細雪〜バレンタインデー2025〜
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雪乃は娘達を少し待たせ、厨房から、先程まで白菜が山と入っていた厚い紙箱を持ってきて、門前に据えた。箱は少しばかり泥と白菜から出た水気で湿ってよれていたが、大きくて立派な箱を用意しては、山本を怒らせるだろうとの雪乃の苦慮が見てとれた。
「さあどうぞ。藍染元隊長には、必ず私がお渡し致します。」
約束出来ないようなことを約束して、それでも雪乃は虚勢を張って娘達を安心させようとした。娘達は「何事か」と視線を送ってくる一番隊の隊士達に遠慮しながら、おずおずと汚れた箱の中に贈り物を置くと、それでも去りがたいように一番隊隊舎下の地面に目をやった。贈り物なら既に門前に置かれている箱に置けばいいものを、何故その薄汚れた箱に入れるのか、それは誰宛のものなのか、と誰もが思い始めた時、山本がそこへやってきた。
「また女子供の戯言か。小牧、何をしゃしゃり出ておるか、それは誰に宛てた物か。」
山本の威圧感に、娘達は息をすることも、身動きすることも出来なかった。総隊長へ頭を下げることも出来ない、凄まじい霊圧だった。
「これは藍染元隊長へ贈られたものです。」
雪乃は臆さずに答えた。藍染に贈り物を持ってきた娘達の勇気に敬意を表したい、彼女らは私の姉妹だ、そう言わんばかりの胸の張り方だった。
山本の背後に焔の霊圧が上がり、
「喝ーっ!!」
という凄まじい大音声と共に、炎の霊圧が雪乃を襲った。
雪乃はそれをよけず、まともに身に受けた。
雪乃は六尺程後ろへ飛ばされ、地面に叩きつけられた。地面を転がり際、手のひらを擦りむいた。座り込んだまま顔の泥を拭った雪乃の顔に、血が塗り込められた。
痛みと衝撃で声も出ない雪乃に、誰も駆け寄れないでいた。山本の怒りは凄まじく、藍染へ味方するような真似をする隊士など、誰もいなかった。それでも雪乃は娘達の想いを、無下に出来なかった。
「人が…。」
雪乃はようやく声を発した。
「人が人を想うことをやめろとおっしゃるなら、命を止めてそれを損ねて下さい!!しかし人の想いは、そんなことでは消えは致しません!!三界を魂が巡ろうとも、未来永劫、想いは消えないのです…!!」
「まだ言うか!!世迷い言を!!」
「それは誰の想いとて同じこと…。根雪のように、一度想ったものは、消えはしないのです…。」
雪乃は下を向き、地に伏すように慟哭した。
雪は後から後から落ちてきて、彼女の周りを、体を濡らした。彼女の肩が揺れる度、雪は彼女の体温で溶けて涙となり、土を濡らし、その泥の中で、彼女は泣き続けた。その哀哭が、娘達に伝わり、娘達も身を寄せ合って泣いた。
藍染を想うことは、こんなにも哀しいことではないはずだ―。
雪乃は必死で涙をおさめると、立ち上がって死覇装の黒い上衣を脱いだ。下の白い襦袢は、雪と泥にまみれて、彼女の体に張り付いており、体の線がまともに見えた。彼女は藍染への贈り物が入れられた紙箱へよろよろと近寄ると、その上衣を箱に掛けた。娘達の想いを、雪に濡れさせたくない、との思いからだった。
雪乃は天を仰ぎ、微笑んだ。
次々に落ちてくる雪の欠片は、彼女の顔から、泥を、血を、涙を、溶けて洗い流していく。
まだ何か言いたげな山本の裸の上半身に、ふわりとした物が掛けられた。雀部が、タオルを持ってきて、何も言わず山本の体を濡らす雪を拭き取り始めた。
「こんな西洋かぶれの洋手拭いなどいらん!!」
山本は踵を返し、持っていた乾布摩擦用の手拭いで肩を拭きながら去っていった。雀部は、黙って雪乃の肩に、自らのマントを脱いで掛けてやった。
「ありがとう…ございます…。」
雪乃は涙と雪に濡れた目で、笑って雀部に礼を述べた。
「浴場で体を洗って暖まってくるがいい。」
それだけ言うと、雀部も身を翻して、山本の後を追った。娘達は涙してたまらず、言葉も出ず、ただただ感謝の念で雪乃に深々と頭を下げて、一人、また一人と立ち去っていった。
今日も雪になった、と誰もが思っていた。
それはこれからも続くだろう。
雪の中、平子が瞬歩で一番隊隊舎に駆けつけたが、隊舎の門前にはもう誰もおらず、手遅れだった。
「あかんかった…。」
平子が頭をかいていると、砕蜂が雪の中、傘をさしてはいるものの、腕を出したままやってきて、苦い顔で二つ並べられた箱の中に、一つずつ、チョコレイトの箱を入れた。
「なんや、この小汚い箱は?仰山入っとるな…砕蜂隊長、何か知っとらん?」
「うるさい!!」
砕蜂は、自分の髪すらもうるさそうに頭を振って、ひとしきり息を吐くと、落ち着きを取り戻した。が、凄まじく機嫌が悪そうである。
「お前こそ何故ここにいる?男でも贈り物をしたりするのか?」
砕蜂は、口をきいてやっただけありがたいと思え、とでも言いたげに、また黙って来た道を引き返して行った。
「なんや、けったいな日やな…雪乃さん、大丈夫やろか?」
平子は何かが起きたことは分かったが、誰にも聞く術もなく、なんなら後で雪乃さんに直接聞けばええ、話しかける口実になるし、と思い直し、やはり立ち去っていった。
私達は繋がっている―。
そう、全ては繋がっていく―そして、人の思いを置いて、途切れたりはしない。