龍神族編
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お昼にナミさんが言った一言。
それが、こんなに苦しいなんて思わなかった。
「あしたのひるごろには、つぎのしまにつく。かぁ…」
けれど、最初にわたしが次の島まで乗せてくださいと、船長さんにお願いしたんだ。今更覆すなんて虫がよすぎる…。
それに、そんなわがまま言ったところでわたしには戦う力なんてない。
ここは海賊船で、クルーには大なり小なり戦う力が必要だ。
なのにわたしは…。
空を見上げれば、遮るものがない三日月がわたしを嘲笑っているように思えた。
「…いけない。おふろの、じかん。すぎちゃう」
ぺたぺたと、わたしなりの早歩きでシャワールームへ急いだ。
このサニー号の男女共有の大浴場は、時間制になっているらしい。
男性が圧倒的に多い中、あまりお風呂に入る習慣がない人たちが多いらしく、女性のお風呂タイムが圧倒的に長い。まあ、大半が悪魔の実の能力者だから、水場は得意ではないのだろう。
しかし、そう油断していては終わってしまう。せっかく“最後”のお風呂、どうせならゆっくり入りたいと思うのは、元日本人の性だろうか。
下着一式と、(最初は正気を疑ったが)パジャマとして貸してもらっているダボダボのワイシャツとタオル。女部屋から持ってきたこれらを、脱衣所にあるカゴへ入れておく。
しゅるりと服を脱いで、シャワールームのドアノブへ手をかけると、不意に中から物音が聞こえた。
「(エッ、誰かいる…!??
も、もしかして、男性の誰かかな!?時間ミスった??!ど、ど、ど、どうしようわたし今全裸だ〜〜〜!!!)」
花も恥じらう…、ような精神年齢ではないし、ここのお姉様方のようにお顔もボディーも国宝級って訳じゃないけど、けど!!
さすがに全裸を見られたら、恥ずかしくて色々と死にたくなるじゃん!!!!
しかし無情にも中にいる人は、こちらに近づいてきているのか、ひたひたと足音が聞こえる。ぐわ〜〜〜!!!貧相な身体でごめんなさ〜〜〜〜い!!!!
「……あら、アンリ?そんなところで縮こまってどうしたの?」
「…ろ、ろびん、さん?」
目の前に立っていたのは、その国宝級のお身体にパールのようなお雫をお滴らせあそばされている、ロビンさんだった。
ちなみにバスタオルを巻いていらっしゃる。もし、巻いてなかったらわたしは眩死(まぶし)してたかもしれない。
閑話休題。
何故か、ロビンさんのご好意で一緒にお風呂に入る事になった。ホントなんで?
い、いや、だってめちゃくちゃ緊張する!
誰かとお風呂なんて、それこそ何十年ぶりだ!?しかもそれが美女!!グラマラスなお姉様!!!いやだ絶対わたし顔赤い!!
「ふふ、緊張してるの?可愛い」
「ぉふ…、か、からかわないで、ください」
「私が独り占めしたって知ったら、ナミとサンジが悔しがりそうね」
「??なんで、そのふたり?」
こんな美女に、今背中を流されているこの状況を知ったらむしろわたしが怒られるヤツでは??サンジさんなんて血の涙を流して羨ましがりそうだな…。
ぐぬぬ、ロビンさんめ。わたしが思春期じゃなくて本当によかったな。あなたの美しさなら、女同士だろうが簡単に恋をしていたよ、まったく。
「……(いや、まっくじゃないよ。
本当に意味が分からんことになってきたから考えるのやめよう)」
かぽーんと音が聞こえてきそうなほど静か。だけれど、嫌じゃないその空気が心地いい。
あわあわになった身体を流して、わたしとロビンさんは湯船に浸かる。足を伸ばしても邪魔にならないなんて、銭湯みたいだと感動したものだ。
それも、ーーーもう終わる。
「何か悩み事?」
「あの、いえ…そんなんじゃ」
「暗い顔をして下を向くなんて、悩みがない人はしないんじゃないかしら?」
「…なやみ、っていうか。
あした、しまにつくって、なみさんが」
入浴剤入りの、白く濁った湯船にわたしの情けない顔が映る。
こうして、いろいろな“当たり前”を経験させてもらった。あったかいお風呂も、誰かと摂るごはんも、楽しいおしゃべりも。
そのどれもがここにはあって、海にはない。
「わたし、あしたでおわかれだから」
「……」
「海のなかに、ひとりでいるだけじゃ、しらなかったこと、たくさんありました」
あなたたちに、あえてよかった。
そう呟くと、湯船にじゃぷんと波が出来た。
対面にいたロビンさんが、わたしの横にきた、らしい。
「ここの人達はね、勝手なの。
特にルフィは、とても自分勝手」
「…え?」
「私がね、死にたいと言っても、来ないでと言っても、全然聞いてくれなかったのよ?
……生きるのがもう嫌になった私に、血まみれになりながら手を伸ばしてくれた」
「それ、は。…みなさん、ろびんさんに、死んでほしくないから…!そんなかなしいこと、言ってほしくないから、だとおもいます」
「…ありがとう。
だからアンリにも、きっとあると思うわ。
伸ばされている手が」
優しい手のひらが、わたしの頭を撫でてくれた。
それでも、わたしとロビンさんは違います。
貴方には力があって、みなさんの役に立てて、そして偉大な目標がある。
声にならない悲しみと、苛立ちのようなくゆる感情を押さえつけて笑って見せた。
*
島が見えたぞーーー!!と誰かの声で、はっと意識が覚醒した。もう、昼なのか。
あれから寝て起きて、ご飯食べて、たぶんその間に誰かと会話をしただろうに、ひとつも覚えていない。心ここにあらずとは正にこの事。わたしを見つめるロビンさんの眼差しが、それを物語っていた。
甲板へ出ると、船首のサニーの頭の上に、今にも飛び出しそうに座っている船長さんが見える。
わたしは、そんな船長さんへご挨拶をしようと、ひたひたとそっと近づいた。
「せんちょーさん」
「おお!アンリ!見ろよ!!
島だぞ島!!何があんのかなー?肉はあるかなーー??」
「なみさんが、しょうぎょうしせつ?がおおいっていってましたから、ごはん食べれるところ、いっぱいなのかもしれませんね」
「たっのしみだなーー!
アンリと冒険すんの、初めてだもんな!な!」
影が、一つ落ちる。
ぐっと、下唇を噛み締めて。それでも言わなきゃいけない言葉を、薄皮の下を這っている、血よりも先に口から吐き出す。
「…そのことで、ごあいさつしにきたんです」
「ん??あいさつ?」
「さいしょに、わたしがおねがいしたないよう、おぼえてますか…?」
その言葉に、船長さんはぎっと固まる。
覚えてたんだ。それでも、こんな役立たずを仲間みたいに接してくれてたのか。
優しい、優しいなぁ。
「つぎのしまで、わたしはおります。
ここまでしていただいて、ありがとうございました」
「お、おい、待て」
「わたしは、みなさんとはぼうけんできないけど」
「まてよ…」
「海のそこから、みなさんのたびにさちおおからんことを、ねがってます」
「待てよ、アンリ!!!」
ピリピリと鼓膜を刺激するほど、大きな船長さんの声は船中に響く。それに反応し、甲板にいなかったクルー達が集まり出した。
びっくりして思わず顔を上げると、やっぱり珍しく眉間にシワを寄せた船長さんの顔が、思ったより近くにあった。
「お前はもう、おれの仲間だろ!!!
仲間なら、簡単に船を降りるなんていうな!
そういうのはもう懲り懲りだ!」
「…なか、ま。じゃないです。わたし、あなたたちのなかまになんて、なれない」
「なんでだよ!!もう一緒に飯食って、釣りして、おれのことも助けてくれただろーが!」
「そ、それだけでかいぞくのなかまになれるわけないでしょ!?」
「うるせぇ!!!“それだけ”かどうかはおれが決める!アンリが勝手に決めんな!!」
止めた方がいいんじゃねェか?と船全体がどよめいて、サンジさんなんて今にもこちらに飛びかかってきそうだ。けれど、それをゾロさんが無言で制している。
いや、待って。わたしが、勝手に?勝手に決めるなって?いやいやいや。
「か、かって…?かってなのは、せんちょーさんでしょ??なかまになるならないって、わたしのいしはどうでもいいんですか?!」
「じゃあアンリはこの船に乗って、おれ達と冒険すんのが嫌ってことか!?」
「っ、…そーです!もうこのすうじつだけで、おなかいっぱいなんですよぉ!!」
ばちん、と何かが破裂する音がした。
後から左頬が熱く熱を帯び、その反動でわたしはそのまま床に膝をつけた。
「アンリっ!!」
「ルフィッッ…!!テメェ!」
みなさんの反応から、頬を殴られたのだと気がついた。初めての熱に、ぐちゃぐちゃに絡まった思考が停止した。
「お前がそう思って、本気でこの船から降りてぇなら。おれ達との旅より海ん中で一人で過ごしてぇなら、……もう何も言わねェ。
でも本気で思ってもねぇなら、そんな事二度というな!!」
「……ゔっ…」
真っ直ぐな瞳に、心が全部見透かされいるようだった。
誰も、あなた達と一緒にいたくないなんて、本気で思ってるわけない…。
仲間だと、言ってくれたことが嬉しくて。
けれど、手加減して殴られた事が少し悔しくて。ーー涙が、溢れそうになる。
下唇をキツく食いしばると、じゅわりと鉄の味がした。
「何心配してんのか知らねーけど、仲間ってのは背中預けられるヤツの事だろ?
ならおれは、アンリになら背中預けて戦えるぞ!」
「……そんな、わたし、なにもできない…」
「溺れてるの助けてくれたじゃねーか!」
「そんなの、みんな、およげるでしょ…?」
「うるせーなぁ!!助けてくれたのはお前だ!」
ガシガシと頭をかいたあと、船長さんは首にかけてあった麦わら帽子をわたしにぼすんと目深にかぶせた。
すると、何かチューブのような、けれど暖かいものがわたしのお腹の周りをぐるぐると巻きついてきて、「帽子、落とすなよ」と低い声が聞こえると、次の瞬間、ぐいーんと空を飛んだ。
さっきまで甲板にいたのに、瞬き一つで船の、展望室の屋根まで飛んだ。
「わ、わ、わ、わ」
「にっしっし!驚いてらぁ!」
「わ、わらいごとじゃ、ありませんよ!こんなにたかいとこ、はじめてで…!!
お、おとさないでくださいね!?」
「腕回してるから大丈夫だって!
…ほら、見てみろよアンリ!」
怖くて足元ばかり見ていたが、船長さんのその一言でふと目線を上げる。
そこには、島が見えて、その中で暮らしている人たちがーーおもちゃみたいに小さくだけれどーーはっきり見えた。
市場のような出店もあれば、ウィンドショッピングが出来るような通りもある。子供達がはしゃいで遊ぶ、公園のような施設だって。
見渡す限り、人と、植物と、建物だ。
こんなの、前世でしか…、いや前世でもここまで自然と建物が共存した場所は少ない。
わたしは、見た事がない。
「……すご、い」
「だろ!?ワクワクするよな!?
それが冒険だ!!!」
「…せんちょーさん、」
「ん?」
まん丸の、真っ直ぐな瞳が、こちらへ向く。
ごくり、と固唾を飲む音だけがわたしの脳内に響く。
「わたしは、みなさんのこと、ほんとうはだいすきです。さっきは、あんなこと言って、ごめんなさい」
「いーよ、気にすんな」
「……それで、あの。
わたし、あのしまに、いってみたい。
ううん、あのしまだけじゃない、つぎのしまも、つぎのつぎのしまも!みなさんと一緒にぼうけんがしたいです!!」
本音と一緒に、さっきまで堪えてた涙がじわじわと溢れ出す。
ああ、こんなに簡単な決断だったのに。
自分に勇気がないだけで、恐怖に打ち勝てないと決め付けて。…不甲斐ないなぁ。
「……わたし、いまでもまだちょっとこわいんです。このあいだみたいに、たたかうことになって、あしでまといになっちゃうことが」
「うん」
「でも、でもね?
たたかうことより、みなさんがわたしのみえないところで血をながして、きずつくことのほうが、すっごくこわいです…!!」
わたし如きが心配してどうにかなる事でもない。でも“今”役に立たなくても、いつか役に立てるように、わたしは“今から”頑張ろうと思う。
「うそついて、ごめんなさい。もし、わがままを言ってもいいなら、ーーーーーわたしを、なかまにいれてください!」
「〜〜〜〜っ、いいに決まってんだろーーーーーーーー!!!!」
雄叫びと共に、巻き付いていた船長さんの腕は解けて、両手いっぱいに抱きしめられた。
と、いうか、両手で抱きしめてくれるのは、その、嬉しいんですが!
「せ、せんちょーさん!て!てはなしたら…!!おちるーーーー!!」
「わっはっは!!!
オメー、デケー声出るようになったんだなー!」
「今ぜったいそこじゃない!!
おちたらわたしふつうにしにますからね!?」
せっかく冒険するぞって時に、死ぬのは流石に嫌すぎる!!頼みの綱の船長さんは笑ってるだけだし!
高いところから落ちてる時って、意外と気を失わないんだなって事を最期に学んだ。そろそろ甲板が近くなってきたから今世ともお別れをしないと…、とさっきとは別の意味で涙が出てきた。
反射的にぎゅっと目を瞑ると、備えていた衝撃より遥かに優しいものが私を包み込んだ。
鼻腔をかすめるタバコの匂いに目を開けると、サンジさんの焦った顔が目の前に広がった。
「あ、え、…あ、いき、てる?」
「危機一髪でね」
「ありがとう、ございます」
まだ心臓がバクバクいってて、暴れて口から出てきそう…。
けれど、サンジさんにはお礼を言って離してもらった。まだ恐怖に足はガクガクだけど。
これから頑張ったらあの高さから落ちても着地できるようになるのかな…。
船長さんはゴムだから、サンジさんが受け止めてなくても弾んで大丈夫だったらしい。
自分だけズルくない???
「いやーー楽しかったなー!アンリ!」
「…せ、せんちょーさんはたのしかったでしょうけど!わたしはさんじさんいなきゃ死んでました!!もーっ!」
「気になってたんだけどよ、」
「……はい?」
真顔、こわ。
え、いつも大体笑顔かふざけ倒してる人の真顔こわ。
「船長さんはイヤだ。名前で呼べ」
「るふぃ、さん…?」
「さんもいらねぇ。ルフィでいい」
「…る、るふぃ」
「んーー、まあ今はそれでいいか!」
別に今まで意識して名前呼ぶの避けてたわけじゃないけれど、ルフィ、はそれが気になってたみたいだ。
真顔からにん!と口角を上げて太陽のように笑うと、また何事もなかったようにサニーの頭の上へと戻っていった。
あの人には、いくら頑張っても敵わないなぁきっと。
(太陽の君へ)