通り、わたしは純粋な“にんげん”ではありません。
ーーわたしの肉をひと口食べれば大怪我万病に効くとされている女人一族。龍神族さいごの生き残りです。エラもなく、尾びれもない海の声を聞くことができる、“ばけもの”」
「龍神、族…!?」
「ホラ、ローさんお望み通りの解答編ですよ」
よかったですね、と皮肉をたっぷり詰め込んで顎を引けば、ローさんは元から青白いその顔を更に青くさせているようだった。
その姿を見て、今度はわたしが不敵に微笑む番となった。しかし、ローさんは額に手を当て頭を抱えながら何かを呟いたと思えば、すぐに何かが壊れたように笑い声が漏れ出した。
「…ハ、ハハハ、龍神族、龍神族だと?
今更になってそんな子供騙しの伝説が、目の前に…?!」
「ロ、ローさん?」
「ハハ、ハハハ…!ハハハハ!!面白れェじゃねェか!龍神族!!それならてめェの話の辻褄が全部合うってモンだ」
「だ、だからそう言ってますけど。って話させておいて疑ってたんですか!?」
「当たり前だろうが。仲間でもねェ身元不詳の女を信じるバカがどこに居る?」
「……たしかに(ルフィは信じそうだけど、とは口が裂けても言えない雰囲気だな)」
しかしだ。わたしが龍神族であるということに対して、疑う素振りもなく仏頂面で長く刺青の入った指で机をトントンとリズミカルに叩いている。
そのタイミングで、コンコンと扉を叩く音が2人の間に響いた。ローさんが低く、入れと言うとがチャリと扉は開いた。海賊とは思えないほど行儀がいい…。入ってきたのは先ほどとは違うイルカ?の帽子を被ってサングラスをかけたツナギの人だった。この潜水艇にサングラスって、必要なんだろうか…?
「あ、もしかしてまだ話し中っスか?」
「いや、丁度ひと段落着いたところだ」
「よかった〜〜。これ、キャプテンが言ってた今日の日付の新聞。アンタまた部屋散らかしっぱなしだったからおれとベポが苦労して…」
「うるせェ。用が終わったらさっさと戻れ」
鋭い眼光をイルカの人に向けるローさんは今にも扉を閉めそうだった。イルカの人は慌てた様子もなく、まるでそれが日常茶飯のように愉快そうに顔を歪めている。
「ごめんな魔女チャン。この人すげー顔怖いけど結構優しい所もあるから安心してねェ〜」
「まじょ、チャン?」
「オイ、シャチ。……どうやらそのホラしか吹かねェ喧しい口を縫い付けられてぇみてェだな…??」
「ヤッベ調子乗りすぎた!!ボイラー室みてきまっす!!じゃあね、魔女チャン!」
「……??(もしかしてあの帽子、シャチなのかな?)」
シャチさんの人柄も反映しているのか、随分ポップでキャッチーな色味の帽子で覚えやすい。
ローさんは重々しいため息を吐くと、シャチさんから渡された新聞をこちらに投げつけた。ギリギリキャッチできたからよかったものの、人や物に当っちゃダメだよローさん!
「ほらよ、てめェが欲しがってた“情報”だ。」
「ありがとうございます」
バサリと開けば一面に知っている顔が載っていた。どうやらわたしは眠っていた日にちを合わせて6日間程、無駄な時間を海を彷徨っていたことになるらしい。
奥歯を噛み、新聞がグシャリと音を立てる。
頭がクラクラしてきた。手も背中もじんわりと冷や汗が浮き出てきた。
「ポートガス・D・エース…、こうかいしょけい」
「知りたかったのはそのことか。ああ、明日、処刑らしいな。奴の名も“D”だが、……」
ローさんがなにやら意味深にブツブツと呟くが、わたしの耳には届かなかった。
明日。運命の日は、思ったよりもすぐ近くまで迫ってきていたらしい。
わたしは、とうとうこの日までどうするべきなのか決めあぐねていた。けれど、この新聞の大々的な見開きを見て、心のでこぼこがカッチリとはまってしまったみたいだ。
ああ、世界の理不尽とはこうも個人に降り注ぐのかと、どうしようもない怒りを腹に据えて。
「ローさん、今までお世話になりました。
わたし、マリンフォードに行ってこの人助けなきゃ」
「っ?!お前みたいな奴が行って、戦争が止まるとでも思ってんのか?」
「せんそうを止めたいなんて、大それたこと思わない。あの島にいた、きざるって海軍の大将もいるんでしょ?ならわたしなんて、足元にもおよびませんよ」
「それならお前が行く意味はなんだ?
麦わら屋との合流なら、連絡を取り合って落ち着いた時にでも、」
「わたしは!だれか一人にだけ降りかかる不幸を、わたしの船長の笑顔をうばいとる厄災を、無視することなんてできない…!!」
高い位置にある双眼を真っ直ぐ見据えると、ローさんは表情を驚きに染める。そんなローさんを振り落とすようにわたしは言葉をつなげた。
「ーーわたしの命を“全て使い切ってでも”、あの人を救う価値はある。」
(わたしがほしい未来)