龍神族編
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最近、わたしはどうもおかしい。
サンジさんの顔を見るだけで暑くなっちゃうし、触れられると心臓が口から出てきちゃいそうになるし、優しい言葉をかけられると涙があふれそうになる。
きっと、優しくされることに慣れていないんだろう。生まれ変わって十数年、接してきたのは母だけで、陸の、この世界の人と触れ合ったのは随分最近だ。一ヶ月前を振り返ったらまだ海の中で一人ぽつんと消えかかっていた思い出しかない程に。
だから、これは勘違いだ。
ぽこぽこと口からはみ出る空気が上へと上がっていく光景をみて、なんだか久しぶりだと肌が騒ついた。というのも、先程のことがあってから何だか気恥ずかしくなり、わたしは今、アクアリウムーー基、生簀ーーの中に引きこもっていた。
ここにはサンジさんはおろか、誰も入ってこれないし、海とは違い何の意思もない、ただの狭い水槽は案外落ち着いた。
適度に手足を広げられて、冷たくて、気持ちがいい。目を瞑って、このまま寝てしまおうかとも考えている時。
外から気配を感じて目を開けた。
「……って、サンジさん!?」
ガラスに手をついて、こちらを優しくみている瞳と、目がかちりと合った。
い、いつからそこにいたんだろう…。アクアリウムの中にいるから分からなかったのか、と思う程音も何もなかった。
勝手に早鐘を打つ心臓をサンジさんは知りもしないで、ひらひらと手を振られたから、わたしも出来るだけ同じように返した。
もう水の中にいるのに顔がじんわり熱くなってきた、気がする。
すると、サンジさんが節張った指を一本、上を差してにこにことしているのをみて、あぁ、と理解する。
上にはこの水槽の入り口がある。そこから釣り上げた魚を入れるらしい。(まだ釣れてるところは見たことない)
その床下収納のような戸を中から開けて、顔を出して待っていると、律儀に駆け足でサンジさんは上がってきた。
「サンジさん、どうしたの?」
「日も落ちてきたから晩メシの仕込みをしようと思うんだが。アンリちゃん、なんか食いてーメニューあるかなと思って」
「そ、それならもうちょっとはやく声かけてくれてもよかったのに…」
「いやぁ、水の中にいるアンリちゅわんがあまりに神秘的で幻想的で…、そうまるで人魚姫!!そして、そんなアンリちゃんに目を奪われたおれは嵐で遭難したプリンス、ってところかな」
「お、おおげさがすぎる…………。
ただ考えごとしてただけだよ」
「邪魔しちゃ悪いと思ってね。
物憂げな君もビューティフルってことさ♡」
ハートを飛ばしてきたかと思いきや、不意に真面目な顔になるんだから。心臓がいくつ合っても足りやしない、と文句を吐きたくなった。
一つ呼吸を整えて、扉の外に手をつき体を持ち上げ、外へ出た。水で張り付いた服が気持ち悪い。水面より上に行く機会なんてなかったものだから、この感覚にはまだ慣れない。そこさえ我慢すればわたしの理想郷なんだけど。
サンジさんを見ると、なぜか顔が徐々に赤くなっていき、次第に目は合わなくーー否、目を背けられてしまった。
?と首を傾げなら、とりあえず先程投げかけられた質問の答えに唇を動かす。
「りくえすと、いいならはんばーぐがたべたい、です」
「……あ、ああ。ハンバーグな。了解、プリンセス」
「やったーサンジさんのはんばーぐ!
わたしもお手つだいするね」
「そ、その前に、着替えておいで。濡れたまんまじゃ風邪ひいちまう」
「ここのしまのきこう、あったかいし、ふくはそのうちかわくよ?」
「聞き分けてくれ、レディ。おれが困るから。頼む、着替えてきて?」
片手で顔を押さえていて、耳まで赤いこと以外、今サンジさんがどんな気持ちなのか汲み取れないで、わたしはまだきょとんとしている。風邪をひく、と言っていたが体調を心配してくれてる、という風でもない。
んーーー、と口を真一文字に結んで考えてみたが分からない。
まあ、サンジさんがそこまで言うなら着替えてこよう、と半ば思考を放棄した形で頷いた。ぺたぺたと濡れた足で女部屋へ戻り、ナミさんから「アンタの服買うまではここの服は自由に着てくれていいからね」と言われている所から有り難く取り出して、はたと気づく。ドレッサーに映っているわたしの、姿をみて。
「ああああぁあ……!! ふく、すけてたんだ…。サンジさんにわるいことしちゃったなぁ」
今のわたしの格好といえば、白のTシャツをワンピースのように着ているだけ。
それがアクアリウムの水を吸って肌とTシャツの隙間はゼロ。わたしの貧相な身体のラインをハッキリとさせていた。
包むには十分片手で事足りるであろう胸も、お尻も。パンツの線もくっきりだ。
「……こ、こんなひんじゃくなからだを見るくらいなら、なみさんのからだの方がよかっただろうにぃぃ…」
出来る事なら三つ指ついて謝罪したい案件だ。サンジさんは女の子ってだけで、そんな事しようものなら全力で止めてきそうなのでやめておくけれど。
しかしそれとこれとは別。
絶望、というか。恥ずかしいというか。
えも言われぬ羞恥心のようなものに膝をついて絶望した。
「うぉぉおお…………………。
………ぅ、ぐぇ、…と、とりあえず、かみふいて、きがえて、おてつだいしなきゃ」
サンジさんにどんな顔して会おうか、そればかりを考えてしまう。重い気分とは裏腹に、着替えは早く終わってしまった。
重い足取りで女部屋を出ると、静かな船内にはキッチンからの料理独特の音がぽつんと響いていた。
どんな顔して入ればいいの?と思っていたが、やっぱりなんとも思われてないようで。
こう安心したような、なんだか残念なような不思議なモヤモヤが胸を巣食った。
肺に息を思いっきり吸い込み、何事もなかったようにキッチンへ入っていく。
「あ、おかえりアンリちゃん。
髪ちゃんと乾かした?」
「え、あ、うん、もうかわいたよ。
サンジさん、わたしはなにをすればいい?」
「座って待ってて、って言いてェ所だがやる気満々なレディにゃあ無理か…。
使い終わった皿とか洗ってくれるかい?軽いのだけでいいから」
「はい!」
ちょっとだけ、ドギマギしてしまう感情を沈めて仕込みを始めてるサンジさんの隣に立ってお皿や使い終わったパットの汚れをあわあわのスポンジで擦っていく。
狭くはないけれど、たまにぶつかりそうになるサンジさんの腕の熱が空気を伝ってわたしに届く。意識、してるみたいで嫌だなぁ。
サンジさんは、別になんとも思ってないんだろうなぁ。
現にさっきから冷静にひき肉と玉ねぎと卵をこねる音がしたと思ったら、手を洗い、別の作業をして、終わるとまた別の作業へ。やっぱり手際がいい。
気になって、ちらりとサンジさんを覗き込むと、予想していた真剣な表情より緩んだ顔がそこにあった。
「どー、したの?」
「あ、いや、なんか、こうしてキッチンで隣に並んでると夫婦みたいだなって」
「…………へ……」
その一言で一気に顔に熱が集まった。まるで瞬間湯沸かし器にでもなった気分だ。つるんと手の中から出て行ったのが、お皿じゃなくてスプーンで本当によかった。けれど落としたことは変わらず、ガシャーンと、わたしの動揺を表現するように大きな音を立てた。
「あ、ははは〜〜。
もう、やだなぁサンジさん!さっきからわたしのことからかってばっかり!」
「… アンリちゃん、顔真っ赤だけど?」
「へ、あ。ちがっ、これはあついから…」
「じゃあこっち見て、」
サンジさんの少し湿った手が、わたしの頬を撫でる。びっくりして体を揺らすわたしに、笑みを深めたサンジさんは、もう一つの空いた手がわたしの髪を撫で、そしてするりと耳に長い指が伸びた。
くすぐったい。心臓が、いたい。
耳に触れる指の熱が、もどかしい。
「や、だ。からかわないで…」
「ねぇ、アンリちゃん。さっきから何でそんな可愛い反応すんの?」
「そんなの、してないっ…」
「首筋まで真っ赤にして、目ェ潤ませてんのに?おれ、期待しちまうよ?」
「き、たい…?」
火傷しそうな程、熱い指が頬から唇へ伝っていく。ふにふにと遊ぶように、形を確かめるように触られる。
サンジさんの顔が、徐々に近づいてきている。窓からさす夕焼けの西日が目の前の、金色を照らす。
サンジさんの前髪の隙間から覗く瞳と、かちりと目があった。切なそうに、物欲しそうに疼く目に、また心臓が大きく脈を打つ。これ以上、早くなると死んじゃうんじゃないかってくらい。
不意に、サンジさんの喉が、こくりと鳴った気がした。
サンジさんとわたしの距離は、もう吐息がかかるほど近い。だめ、だめ。そう思っているのに、声がでない。
沈んで、沈んで。誰にも触れられないような海の底に感情を追いやったつもりだったのに。この人の一挙手一投足に、心が騒ついて仕方ない。溢れて、止まらなくなってしまいそう。
あと、数センチ近寄られたら、唇が触れて、熱に侵されてしまう。思考も、心も。
海の底から這い出た悪魔に、自制心が食べられてしまう。
「さん、じ…さ、」
蛇口から出る水の音が、やけに鼓膜に響く。
あと、もう少し。
----そんな時、幸か不幸か大きな声が全てを覆うように響き渡る。
「アンリ〜〜!!!!!帰ったぞーーーー!!!!!
メシだー!!宴だーーーーーー!!!!!」
大きすぎる、まっすぐ届く声は誰のものか一目瞭然で。びくん!!と肩を震わせて、どちらからともなく離れた。
やだ、わたし。ルフィが帰ってこなかったら、サンジさんとどうなってたんだろう…。
*
あれからルフィの言葉通り宴が始まったのは早かった。わたしのリクエスト通りのハンバーグと、ルフィたちが買ってきた(もしくは狩ってきた)食材をあっという間にご馳走に変えて、サンジさんはいつも通り、給仕に徹底していた。顔色も、全く変えず。
「アンリ、話聞いてたか?」
「へぁ、……な、なんでしたっけ?」
「だぁからよぉ!今日持って帰ってきた巨大魚を、おれが倒した話だ!
あれは壮絶な戦いでなっ」
「ウソップ、うるさい」
「あ、ははは…」
だめだ、宴に全く集中できてない。
ウソップさんには断りを入れて、少し離れた所で宴を見ていることにした。
遠くから見ていると、やっぱり皆さんのポジション、というものが見えてくる気がする。
ルフィとウソップさんチョッパーさんは、真ん中で馬鹿騒ぎしていて、その側でナミさんとロビンさんは笑って呆れて楽しんでいる。
それに音を乗せるブルックさんも楽しそう。
ゾロさんはちょっとだけ輪の外に座ってお酒の瓶を次々に空にしてる。
それでも、ふと目で追うのは金色の、丸い頭。胸の奥が、むず痒い。
すると、今度はフランキーさんがこちらへ寄ってきて、そばに腰を下ろした。
「まだ馴染めねェか?」
「あ、いや、」
「まぁそらそうだ。今日正式に仲間入りしたんだからなァ」
「みなさん、おのおのの楽しみかたをしてて、見ててあきないです」
「そんな事悠長に言ってっと、台風の目がこっちに来ちまうぞ」
その言葉通り、ルフィに一緒に踊ろう!と誘われたけれどまだ飲み物が残っているから、とやんわり断りを入れた。楽しそうだけれど、あれに倣って踊れる自信はない。
「そういやぁ、オメー武器はどうするよ?」
「ぶき?」
「アーゥ、今日から海賊の仲間になったんだ。もしもの為に、武器の一つや二つ持ってた方が何かと便利だぞ」
「じゃあ、おせんたくのときにもやくだつぶきがほしいです」
「洗濯だーぁ??」
「はいっ」
そう、アクアリウムで頭を冷やしていた時に考えていたのだ。
ここの人達はそれぞれ担当、というか、役割がきっちりしている。船長、剣士、狙撃手、航海士さん、コックさん、船医さん、船大工さん、考古学者、音楽家。
わたしはそこに加われるほどの、特別な知識も技術もない。
「だから、とくべつじゃないことから始めてみようかと」
「なるほどなァ。洗濯や掃除っていやぁ、今は持ち回りで、日によってぐっちゃぐちゃだしな。率先してやってくれるんならありがてェ。それならこのオレ様が、物干し棒としてもお役立ちのスーーパーーな武器を作ってやる!」
「え、そんなのも作れるんですか!?すご!」
「オゥ!スーパー船大工のフランキー様にかかれば朝コーラ前だぜ!!んがっはっはっは!!!」
気分をよくしたフランキーさんが、早速道具を広げて作業をし始めた。そこに目敏く食いつくルフィ達に、ふふ、と笑いがこみ上げる。どんなのができるのか、楽しみ。
すると、入れ替わるように寄ってきたのは、お酒が入って上機嫌のナミさんと、何故か意味深な笑顔を浮かべるロビンさん。
「アンリ〜〜〜♡」
「おわっぷ、なみさん?!きゅうにだきつかれると、びっくりしちゃいますよ!」
「うふふ、ぷりぷり怒っちゃって〜。
それより、明日誰かと一緒なら島の中冒険してもいいわよ」
「えっ!?ほんとーですか!!?」
「ええ。そんなに治安も悪くなかったし。まぁ、ナンパは多かったけどね。誰か一緒ならその心配もないでしょ」
「わーーい、なみさんありがとう!」
嬉しさが込み上げて、わたしも腕を絡ませてナミさんに抱きつく。ぎゅうっと抱き寄せると、細いのに力強くてびっくりした。
「そんなに嬉しい?」
「うれしい!!」
「じゃあ、--私にお礼しなきゃねぇ?」
「ヒェ、……お、おれい?」
花が咲いたような笑顔から、一気に凍える笑顔になった。さ、さすが天候を操る航海士。
「私ともお風呂、入りましょう♡」
「は、ぇ……?」
「む、むりむりむりむりむりです!!」
「昨日ロビンとは入ったんでしょ!
聞いたわよ」
「あれはぐうぜんのさんぶつというか、らっきーすけべというか…!」
「訳わかんない事言ってないで私とも仲良く入りなさい!!」
「きゃーーー!ろびんさんたすけてぇ!!」
「ふふふ、がんばってね」
「1秒でさじなげられたーー!」
ズルズルとわたしの首根っこを持ちながら引き摺るナミさんを誰も止めてくれない。ジタバタしても、ナミさんの方が押しとか色々強くてどうにも抜け出せない。くっそぅ、美人とのお風呂なんて目が焼き尽くされるに決まってる!!ロビンさんの時は眩しすぎて死ぬかと思ったんだから!
「はーなーしーてー!」
「アンタおっきな声出るようになったのねー」
「なんでみんなそこに食いつくの!?」
「あ、サンジくん。今から私達お風呂入ってくるから、片付けお願いね」
「はーーい、ナミすわぁん♡
…って、私達?」
空になったお皿を運びながらまだ給仕をしているサンジさんにサラッと片付けをお願いするナミさん、マジ魔性。
見上げると、サンジさんがこちらを覗き込んでいた。
「そ、アンリと今からお風呂なの♡」
「サンジさん、たすけて…!」
「アンリちゃんと、ナミさんが2人で、風呂、だと…?」
「たす、け」
「…おれもお供しまーーーーす!!♡♡」
「あ、じゃあワタシもーー!!」
「させるかぁ!!!!」
がこん!がこん!!と、およそ人体に対して出してはいけない音で殴り付けられ、サンジさんと何故か便乗してきたブルックさんは、地に伏してしまった。
正直、助けを求めた時点でそうなるとは思ってた。
「…やっぱり、なみさんの方がいいんじゃない」
ぽつりと呟いた声はどんちゃん騒ぎの中、誰にも届く事はない。
ぴんっと、白目を剥いたサンジさんに追い討ちをかけるようにデコピンをした。
(夕陽とかち合う視線)