細雪〜バレンタインデー2025〜
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その日、雪乃は打ち身と擦り傷を負った体で、どうにか隊務を終えた。山本が雪乃に罰を与えたことは皆が知っていたので、今日はどことなく沈んだバレンタインデイだった。どうして雪乃はそうまでして藍染に贈り物を持ってきた娘達をかばったのか、誰も分からなかった。雪乃が藍染を愛していることは、ここ何十年もの疎遠を加味するにしても、存外他人の知れるところではなかった。
雪乃はそのことにほっとした。
体が痛み、また精神的にも傷を負っており、雪乃は藍染の家には、一日遅れて申し訳ないが明日伺う旨を連絡して、夕食の席に着いた。配下の者達が、山本の視界から雪乃を遠ざけるように座り、気遣った。我ながら情けない、と雪乃は思ったが、配下の一人が「雪乃さん、平子隊長と、一体どうなってるんです?」と、場を和ませようと茶化して尋ねてきた。
「何でもないのよ。」
と雪乃は答えたが、「何でもない、ってことはないでしょう。平子隊長、雪乃さんが贈ったブランデーショコラの箱を眺め暮らしていて、今日は隊務がお留守だった、って、受け取り箱に総隊長と雀部副隊長へのチョコレイトを置きに来た雛森副隊長が嘆いてた、って、門衛の当番が笑ってましたよ」と、おかしそうに言った。「雪乃さん、平子隊長のお嫁さんになっても、一番隊でずっと任務を続けて下さいね!雪乃さんの下で働けることを、私達本当に嬉しく思っているんですから!」、一人がそう言うと、皆一様にうなずいた。
「励ましてくれてありがとう。でも『平子隊長のお嫁さん』は、平子隊長に失礼じゃないかしら…そんなことだけ気の回りが早いんだから。」
雪乃は思わず笑うと、冷えていた自分の時間が動き出したことを実感した。配下の者達は、雪乃が娘達に情をかけたことを非難しなかった。それは雪乃も、恋する女の一人だからだろう、と思ったからであろう。
そう、彼女は恋をしている。
たった一人の、大切な罪人に。
深夜、日付が変わる頃、雪乃は門前の藍染への贈り物を入れる受け取り箱を下げ、一人、真央地下大監獄へと向かった。そこは禁踏区域、席官といえども簡単には足を踏み入れることは許されない。雪乃は霊圧を消しても、山本か雀部に気付かれることは覚悟していた。そして箱を抱えて、禁踏区域の始まりまで来たところに、雀部が壁に寄りかかって立っているのが見えた。
「雀部副隊長…今朝方はありがとうございました。」
雪乃は頭を下げた。マントはすぐに返したので、雀部はいつもの通り、雪乃に掛けてくれたマントを優雅に羽織っていた。やはりさすがに通してはもらえないか、と思っていると、
「行ってやるがいい。」
と、雀部が穏やかに言った。雪乃は耳を疑った。
「藍染は脱獄を図ったりしないと思っている。何事も起きないよう、私が見張っているので、そなたはその贈り物を、藍染に届けてやれ。」
雀部は優しい口調で述べた。
「そなたが身を挺してまで守りたかったものが何なのか、誰も分からないと思う。が、そなたにはそなたの信条があるのだろう。行ってやるがいい。」
雪乃は黙っていた。
「『そなたが』行ってやることが藍染にとって嬉しい、それだけは異なることを、心から願っている。」
雀部は、雪乃の恋を諸手を上げて許したわけではないが、情をかける、と言った。
「…ありがとうございます。」
雪乃はありがたさに涙をこらえて、頭を下げて雀部の前を通り過ぎ、無間へと消えていった。
「長次郎、そこで何をしておるか。」
山本が遠くから雀部の姿を認めて声を掛けた。
「今、虎屋の金粉入り大納言羊羹を持って、隊主室へ伺おうとしていたところです。」
雀部は山本の方に歩みを進めながら、にこやかに応じた。
「たわけが。禁踏区域に羊羹があるか。」
山本は苦々しそうに答え、雀部が追いつくのを見計らってまた歩き始めた。
「小牧は藍染と恋仲だったのか?」
山本はどこをにらむでもなく、厳しい視線を目に浮かべた。
「そのような話は伺っておりません。何でも小牧は、平子隊長と縁があるようです。」
「平子?あの孺子めが、隊長に復位したばかりで、もう女にうつつをぬかすとは…大目玉をくれてやらんとならん。」
山本は口調こそぶっきらぼうだったが、もう怒りを抱いているわけではなかった。それが証拠に、禁踏区域から、どんどん遠ざかっている。
「長次郎、羊羹一つで騙されると思うな。そなたの仕事が増えたこと、心しておけ。」
山本はきっと目を上げると、一度立ち止まり、また歩き出した。
「御意。」
雀部は丁重に胸に手をやり、一礼した。
無間は、なんて居心地の悪いところなんだろう。
でももうすぐあの人に会える―。
雪乃は無間の最奥へ、まっすぐに進んでいった。
再び繋がっていく―その感覚は、どんな悪条件下にいる者をも、深く充たしていく―。