話は元に戻る。
藍染とカレは、休憩のための庭石の前まできた。藍染は何事という訳ではないが、何故か彼女に、
「日比谷君。君は私のどんな顔が好きだい？」
と聞いていた。彼女は
「先程の少女隊士と私を一緒にするのか。」
という、侮辱を許さない意志を少しだけ表情に浮かべ、藍染の顔をじっと見ていた。
少しだけ時間が流れた後、カレ
は、
「それでは隊長、失礼致します。」
と言い、血豆の出来た手で、藍染の顔をうつむかせ、御目を失礼致します、と静かに言うと、眼鏡の下に指を滑り込ませ、両目のまぶたを閉じさせた。それは哲人の黙考を思わせる顔形だった。
藍染は驚いて、
「これじゃあ何も見えないじゃないか。」
と、目を開けて、彼女に笑いかけた。
「何も見ていないからよろしいのです。
」
カレは不敵に、静かに言った。
は？と、聞き違いか何かをしたかもしれない、と思い、藍染は彼女を見ながら、彼女の言葉を待った。
「何も、見ていないから、よろしいのですよ。」
藍染はカレに、静かに、不敵に、「誰も見ず、誰も想わず、一人清らかにいる隊長ならば、理想かもしれない。」と、言われたに等しかった。
藍染は頭をガンと殴られたような衝撃を感じた。藍染の地位上、また異性の目をもってして、そのように「身を慎め。」と言われたこと等、一度だにしてなかった。ところが彼女は、揺るぎも恐れもなく、藍染にそう言い放ったのである。
カレは感情の乱れた藍染の顔を、うっすら侮蔑の微笑をたたえた唇で見ていた。それは常に厳格で清浄な、彼女の一挙手一投足を貫く誇りと道徳からくるものだった。
彼女は今、どんな目をしているのだろうか、藍染は気になって顔を上げた。するといつも美しく澄んでいるスミレ色の瞳は爛々と輝き、まるで罪人を焼きさいなむ地獄の業火を思わせる勢いを感じさせた。それでいてなおかつ、聖少女のもつ無心の誇り高い、高らかな正義の強さを感じた。

藍染は今、自分が画策している世界を転覆させる計画を、彼女に全て見透かされ、責められているならまだしも、嘲笑されているように感じた。何一つ恐れるものなどなかった彼が、彼女の瞳をただ一つ、恐ろしいと思った。この瞳をなくしてしまわなければ、自分は塵芥(ちりあくた)のように消え去ってしまうのではないかと思った。しかし目を潰しただけで、自分は彼女の誇り高い恐怖から逃れられるだろうか。彼女を自分のものにして、常に監視下に置かなければ、その恐怖から逃れられないのではないか─。

藍染はそっと彼女を抱き締めると、彼女の額に接吻をした。驚く彼女に、
「カレ、すまない─。」
と囁くと、藍染は彼女の首の後ろの急所に手刀を入れた。
藍染は崩れ落ちる彼女をそっと抱き上げると、虚圏へと瞬時に消えた。