篠竹〜2016七夕に寄す〜
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夜を渡る風が、竹林の葉を鳴らす。葉擦れの音は、何となく女を不安にさせた。
ふと見やると、白い手巾をいくつもぶら下げたような、変わった木が遠くにぼんやりと見えた。
(ハンカチの木…だろうか…。)
女は以前、現世に赴任した際に見た、珍しい花をつける木のことを思い出していた。
女の身分は高くはない。彼女は五番隊に所属する平隊士だった。彼女の斬術や鬼道などの腕は相当のものだったが、それを隠して、藍染の野望のため、藍染に近いところで仰臥し、藍染のためだけに立ち働いてきた。
「藍染の女」と、市丸や東仙達は思っているようだったが、自分はそれには当たらない、と彼女は思っている。確かに藍染と体の関係もあり、藍染に「愛している。」と言われたことは一度や二度ではない。
しかしそれは藍染のこと、本心に無いことでもいくらでも言えるだろう。
分かっているからこそ、彼女も何も言わなかった。
(こんな人気のないところに呼び出されて…そろそろ決起の日も近いし、今日はそろそろ私を邪魔に思われたあの方に、斬って捨てられるかもしれない…。)
女に恐怖心はなかった。藍染のために尽くし、藍染の寵を受け、悔いはなかった。最近、藍染の謀叛の計画の先に、虚しさを感じるようになってしまった自分には、それがお似合いのように思えた。
「小篠、待たせてしまってすまない。」
藍染が、竹林の中へと入り、近付いてきた。女は頭を下げた。
「この土地は藍染の家の所有地なんだが、使い道がなくて荒れるにまかせている間に、こんな竹林になってしまったんだよ。」
藍染は愛おしそうに、しなだれかかる篠竹を手で持ち上げ、くぐった。
藍染は女に近付いて、彼女の長い髪を撫でた。
「いつも死覇装ばかり着せているね…すまない…虚圏に行ったら、君に美しい衣装を与えよう。」
藍染の手は優しく、藍染の本性を知らなければ、その甘さに思わず我を忘れてしまうところだっただろう。
「虚圏に行ったら…?」
女は疑念を口にした。
「本当に私を虚圏に連れて行って下さるのですか?」
藍染は軽く驚いて、
「当たり前じゃないか。君のいない虚圏になんて、私は行きたいとは思わないよ。」
と笑って言って、女を抱き締めた。藍染の、戦う男としての血が猛っているのが、女には分かった。
「小篠…。」
藍染は少し息を乱して、女の背中を愛撫するように手を這わせた。
(抱かれる…。)
女は悟り、体をゆだねようとしたが、瞳を閉じ際、先程見た、白い手巾をぶら下げたような木が、目をかすめた。
「藍染様…。」
「何だい?」
女は藍染の肩越しに、その木を見ながら尋ねた。
「あの白い手巾のような花をつけた木は、何という木ですの…?」
藍染は、女の視線の先を見やると、ああ、と言い、薄く笑った。
「あれも篠竹だよ。」
「あれも…。」
女は不思議そうにしている。
「ただ他の竹と違うのは、七夕の短冊が吊してあるところだよ。」
藍染は、女に軽く微笑みかけながら答えた。
藍染は女の体を離すと、その木の側へと歩みを進めて行った。女もしずしずと後を追った。
その木の下に来て上を見上げると、大願成就、と書かれた白い和紙の短冊が、何百何千という数で吊してあった。
「これを藍染様お一人で…?」
女は何となく怖くなって、身を震わせた。藍染の狂気を感じた。
「ここには今君を誘った以外は、誰も入れていない。私はここに来て、七夕以外でも、人を斬って血が荒ぶる度に短冊を吊して、心を落ち着かせていたんだよ。」
藍染は、酷薄な笑みを浮かべた。
短冊を吊された篠竹は、まるで怨念を宿した亡霊に見えた。
斬られない、ということは、虚しいその先がある、ということ。
女は、恐ろしい、とつぶやき、目を伏せた。
すると藍染が口づけてきて、先程の続きのように抱き締められた。襟元を割られ、首筋に噛みつかれた。
「こんなところでは嫌です。」
「大丈夫。誰も来ないよ。」
藍染は珍しく性急に迫った。このお方は人を斬ってきたのかもしれない、女は思った。
帯を解かれ、夜風に肌があらわになる。
生を産むはずの行為は、死の匂いが、した。
〈了〉
1/2ページ