龍神族編
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泡が昇る、水中独特の音が鼓膜を揺さぶる。
目蓋を持ち上げると、水面が揺りかごのようにゆらゆら揺らめいて綺麗だった。
そうだ。わたしは、この空に似た青が一番好きだったんだ。
段々と覚醒する意識。
疑問に思う事が、幾つもあった。
「わ、たし。どうして、海の中に…?
ここ、どこ…?みんなは……??」
海水が冷たい。
まるで、深海を彷徨っているみたいだ。
けれど、水面からは光が差している事から、深海の可能性はない。
じゃあ、ここは一体…?
辺りを見渡すと、普通の海と同じような珊瑚とかイソギンチャク、岩壁。
そして、普通の海では見たこともない、白く大きな繭が何十個も並べられていた。
あまりにも不思議な光景に、言葉を失った。
悲しげに沈んだそれは、この世の物とは思えない不気味さと、懐かしさを秘めていた。
後退り、ここから離れようと水をかくけれど、何かにぶつかってしまった。ぺたりと触ってみると壁、のような大きな氷だった。
海水が冷たいのはこれのせいだろうか。
ルフィが溺れた時みたいに、海に阻まれているのかもしれないと思い、海に向かって語りかける。
「ねぇ、これなに?
わたしみんなの所へ戻らなくちゃいけないのよ。これを退けてくれない?」
「おや、ようやっとお目覚めか。
——おはよう、愛しい子」
声が海水に響いた瞬間、背中からぞわりと何かが走った。知らない声のはずなのに、何処かで聞いたことがあったのだ。
その声の主は、氷の壁の向こう側に霞んで見えた。
その、海流に揺蕩う美しい髪。
その、深海を閉じ込めたような瞳。
その、しなやかな枝のような、厳格で儚い神木のような、寂しそうな人。
忘れてしまえれば、どれほど気持ちが軽くなっただろう。しかし、忘れられるはずもない、こんな美しい男の人。
「けれど、あなたは夢の中の人でしょ…?」
「おお、夢で逢った事も覚えておったのか。
いい子だな、アンリは」
「ど、して…わたしの名前を…」
「我はそなたの事ならなんでも知っている。
そなたも知らぬような事も、…なぁ?」
三日月のように綺麗な唇が弧を描く。
馬鹿にしている気もするが、敵意はまるで感じられない。むしろ、切れ長の目からは、愛情すら感じるような視線を送られる。
夢と同じく、気持ち悪さが胸を巣喰った。
「し、知っているなら、答えて。
ここはどこ?あなたは誰?
わたし、今すぐ帰らないといけないの」
「帰る?帰る、だと?
く、ははははは!!面白いことを言うなぁ、おまえは!」
「なにが、そんなにおかしいの?」
「すまぬ、気を悪くするな、…はぁ。
いやあ、な?おまえが自分から船を、あやつら陸の人間に別れを告げておいて、まだ彼処へ帰れると思っているのだな、と哀れに思っただけだ」
再度すまぬ、と笑いを堪えながら謝ってはいるが。いや、この男、今なんて言った?
わたしが、サニー号を降りた?
みんなに別れを告げた?
理解できない、咀嚼できないはずの言葉だったのに、何かがフラッシュバックされる。
その映像に、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。
----そうだ、何であんな事忘れられたの?わたしが、あの手を取らなかったのに。
あんな顔をさせたのに。
*
ナミの言う通り、初めての陸の街は殆どチョッパーさんに乗せてもらっていた。
毎回、重くないか聞いても、大丈夫だぞ、と言ってくれるチョッパーさんはやはり優しい。ルフィ、ウソップさん、チョッパーさん、わたしの4人で色んなところを回った。
巨大魚を釣ろうという話になり、みんなで川釣り(淡水魚だったらしい)をしたり、トウモロコシを誰が一番早く食べられるか競争したり、出店で腕相撲大会が行われていたので、そこにルフィが飛び入りで参加しそうになったのを慌てて止めたり。
1日の、お昼から火が落ちるまでの間とは考えられない程たくさん遊んで、たくさん笑った。
その中でチョッパーさんから、年が近いから呼び捨てで、敬語もなくしてくれと言われて、戸惑ったけど了承した。
仲間、って感じがして、くすぐったい。
一日中わたしを乗せてた事もあり、最後チョッパーはバテバテで、見兼ねたわたしは最後くらい歩かせて、と頼み込んでみんなの後ろ姿を、夕日が沈む海岸線を歩いていた。
前では3人が、今日はあれが楽しかったとか、あそこはまた行きたいとか、あれは美味そうだったからサンジさんに作ってもらおうなんて話しながらサニー号へ向かって歩く。
わたしはそれを聴きながら、足元と夕日を交互に眺めて余韻に浸る。
こんなに楽しくて、夕日が沈むのが早い一日は初めてだ。海の底に一人でいた頃には、考えもしない毎日に、少し怖くなる。
こんなに幸せでいいのか、と。
先行きに不安がないわけじゃないが、それよりも大きな幸せに戸惑ってしまう。
こつん、こつん。と歩いていたら、つん、と躓いた。
「あ、ストラップが…」
「どーーした?」
「いや、くつのストラップが。
さき歩いててー」
「おーー!」
ロビンさんにもらった靴、大切に履こう。
白だから、今日帰ったら洗っておこう。大切に、大切に。
そう思い描きながら、ストラップをかちりと留める、はずだった。
どこからか現れた男二人に、何かを嗅がされて、目の前が暗くなり意識が飛んだ。
目が覚めると薄暗い倉庫のような所の、小さな檻の中に入れられていた。
無機質な首輪を付けられて。
見渡すと、檻の中にもう一人女性が入れられていた。
「こ、こ。どこ…?」
「気がついた?ここは、アイツらのアジト。
わたしはこの島で医者をしているリベラよ」
「リベラ、さん。
あの人たちは、だれなんですか?」
「…おそらく最近噂になってる人攫い屋よ。あなた、若いのに災難ね。…これから、きっとヒューマンショップにでも売り付けられるんだわ」
ヒューマンショップと言われ、はた、と思い出した。この世界には奴隷制度というものが存在している。わたしも、最初に船に乗った時は奴隷だと思われてたなぁ、なんて呑気に考えてしまう。…が、状況は絶望的なんだろう。
檻には頑丈な鍵。首には何か宜しくない首輪。手は縄で縛られているし、外に男が数人いる。
女二人じゃ、逃れるわけない。
わたしより年上のリベラさんは、きっと丈夫に見せて脆い人だ。さっきは笑顔を見せてくれたのに、今は顔面蒼白だ。
「—リベラさん、だいじょーぶです。
わたしのなかまにれんらくすれば、きっと助けにきてくれます」
「仲間…?」
「ええ、とても心づよくて、大好きな人たちです」
きっと帰ったら馬鹿なこと考えて!とナミに怒られるんだろうなと、脳裏に浮かんだ作戦とも呼べないお粗末なものに言う。
けれど、サンジさん風に言うなら、涙を零しそうな麗しい女医さんを助けないでどうするというんだ。少なくとも、わたしだけ助かったとしたら、彼らに顔向けは出来ない。
わたしはワンピースのポケットに入っていた小型電伝虫を器用に取り出して、リベラさんへこっそり預けた。
「わたしが大きな声でさわぎ出したら、その子を使ってください。なかまにつながりますから、つながったらあいずして。
あとは、はなしの流れでここのいちなんかをきき出しますから、できるだけ切らないで」
「わ、分かったわ。でも、あなたはなにをするつもりなの…!?」
「わたしの仲間におこられそうなこと、です」
ピンチの時こそ笑う、それはきっと前世で見たテレビの中のヒーローたちの信条だ。
わたしはヒーローじゃないけれど、これが成功すればちょっとはみんなへ近付ける気でいた。
手っ取り早く、最短ルートでいこう。
一番遠くにいたボスっぽいやつに「ねぇ、」と声をかける。
「こわいおにいさんたち。
もしかして、わたしの生まれを知って、さらったの?」
「生まれだァ?もしかしてどっかの貴族の娘さんで待遇に不満か?そいつぁ失敬ッ」
「「「ガハハハハッ!!!」」」
「ならふつうの、ひんじゃくなむすめとして売りさばくつもりだったの?
だったらあなた達、大バカやろうね!」
なに!?と安い挑発に男達は引っ掛かった。
ボスっぽい奴は、まだ顔をしかめているだけだった。リベラさんがごほんと咳を一つ、合図があったのを皮切りに、わたしの舌は今世最大火力を発揮する。
「——ねぇ、知ってる?
にんぎょでも、ぎょじんでもない。エラも、おびれもないのに、海の中でいきをして、すんでいるいちぞくのはなし。
そのいちぞくの肉を一口たべると、大けがなんびょうはたちまちなくなり、一人丸ごとたべると“永遠の命”ってね」
ごくり、と男達の喉がなる。
わたしは出来るだけ過激に、そして妖艶な笑みで男達に微笑みかける。
これは挑発だ。今わたしが使えるものは、なんだって使ってやる。
「いちぞくの名前は、龍神族。
わたしはこのひろい海のどこをさがしたって2人といない、まぼろしの龍神族のまつえいだ」
「な、なんだそのデタラメは!!」
「……で、でも龍神族って、おれ聞いたことあるぞ!昔ばあちゃんが話してたやつだろ?!」
「そんな嘘に引っかかるな!!」
「そんなにうそだと思うなら、手と足しばったまま、海につきおとしたらいいじゃない。
たいようはしずんじゃってもう見えないけど、龍神族のわたしならいきもできる」
わたしがもし、話した通りの種族ならこの人達にとって大金を手にしたと同等の価値がある。権力者なんて、大体永遠の命が欲しいとか言う稀有な生き物なんだから。
嘘でも、煩いわたしを大人しくさせるチャンスだと気づいたのか、ボスっぽい奴は檻からわたしを出すように指示した。
檻から出たわたしは、ギンと相手を睨みつける。
「うるせェ女だ。海にでも浸しゃ大人しくなるか、……なんて、言うと思ったか?
その龍神族って奴らの肉食って怪我治せるんなら、おまえに鉛弾ぶち込んで治るか確かめりゃ終いだろ」
「え、」
かちり、と標準を合わせて、アンティーク調のピストルの銃口がわたしへ向けられる。
漏れた声と、倉庫中に響き渡る音が甲高く鳴ったのは同時だったと思う。
衝撃に耐えきれず、頭から後ろへ倒れた。
一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、右肩の熱さと、頭の鈍い痛みに、撃たれたのかと理解した。
視界が、チカチカとうるさい。
こめかみを伝うべとりとした感覚は、汗じゃない事を嫌でもわかった。
気を失うほど痛いのに、ジンジンと痛みで意識ははっきりしている。
ボスっぽい奴はこちらへ近づいて来て、またあの銃口を今度はリベラさんへ向けた。
わたしの時とは違い、無表情で一発放つとけたたましい音が倉庫に響く。
「あ、あぁ!!」
「おまえらがこざかしい真似をするから、電伝虫一匹を無駄に殺しちまったじゃねェか」
「…ッくそが」
「おまえの仕業だろ、龍神族のお嬢チャン。
まぁ、それも嘘だったみてェだがな!!」
仰向けだったわたしを足で転がして、腹を蹴った。本当にクソ野郎だ。女の腹を蹴っちゃダメだって、親と道徳の授業で習わなかったのか。
そんなことを考えながら、痛みにむせた。
血を吐いたのは、初めてだった。腕を縛られてるせいで、じくじくと痛むお腹を抱えることすら出来ない。
ぎゅっと目を瞑り、早く来て、と祈ってしまった。やっぱりわたしは、何もできない。
----そんな時、ドゴオン!と音を立てて、倉庫の扉が壊された。
その豪快さは、彼の性格を表してるような音だった。
「アンリーーーーーー!!!
助けに来たぞーーー!!!!!」
「アンリちゃん!!!」
「アンリーーーー!!無事かぁ!!?」
声は三つだけだったけれど、どれもわたしの為に怒ってくれているようで、こんな状況なのに嬉しくなってしまう。
ルフィとチョッパーとサンジさんは、わたしの上に馬乗りになり、ピストルを構えているこの男を睨みつけて殺しそうな程だった。
「おっと、お仲間かぁー。
そんじゃあコイツにもう一発鉛弾打ち込まれたくなきゃ大人しくしろよ、オイ」
「かまいません、ルフィ。
ぼっこぼこのズッタズタにしてやって」
「威勢がいい嬢ちゃんは好きだぜ。もうちょっと実ってる方がタイプだがなぁ」
そうは言っても、わたしのこめかみに銃口があてがわれているから、ルフィ達は手を出せずにいた。
その代わりに、やれ、とボスっぽい奴が周りの男共に命令を下すと、男共はルフィ達を躊躇なく殴りつけた。
あんなに強いルフィ達が、抵抗せず殴られている。いつもなら、きっとこれくらいの人数相手でも余裕なはずなのに、ルフィ達は殴られても蹴られても手を出さなかった。
…わたしが、こんなのに捕まっているせいで!
「お頭ァ!
このチビ、もしかして賞金首の麦わらのルフィじゃねぇっスか!?コイツの首差し出しゃ、遊んで暮らせますよ!!」
「ならおれ達はお前らとお嬢チャンの首を差し出して、明日は豪遊だなァ!!」
笑い声と呻き声が、倉庫内によく響いた。
尚もゼロ距離で突き付けられているピストルの銃口が熱い。傷も、いたい。
そのせいで、わたしの思考はかき乱されたままだ。息が、しにくい。上手く吸えない。
すると、突然リベラさんの甲高い悲鳴が響いて、皆が騒然とする。
「きゃぁあ!!?
ば、化け物よォ…!!!」
「うるせぇぞオンナァ!!」
「あ、アンタが撃ったその子!!!
血が、血が止まってるし、傷も塞がってるのよ……!!!」
そのよく通るに、倉庫内の人がどよめいた。
人攫い屋や、銃口を突きつけている男、そして、ルフィ、チョッパー、サンジさんも。
わたしも例外ではなかった。
皆が愕然とした中、一番初めに口を開いたのはわたしの一番近くで、熱い銃口を頭に押し付けている男だった。
息が、苦しい…。肺に穴が空いてるみたい。
「…は、はははは!!
本当だった!本当だったんだ!!
コイツは本物の龍神族だ!!!
コレがありゃ、どんな王だっておれの前に跪く!!!貴族にだってなれるぞ!!」
もう、わたしのことは、まるで道具としてしか見えていない男に、絶望を覚えた。
お母さんが言っていた、陸の人間というのは、きっとコイツらのことを言うんだ。人を踏み台と思い込み、自分が優位に立つ為ならなんでもする。
無抵抗の人だって殴るし、殺してもなんの罪悪感も抱かないような奴らだ。
わたしは化け物。
所詮、陸の人間と相容れない海の化け物だ。
それはいい。ほんの少しだけ、おかしいと思っていたから。
けれど、わたしが化け物だと言うことと、仲間を傷付けることは同義ではないだろう?
こんなに優しい人達に、なにをしているんだ?そう考えると、息が苦しくなる。
だめだ、今吸っているのか吐いているのかも、分からない。分からない。
分からないなら、
「壊してしまえばいい」
覚えているのは、醜い断末魔と、血の味と、硝煙の匂い、そしてあの人の困惑した青い瞳だった。
(みないで、言わないで、聞かないで)