LIFE -I'm standing on this world- 〜2026年七夕に寄す〜
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
波のように、遠く、遠くから―。
路上で騒ぐ若者の声、どこかから鳴り響くクラクション。
いつからだろうか―毎夜午前0時に、必ず着信音が鳴る。
はじめはいたずらかと思った。誰かの急ぎの連絡かもしれないとも思った。それが、いつの間にかストーカー疑惑に変わり、今は―今は、なんとも名状しがたい気持ちを抱いている。
「君を見かけたのは一年前の現世での任務で。夜の街を不用心に、怖がりもせず歩く君を、別にどこにでもいる一人、と、何故か思わなかった。」
「私の名前は藍染惣右介(あいぜんそうすけ)。これからよろしく。」
そんなような唐突な連絡から、もう何年になるだろうか―毎日毎日、着信が続いた。
藍染惣右介、という名に覚えはなかった。偽名だろうと思った。最初はロマンス詐欺を疑ったり、ストーカーに用心して過ごしたりしていた。時折、この世界を「現世」と呼ぶ彼(多分男性なんだろう)から、
「現世での任務で君の家の近くまで行ったけれど、君は留守だったみたいで、部屋に灯りが点いていなかった。」
などと連絡があった日は、それは不気味だったものだ。でも彼は姿を現さず、私のアパートに近付いた痕跡もなかった。防犯カメラには、何も写っていなかったからだ。
何のいたずらだろうか、と思った。
ずっと無視し続けた。
でも何故か、ブロックする気になれない。
藍染惣右介、というその相手は、ひどく激昂した文章を送信してくるでもなく、始終知的で穏やかで、でも底知れない何かを持っていた。粘着してくる、というより、知的好奇心を持って私に接してくる、という感じだ。
「返信はいらない。君を怖がらせたり、煩わせたりしたくないから。ただ、君を見ていたい。」
不思議なストーカーだ。どうやって私の連絡先を知ったのか、私の名前や素性をどこまで知っているのだろうか。はじめこそ不気味だったが、何故だかどうしても、誰かや警察に相談したり、ブロックしたりすることが出来ない。私は藍染惣右介と名乗る相手の、意のままかもしれない。
ただ毎日一回の着信を受け取るだけ―。
そんな関係が、もう何年も続いていた。
「君は新しい仕事を始めただろうか?付き合っている人はいるかい?君の無事を祈っている。」
他人よりも優しいその言葉は、彼が何を考えているのか分からなくさせた。彼はどこの誰で、どうやって私のことを見ているのだろうか。
「現世は暑くなってきただろう。暑気あたりしないように。君が健やかでいてくれるのが一番嬉しい。」
この世界をまるで見ているかのような、そして優しい言葉。私の心の隙間を埋めてくれる何か―私はその連絡を、拒絶することが出来ない。
彼は別に、私の家に訪れてきたりはしなかった。毎日の連絡で、私のことを聞き出そうともしなかった。ただいたわりと、他愛もないひと言だけを、日付が変わる度に送ってくる。
それが何年続いただろうか。私は相変わらず、彼に返信をしたことがない。その間に、私には縁の切れてしまった人もいた。それなのに、彼とは縁が切れることはなかった。夜毎送られてくるその着信が、私達をつなぎ留めてくれていた。
ある日、オレンジ色の髪をした、近所の高校の制服を着た男子生徒とすれ違った。彼は切羽詰まったような顔で走っていて、ただ一瞬、私のことを見て、言葉を飲み込んで、また走って去っていった。
何だったんだろう、としか思わなかった。
それからしばらくしても、相変わらず藍染惣右介という謎の人物からの連絡は続いた。
彼はその日は、珍しく饒舌だった、と言えるかもしれない。
「出来たら君と、こうしてつながっていたい。君のことは、実は君が生まれる前から知っている。姿を初めてこの目で見たのは、このやり取りが始まる直前だ。重霊地である君の済む空座町と、貴重な霊位体である君のことを失うのは、実に惜しい。」
何を言っているのか、とうとう頭のおかしいストーカーの本性を表してきたか、と思った時、何故か先日すれ違ったオレンジ髪の青年のことが頭をよぎった。いったい何故?
私はそれでもその着信に返信しなかった。
もう分かっていた。
これは運命なんだ―。
「今は君を怖がらせたくないし、煩わせたくもない。もし私達が出会うことがあっても、君の力を借りたいと頭を下げることがあっても、君の心身を傷付けたりしないと約束する。この気持ちを伝えるのはまだ早いだろう。どう伝えれば良いのか―。だからどうかそれまで、綺麗な君で。
瑞葉へ
藍染惣右介」
藍染惣右介、という人は―。
知っていた。彼にも話せないことがあるのだ。何も分からない私は、まだ彼を疑っていて、それでも信じようとしていて、黙って着信を受け止めた。でもまだ、ただそれだけ。
このままいくと、恋も知らずに老いていくかもしれない。それでもかまわなかった。
今日も、遠くから静かに押し寄せる波音のように、午前0時に着信音が鳴る。
それが私の心を温める。
まだ返信は出来ない。
もし言葉を返したら、全てを失ってしまう気がした。
物思いに沈んだ一日を過ごした。
その夜、またいつものように着信音が鳴り、たったひと言、
「瑞葉、私を信じてくれないか。」
とのみあった。
遠く、遠く、何年も、波のように続くつながり―。
路上で騒ぐ若者の声、どこかから鳴り響くクラクション。
私は信じている。
貴方がどこの誰であろうと、このつながりが作ったものを、信じることを信じている、と言える日がくることを。
確かなことは、きっと今夜も、これからもずっと、途切れることなく着信が続くということ。
私は、この不確かな世界に、たしかに立って生きている―。
〈了〉
1/2ページ