晦日蕎麦(みそかそば)〜2016年歳末に際し〜
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晦日の街は、慌ただしくも華やかな賑わいを呈している。瀞霊廷の繁華街の通りには、歳末の買い物客を足留めさせるような、粋な出店が並んでいた。
「ありがとうございました!良いお年をお迎え下さいませ!」
少女は頭を下げると、威勢の良い声で客の背に挨拶を投げた。
「さあ終わった。」
藍染は筆を置くと、代書を頼まれた賀状をまとめてトントンと揃えた。
「藍染君、キリがついた?」
少女は横で机を並べる藍染に声を掛けると、大きな瞳を見開いて、嬉しそうに笑った。
「ああ、今終わったよ。君の方は?」
「私の方もしめ飾りも御札も御幣束(おへいそく)も、今ちょうどなくなったところ。あとは御守りとおみくじだけだから、お正月にならないとはけないかもね。」
「じゃあ今日は、というより、今年はこれで御用納め、だね。」
「そうね。今年も一年、隣でお世話になりました!」
少女はぴょこんと頭を下げた。藍染はそれを見ると、
「こちらこそ今年も一年ありがとう。君のお陰で楽しかったよ。」
と言い、深々と頭を下げた。
二人は繁華街の屋台の隅で、藍染は代書屋を、少女は御札売りをして、小遣いを稼いでいた。藍染は筆が立ち、文才もあったので、まだ少年ではあったが、代書屋で十分な稼ぎを得ていた。少女の方は実家が神社であるため、正月用のしめ飾りや台所に貼る火難除けの御札、神棚に飾る幣束などを手作りして売っていた。少女は実家の神社の売り物を持ち出して売っているわけではなく、和紙は自らの小遣いで調達し、松が枝や竹や藁、梅の枝、柑子(こうじ)などは、家の裏山から採ってくるおてんば振りで、神社のものより自由で、現代的で、愛らしい工夫を加えた縁起物の数々は、毎年歳末になると飛ぶように売れた。
「代書を頼んだお客さんが、年賀状を取りに来るまで、かけ蕎麦でも食べないかい?僕がおごるよ。」
「本当?わあ嬉しい!」
少女は屈託なく喜ぶと、早速二人は隣の蕎麦の屋台の暖簾をくぐった。
「ご店主、かけ蕎麦を二杯お願いします。」
そう言って藍染は屋台の店主に、かけ蕎麦二杯分の代金を払った。
いつもは卵など、何も足さないかけ蕎麦を二人ですすって腹を満たすのだが、今日は少女も小銭を財布から出すと、
「おじさん、今日はかけ蕎麦に、海老天を二匹ずつ入れて下さい!」
と、景気よく店主に握らせた。
「おいおい、随分と豪勢だね。贅沢過ぎるんじゃないのかい?」
藍染は少女の懐具合を心配していぶかしんだ。
「いいの、いいの、いつもおごってもらってるし。それにね、二人揃って、腰が曲がるまで共白髪…って…。」
少女は浮かれて何の気なしに言ったが、藍染の方は驚きに口を開け、顔を赤くしていた。
(それではまるで婚約の誓詞みたいじゃないか…!)
藍染は恥ずかしくなって、
「桔梗、君は…。」
と、返すのがやっとだった。
「やっと、名前呼んでくれたね。」
少女は穏やかに笑った。
「いつも君、君、って。私、卵じゃないんだけどな。」
少女は早過ぎる告白をしたことを、気付いていない素振りで続けた。
「桔梗…。」
藍染とて少女のことを意識していないわけではない。むしろ藍染の方が少女への想いを抑え込んでいるというのに、今日の彼女は大胆過ぎた。
「桔梗…。」
藍染はたまらなくなって、少女を熱く見つめた。少女は不思議そうに彼を見つめ返した。藍染は、少女に口づけようとした。その時、
「はいよ、天蕎麦二丁。」
店主がぶっきらぼうに丼を二つ、二人の前にドン!と置いた。丼には、頼んだ覚えのない卵が入っていた。
「卵は俺のおごりだよ。」
店主は二人の方を見ずに言い捨てた。
「おまけに可愛い子供でも作ってくんな。」
二人はお互いに相思相愛だということを再確認させられ、赤くなって下を向いた。
「おい、どうしちまったんだい。早く喰わねえと、蕎麦がのびちまうぞ。」
店主はそれだけ言うと、屋台から少しだけ離れた休憩用のみかん箱に腰を掛け、一升瓶をあおった。
二人の暗黙の保護者たる店主の、粋な計らいだった。
二人はそろっと顔を見合わせると、照れくさそうに笑い、
「いただきます!」
と、店主に聞こえるように言うと、蕎麦を食べ始めた。
「藍染君。」
「ん?」
「『天に立つ』んでしょ?頑張ってね。」
「ありがとう。」
藍染は湯気でくもった眼鏡を外すと、少女の頬に口づけた。
藍染とて、まだ温かかった少年時代がある。
蕎麦のつゆに、海老天の衣がほぐれて、優しく卵を囲んだ。
<了>
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