龍神族編
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「どうして、ここに…?」
「ほら、あれ。あそこからね」
なんでもないように、サンジさんは上を指差す。見上げるとあるのは、ポッカリ開いた小さな穴だけだった。
いつもそこから差し込む光だけが、わたしの支えだったあの、穴から。今は夜明け前であまり光が入ってこないからサンジさんが一体どんな顔をしているのかが分からない。
知りたいけど、怖い。
さっきまで、ほんの数十秒前までここから出たいと思っていたのに、いざサンジさんを目の前にするとどうしても身が竦んでしまう。
「なぁ、アンリちゃん。そんな奥にいねェで顔を、見せてくれないかい?」
「……ぁ、」
「おれさ、あれからすげェ君のこと夢に見たんだ。夢の中で、何回も何回も殴られて蹴られてボロボロになった君が、おれに恨み言をいう夢」
「そ、んな」
「アンリちゃんは優しいからそんな事ねェって言うだろうけど、おれはあの時のことをすごく後悔してる」
独白にも似たゆっくりな口調で、サンジさんは語る。しっとり、低い声で発せられる言葉はわたしの心臓を的確に抉った。
タバコを咥えて、ジッポで火をつける。その瞬間だけ、ぼんやりとあの優しい顔は後悔に歪んでいた。ああ、本物だ。本物なのに、わたしがそんな表情させてしまっている。
「あの時、どうしてもっと早く手を握ってやらなかった。どうして、もっと早く助けにいかなかった。どうして、もっと早くアイツらに言い返さなかったのか」
「…サンジ、さん」
「だから謝るために、おれがここにきたんだ」
「………え、」
「本当はルフィやナミさんやチョッパーが立候補してたんだけどな、おれが奪ってきちまった」
「み、んなも?みんなも、いるの?」
「ああ、さっき大砲みてェな音しなかった?
ありゃルフィだよ。他にも全員いる」
みんなが、来てる。
サンジさんが、ここに来てくれた。
わたしを迎えに来てくれた、と思ってもいいのだろうか?
ボロボロとこぼれ出す涙は、止まることを知らない。こんなみっともない姿、見られなくてよかった。
それでも歯止めをかけるのは、わたしが龍神族である事と、この特殊な水槽がわたしを護っている事。
「……サンジさん、来てくれてありがとう。
わたしも、みんなに。特にルフィとチョッパーと、あなたに謝らなきゃいけない」
「あぁ、」
「でもね、わたし此処から出られないの。
だから、申し訳ないけど代わりに謝っておいて?
“あの時助けに来てくれたのに、ルフィ達を危険な目に合わせてごめんなさい。やっぱりわたしはここでお別れです”って」
言葉にするとやっぱり苦しくて、ぎゅっと胸を手で抑えた。
すると、サンジさんざりざりと大きな音を立てて水槽に近寄ってくる。
「…どうして、なんでだ!!!
アンリちゃんは本当にそれでいいのか!?
おれ達はこれが別れじゃ嫌だから、ここまで来たんだ!!」
ドン、と水槽を叩く拳が痛々しい。
ぐわんと振動がわたしにまで伝わってきて、胸が締め付けられた。
悪い、むきになった。とバツが悪そうに俯くサンジさんに、とくり、と音が鳴った。
「……………本当に、もう一度一緒にって思ってもいいの?わたし、銃で撃ち抜かれても、すぐに治っちゃうような化け物だよ?」
「おれもルフィも、あのいけ好かねぇクソ剣士だって、銃で撃たれようが平気さ。
むしろ、おれは君が無事ならそれでいい」
「わたし、…酷い事して船から降りたの。
もう合わせる顔がないわ…」
「あれはおれ達のために怒ってくれたんだろ?何も心配いらねぇよ。君に会いたくて、おれ達はここまで来たんだから」
「わたし、わたし…!」
「君が本当にやりたいことはなに?
おれ達はアンリちゃんの仲間だ。なんだって協力するよ」
「ーーーわたし、ここから出たい!!
みんなとまた、一緒に旅をしたい!
サンジさんの、ごはんをたべたい゛…!!」
冷たくひんやりした氷の壁に手を当てて、どうしようもなく縋った。
わたしも、こんなわたしも求めてもいいのだろうか?嫌われてないと、思ってもいいんだろうか?一緒にいたいと、この人のそばで生きていたいと思ってもいいのだろうか?
わたしの本当の想いを受け止めてくれたサンジさんは氷の壁越しに手を重ねて微笑んでくれた。ああ、やっと近くで顔を見れた。
「了解だ、プリンセス」
しかし、肝心なのはこの水槽だ。
氷に近づいてぺたぺたと触ってみるが、やはりこちら側からはびくともしない。
「ぁう、あの、サンジさん?
この氷は特殊なものらしくて、えーっと“断絶の硝子”って呼ばれるものらしくてね?
外にいる人が、中のものを本当に欲しいと思わないと取り出せない仕組みになってるそうなの…」
「そうか。
なら、やっぱりおれでよかった」
「え、」
「アンリちゃん、 そのまま近くにいてね」
言われた通り、冷たいけれど氷に手を置いていると、ありえない感覚がわたしの腕を掴んだ。ぬっ、と引っ張られた感触に、ありえないと脳が叫んでいる。
しかし、事実として引っ張られたそこは水の中でもなく、氷の壁もない。
暖かいサンジさんの腕の中だった。
「やっと、捕まえた」
「…え、ぁ、えっと、あの…。これって」
「おれが君を心から欲しいと思ったって事だ。勿論、仲間としても、一人の女性としても」
「……あ、あ、あ、の!!きょーきゅうかた、です!!」
「おっと、暴れると危ないよ?
ほら、いい子だからおれに捕まってて」
「ヒョワ…!!?!?
あ、あ、あの、わたし服よごれてるし、その、サンジさんもぬれちゃうし、よごれちゃうから、そのはなしてっ…」
わたわたと懐かしい熱に侵されながら、サンジさんの腕から逃れようと暴れると、掴まれていた手首がきゅっと締め付けられる。
痛いほどじゃないけど、サンジさんが力を入れるなんて、初めてで少し戸惑って大人しくなる。隙あり、と小さな声が聞こえた時にはするんと腕が絡み付いて、サンジさんの顔が、わたしの首筋に埋まった。
簡潔にいうと、抱きつかれている。
「……あーー、悪い、アンリちゃん。
しばらくこのまま離せそうもねェ」
「へぁ、…!!あの、わたしのしんぞーが口からまろび出そうなので、どうか!!どうかごかんべんを…!!!」
「…じゃあ、あと5秒だけ」
突然の武士のような言葉遣いに、サンジさんも妥協してくれたようで、5秒間だけこのままの体勢だった。本当にぽろっと心臓が出てくるかと思ったし、温度差でグッピーなら死んでたと思う。
落ち着いたサンジさんから事のあらましを聞くと、あの日ナミとロビンさんは龍神族の事について船で調べていたらしい。
すると、龍神教というものがあの島に存在しており、わたしが失踪してからその龍神教を徹底的に調べたとのこと。
「島のばあさんが龍神様に助けてもらった事があるってんで、龍神について詳しく聞いたんだよ。そしたら、この小島“龍神の箱庭”が近くにあるってわかってな」
「なるほど。じゃあ、わたしがいなくなった島から、ここはわりと近くなんだ」
「ただナミさんが言うには海流の流れが可笑しいらしくて、予定より多く時間がかかっちまった」
「……わ、わざわざごそくろうを」
「あ、そんな事よりアンリちゃん。
まずは、おれがここにくる為に頑張ってる陽動班を安全に船へ戻してェ。力を貸してくれるかい?」
「そうだ、ようどう!
今まさに龍神さまとたたかってるんですよね!?止めなきゃ!!」
「なら、まず龍神様を止めねぇといけないだろ?だから、アイツが動きを止めるような、隙を作れるようなものってないか?」
サンジさんの問いに、脳を巡らせた。
すると、思いの外ソレは早くに見つかった。だってそれは、目の前にずっとあったものだっから。
「ねぇ、サンジさん。
——この水槽、こわせる?」
「…あぁ、見た目より随分硬そうだが、やってやれねェことはねェよ」
にやり、と笑うわたしと彼は、まさしく海賊の名に相応しかった事だろう。
*
ガコンガコンとサンジさんが勢いよく断絶の硝子を蹴り続ける事500回程で、ついにヒビが入った。
やったぁ!と二人で喜んでいると、外からする戦闘の音がだんだん近くなってきた。
「ったく、ルフィのヤツ!
足止めしとけって言っただろうが」
「サンジさん、だいじょーぶ。水槽がこわれるまでの時間かせぎ、わたしがする」
「いや、アンリちゃんは危ねェから、」
「龍神さま相手なら、わたしほどゆうりなのはいないよっ」
だいじょーぶ!とにっこり笑って手でピースを作ってみせる。
「サンジさんは、ここで水槽のはかいをおねがいします!」
「仰せのままに、マイレディ」
大袈裟にお辞儀をするサンジさんを背に、洞窟から出た。石造りの洞窟から一歩で出ると、青々と茂る芝生が足の裏を刺激した。
そういえば、ロビンさんから貰った靴はいつの間にか何処かへ行ってしまったようだ。
あの真っ白なパンプスは、わたしより先に見知らぬ場所を冒険しているのだろうか。
そうだったら、いいなぁ。
ゆっくりと芝生を踏み締めて、目を開けると紫がかった空は水平線の方から白んでいた。
久しぶりの外の空気と明るさが、今のわたしには少し眩しい。
しかし、こうしている場合じゃない。
近くにあった、折れて尖っている枝を手に持って、龍神さまと大きな声で呼ぶ。
龍神さまと戦っていたルフィやゾロさん、ナミにチョッパー達はわたしを見てとても驚いているようだった。
今にも、走って抱きついてごめんねとありがとうを繰り返し言いたいけれど、ぐっと堪える。真顔のルフィと少し視線がかち合った。
それだけで口元が緩み、微笑むとちょっと怒った雰囲気が醸し出された。
ルフィ、怒ると恐いんだよなぁ。
けれど、そんな麦わらのみんなよりも大きく驚いて
「……な、なぜ、なぜおまえが、外にいるんだ…?」
「あそこから出してくれる人がいたから」
「あ、あぁ、あああ、ああーー!!!
あやつか!!最後にお前の名を呼んだ!!!
あやつだな!!?今から八つ裂きにして海の餌にーーー」
「そんなこと、わたしがゆるすとでも思ってるの?絶対、させない」
ギン、と龍神さまを睨みつけて、自分の首にさっき見つけた枝を突き立てる。こんな事してもおそらく死ねないけれど、龍神さまにとってはおそらく効果的だろう。
ほら、わたしを見て固まっている。
「あなたが一歩歩くごとにわたしは首にえだをつきさす。どうせすぐ“戻る”からね」
「そ、そんな事をしたら、お前の寿命は…ーーーー!!!!」
「あぁ、やっぱりそうなんだ。
じゃあ絶対うごかないで」
みんなが固唾を飲む音が聞こえる。
わたしはここで死んでも悔いはないけれど、それはきっとこの場にいる全員がそれを許してくれないだろう。嗚呼、なんて幸せな事か。
「ねぇ、龍神さま。
あそこでずっと待っている日々はたのしい?」
「な、にを、いっている…。
我に楽しさなど、喜びなど不要だ!!
“神様”は嬉しくて微笑んでいるわけではなく、お前達を見守る為に、」
「それはさ、そうありたいって事?それとも、そうじゃなきゃいけないって事?」
「我は、…お、おれは、“神様”でないと、そうでなければ、お前達と関わっていけないから…」
どくん、と心臓が嫌な音を立てた。この悲しい人に、わたしは今からとてつもない悲しみと絶望をぶつけるんだ。
じくじくと焼かれたような胸の痛みと共に、口内に唾が溜まった。
嫌だ、可哀想だ、あんまりじゃないか。
そう思うけれど、やめてあげられない。
やめてしまえば、わたしはまたあそこへ逆戻りだ。妄執に取り憑かれた龍神さまは、さらに酷くなるだろう。
ーーわたしが、やらなければ。
ガコン、ガコンと少し離れた洞窟で音がしている。ああ、もうそろそろだ。
「ねぇ、龍神さま。
アスラさんのさいごの言葉、ききたい?」
「あ、アスラ……の、?」
「ええ。あの繭が、アリーシャさんの思い出がおしえてくれた」
ガコン、ガコン。
息をするように分かるのは、きっと短い間わたしを守ってくれていたから。
ゆっくりと長い瞬きをする。
すぅっと肺に空気を溜めるときの、潮の香りが心地いい。
「ーーーーーナミ!!ゾロさん!!!
ルフィ達をつかんでて!!!!」
突然大きな声で呼ぶものだから、二人とも肩を揺らしてびっくりした様子だった。けれど、次の瞬間指示した通りにルフィはゾロに、チョッパーはナミに担がれていた。
わたしの思っていたタイミング通りに洞窟から海水が流れて、とてもじゃないが人間が泳げる流れではなかった。
端的に言うと、狭いところから大量の海水が溢れ出てきた事により、一種のウォータースライダー程の激流に襲われたのだ。
わたしは流れてきたサンジさんを抱き留めた。彼が一番危険な場所にいたから、絶対受け止めなきゃ、と思っていたのだ。
「ごほっ!…ッありがとう、アンリちゃん。助かった」
「わ、わたしが。サンジさんにむりなおねがいしたから…」
「無理な事なんてねぇさ。
それより、ほら、最後の仕事だ」
龍神さまがへたり込んでいるそばに、ぐずぐずになったナニカが大量にあった。
ほつれて、束になって、腐ったナニカ。
それらを両手で抱きしめて、嗚咽のような言葉ではない声を発していた。
「龍神さま」
「あぁぁあ…あ、あぁ、あ」
「龍神さま。
もうかのじょ達をねむらせてあげて」
「お、まえは、おれにこの子らを捨てろと言うのか…!!?…そんなもの、そんなこと出来るか!!!
おれはあの子達が寂しがらないように!!
あの子達が安心できる場所で一緒に暮らしていくんだ!!永遠に!!!!」
「…だから!!そんなあんたがみんな心配なんだってば!!!」
今にも噛みつきそうな勢いの龍神さまの胸ぐらを掴んで、わたしも吼えた。
心配、なんて言葉を知らないみたいに惚ける龍神さまに苛ついた。
このひとは、どうしてこうも…!!!
「……わたしは繭の中にいたかのじょ達の思い出を見た。一人一人の思い出はみじかくて、あなたが言ったみたいに30年も生きてない人がおおぜいいた。けれど、そのきおくの中には、ぜったい、あなたがやさしくほほえんでた。
まるで、父親のように…。
わたし達龍神族は、そのたいしつ上本当の父親の顔を知らない人がいる。わたしも、そうだし。けれど、あなたのせっし方は、まちがい父親だった!!!そんな人を心配しないわけないでしょ!!!!」
わたしの言葉に、気がつく時龍神さまはその綺麗な深海の色の瞳に涙の膜を張り、すぐさまそれは落ちていった。
「ちち、おや。おれが、父親でいいのか…?」
「かおがわからない人より、いつも見守ってくれてたあなたがいいわ。わたしだけじゃなくて、きっと他の人たちも」
「おれは、お前達に“神様”としてしか、関われないのだとばかり…」
「そのかみさまっての、やめたら?
わたし達には、かみさまってより父親のそれだったんだし。あなたは、アスラさんのかみさまであればいいんじゃない?」
「アスラ…、アスラは最期なんと言ってた」
震える声で、覚悟を決めた声で呟く。
久しぶりに口にする、愛おしい人の名前。少しだけど分かるよ、龍神さま。
「“あの人にぶつけていた怒りは、全部八つ当たりだった…。もう一度だけでいいから、会いたかった。わたしの、かみさま”」
「……っっ…!!!!」
「あなた達のかんけいせいはよく分からないけど、さいごまでアスラさんはあなたを想ってたんじゃないかな?」
わたしは結局、人伝の、そのまた人伝にしか聞かなかった言葉だから。ゆっくり、前向きに捉えていったらいいと思うんだ。
俯いて、骨がなくなったのかと思う程くたくたになった龍神さまを離すと、もう形のないソレをなでる。
「アリーシャ。…アラン、アシュリー、アンネローゼ、アディ、アセローラ、アビー、エイダ、アリシア、アンジー、アナベル、オーロラ、アニタ、アルマ、アニシナ、アグノラ、アーシャ、アリス、アスカ、アメリア、アナスタシア、アンジェラ、エヴァ、アレノア、アレクシス、アンナ、ーーーーアンリ」
「はい」
「おれの宝物たちよ。
こんなにもたくさんの物を貰っていたのに、気付かなんでわるかった」
花が綻ぶ、というのはきっと女性に対しての比喩なのだろうけれど、今の龍神さまはその言葉がとても似合っていた。
そして、龍神さまに答えるみたいに、空から雪のような白い粒が降り注いだ。
「なんだこりゃ、冷たくねぇぞ?」
「火山灰、じゃない。これは一体…」
遠くで避難していたナミ達も、空から降る白い粒に戸惑っていた。天候を操るナミでさえわからないこれは、きっとわたしと龍神さまだけが思い付くもので間違い無いだろう。
わたしの近くで空を見上げていたサンジさんも不思議そうにこちらを見ていたからこそっと教えてあげる。
「これは、マリンスノーだよ」
「マリンスノー?」
「うん。水槽に入ってた海水が海にとけたでしょ?それがきっと空に返って、こうやってマリンスノーをふらせてくれたんだとおもうの。…おとぎばなしみたいだけどね」
「いいじゃねェか。
グランドラインは、何が起こるか分からねェんだから、こんな美しい事が起きたって不思議じゃねェさ」
(それはきっと祝福のマリンスノー)