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それから藍染と麻巳子は毎日顔を合わせるようになった。
麻巳子から藍染に何かを教えることは出来ないが、藍染から麻巳子に教えることは出来る。
彼は家と寺子屋しか知らない麻巳子に、様々なことを語って聞かせた。世界を教えたのだ。
麻巳子はどこからか流行りの踊りを覚えてきて、藍染の前で踊った。それはまだまだ舞とも舞踏とも言えないもので、彼女は藍染に踊りを教えてくれとせがんだ。
「僕は死神だしね、踊りは専門じゃないけど、知り得る限りのことは教えるよ。」
藍染はそう言って、麻巳子を喜ばせた。
藍染が今様を謡い、麻巳子が踊る、そんな麻巳子にとって楽しく、そして未来を決する時期が、何年か続いた。
藍染はしばしば、
「麻巳子、踊りだけ覚えても駄目だ。学問と教養を積み、文化や芸術を学ばないと、一流にはなれない。」
と説いた。彼女にはその意味が最初こそ分からなかったが、やがて世界というものの像や仕組みが分かってくると、藍染の言葉の意味が痛い程身に染みた。勉強なんてしたくない、踊りだけ踊っていたい、と彼女は言わなかった。藍染はまだまだ自分はものを知らない、と言う。それなら藍染に世界を教わっている自分は、いかにものを知らないのか。
しかし麻巳子は、知らない、ということを恐れなかった。まだその先が知りたい、と思う勇気があった。知欲ともいうべき長所を持っていたことで、麻巳子は藍染に認められ、藍染と馬があった。
その「師弟関係」は、藍染を人を導く隊長へと、麻巳子を当代随一の舞踏家へと導く、揺籃の時期の要となった。
藍染は知っている限りの舞踊というものを、その歴史と共に麻巳子に教えた。藍染は、着物の袖や袴の筒幅が体の線を隠してしまう、それでは麻巳子に体の動きを教えることが出来ない、と考え、制服の下に、車夫が着る前掛けと股引を防寒を兼ねて着るようになった。体の線をあらわにするため、初めて麻巳子の前で制服を脱いだ時、麻巳子はさすがに驚いて恥ずかしがっていたが、藍染という死神の、体の美しさ、真剣さに心を打たれた。藍染は、名家の出であるのに、車夫の姿になって、麻巳子のために詳しくはよくは知らない踊りを沢山踊って見せた。学校で現世の勉強のために教養学習で観たバレエや、母が習っているという日舞、何かの拍子で知った大陸の胡旋舞や、ヴェルサイユ宮殿のコントルダンス、西アフリカの集落のザオウリダンス、バリ島の神殿のケチャックダンス…それらは全てさわりだけだが、藍染は器用に踊って見せた。この人は何でも出来るんだな…と、麻巳子には新たな知識と共に、驚きしかなかった。
そして今度は、藍染が驚きを覚える番だった。麻巳子は一度見ただけで、それらの舞踊を全て踊れてしまうのである。藍染と共に踊る日々は、麻巳子にとって至福の日々だった。藍染にとっても、まだ後ろ暗い野望を抱く前の、青年期の、一条の光のような安息の日々だった。
思い出すだけで、悲しくなる程愛おしい記憶―。
それを分かち合えた幸せを、まだその時には、切ないなどと思わなかった。
かけがえのない、と思えるのは、それだけ価値のある全力を生きた証―そして離れた今も、二人はそれぞれの場所で、全力を生きている―。