龍神族編
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その日の夜に、不思議な夢を見た。
魚達もいないような薄暗い海の底に、月の光だけが差すぼんやりとした岩場に。
夜の帳を纏わせた綺麗な髪を靡かせて、厳格で、儚い、寂しそうな人がわたしを見つめている夢。
その人は、まるで海をその身に写したような瞳で、しっかりわたしを見ている。
口がはくはくと閉じて開いて、何かを伝えようとしているらしい。
耳をそば立てて聞いてみても、途切れ途切れの音だけが聞こえるくらい。
もどかしい気持ちに、わたしから声をかけると、愛おしいものを見る目に変わった。
はっきり言って、気持ち悪い。
見ず知らずの人に、そんな最愛の恋人を見つめるような熱い眼差しを向けられたら鳥肌が立つ。嫌悪感に後押しされながら去ろうとするわたしの腕をひく力が、まさに男の人のそれで、振り返ろうとすると、耳元で低く甘やかな声が響く。
「待っているぞ、いつまでも。
------我の花嫁」
その声に飛び起きると、額や脇から汗がびっしょりで、呼吸が荒い。
絶望感と気持ち悪さだけが胸に残っていた。
このまま眠ったらきっとまた同じ夢を見るような気がして、ナミさんとロビンさんに気づかれないように、そっと女部屋を出て夜の甲板をさまよう。
ふ、と映り込む真っ黒な海が怖くなった。今までそんなふうに思ったことないのに。
夢の影響だろう。子供っぽくて嫌になる。
「……(だ、だめだ!弱気になってる!続けて寝ても意味ないし、もう今日は朝まで起きていよう。アクアリウムバーなら電気つけてても誰も起きてこないだろうし、そこで本でも読んでよう)」
そそくさとアクアリウムバーへ向かい、ソファへ腰掛ける。が、どうやら逆効果だったようだ。
この暗さや、水槽の揺らぎからは寂しい海を連想させる。冷たくて、自分の音以外聞こえない海が。
怖くなって、何も見えないように、目を瞑ると今度はさっきの夢を思い出す。目を開けても、瞑っても地獄だ。どうしたものか、きゅっと膝を抱えて顔を埋めた。
すると、キィ、と音を立てて扉が開いた。
目を丸くしたサンジさんがマグカップを持ってやってきた。突然の登場に、わたしも思わずきょとんと思考が停止してしまった。
「やっぱり起きてた。眠れないのかい?」
「…あ、の。ちょっとめ、がさめちゃって。
あさ、くるまで、ま、まってよう、かなって」
「………そうかい、じゃあおれとお話でもしようか。アンリちゃんの事もっと知りてんだけど、駄目かい?」
気を遣ってくれている、それがひしひしと伝わってきてふるふると首を横に振る。
「あり、がとう」
「こちらこそ、レディ」
「あの、それは?」
「あぁ、実は寝不番のブルックが、アンリちゃんがここに入ってったって言ってさ。
もしかしたら嫌な夢でもみたのかと思って、ハニーミルク持ってきたんだ」
飲めるかい?と渡されたマグカップは熱くて、顔の前で甘い湯気が揺らいだ。
ふんわりと優しい。口に入れたらまだ熱くて飲めないけど、温もりだけで、さっきの気持ち悪さをかき消してくれる気がした。
「じつは、さんじさんが、言ってたとおりなんです。ちょっと、きもちわるい、ゆめをみちゃって…」
「どんな、って聞いてもいいかい?」
こくり、と甘いハニーミルクを一口含むと、ぽかぽかと胸の奥まで暖かくなった。
大丈夫、サンジさんならきっと笑わない。
「あの、……ゆめで、くらいふかい、海のなかで、しらないきれいなおとこのひとに、その、われのはなよめ、とか言われて…」
「…な、な、な、な、なんだと〜〜!!??!??アンリちゃんを花嫁に迎えるなんて、神が許してもおれが許さねェエ!!!!」
「ぴょあっ!?」
あまりにも突然、大きな声でメラメラ燃え上がるサンジさんに驚き飛び跳ねた。マグカップとわたしから中身が出るかと思った。
わたしのびっくり度とは関係なく、サンジさんはわたしに真剣な面持ちを向ける。目は炎に燃えたままだ。
「アンリちゃん!!!」
「は、はい!!」
「その男の特徴は!?どんなヤローだ!」
「あ、えっと、よくおぼえてませんが、女のひとみたいに、きれいなかみで、しんかいみないに、ふかい、ひとみ…。だけど、わ、わたしはそんな人しらない…」
「…そいつに何かされたか?」
「ゆめ、ですよ…?」
「夢でもだ。アンリちゃんの健やかな眠りを邪魔した罪はクソ重ェ!ミンチにしてやる!!
で、どんなことされた!?」
「う、うでを、つかまれました!
みみもとで、いつまでもまってるって、まるでこいびとを、みるような目で…」
あの甘ったるい声が、現実の事のように思い出せる。腕も、本当に掴まれたんじゃないかって程、感覚も残ってる。
全てが気持ち悪い。
「へん、ですよね。ゆめなのに、ほんとうにおこったことじゃ、ないのに」
「…腕、触ってもいいかい?」
「………は、い」
まだ触られる事には戸惑いがあったが、サンジさんの手は知ってる。大丈夫、この人はわたしの嫌がることを、絶対しない。
そっと差し出した左腕を、優しく赤ちゃんでも触るように撫でるサンジさん。
「……許せねェな」
「は、わ…??」
低く、本当に怒ってるように呟いた言葉は、次の行動にかき消された。
握られた、ドンピシャのところをサンジさんの唇が、ふにゅりと触ったのだ。
いや、もうダイレクトに言うとキスされた。
その光景に、感触に、身一つ動かなくなり固まってしまった。
「…これで、目の前の男しか考えられなくなるかな?」
「な、な、な、ななにしてるんです!?」
「ははは、アンリちゃんデケー声も出るようになったんだな、よかった」
「よか、よかった、じゃないですよ!
う、うでに、ちゅって!ちゅーって!!」
「初めてかい?レディ」
「は、はじめてですよ!わるいですか!!
もーーー!!」
はははと笑っているサンジさんに、ポコポコ殴って怒っているのに、全く効いちゃいない。
なんんだこの人!!!
わたしの中でのサンジさんの評価が器用な面白くて優しい人から、器用で変態な優しい人になった瞬間だった。
*
「アンリさん、寝ちゃいましたか?」
「あぁ、あの後ぷんぷん怒りながらもおれと喋ってたら寝落ちしたさ。
可愛いなァほーーんと♡♡」
「アンリさんが怒るって、アナタ何したんですか…?」
アンリちゃんが眠り姫になって数分、見張り台から降りてきたブルックがアクアリウムバーへやってきた。
「ブルック、これ見ろ」
「?なんですコレ、花の痣…?」
「アンリちゃんは気付いてねェと思うが、胸糞悪い夢見て、起きたらついてたそうだ」
鬱血したような赤の、キスマークみたいな痣。花弁が5枚ある、まるで桜のような花の形が異様な程ハッキリと、彼女の柔肌の上に存在した。
腕にキスしただけでああも真っ赤になる彼女が、乗って数日の船内でそんな行為に及ぶわけはなく。
まるで、“夢の中で知らねェ男がアンリちゃんへ触れた時に何かした”痕のような。
不甲斐なさや悔しさが胸ン中でじくじくと痛む。全部うやむやにして飲み込むように、タバコを吸って、アンリちゃんに掛からねェように煙を吐いた。
「…クッソ、キナ臭え」
「確かにこれは嫌な予感がしますね。しかし、焦りは禁物。明日、皆さんに相談しましょう。
何かの能力者が噛んでる可能性もありますし、」
「そう、だな。ロビンちゃんやチョッパー辺りにも聞いてみなきゃなんねェ」
5枚の花弁の痣が痛々しい。こんなに綺麗で白魚の様な腕に、自分のモンみてぇに居座ってやがるのが気にいらねェし趣味が悪い。
こいつは何かのカウントダウンなのか、それとも…。
「何はともあれ、今私達が頭を捻っても出てきません。今日はゆっくり休みましょう」
「悪ィな、ブルック」
「ヨホホホホ、クルーの気分転換も音楽家の務めというものですよ」
それでは私はこれで、とブルックはアクアリウムバーを出て行く。
さて、このプリンセスを起こすか…、いやいや、せっかく眠りにつけたんだ。もう少しこのままに、だがしかし風邪をひいちゃ可哀想だ。
「……ッッでも!おれにはこの天使のように可愛らしい寝顔を歪める事ァ出来ねぇ!!
せめて!せめてベッドに運んで差し上げてェエ!!!」
おれの小声の葛藤は朝日が昇るまで続いた。
(漂う思考のアクアリウム)