シュークリーム・イヤーズ
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藍染と諏訪子の出会いは偶然のものだった。
瀞霊廷のとある喫茶店で、女学校の帰り、諏訪子は二人掛けの席で出納帳や書類を広げていた。
諏訪子は彼女の友人から、大変重い頼まれ事を預かっていた。友人の父親が、賭け事狂いで、大変な借金を作った挙げ句に、賭場のならず者と喧嘩をして殺された。家は、大店(おおだな)に勤め始めた友人の兄の給金と、母親が隠し持っていた嫁入りの持参金を少しずつ崩して借金を返す約束をしたことで、競売にかけられずに存続を許された。しかし本当にそれでやっていけるのか、いずれは兄も自分も伴侶を得たいと思っている、借金で首の回らない家に、本当にそんなことで未来があるのかどうか不安で仕方がない、と、友人は彼女に泣きついた。
諏訪子は銀行家の娘で、羽振りの良い父親に家計を任せっきりにするお嬢様、という質ではなかった。女に生まれたため、家産を動かして友人を助ける力はなかったが、兄達に混じって金銭を扱う仕事の真似事をしていたため、金銭管理設計を立てることに長けていた。それで彼女は友人のために、友人の家の家産の立て直し計画を練っていたのである。
友人の兄には高給が見込まれ、友人の母親の嫁入りの持参金も少なくはなかった。友人は女学校を出た後、さらに学問を積んで教師になろうとしていた。女学校を出てすぐに給金の安い働きに出るよりも、たとえ数年学費を払ってでも、教師になって良い給料を得て、その中から一部を家の借金返済に充てた方が、早く借金完済の道になる、との計算を果たせた諏訪子は、友人は夢を叶えられる、と、安心してほっと大きく息を吐き、その概略をまとめ始めた。
喫茶店は夕方の混雑時を迎えており、席はいっぱいだった。当然店は相席を求めてくる。
藍染が店に入ってきたのを見かけると、店主は藍染に敬意を払い、藍染に一人で一卓を使えるように仕向けようとしたが、藍染は、混雑時に好意に甘えられない、と人の良さそうな顔で遠慮して、店の奥の二人掛けの卓を一人で使っている諏訪子に、相席を請うた。
諏訪子は食べ終わった洋菓子の皿と紅茶の茶器を端に追いやって、書類を広げに広げていたが、藍染が近付いてきたことで、自分の無遠慮に恐縮した、というよりも、友人宅の秘密が見つかると良くない、と思い、慌てて書類や書付けを片付けた。しかし藍染は既に一瞥しただけで、彼女の友人宅の置かれている窮状と、諏訪子の年若さの割には非凡な金銭管理の才能に気付いてしまった。
彼女の書きなぐった素案には、いくつもの丸印がついていた。丸印の年に、大きく繰り上げ返済をしたり、借り換えをしたりする予定らしい。しかもそんなことをしても、家庭が爪に火をともすことにはならない。他のいくつかの丸印の年には、友人の兄の結婚、友人の結婚、友人の母親の還暦を祝う家族旅行などの、多くの費用がかかる出費が可能であることも計算されており、しかもそれらには、病人が出た時の備えなどの経済的な危機への準備も加えられており並みの頭では考えつかない。
藍染は素知らぬふりをして紅茶を一杯、女給に注文すると、
「お嬢さん、と声を掛けても良いのかな。図書館でなく、喫茶店で勉強をするとは、羽振りが良いですね。」
と、微笑ましげに声を掛けた。
諏訪子は、これからまだ考え事をしなければならないのに、雑談なんかしている暇はない、と、迷惑だと言わんばかりのぶっきらぼうさで、
「護廷隊の隊長さんに対して失礼は承知なんですけど、護廷隊の作ってくれた公立図書館は飲食禁止で、考え事をする前にお腹を空かせている場合ではない時には、非常に使い勝手が悪いんです。私は学生ですが、銀行の頭取の娘で、きちんとお金はあります。無銭飲食をしているわけではなし、放っておいて下さい。私にとっては大事な考え事をしなくてはならない時に、ここが最善の場所なんです。」
とつっけんどんに答えた。
(度胸と芯のある娘だ。)
と、藍染は思った。普通護廷隊の隊長を前にして、こんな態度を取る娘がいるだろうか。恐縮したり、独身の異性を前にして照れたりしないものだろうか、という「普通」は、この娘の真剣さには通用しないのである。
藍染は口を閉ざした。まもなく女給が紅茶を一杯運んできた。諏訪子はポットの紅茶に洋菓子まで口にしたというのに、藍染はカップ一杯の紅茶で席を後にしなければならないのである。その多忙さが、向かい合っているうちに諏訪子にも伝わった。
「もっと早く仕事をします。」
それだけ言うと、諏訪子は広げていた書類や帳面を、ガサガサとまとめて学生鞄にしまい始めた。それは別に藍染の態度に萎縮したからでもなんでもない。ただ、仕事の出来る人間は、いつまでもグズグズしていないものだ、と悟ったからである。
藍染は懐から名刺を取り出して、一枚、諏訪子に差し出した。諏訪子は目を見開き、黙って両手でそれを受けた。
「君を私設経理としていつまでも待っている。いつでも訪ねて来なさい。」
そう言って差し出された名刺には、藍染の私邸の住所と、藍染の直筆の花押が記されていた。
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