龍神族編
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健気で、可愛くて、この船じゃチョッパーの次に小せェ、戦いのたの字も知らねぇような純粋無垢な天使。
出会ったのはつい最近なのに、おれは気がついたら彼女の事を目で追うようになっていた。
いつからだろう、なんて無駄な事考えるのは早い段階でやめた。
きっとこれは一目惚れだ。
いや、世の中のレディに対しておれはいつでも一目惚れをしているが、アンリちゃんに抱いてるのは他とは少しだけ違う。
アンリちゃんは人と接することに慣れてねェみてぇで、おれのアプローチにも、毎回のように顔を赤らめて恥ずかしがっている。
可愛い顔を独り占めしたい。
そんな顔を見せるのはおれだけだと思いたい。
汚ねェ下心と独占欲が胸ン中を侵食していく。
彼女の為なら何でもしてェ、なんて無償の献身にも似たモンを見せつけながら、裏っ側は爛れた想いで溢れてる。
あの天使がおれの元へ堕ちてくればいい、なんて。冗談でも本人には言えない気持ちをひた隠した。
彼女が龍神族だとか、おれ達とは違う事ができるとか色々悩んでるみてェだが、こんな世の中だ。今更気にしたりしねェのに、心優しく無垢なアンリちゃんは悩んでいるようだった。
この輪に加わってもいいのか、自分じゃ足手纏いになるんじゃないか、とか思ってる事は分かっていたはずなのに。
おれは彼女が船を降りると決心をつけるまで、何も行動を起こせずにいた。
頑なだったアンリちゃんを止めたのはルフィだ。おれやチョッパーを仲間に引き入れ時みたいに、ロビンちゃんを迎えに行った時みたいに、アイツはいつも強引に人の心変えちまう。
それが誇らしくもあり、——そして、今回ばかりは少し羨ましくもあった。
ガキみてェなわがままだとは分かっちゃいる。
けど、納得できない事もある。
だから、格好悪ィ我が儘だと思いながらも、名前で呼んでほしい、と言ってみた。
いつもならもっとスマートに話しかけられるのに、アンリちゃん相手だと上手くいかねェもどかしさに胸を焦がす。
「クソゴムの事を呼び捨てにするんなら、……その、…おれの事も、呼び捨てにしてくれねェかな?」
「…………さんじさん、を?」
「ああ」
「なまえで?」
「あぁ、できればルフィみてェに敬語もなくして」
「む、むりです〜〜〜!!!」
「ガーーーーーン!!!!!!!!」
顔を真っ赤にしているが、小さな唇から発せられた言葉は明らかな否定だった。
ルフィはよくて、おれはダメ。
その事実に頭の回転がゆっくり停止した。
「な、なな、な、なんで………??」
「だ、だって、さんじさん。わたしより年上でしょ?るふぃは、見たところ1っこか2こくらいしかちがわないだろけど、」
「ちなみに、レディに年を聞くのは失礼と分かっちゃいるが、アンリちゃん。
…きみいくつだい?」
「えっと、たぶん14か15くらい…?」
アンリちゃんは気分を悪くする事なく、年齢を口にする。そんな所も素敵だが、15…?
身長が低い事や舌足らずな事、表情の幼さからもう少し下のイメージがあったが、(推定)15才だったとは。13才くらいだとばかり…。
え、いやいや、待ておれ。13くらいだと思ってた可憐な女の子に対して、こんなクソ汚ねェ下心抱いてたのか?
自分の守備範囲の広さに驚きながらも、自分がもう少し遅く生まれていたらと嘆く。
そうすれば、アンリちゃんは今よりもきっと砕けた話し方をしてくれて、あいつらみたいに笑い合えただろうに。
とても現実的ではないたらればを考えていたら、アンリちゃんのストローがずずっと音を立てた。そんな一コマでさえも愛おしい。
「お代わり、いるかい?」
「へぁ、はい、ありがとうございます」
おずおずとグラスを渡す小さな手から、受け取り立ち上がると、ぽやぽやおれを見上げる海の色をしたまん丸な瞳と目があった。
“そんな目で見ねェでくれ”、“もっとおれだけを見てて”。ちぐはぐな気持ちを、小さく小さくちぎって、言葉に乗せた。
「でもまァ。聞けねェと思ってたアンリちゃんの綺麗な声が聞けて、おれの名前を呼んでくれるだけで奇跡みてぇなモンだもんなぁ。
ーーそれだけで満足しねェと」
そんなの、無理だ。
にっこりと笑って見せて、彼女がもっとおれを意識すればいいのに。
「……(おれァ自分で思ってたより、この子に溺れちまってるらしい)」
嫌になるくらい自覚して、息を吐く。
アイスティー入れてくるね、と言ってその瞳から逃れて、自制する。
これ以上見つめてたら何かしでかしそうでいけねェ。頭を冷やすために、足を早めた。
すると背中にとん、と衝撃が襲った。
なんて事ねェ可愛らしい衝撃に、心が騒つく。
振り返らなくても分かる。
だが、本能が赴くままに振り返り、随分と低い位置にあるつむじを見下ろしていると、かちりと、潤んだ瞳と視線が絡み合う。
海から雫こぼれる波みたいに、空から雨が降るみたいに、彼女はそれを恥ずかしそうにぎゅっと堰き止める。
「あ、の!!サンジさんのこと、よびすてにはできない、けど……!!
けいごなしにするくらいなら、がんばる、から…」
「…んぐヴッッ……!!」
潤む瞳、赤らめた頬、ぱくぱくと必死に伝えようとする唇。
あぁ、だめだ。天使だ天使だと思っていたが、これをわざとやっているのだとしたら十分小悪魔だ。いや、わざとじゃなくたって危険すぎるだろ。
可愛さに当てられてズルズルとしゃがみ込むと、おれを心配してくれたアンリちゃんは、ひょっこり顔を覗き込もうとしている。
やめてくれ、本当に。まだおれの心臓が動いてる事が奇跡だ。
アンリちゃんには、追々自身の魅力と破壊力を知ってもらう必要があるな、と胸の奥に刻み込んだ。その辺はナミさんに言えば上手くやってくれるか?
おれはこういう事はもうやっちゃだめだよ、と優しく諭した。顔面の熱がまだ散らないので、本当に格好つかない。
二人きりの船内というのは、とても静かだった。まぁ、アンリちゃんが恥ずかしがってアクアリウムの中に入っちまったからってのも大きな原因だが。
この短期間で分かった事だが、アンリちゃんはなにかあれば直ぐにアクアリウムで考え事をしている。
本能的に海の中に似た場所は落ち着くのかもしれないが。おれはそれを、嫌な方向へ受け取ってしまっている。
“今朝はああ言っていたが、本当は海へ帰りたいんじゃないか”なんて。
アンリちゃんが嘘をついてるとは思ってねェが、不安はちくちくと育っていく。
晩メシを理由にアンリちゃんに話しかけようと、アクアリウムバーに入るとアンリちゃんは全くこちらに気付いていないようで、水に身を任せて海面を見上げていた。
夕陽のオレンジがチラチラと、彼女の海のような瞳に差し込んで染め上げる。オレンジ色と深いブルーがない混ぜになった夕焼け色の瞳は、言葉を尽くせない程綺麗だ。
アクアリウムのガラスに手をつき、もっと近くでそれを見たいと思った。すると、おれの気配を感じたのかびっくりしたアンリちゃんの唇から大きな泡が溢れた。
ガラスの向こう側にいるモンだから、なんて言ってるかは聞き取れねぇが、おれの名前を呼んでくれていたら嬉しいと、似合わねェことを思った。
早く彼女の声が聞きたくて、アクアリウムの中に魚を入れる戸から顔を出して、と合図すると察しの良い彼女はこくこくと頷き、上の戸を目指す。
尾ヒレはないけれど、水面に向かって泳いでいく姿は、まるで人魚姫のようだった。
走ってアンリちゃんの居るであろう場所へ向かうと、もう顔を出して待ってくれていた。
晩メシのリクエストはあるかい?と聞くと、ハンバーグ、と答えが返ってきた。
リクエストを聞いて、肉!以外で返ってくるのは普通にありがてぇ(ハンバーグも肉っちゃ肉だがアンリちゃん効果だ)。
手伝うと言われたが、先に着替えてくるように説得した。風邪をひく、とは言ったが、あんまり納得していなかったようだ。
それもそうだろう、アンリちゃんも言った通り、この島の気候なら数十分もあれば服も髪も乾くだろう。だが、問題はそこじゃない。
問題は、アンリちゃんの自分自身に対する無頓着さだ。
前々から何度か思った事はあったが、今さっき、それが露わになった。
「Tシャツ一枚で水ン中入ると透けちまうだろ、色々と!!サービスか!?ンなわけねぇだろ!!!!」
心配になる程細くて白い腕とか、片手で掴めそうな腰とか、やや小ぶりな胸とか!!
濡れた髪も、睫毛も、おれの名前を呼ぶ潤んだ唇も!!!
「……だめだ、考え出したらキリがねェ」
昂まった己の欲を、こんな所で爆発させるわけにはいかない。氷を張った水をボールの中に入れて、思いっきり手を冷やした。
どうせハンバーグ作るんだから、ちょうどいい。本当は、冷たいシャワーでも頭からかぶって冷静になりたい所だが、もう少しするとアンリちゃんも来ちまうだろう。
手の感覚がなくなるほど冷やした後、顔を思いっきり叩いて気合をいれた。
一息つくと、アンリちゃんがやってきて、お手伝いを申し出た。あんな光景を目にした後だから、出来れば座っててほしい所だが、やる気満々の様で聞き入れちゃくれない。
仕方なく洗い物をお願いしたら、快く引き受けてくれた。隣に並んで家事(おれの場合料理だが)をしていると、ふと想像してしまう。
そんなありふれた妄想ににやにやしていたら、アンリちゃんがどーしたの?と声をかけてくれたんで、嬉しくてぽつりと、言葉にしてしまった。
「あ、いや、なんか、こうしてキッチンで隣に並んでると夫婦みたいだなって」
「…………へ……」
ガシャーン!と大きな音を立ててアンリちゃんの手元から落ちたのは皿じゃなかったらしい。怪我もしてねェみてぇだ。
アンリちゃん、と呼ぼうと顔を見ると、首筋まで真っ赤にさせたアンリちゃんは、はははと笑っていた。
「あ、ははは〜〜。
もう、やだなぁサンジさん!さっきからわたしのことからかってばっかり!」
「… アンリちゃん、顔真っ赤だけど?」
「へ、あ。ちがっ、これはあついから…」
「じゃあこっち見て、」
湿った手で、アンリちゃんの頬を撫でた。
ピクリと反応するアンリちゃんに気分が良くなり調子に乗ったおれは、もう一つの空いた手で、横に垂れていた黒髪を小ぶりな耳へかけた。人差し指と親指で、形を確かめる様に耳たぶを弄ぶ。さっき冷やした手は、彼女に呼応するようにどんどん熱くなっていった。
おれがアンリちゃんに振り回されてる事に気がついてない君は、本当に小悪魔だ。
「や、だ。からかわないで…」
「ねぇ、アンリちゃん。さっきから何でそんな可愛い反応すんの?」
「そんなの、してないっ…」
「首筋まで真っ赤にして、目ェ潤ませてんのに?おれ、期待しちまうよ?」
「き、たい…?」
おれの言葉一つで、動き一つでその心臓が早く動けば良い。拒絶されないのを良い事に、頬を撫でていた指はするりと唇に移動させた。この可愛らしい唇が、おれのものになれば良いのに。そう思えば思うほど、唇をふにふにと揉む指は止まらない。
アンリちゃんの潤んだ瞳と、視線が絡み合って離れない。海のような瞳に、夕陽が差し込んで、深い青色の中にオレンジ色の宝石が沈んでいるみたいだ。
ああ、さっきまで間近では見れないと思っていたものが、こんなにも近くにある。それだけで、なけなしの理性はガラガラと音を立てて崩れ去った。喉が、音を立てた。息がかかる程、顔を近づけると、小さく、息を飲む様に、アンリちゃんがおれの名前を呼んだ。
そんな事されたら、もう止まらねェってのに。
次の瞬間、デカすぎるよく聞きなれた声が、船内全部を覆うほど響いた。
ルフィだ。どちらからともなく慌てて離れた。
アンリちゃんは、みんなをお出迎えしてきます、と明らかにおれを避けてキッチンを後にした。
「あ〜〜〜〜、…クッッソ」
今のはルフィ達が帰って来なけりゃ本当にヤバかったな、と壁にかけてあった鏡を見て思う。こんな、物欲しそうな獣の目をアンリちゃんは見てたのかと思うと、またクソ、と言葉が漏れた。
*
翌日、アンリちゃんとルフィ達は島の探索だー!と大騒ぎだった。
いや、その前にも、おれの目の前で脱ぎだすアンリちゃんとか、綺麗なワンピースを着てくるくる回るアンリちゃんに超絶メロリンだったわけだが。
昨日の宴の最中に、ウソップやルフィ達が沢山島の話を聞かせたおかげで、期待値がクソ高いみてェで、仁王立ちで注意事項を話しているナミさんの言葉は右から左へ流れちまってる様だ。
「ロビンちゃんも今日は船に残るのかい?」
「ええ、ナミと昨日、興味深いを聞いてね。
色々調べてみようと思うの」
「へぇ、そりゃまたなんの話だ?」
「まだ分からないことが多いから、調べ終わったらみんなに話すわ。サンジも、何か面白い話を聞いたら教えてちょうだい」
「喜んで、マドモアゼル」
ロビンちゃんの様子がいつもと違って見えて、島で別行動になるまで、アンリちゃんには気をつけるように言い聞かせた。
この胸騒ぎが当たると知っていたら、意地でも付いて行ったのに。
買い出しをしていると、雨が降ってきやがった。八百屋のオヤジがシケが来るってんで、店仕舞いし出した。それ全部買うからまけてくれって言うと、なんでも好きなモン持ってけ!兄ちゃんもチンたらしてねぇで早く帰った方がいい!と慌てていた。
ナミさんはそんな事言ってなかったのに、と不安が燻り、オヤジの言う通り早めに船に戻った。
サニー号へ着くと船内は嫌に静かで、いくらレディ二人でもこんなに静かなのは違和感があった。まさか誘拐!?と至るところを探してみると、案外早く見つかった。
キッチンのダイニングテーブルに地図を広げて二人とも、顔を青くして息を潜めていた。
「…どうかしたか?」
「シッッ!!黙ってサンジくん!」
物凄い剣幕で口を塞ぐナミさんに、ハートを飛ばしかけたが、異様な空気に包まれており黙りこくった。ナミさんとロビンちゃんの真剣な目線の先には、電伝虫。受話器は上がっていた。誰かから、連絡があったのか?
その答えをまざまざと叩きつける様に、鈴の音色の様な声が勇ましく聞こえた。
《そのいちぞくの名前は、龍神族。
わたしはこのひろい海のどこをさがしたって2人といない、まぼろしの龍神族のまつえいだ》
《な、なんだそのデタラメは!!》
《……でも龍神族って、おれ聞いたことあるぞ…。昔ばあちゃんが話してたやつだろ?!》
《そんな嘘に引っかかるな!!》
《うそだと思うなら、手と足しばったまま、海につきおとすなりなんなりすれば?
たいようはもうしずんじゃって見えないけど、龍神族のわたしならいきもできる》
いつもの雰囲気とは違う、凛とした声が電伝虫を通してキッチンに響く。
これはアンリちゃんの捨て身のSOSだと、ここにいる全員気がついている。
きっとさっきの言葉の端々にどこの場所にいるのか、ヒントが隠されているのだろう。
しかし、そんな推理ができるほど今のおれは冷静になれない。頭と腸が煮えくり返って仕方ねぇ。
檻から出せ、と男が指示を出すと他の野郎達が金属音を立てながらアンリちゃんを出したみたいだ。これで、海から逃げられる、と思ったのも束の間。
フツフツと煮えたぎる怒りは、次の瞬間頂点にまで登った。
《うるせェ女だ。海にでも浸しゃ大人しくなるか……、とでも言うと思ったか?
その龍神族って奴らの肉食って怪我治せるんなら、おまえに鉛弾ぶち込んで治るか確かめりゃ終いだろ》
《え、》
けたたましい音が一回、鳴り響いた。
聞き慣れたそれは、思考が停止した頭でもわかる。—銃声だ。
そのあと聞こえた軽い、何かが倒れ込む音に、嫌な想像力が掻き立てられる。
何度も何度も、誰かが何かを蹴る音が、電伝虫から聞こえる。
けれど、呻き声は、一切なかった。その事実が、答えを指し示している。
アンリちゃんが撃たれた挙句、暴行を受けている、なんて。考えたくもねェ。
その痛々しい打撃音が続いた後、もう一発銃声が響いて電伝虫は切れた。
不安と怒りでどうにかなっちまいそうだ。落ち着こうと、癖でタバコを咥えて見ても雨の湿気て火も着きやしねェ。
「クソッッッ!!」
「落ち着いて、サンジ。
アンリはさっきの連絡で色々ヒントをくれたわ」
ままならない感情のまま椅子を蹴ると、ロビンちゃんには諭され、ナミさんはビクリと体を強張らせた。クソ、そんな事がしたかったわけじゃねぇのに。
「………悪い。ナミさん、ロビンちゃん」
「アンタが怒ってるのと同じで、私たちも心配なの。焦っても解決しないでしょ」
「アンリは、“太陽はもう沈んで”と“海に突き落とせばいい”と言っていた。なら、場所は日が沈む方角の海沿いにある建物ということ」
「男が何人もいたし、檻に入れられてるって言ってたからきっと広い場所ね」
「ああ、あともう一人レディの悲鳴が聞こえたから、アンリちゃんの他に誰か捕まってるかもしれねェ」
ロビンちゃんが地図を見て、ナミさんが条件に合う場所を探している。
「わかった!!ここだ!
海沿いの倉庫!音も反響してたから、きっとここにアンリはいるはずよ!」
「船からも近いわね」
「それじゃあちょっくら、プリンセスを救い出してくる」
二人は船に誰か帰ってきた時の為に残ってくれた。船から降りると、雨の中走ってくる三つの影が見えて、思わず舌打を一つ。
「サンジ!アンリ見なかったか!?」
「あいつ目を離したらすぐどっか行きやがっ——ガハァ!!!」
「お、おい何すんだよおサンジ!!」
コイツらのアホ面をみて、更に苛立ちが募りルフィの腹に蹴りを入れた。
おれの様子に何かを感じ取ったのか、アイツは何も言わない。
理解できない、と言うようにウソップが恐る恐る聞いてくる。
「ど、うした…?」
「アンリちゃんが拐われた」
「え」
「拐われたっつってんだよ!!
お前らが目を離した隙に!!!」
こんなモン、八つ当たりだって分かってる。
だが、どうしても怒りが治らねェ。
ルフィは無言で立ち上がり、行くぞと一言呟く。
「——…サンジはアンリの場所知ってんだろ?おれも行く。おれの仲間に手ェ出したんだ、ぶっ飛ばしてやる!」
「おれも行くぞ!ルフィ!!」
「ああ、行こうチョッパー!!」
「……そうだな、アンリちゃんの手当ても必要だしチョッパーは来い。
ウソップはナミさん達と待機してろ」
「あ、ああ!任せろ!」
土砂降りの雨の中、脇目も降らず走る。ナミさんとロビンちゃんが教えてくれた倉庫は、本当に近くにあった。
その証拠に、ゴロツキどもが外にわんさか群がってやがった。
「あぁ?何だテメーら」
「おれ達ァ泣く子も黙る…—」
「
「ゴムゴムの〜」
「アームポイント!」
ドゴオン!と倉庫の扉ごとゴロツキどもをぶっ飛ばす。何が起きたんだ、と周りが騒がしいがそんなモン関係ェない。
「アンリーーーーーー!!!
助けに来たぞーーー!!!!!」
「アンリちゃん!!!」
「アンリーーーー!!無事かぁ!!?」
勇敢な彼女の体は地面に横たわり、ここのボスらしき男が馬乗りになって銃を突きつけていた。おれ達の声に、アンリちゃんの痛みに歪んだ顔は、少しだけ和らいだ。
肩からは血を流して、綺麗な顔もぼろぼろで。無事なワケ、ねェのに。
「おっと、お仲間かぁー。
そんじゃあコイツにもう一発鉛弾打ち込まれたくなきゃ大人しくしろよ、オイ」
「かまいません、ルフィ。
ぼっこぼこのズッタズタにしてやって」
「威勢がいい嬢ちゃんは好きだぜ。もうちょっと実ってる方がタイプだがなぁ」
アンリちゃんの心配させまいとする姿勢にぐっと堪えた。今ここでおれ達が暴れ回ったら、アンリちゃんの命が危ねェ。ルフィもチョッパーも理解して、歯を食いしばりながら堪えている。
調子に乗った男は、周りの野郎共に合図を送り、おれ達が固まってるのをいい事にリンチし放題。だが、こんな痛み、アンリちゃんの恐怖と苦痛に比べたらなんて事ねェ。
野郎の一人がルフィの顔に気がついたのか、顔を真っ青にしたが、次第に不気味なほど口角をあげてボスに報告した。
「お頭ァ!
このチビ、賞金首の麦わらのルフィじゃねぇっスか!?コイツの首差し出しゃ、遊んで暮らせますよ!!」
「ならおれ達はお前らとこのお嬢チャンの首を差し出して、明日は豪遊だなァ!!」
こんな集団でか弱いレディ達をいたぶる奴等に、ルフィの首が獲れるわけねェだろ。心のうちで唾を吐くが、男共からの暴行は尚も続いた。殴られても、蹴られても、全然痛かねェ。アンリちゃんの方が痛ェに決まってる。
早く開放してやりたくて、おれは隙を窺いつつアンリちゃんに銃口を向けているヤツから目を逸さなかった。
その瞬間、きゃああ!と甲高い女性の悲鳴が倉庫内に響いた。突然の悲鳴に、この倉庫にいる全員が一瞬、意識がそちらへ向く。
おれ達も、含めて。
すると、檻に入っているレディから思いもしない言葉が飛び出した。
「ば、化け物よォ…!!!!!」
「うるせぇぞオンナァ!!」
「あ、アンタが撃ったその子!!
血が、血が止まってるし、傷も塞がってる……!!!」
あり得ねェ、とすぐに一蹴出来たらどれ程良かったか。しかし、おれ達も敵と一緒になって驚いてしまった。覚えがあったからだ。
ルフィに殴られたのに、やけに早く治る頬の腫れに。おれも、ルフィも、特にチョッパーなんかはもう気付いてたかもしれねェ。
この場にいる全員が一瞬だけ、怯んだ。驚きで動くことを忘れてしまった。
それが、おれの最大の汚点だ。
一番早くに動いたのは、アンリちゃんへ銃口を向けているヤツだった。
アンリちゃんのような可愛らしいレディを、まるでもう自分の物のように扱う言い草に、心底腹が立った。
「それなら、もう、壊してしまえばいい」
酷く耳に残る凛とした声は背筋が凍る程恐ろしく、見惚れる程美しい。まるで、船乗りを惑わし溺れさせるセイレーンの歌声のようだ。
ゆらり、と立ち上がったアンリちゃんからは生気を一切感じず、何にも怯えを見せなかった男は警戒する動物と同じようにアンリちゃんに向かって躊躇もなく発砲した。
定まっていない銃口から飛び出した弾は、アンリちゃんの掌に穴を開ける。目に見えるほどの穴を開けた柔らかな掌は、元に戻るのが必然であるように、自然に、ゆっくり、おれ達の知っている形に戻っていった。
息を飲む音は、雨音にかき消された。
痛みは、ないのか。
苦しくはないのか。
怖くはないのか。
そう問いたいのに、目の前にいる彼女はそれを許さない。怯えた男たちに手をかざしたと思えば、背中に広がる海が轟々とうねりを上げて、突然、大きな津波が倉庫を襲った。
咄嗟にルフィとチョッパーに手を伸ばしたのは正解だった。隣で白目を剥きながら咳き込む2人を見て、安堵のため息が漏れる。
しかし、津波に飲み込まれた男達もおり、波にさらわれてみる影もない。
津波の中でも、凛とした立っているアンリちゃんは、まるで何時もとは別人に見えた。
ふんわりとした目元は、冷め切って。
指先までしゃんとした姿は、神々しく。
いつもにこにこと緩んでいた口元は一文字に結ばれていた。
「た、助けてくれ!!」
「化け物ォっ!!!」
「わたしの話を信じてくれなかったり、仲間を殴っておいて、今度は助けて?化け物?
本当に、ーーー人間は身勝手だ」
舌足らずな、あの口調も今はどこにもなかった。違和感。そう、違和感しかない。
流麗な姿は美しいが、人のそれではなかった。まるで、神様だ。
いつもの漣のような彼女はそこに居らず、背筋が凍るほど恐ろしく、美しいマヤ・ アンリという女性が立っていた。
(彼女の瞳に映る)