細雪〜バレンタインデー2025〜
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雪乃には、藍染と過ごした温かな記憶がある。
もう何百年前になるだろうか、藍染は霊術院を卒業してすぐ席官になり、雪乃は平隊士だったが、一番隊へ配属されていた。隊務で何度か顔を合わせるうちに、惹かれ合って縁を結んだ。
雪乃は藍染の内に気付かなかった。
藍染と自分の栄達や未来は明るく、自分達は普通の恋仲なのだと思っていた。何度も逢瀬を共にし、よく食事も共にした。
ある年の小雪の舞う二月十四日に、藍染が、尸魂界にも新しく出来始めた「レストラン」という洋食処の席を予約してくれた。そこでの夕食の席で、
「現世の欧州には、バレンタインデイという日があるらしいよ。それが今日らしい。」
と、笑ってワインを傾けた。
「なんでも恋人同士に関する、あまり明るくない説話にまつわる日らしいね。」
そう言った藍染の顔を、ワインのグラスの細い脚に指をかけていた雪乃は、不安そうな顔で見つめた。
「ごめんごめん、そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけど…。」
藍染はバツが悪そうに顎を引いて笑って、
「飲み直そう。」
と言って、ウェイターに新しいワインのボトルを頼んだ。
「良い店だね。洋食好きの雀部副隊長はご存知だろうか?」
藍染はもし今度雀部副隊長にこの店のことを話す時がきたら、雪乃に、副隊長には「恋人に教わった」と伝えて欲しい、と続けた。あまりのあけすけさに雪乃が赤面していると、
「君を誰かに取られたくないんだ。これで雀部副隊長公認の仲になれたら大手柄だ。」
と藍染は笑って続けたが、
「冗談だよ。君が心変わりをしたりしないことを信じている。」
と、雪乃の目を温かく見つめて、信頼の情を見せた。
それから何度も、誕生日には贈り物を贈り合ったりして、縁を深くした。二人は結婚の約束こそしていなかったが、雪乃は幸せだった。
そのうちに、尸魂界にも、バレンタインデイに贈り物を贈る習慣が根付き始めた。雪乃も藍染に、洋菓子舗でチョコレイトの折箱を選んで贈るようになった。バレンタインデイには、独身の隊長には女子が群がるようになった。藍染は隊長に、雪乃は席官に登位していた。世間のうるささを嫌った藍染は、その日は実家に帰って過ごす、と公言して、女達の相手をしなかった。藍染は、こっそり雪乃だけを生家に招いて、その日を過ごした。生家には藍染の両親がいて、彼女を歓待してくれた。バレンタインデイはまだ寒さの中、藍染の母親は、雪乃のために、毎年ぜんざいを作って彼女を待っていてくれた。雪乃が選んだチョコレイトの箱を、藍染と、藍染の両親と、雪乃で、家族のように囲んで、あれが美味しい、これが美味しいと言いながら過ごす時間は、雪乃にとって、本当に幸せなものだった。
こんな幸せが、ずっと続けばいいと、そう思っていたのは、しかし雪乃の方だけだったのかもしれない。
ある年から、藍染は雪乃を、バレンタインデイの日に生家に招かなくなった。雪乃は不安になり、偶然出会えた日に、それとなく藍染に話しかけてみたが、
「先約があるんだ。」
と、冷えた顔をされた。
何があったというのか。
雪乃は、あの温かな日々を、温かな愛を失ったことを、強く悲しみながらも、藍染を深く追わなかった。彼女にはその勇気もなかったが、たった一度とて途切れたことがないものが、途切れてしまったという意味を誤解していた。いや、藍染にそう思い込まされたことにすら気付きもしなかった。
終わった、終わってしまった。
道は途切れた、もう戻らない、どうしてそんな道を辿ることになったのか、と、彼女は己を責めて生き続けた。
藍染が向けてくれた、「信頼」という愛の形を、雪乃は忘れることが出来ない。雪乃は、藍染と距離が離れてからも、藍染を気に掛けることをやめることが出来ないでいた。自分は弱い女だ、捨てられてもまだ縋っている、と、彼女は傷付いた重苦しい気持ちを、ずっとずっと抱えたままでいた。
彼女の愛は心底からのもので、本当に、「思い続けることをやめられない」のは、弱さであろうか?
彼女が、藍染が奥深く野望を抱えていたことに、気付くことが出来なかったのも無理はない。藍染は普通の男ではなく、いくら弱くはなくとも、彼女とて、普通の女なのだ。
そう、ただの一人の女である。
ただ一つ、彼を思い続ける心が、誰よりも強く、誰よりも真摯で、誰よりも温かなことを除いて。