TV Syndrome 〜サイト開設10周年記念〜
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出会いから別れまで、その全ての瞬間のことを、藍染も麻巳子も鮮明に覚えている。忘れようなどとは思いもしたこともなく、また忘れることも出来なかった。
雑木林に覆われた山の中の、木漏れ日の匂い、その懐で起きた様々のことは、二人のかけがえのない記憶だ。
それははるか昔のこと―。
まだ藍染が霊術院の学生であった時、麻巳子はまだ寺子屋に通い始めたばかりの童女だった。麻巳子の家は、檀家の多い山寺の隣にあって、山の中の道を通る者は、必ずその辻を通るのだが、彼女の家は貧しく、その寂れた陋屋を記憶している者などいない。山寺の、古く侘びた荘厳さばかりが皆の記憶に残っていて、彼女の家が人の記憶にないことが、やがて彼女の身分を清く隠す助けとなった。
今では彼女は人に追いかけられ、一挙手一投足をあらためられ、過去を詮索される身である。
しかしその端緒を、藍染は知っていた。
藍染は生家から霊術院に通う道すがら、その山寺の奥の山の中で、独学で斬拳走鬼の鍛錬をしていた。山寺の前を通ると、自然、彼女の家を通ることとなる。
藍染ははじめは何も気に留めていなかったが、山寺の隣の陋屋から、童女が毎日出てきて、辻で何かの見様見真似の踊りを踊っているのを見かけた。彼女はどうもおてんばなようで、家の中で大人しく遊んでいられない性分らしかった。寺の敷地を庭代わりに、くるくると回っている姿は、遊んでいる、というより何か必死そのもので、その姿に藍染は自分の修行を重ね合わせて、親しみを持った。
童女の方は自分の踊りを誰かが、藍染が、気にして見ているとなど思いもしていないようで、ある時藍染が、
「僕は霊術院に通う藍染惣右介という者だけど、誰も踊りを教えてくれる人はいないのかい?」
と声をかけたことを、それは驚いていた。
誰かが自分の踊りを見ている、そのことに驚きを隠せないようだったが、その瞬間、本当は誰かに自分が踊る姿を見て欲しい、という気持ちがあることに、初めて思いを致した機だった。
「ごめん、悪い意味に取らないでくれないかな。君には舞踏の才能があると思って―。」
「ぶとう?」
童女は聞き慣れない言葉を、不思議そうに繰り返した。そして、初めて会った人に、挨拶もせずに鸚鵡返しをしてしまったことに、失礼だったかもしれない、と戸惑いを見せて、それきりたじろいでいた。
彼女の両親は無知無学の下層の出の上に、子供を養うのに忙しく、麻巳子に躾らしい躾をしていなかった。寺には墓参に訪れる者が多数いたが、その参拝客は麻巳子に話しかけるわけではない。その割に麻巳子はその姿を見て人馴れしていて、物怖じをしない性分だった。が、見知らぬ者に話しかけられたことがない上に、両親には初対面の者への挨拶の仕方や、見知らぬ異性に気を付けるように等と教わったこともなく、しかしそれでも、ある種の遠慮やら警戒やら、様々なものがないまぜとなった感覚が彼女には渦巻いていて、言葉に出来なくとも、素直で物怖じしない童女の割に、複雑な心のあり方を内包した有様―つまりは地頭の良さを表したその身もだえるような無言は、人に、藍染に好感を抱かせた。
「君は幼いながら気遣いが出来て、頭が良いね。きっとどこへいってもやっていけるよ。」
藍染は童女の心の機微の複雑さを褒めた。この子はただ訳も分からず手足を振っているわけじゃない、彼女は不世出の舞姫の卵だ、藍染は理解した。
「申し訳ない。こちらこそ順序が逆になってしまった。こういう時は、『はじめまして』、と言うべきだった。はじめまして。僕の名前は藍染惣右介。一応瀞霊廷では名のある武家の跡取りなんだけど、知らなければこの霊術院の制服で僕を信じてもらえないだろうか。」
麻巳子は袖に縦線のある、霊術院の制服を見た。そして藍染家の紋の入った風呂敷包みに書物を包み、大小を腰に差している藍染の姿を見て、この人は霊術院の学生、つまりは死神なんだ、と悟った。
そう言えばこの人、ここら辺で何度も見かけた―麻巳子は合点がいくと、「ただ立っていた」という立ち方から、居住まいを正した立ち方に変わった。それはまるで「ステップを踏む」というような美しい所作で、彼女の踊り手としての非凡さを感じさせた。
「はじめまして。」
麻巳子は口にしたことのない、初めて教わった挨拶の仕方で、藍染に挨拶をした。
「君の名前は?」
「麻巳子。」
彼女は、藍染なら大丈夫だろう、と思い、名前を口にした。
「そうか、よろしく、麻巳子。僕のことは―。」
「惣兄ちゃん!」
麻巳子は唐突にそう言うと、白い歯を見せて笑った。彼女は顔や着物は泥だらけだが、湯浴みをさせたらきっと白くなるんだろうな、藍染はそんなことを考えた。
藍染も笑って、
「僕はちょっと山の中で修練をしてくるけど、終わったら君の踊りを見せてもらうよ。これからよろしく。」
そう言って、麻巳子の頭を撫でた。既にかなり長身の藍染は、麻巳子にはとても大人びて見えた。
「分かった!私もよろしく!」
麻巳子も嬉しそうに笑った。
それが出会いであった。
彼女のファンクラブ会員No.000000001―永久欠番とされているが、それは紛れもなく、藍染のための空位であった―。