美粧女〜藍染様お誕生日記念2023〜
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藍染は大層笑顔で、家人の一行を出迎えた。これからこの者達は、妙子と共に新しい家族になるのである。花嫁の輿が地面に降ろされると、すぐ後ろの輿に乗っていた乳母がさっと降りてきて、藍染に挨拶をした。藍染は花嫁の顔を見る前に、家人達を藍染家の敷地に迎え入れて休ませてくれるよう、乳母に頼んだ。花嫁に従ってきた者達は、驚きのどよめき声を上げた。藍染家の敷地は、一部庭がつぶされていて、見上げるような新築の建物が建てられていた。その総檜造りの館は、花嫁に従ってきた家人や侍女達が新しく住まう屋敷だった。持等院家から来た者達は、いくら藍染家が名家とはいえ、元居た家が家だけに、野に下るような覚悟で妙子についてきたのである。そこには忠義心しかなく、どんなに惨めな暮らしが待っているか、と思っていた。ところが藍染は先々のことをよく考えていていて、四楓院家に仕えるより、質素でも自由で気楽な暮らしが待っているかもしれない、と、家人や侍女達は希望を持った。妙子の目に狂いはなかった、と、皆心の中で思った。
乳母は続けて、妙子の輿の引き戸を開けた。乳母に手を引かれて、妙子は立ち上がり、しっかりとした足取りで藍染の目の前までやってきた。藍染が声を掛けようとすると、妙子は胸元から黙って藍染の母親がはめていたという指輪を桐箱ごと取り出して、藍染に差し出した。
「まさか『返す』、とおっしゃるのではないでしょうね。」
藍染は不穏に思って尋ねた。
「貴方様の御母堂様がおつけになっておられた指輪を託して下さったこと、本当に嬉しかった…ありがとうございます。ただ、あまりにも恐れ多く、仮初めにも指を通せませんでした…これは祝言の時まで、どうかお預かり頂きとうございます。」
妙子は綿帽子の中の顔を見せないで言った。藍染は妙子が大変気丈であることを褒めようとしたが、彼女は続けて、また胸元から、大切に和紙にくるまれた書状を取り出した。
「輿入れの前に、こちらをお納め頂きとうございます。」
妙子はうやうやしく、その書状を藍染に向けて手渡した。藍染は中身をあらためた。それは妙子の化粧領の目録で、妙子には生涯、月に三百億環の化粧料が入ってくることを誓約された、非常に大切な証文だった。彼女は、それを忘れずにきちんと生家から持ち出したのである。存外のしっかり者であった。
「私には、これ位しかお渡し出来るものがございません。どうか輿入れの前に、私を妻にお迎えになられて本当によろしいのか、どうぞお考え頂きとうございます。」
妙子は初めて、顔を上げて藍染の目を見た。その目は真剣そのもので、彼女は藍染への恋に浮かれているだけの、ただの小娘ではないことを雄弁に物語っていた。京楽家と四楓院家の顔に泥を塗ってまでここに来たのである。彼女は命懸けだった。藍染は胸がすく思いがした。
「お互い命懸けです。貴女が今日、当家においで下さらなかったら、私は腹を詰めるところでした。命が繋がりました。」
物騒なことを言いながら、藍染は本当に嬉しそうだった。
「お腹を召す、などと、縁起の悪いことをおっしゃらないで下さいませ。私達は、生きるために今、ここに居るのです。」
妙子は、初めて『生きている』という実感を味わっていた。
「『飲み会』、に行きませんか。」
藍染は唐突に言った。
「ごくありふれた、『普通の飲み会』、です。」
「はい!」
妙子は破顔した。
「そこで貴女は恋人を見つければよろしい。下々の普通の男女は、よく『飲み会』で、意中の相手に出会うものなのです。」
藍染は妙子に笑いかけながら教えた。
「それでは私達も、『ごくありふれた普通の男女』、でございますね。なにせお酒の席で知り合ったのですから。」
妙子は明るく、嬉しそうに言った。
「貴女の何処が普通なんですか。普通の花嫁は、家人を百人も連れて、家名を気遣って嫁入りなんかなさいません。」
藍染はきっと命を縮める程気を揉んだであろう妙子のことが哀れになり、それが当たり前だと思っている健気な身の上に心をつまされ、思わず笑顔の妙子を抱き締めた。二人の脇を抜けて、嫁入り行列はすぐに荷物運びの群れに変わった。百人の侍従、一兆環の持参金、何百あるのかしれない着物やお茶道具や箪笥などの家財の長持…家人達は先程から道と藍染家の母屋を何度も何度も行き来しているが、嫁入り道具は、なかなか藍染の家に運び終わらない。
「とりあえずもう、祝言だけは挙げてしまいましょう。貴女を自分のものにしてしまわないと、気が気でならない。」
藍染は妙子の手を取ると、藍染家の敷地の隣にある、小さな神社に連れて行き、二人きりで祝言を挙げた。妙子の嫁入り道具は、祝言を挙げ終えてもまだ片付き切っていなかった。藍染と妙子は、晴れ着のまま、自分達も荷物運びを手伝った。前代未聞の輿入れである。
そんななか、京楽が祝いの清酒を持って、持等院家と四楓院家に詫びの挨拶にまわっていた。
「いいねえ、新婚さんは…。ボクも身を固めようかな…。」
慌てふためく両家を瞬歩で抜け出すと、京楽はぶらぶらと繁華街に気晴らしに出掛けた。
「人間の縁、って、どこに転がってるか分からないものだね…惣右介君が、ボクの義従弟になってしまった…。」
京楽は楽しそうに呟いた。
藍染家は、夜遅くまで灯りが点いていて、バタバタと侍女達の行き来する足音が響いていた。早くも持等院家からきた上品な女達に恋する藍染家の家人達の姿が見受けられた。
「これから仲人に忙しくなりますよ。」
藍染は妙子と共に一つ布団に入って囁いた。
「どういうことですの?」
妙子は訳の分からないことを聞いた、という顔をしていた。
「その前に、まずは貴女が大人にならないと。」
藍染は妙子の頬を両手で包むと、そっと口づけた。妙子は恥ずかしそうにうつむきながらも、思ったより落ち着いていた。藍染は妙子の白絹の夜着の帯に手をかけた。
夏が、来る。
人生の盛りよ続け、とばかりに、庭のひまわりは、つけたばかりの蕾を戴き、その丈を陽射しに向かい、精一杯伸ばしていった。
〈了〉