シュークリーム・イヤーズ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それから三ヶ月あまりも経ったであろうか、諏訪子はまだ藍染家を訪ねて来なかった。年若い故に、もう忘れたのかもしれない、と藍染は少し残念な気持ちで自嘲した。藍染家の家産は万全だが、大逆の計画に必要な軍資金の経理を、何故だか彼女に見直してもらいたいと思ったのである。他にいくらでも頭のはたらく者はおろう。しかしこれが大罪である、と、恐れずに染まっていける若い力が欲しかった。ものを知っている者では、謀反を告発してしまうかもしれない。しかし彼女はまだ年若い。その無防備な才知に賭けてみよう、という気持ちに藍染はなっていた。
春のある日、諏訪子は突然やってきた。藍染の渡した名刺を門衛に見せ、堂々とやってきた。
手には、あの日二人が出会った喫茶店の、持ち帰り用の洋菓子の折を持っていた。
藍染が諏訪子を歓待すると、彼女は初めて笑顔を見せた。才気走った中にも、真っすぐさのある、年相応の笑顔だった。
彼女の話では、友人宅の経済状態を立ち直らせる労苦に、いささか時間がかかったという。どんなに才能があっても、若い、というだけで信頼されないものだ。彼女は友人と共にまず友人の兄を説得して、その後友人の母親を説得した。毎月の収入を小分けにして、借金の返済に充てたり、生活費に充てたり、貯蓄に充てたりする計画に、三ヶ月かけてようやく友人宅をのせた。三月経ったところで、友人の兄が家長らしく自立の意を見せた。諏訪子は友人宅の家名をはばかって、自分の父親の力を借りたくなかったので、ようやく安堵したらしい。彼女は、自分の才能を隠したがっていた。
「君の才能を隠しておくと、とんでもないことになるんじゃないのかな。」
藍染は諏訪子に諭すように言った。彼女は意味が分からないらしい。
「君の友人は、教師になって職業婦人になるんだろうけど、君はどうするつもりなんだい。このままいくと、体よく政略結婚のようなものをさせられるんじゃないだろうか?失礼だが、君のお父さんは、頭がカタイ人のように思うよ。」
藍染は笑いながら、しかし彼女に「気付け」とばかりに言った。
諏訪子は驚いた顔をしていた。
考えが幼い、というよりも、何かお転婆の過ぎるような、奇特な考えの持ち主のように、彼女は急に自分の人生から絶望を取り除けるなら、どんなことでもしよう、と思い立った。
「藍染隊長、私何でもします!だから私の人生が、どうかつまらないものにならないようになる方法を教えて下さい!」
と、ガバっと頭を下げた。
「まあ落ち着いて。お持たせじゃ悪いけど、洋菓子でも食べて、お腹を満たしなさい。君の人生が非凡なものになるよう、必ず保証するから、私の言うことを聞きなさい。大丈夫。」
情けない顔つきで、諏訪子は腰を折ったまま、頭だけ上げた。思わず藍染は眉尻を下げて、自分も情けないかのように笑ってしまった。
「君はシュー皮のお菓子が好きみたいだね。初めて会った時も食べていたみたいだ。まずは自分の食べたいものを食べて、自分の身を守る算段をすること。君には、これから色々頼み事をすると思うから、君の航海は始まったばかりだよ。」
藍染は、この娘とならうまくやっていけるだろう、と思った。諏訪子の才能にはまだまだ伸びしろがあり、彼女を育てた分だけ自分の計画も広がるような、そんな夢を見た。長い年月を共にするうちに、諏訪子は何を驚くことも裏切ることもない、藍染の側近中の側近に育った。普通の娘ではこうはいかなかっただろう。彼女は何もかも捨てて、無私で藍染についてきた。なにせ虚圏まで藍染に付き従ってきたのである。
「藍染隊長、私、平凡な人生でなければ、何でも良いんです。」
富裕な家に生まれ、何一つ不自由がなかっただろうに、彼女は何を考えていたのか。
ただ一つ言えるのは、彼女には、藍染の意を汲むだけの力と心があった、ということだった。