龍神族編
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火照った顔をぱたぱたと手で仰いで、わたしも皆さんに混ざるように席へついた。朝食時でも、みなさんは賑やかだ。ここ数日でわかったけれど、あまり席は決まってないようで昨日と座る位置はバラバラ。
わたしも近くの椅子に座ると、丁度目の前の席に船長さんが座ってた。そして、まだ心配してくれているのか、わたしの横にはチョッパーさんがぴょこっと顔を出していた。可愛い。
めーし!めーし!と騒いでいる船長さんに、サンジさんの怒号が飛ぶ。けれど、ちょっと嬉しそうにサンジさんは大皿に乗ったサンドイッチやスコーンなどを軽々と持ってくる。
「うまほーー!!!」
「「「「いただきまーーす!」」」」
男性陣は大体頬いっぱいに詰め込んで、女性陣は優雅に紅茶を頂いていた。まぁ、男性陣はあの船長さんがいるから、食料確保は戦争なんだろうな。レディだからと別の皿に取り分けてくれたサンジさんに感謝だ。
わたしは、朝から戦いのようなそれを見つめながら(お手製であろう)ジャムを塗った、まだ湯気がほんのり立つスコーンを一口齧る。
さっくりとした食感に、フルーツの甘さを引き立たせたジャムが一体となって、わたしの舌を刺激してくれる。
ああ、幸せだ。やっぱり暖かいごはん美味しい。
「大量のスコーンと、手作りジャム、サンドイッチにはローストビーフ。朝から手が込んでるわね、サンジ」
「お気に召したかな?ロビンちゃん」
「ええ。誰かさんの為に一晩中仕込みをしてた甲斐あって、とても美味しいわコックさん」
「……ロ、ロビンちゃん意地悪いわねェでくれ」
参った、と両手を上げてフランクにサンジさんとロビンさんはなにやら話をしていた。
目の前で朝食戦争が起こってるので、あまり詳しくは聞き取れなかったが。
「サンジ!!この肉うめーな!!!」
「ほろほろだな!アンリ!」
チョッパーさんと船長さんが目を輝かせてサンドイッチを食べているので、思わずニコニコしてしまう。うんうん、サンジさんのごはんは美味しいですよね!と、私も言葉は出さずに頷いた。
サンジさんのごはんはどれも美味しい。
けれど、きっと
海の中、母を亡くして、一人寂しく生きていた時と大違い。
まるで、別の世界に来たみたい。
…いや、そのものズバリなんだけど。
ここがとても居心地が良くて、暖かくて、楽しくて。わたしなんかが居てもいいのか、と疑問が絶えない程。
サンジさんが先ほど言ってくれたセリフを思い出して、リフレインする。
嗚呼、ここを離れたくない、だなんて。
戦えないわたしが言うには、重すぎるわがままだ。
食事が終わった人がまばらに出て来て、各々自分のお皿を食器洗い場まで持っていく。
船長さんはまだ食べてるみたいだけど。
わたしもチョッパーさんの後に続いて、食器を下げに行く。
サンジさんは眉を下げて、危ねェからいいのに、といつも言ってくれるが、わたしがごちそうさまと、美味しかったですを言いたいから持っていくのだ。
「さんじさん、ごちそうさま、でした。
おいしかったです」
「ーーあぁ、それならよかった。
……チョッパーには、それとなくアンリちゃんの痣を診てくれるよう言ってあるから、この後医務室に向かってもらえるかい?」
「え、あ、はい。ありがとう、ございます」
なんと。
さっきからチョッパーさんの近くに居たのに、全然気がつかなかった。いや、まあ、ご飯に夢中だった説はあるが。思わず朝からいっぱい食べてしまったし。
お気遣いに感謝して、サンジさんにひらひらと手を振った後、わたしはそのまま医務室へ向かうため、足を伸ばした。
*
「んーーーーー、鬱血痕じゃなさそうだし、押しても痛くねェんだよな?」
「はい、まったく」
「じゃあ打ったわけでもねェな。あんまり見たくねェだろうから、取り敢えず包帯巻いておくけど、……この前触診した時には、こんな痣なかったぞ。
もしかして、何かあったのか?」
「あー、えっと。じつは、…ーーー」
主治医になりつつあるチョッパーさんの勘は鋭い。誤魔化すことでもないので、皆さんより先に昨晩の夢の事と、サンジさんの見解を話しておいた。
チョッパーさんは信じやすいタチなのか、話の中で一つも否定的な言葉が出ずちょっと心配になった。
「って、かのうせい、があるらしいです」
「…わかった!
アンリの事は、おれも守るぞ!おれも強いからな!」
「……そ、んな、めいわくじゃ…ーー」
「きゃーーーー!!!海獣ーーー!!!!
で、出番よアンタたち!!」
「んはぁあ〜〜い♡♡ナミすわぁん♡」
「肉だーーー!!」
わたしの言葉は、ナミさんの声にかき消された。船長さんの生物を肉としか見てない感が否めないその大きな声に、弾かれたようにチョッパーさんは甲板へ向かった。
…かいじゅう、ってまさか。
チョッパーさんは医務室にいろって言ってくれたが、わたしは生まれてからずっと海の中にいた今世でも、未だ見たことのない海獣とやらが気になってしまい、後からこっそり甲板へ出た。
ドカッと何かを殴る大きな音が響いて、大きな影が頭上から海水と共に降ってきた。
目を空に向けると、首が痛くなるほど大きな、それこそこのサニー号を丸呑みできてしまいそうな程大きな、クマ…?
うん、胸に月の輪があるし、きっと熊なんだろう。
鋭い牙と爪、ちょっとふわふわそうなおててと耳、獰猛な瞳。そして地を這うような呻き声。
ーーーこんな威圧感に包まれたのは、前世でも今世でもはじめてで。逃げればいいのか、叫べばいいのかわからない。
しかし、わたしの腰が抜けてしまった事は明白だった。
甲板をちょっとだけ覗いて、さっさと医務室へ戻ろうなんて、軽く思っていた何秒か前の自分を殴りたい。
目の前では、あんな見上げるくらい大きな熊の海獣と、嬉々として殴りつけるルフィさんと、長くすらっとした足で蹴り上げるサンジさん。ゾロさんもまだ手は出してないだけで、甲板で刀を構えている。
あれ程の、目に見えてわたしより“強者”であるあの熊を、ものともしない強さに、わたしの喉が焦りと恐怖に鳴る。
改めて実感した、というか一気に冷水をかけられた気分だ。
そうだ、この船に乗せてもらうという事は、“こういう事”が日常茶飯事なんだ。
皆さん戦闘に混じっていないだけで、武器に手をかけていたり、警戒しながら様子を窺っている。
そうだった、最初からゾロさんに言われてた通り、わたしはこの船で“お荷物”でしかない。喋ることも、おそらく走ることもまだ満足にできない子供以下だ。
“可哀想だから、守ってあげる”なんて、言われたあげく、わたしを守って誰かが傷付くなんてことがあれば、わたしはわたしを死ぬほど責め続けるだろう。
それこそ、永遠に。
ふと、視界に熊の海獣がいなくなっていることに気がついた。追い払われたの、かな?
しかし、皆さん警戒態勢は解いていないところを見ると、まだ油断は出来ない状況なのがこちらまで伝わる。
もう医務室へ戻っていよう、でないと今ここで足手纏いになってしまう。足腰ぐらい、頑張れば、ほら、大丈夫だ。
ぷるぷるフラフラ、壁伝いながらも小鹿みたいに立ち上がって、なんとか一息。
-----そんな時。
ザパァンと真後ろから大きな音が聞こえ、振り返ると、洞窟のようなものがわたしを手招いている。その入り口には鋭い牙と、奥からは生暖かな風が流れてきて、わたしの頬を嫌に撫でた。
雨のように、海水が頭上から降ってくる。
見上げると、わたしを狙う獣の瞳と、視線がぶつかった。
「---っ、アンリちゃん!!!!!」
「逃げろ、アンリーーーー!!」
逃げろと言われても、足はふらふらで、いつも以上に言うことを聞いてくれない。奥歯が、ガチガチと警報音が鳴り響く。
わたしは、ただ、あの獰猛な瞳を見つめ返す事しかできないでいた。
ああ、このまま食べられて今世ジ・エンドなのだろうか。この世界を、わたし自身の存在
を理解できないままに。この人たちに恩も、何も返せないままに。
それは、ちょっと、----
「いや、だ」
こぼれた言葉は、誰に聞こえる音量でもなくわたしの心だけに落ちる。
けれど、その誰にも聞こえなかった言葉を、今目の前で大口を開けている熊の海獣は、聞き取ったように動きを止めた。
重なる獰猛な視線は、じわじわと怯えたような、”化け物”を見るような色に移り変わっていく。
動きが止まり、焦りが生じた事にいち早く気付いた船長さんはゴムゴムの〜、と聴いたことのあるフレーズで力を込める。
「
ドカァアン。まるで、大砲が撃たれたように重い音が瞬きをするより早く鳴り響く。
早くてどこを殴ったのか、そもそも本当に殴っただけなのかも分からない。けれど、熊の海獣は船長さんのゴムの拳によって、船尾近くまで吹っ飛ばされた。
「サンジ!肉が逃げる!!」
「…分かってる!」
サンジさんは、熊の海獣の後を追うように船尾近くまで飛び移る。その姿は飛んでるようにも見えて、まるで妖精の粉をかぶったピーターパンの如く、私の瞳には映った。
「
海獣は横に吹っ飛ばされて、このままだと水底に沈んでいってしまうと思った矢先。サンジさんのしなやかな足技が、海獣の喉元を狙って毛深い巨体がふわりと---いや、決してそんな優しい効果音ではなかったが---浮いた。
船長さんの狙い目だったのだろう。ニヤリと笑った船長さんとほぼ同時に、ゾロさんの刀がカチリと鋭い音を立てた。は、早業すぎて太刀筋が見えない…。
ゾロさんのおかげで、海獣は“生命活動をしていた怪物”から、“食材”になった。
「大丈夫かい!?アンリちゃん」
「あ、ははは……、だいじょうぶ、です」
そんな言葉とは裏腹に、わたしの腰はまたもや力が抜けてへたりと床に尻餅をついた。
生物が死ぬところを、はじめて見た。いや、今まで、前世も含め食物というものには皆命があり……。そんな事は百も承知だったけれど。先程までわたしよりも確実に“強者だった怪物”が、瞬く間にその生命活動を終えて、“弱者のわたし”がそれを食べる。
なんとも歪んだヒエラルキーだ。
「いや、…それは、げんだいしゃかい、でも、いっしょ、だった」
「?アンリちゃん、立てるかい?」
「サンジーーー!!昼飯はコイツだー!」
否、それは詭弁、方便だ。
わたしは、こわくなった。
逃げ出したくなった。こんな弱肉強食の世界が。今更、怖くなった。
けれど。
カタカタ震える奥歯を噛みしめろ。
身震いを、笑い飛ばせ。
冷や汗は無かったことに。
熱くなる目頭は無視しろ。
見たくないものは、みるな。
「ありがとう、さんじさん。
みなさん、つよくて、びっくりしました」
「え!?おれが強くてかっこよかったって!!!?」
「(確かにかっこよかったけど…)はい、ほんとうに」
「…………まぁ、おれは君がそこに居たことにびっくりしたよ、レディ」
「ごめんなさい…。つい、なにがあったのか、きになっちゃって」
笑顔を作って、安心させないと。
わたしの肩を抱くこの世界一優しい手を、出来るだけ傷つけないように。
(世界のピースが落っこちた)