TV Syndrome 〜サイト開設10周年記念〜
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藍染も麻巳子も、お互い別れがたく思っていたところに、藍染が口を開いた。
「突然の別れで、門出に贈る物を何も用意してこなかった―。その代わりといってはなんだけど、君に良い夢を見せてあげよう。」
「ゆめ…?」
麻巳子は意味が分からず、不思議そうに藍染の顔を見返した。
藍染は腰から斬魄刀を抜くと、
「砕けろ、鏡花水月。」
と、麻巳子に始解を見せた。
麻巳子は催眠状態に陥った。麻巳子は藍染の腕の中で、長くて短い夢を見た。歌舞団での成功、筆頭舞踏家への昇進、大舞台での活躍、瀞霊廷での芸術賞の受賞、富や名声を一身に浴び、栄耀栄華を思いのままにする人生、そして充たされた心―およそ人が望むものを、藍染はその夢の中で全て与えた。ほんの短い時間の間に、麻巳子は幸せな人生が叶う夢を見た。それが現実のものとなることを祈るのが、藍染の祝福だった。
術が解けて、藍染の腕の中で目を覚ました麻巳子は、
「惣兄ちゃん、今の、何?なんだかすごく長くて素敵な夢を見てた…。」
麻巳子はだんだんはっきりしてきた意識の中、藍染の匂いを嗅いだ。
「君なら、その夢を超え出ていってくれると信じている―。」
藍染は麻巳子を抱き締めるでもなく、ただ微笑んで、温かく祈った。弱めた術はすぐに解け、麻巳子は立ち上がると、再び胸に手を当てて、藍染に深く礼をした。
「必ず、必ずこの夢を超えてみせると、約束するよ。」
麻巳子は煌めく星のように笑って誓った。
「良い夢をありがとう!惣兄ちゃんは不思議な術が使えるんだね!さすが死神だ。」
麻巳子は面白そうに笑っていた。
「誰にも内緒だよ。この力は、本当に大事な時まで取っておきたいんだ。」
藍染は人差し指を唇に当てて答えた。
「分かった。」
麻巳子は今度は少し神妙に言葉を発した。
寺から、申の刻を告げる鐘が聞こえてきた。もう夕暮れがせまっていた。
「惣兄ちゃん。」
麻巳子は言った。
「私、毎日申の刻になったら、惣兄ちゃんみたいに刀を持った振りをして、さっきの、えーっと、『くだけろ…』…」
「鏡花水月。」
「そう、『きょうかすいげつ』!『くだけろ、きょうかすいげつ』って、毎日つぶやくよ。そして毎日さっき夢のことを思い出して、その夢を超えていけるように頑張る。惣兄ちゃんにも、『頑張って』って、その時に応援を送るから。だから私のこと、忘れないで。」
麻巳子はいじらしくも、笑顔でそう約束した。
「分かった。僕は解号を唱えたら大変なことになるから、申の刻になったら、黙って麻巳子の無事を祈るよ。」
麻巳子には始解や解号、というものがよく分からなかったが、藍染の返事を聞いて、たいそう嬉しく思った。
「ありがとう、惣兄ちゃん。」
「こちらこそありがとう、麻巳子。」
二人はしばらく見つめあっていた。
そこへ寺の書室から、何かが突然飛んできて、カタン!!と音を立てて麻巳子の足元に落ちた。それはカタカタと音を鳴らして震えていた。竹筒に入ったままの管狐が、勇気を振り絞って妖力を使って飛んで逃げてきたのだ。
「クダちゃん!!」
大声を出してしまい、いけないと思い慌てて声をひそませ、
「クダちゃん、どうしたの?クダちゃんも私とこの山を出たいの?」
と、麻巳子は慌てて竹筒を拾い、土埃を払った。
麻巳子が竹筒の栓を開けて、藍染と二人でのぞき込むと、管狐ははじめは「怖いから見ないで」とでも言いたげに背を見せて丸まって震えていたが、やがて優しく、
「クダちゃん。」
ともう一度麻巳子が呼ぶと、管狐は恐る恐る麻巳子と藍染の目を見て、必死で「連れて行って欲しい」との意を訴えた。
「ごめんね、クダちゃん。クダちゃんのこと、忘れていたわけじゃないけど、どうしたらいいのか分からなかったんだ。」
と麻巳子は小さな声で言うと、
「よく頑張って逃げてきたね。明日私はここからいなくなるから、一緒に行こう!!」
と管狐を励ました。管狐は目を大きく見開くと、何度もうなずいて、また怖がって竹筒の下の方で丸くなって背を向けた。
「よほど怖い目に遭っていたみたいだね。麻巳子と一緒なら大丈夫だ。クダちゃん、麻巳子のことをよろしく頼むよ。」
藍染はそう言って管狐への憐憫の情を見せると、管狐に向けて頭を下げた。
自分が麻巳子を守る―。
そんなことを思いもしなかった管狐は、おどおどしながら藍染の方を見たが、やがて、また何度もうなずいて見せた。
「ありがとう、クダちゃん!一日だったら隠し通せるよね。クダちゃん、私の荷物の中で、一晩大人しく我慢していてね。」
管狐はまだ不安げな、でも少し落ち着いた様で、また何度もうなずくと、再び震えて背を向けた。
「良かった…。麻巳子、クダちゃんと仲良く。クダちゃんを守ってやって欲しい。」
「まかせておいて!クダちゃん、これからよろしくね!」
藍染の言葉を受けて、麻巳子は管狐に声を掛けると、もう栓を開けておくのは可哀想に思えて、竹筒の栓を閉めた。そして竹筒を懐に入れた。明らかに竹筒は隠れていなかったが、一晩ならきっとごまかし通せるだろう。
日が落ちてきた。
そこへあばら家から、
「麻巳子、ご飯よ!」
という母親の声が聞こえてきた。
「今日はね、私のお祝いに、珍しくごちそうなんだ。お母さんが、いなり寿司を作ってくれるんだ。クダちゃん、油揚げが好きだよね?でも夜中まで我慢してね。」
管狐は大人しくしていた。
「クダちゃんは油揚げなんて好きじゃないか…実は私も別に好きじゃないんだ。でもうちはお祝いの時にはいなり寿司って決まっているから、仕方ないんだ。」
麻巳子は唇をとがらせて言った。
最後まで、意に沿わぬ暮らしだったか、と、藍染が少し苦笑すると、
「麻巳子ー!!いつまで外で遊んでいるの!?少しはお姉ちゃんを見習いな!!」
と、再度母親の怒声が聞こえてきた。
「あーあ!!つまんない!!だからこんなところ嫌だったんだ!!」
麻巳子は不穏なことを口にした割には、さっぱりとした顔で言った。
「惣兄ちゃん、本当にありがとう!!またね!!はーい!!今いくよー!!」
麻巳子はバタバタと陋屋へと入っていき、草鞋を脱ぎ捨てて藍染に手を振って、胸元の竹筒に手をやって消えていった。
藍染は仕方ないな、と笑って、しかし麻巳子の前途を心から祈り、山を後にした。
それから長い長い長い年月を経なければ、二人の道は交わらなかった。
やがて藍染が麻巳子の姿を再び目にした時―。
その時藍染は、既に五番隊隊長となっていた。