龍神族編
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くん、と鼻腔から伝わるいい匂いで意識が浮かび上がる。だんだんと覚醒していく頭には、トントントンとか、ジャーとか、コトコトとか色んな音が鳴っている。
あぁ、サンジさんのご飯の匂いだなんて、気がつくのに時間はかからなかった。
今日のご飯はなんだろう、楽しみで仕方ない。
でも、あれ?どうして起きてすぐにこんないい匂いに包まれてるんだろう?
その疑問に、まだ夢見心地だった意識は海面へ完全に浮上した。
ガバッと勢いよく起き上がると目の前に広がったのはあの人の居場所であるキッチンと、その後ろ姿。こうやって見ると、意外と広い背中だなぁ、と心の中でごちる。
どうやら大きなソファで眠ってしまったようだ。けれど、わたしの記憶の最後は夜のアクアリウムバーだったはず。それが今はもう朝日が顔を出して、場所はキッチン。
ああ、恐らくあのまま寝てしまったらしい。その証拠として、わたしに掛かっているブランケットと黒の上着が物語っていた。
きっとサンジさんが、運んでくれたのだろう。
「おはよう、眠り姫。
本当はベッドへ運んであげたかったんだが、深夜の女部屋に入ったらナミさんに殺されるから。…一晩仕込みしてから火ィ付けたまんまだったんだが、寒くなかったかい?」
「お、おはよう、ございま、す。
…だい、じょぶ、でした。さんじさん、これ、ありがとうござい、ました」
朝ご飯の支度中なのに、わたしが起きた事に気がついて、切りがいいタイミングでこちらに駆け寄ってくれた。心配性がすごい。わたしからしたらこのソファも十分大きいし、思い返すとずっと暖かくて、いい匂いの中眠れていた。快眠もいいところだ。
お礼を言って、掛けててもらってた上着を畳んで返す。どういたしまして、と演技くさくお辞儀をしたサンジさんはわたしから上着を引き取った。その時、少し湿ったサンジさんの手と、わたしの手が触れ合った。
「あ、う、すみ、ません…」
「…… アンリちゃん、顔赤いけどやっぱり風邪ひいちまったか?」
「ほへ、?だ、だいじょうぶですだいじょうぶ、です!!」
顔が熱い。どきどきと早鐘を打つ心臓には、覚えがある。きっと、昨日、サンジさんが手にキスなんてした所為だ。だから、別に、それ以外はなんともない。うん、大丈夫。
「そうかい。そういや、昨日はあれから怖い夢は見なかった?」
「は、はい。ぐっすり、かいみんでした」
「よかった」
ふわりと微笑むサンジさんから、思わず目を背けた。いや、いやいや顔がいい!!そうやって笑うのは反則だ!!
優しいのも!突然の過度なスキンシップも!!全部反則!イエローカード3枚で退場だよ!!!
「……(って何暴走してるのよわたし!
思考がおかしなことになってる)」
「アンリちゃん?」
「あ、あー、いえ、なんで、もないです」
手を目の前でふって大丈夫のサインを出す。ふと、腕を見ると赤く鬱血している場所を見つけた。痛くなかったから気が付かなかったが、こんなに大きな痣、いつ出来たんだろう?
「さんじさん、わたし、ねてるとき、そんなにあば、れてました?」
「……… アンリちゃん、よく聞いてくれ」
先程は目線を合わせていただけのサンジさんが、真剣な顔でわたしの前に跪いた。見上げるように、まるで願うように。
すぐに両手をぎゅっと握られたが、様子の可笑しいサンジさんにどきどきしている場合じゃないように思えて、わたしも意識を切り替えた。
「痣のことは、チョッパーに診てもらってからがいいかと思ったんだが、気づいちまったんならアンリちゃんに先に話しておく。
……これはおれの憶測から出ないから、ただただアンリちゃんを不安にさせちまうだけかもしれねェ。けど、このまま放って置いたら危ない目に遭っちまうかもしれねェ。
だから、これは話半分に、八割悪い嘘だと思って聞いてくれ」
そう前置きしたサンジさんは、真摯に、懇々と、説明してくれた。
それは、昨日の私の夢に対して思ったこと。
掴まれていた腕の部分と同じ箇所に、見たことない花の形をした痣がすぐ出てきたこと。
それがもしかしたら悪魔の実の能力者からの影響であるかもしれない、ということ。
「……そう、なんですね」
まだ憶測の範囲を出ないと言っても、散々能力者と対峙してきた人だ。サンジさんの言うように用心するに越した事はないだろう。
それに、やっぱりわたしはここにいるべきではない。もしも、悪魔の実の能力者がわたしを狙っているのであれば、ここにいたら皆さんに危険が及ぶのは火を見るより明らかだ。
早く去らないと。
そんな未来を想像していたら、ふに、と唇に何かが微かに触れた。
サンジさんの人差し指だ。
まるでわたしの口を閉ざすように、しいーと立てられた指は、まだ発していないわたしの言葉を喉の奥へ閉じ込めた。
「君が言いそうな事なら、なんとなく分かるさ。“みなさんに迷惑がかかるから、早く船を降りないと”とかだろう?
確かに、海へ帰っちまえば痣は無くなるかもしれねェし、どんな能力者も着いてこれねェ。
けど、それと引き換えにアンリちゃんがまた一人ぼっちになっちまう。
そんなクソ野郎の為にアンリちゃんが寂しい思いをするなんて、ーーおれは許せねェ」
「……さん、じ、さん」
「君がこの船を少しでも居心地がいいと、あいつらを気に入ってくれてるんなら。
アンリちゃんがここに居られるように、おれが君を守るよ」
暖かな言葉が反響して、反響して。じんわりと熱を広げた。
どうしてわたしにそこまでしてくれるの?
どうしてこんなに優しいの?
どうしてわたしは、この人に、こう言われて嬉しくなってしまうの?
いっぱいの疑問符は暖かな言葉に溶かされて、混ぜられて、けれど不快じゃなくて。
サンジさんのブルーの瞳が、胸を締め付ける。
「あ、ぁ、あの、わ、たし」
「ほら、顔を上げて、メシにしよう。
もうそろそろウルセェ野郎共が起きてくる」
そっとわたしの目尻に溜まった涙を指で掬い取っていく。あぁ、優しい。これだとわたしはわがままになってしまう。
わがまま、言ってもいいのかな?
受け止めて、くれるだろうか?
すっ、と息を肺に入れて、優しく滲むブルーの瞳を見つめる。
「わたし、は、さんじ、さんのこと、…ーー」
その言葉を遮るように、キッチンの扉が勢いよく開いた。
「サンジーーー!!メェーシーー!!!!!」
「朝っぱらからうまそーな匂いだぜー!」
「サンジさーん!私モーニングティーが飲みたいです」
「サンジくーん、サンドイッチあるー?…ってあら〜〜???」
「お邪魔したみたいね」
皆さんがドアの向こうで固まっていらっしゃる。ロビンさんの言葉にわたしは恥ずかしくなってしまって、サンジさんにずっと握られていた手をバッと引き抜いた。
か、顔から火が出そう。
あんなところ見られただけじゃなくて、今、わたしの言おうとした事含めて。
「……!!(恥ずかしい…!埋まりたい!)」
「ガーーーン!!!!」
「うふふ、ごめんなさいねサンジ」
「へ、フラれたなありゃ」
「うるせェ!!!チクショー!!!黙って座って待ってろこのクソマリモーーーー!!」
「朝からうるせェなクソコック!!」
「八つ当たりね」
「ん?どうしたんだサンジの奴」
「ほっとけチョッパー」
(誰が為の灯火)