徒然
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瀞霊廷の片隅に、小さな演芸小屋『徒然亭』が出来て一ヶ月が経った。
『徒然亭』はよく言えば前衛的、悪く言えば何でもアリで毒気の強い、そんな芸人達が集まる小屋だった。まだ前座にも上がれない若い落語家の卵や、ネタがアブナすぎて、笑えるんだか笑えないんだかよく分からない漫才師、まだ話術も芸も未熟で、よく失敗する芸事師など、海のものとも山のものともつかぬ芸人達が、毎日ギリギリの黒い笑いで客を沸かせていた。
客の入りはまずまずで、今日も若い熱気に溢れていた。
六番隊の女隊士、青木 茜は、そこの常連客だった。三日と開けず徒然亭に通い、他の客同様、刺激的な笑いで日常のウサを晴らしていた。
(あー今日も面白いなあー!お目当ての『矢車草』の出番までに、スタミナ切れにならないか心配だなあ。)
茜は芸人にはならなかったが、死神になっていなければ芸人になっていたかもしれない程、お笑いが好きだった。 落語の世界観、漫才の丁々発止の掛け合い、至芸を目指す曲芸など、茜はその全てを愛し、どっぷりつかり込む程、お笑いの世界にハマっていた。もはや人生を賭けていると言っていい。
茜は隊での席次は低かったが、ある日仲間の隊士に囲まれて、趣味の落語を披露しているところを、隊長である朽木白哉に目を留められた。
たまたま演じていたのが『芝浜』で、品の良い演目だったからかもしれない、白哉は立ち止まって茜の語りに耳を傾けた。隊士達は皆、恐縮して頭を下げたが、白哉がそのまま続けよ、と言ったため、茜は語り続けた。茜は物怖じしなかった。
噺(はなし)は登場人物である夫婦が、一分銀を数える場面になった。茜はスッポンのように首を伸ばし、目を剥いて口をとがらせて、熱の入った真剣さで、ちゅうちゅうたこかいな、と銭を数える振りをした。それを二度と繰り返したところで、白哉がふっ、と、笑った。
(おお!隊長が笑った!)
皆が茜の芸を、心の中で称えた。
「青木、と申したな。」
白哉は茜に声をかけた。
「面白い語り口だった。また聞かせよ。」
そう言って白哉は、副隊長である阿散井恋次を連れて去っていった。恋次は茜に、
(やるじゃねーか。)
との意を込め、片目をつむって笑いかけ、白哉の後を追った。
それ以来、茜、と言えば「ああ、あのお笑いの!」、とか、「あの面白い子でしょ?」とか、そういった認識をされるようになった。茜自身、それはちょっとした自慢でもあった。
そして今日もまた、茜は徒然亭に足を運んでいた。今日は最近人気急上昇中の二人組『矢車草』の出演日だった。矢車草は若手の男性二人組の漫才師で、ある珍奇な一場面を、役になりきって演じることで笑いを取るのを得意としており、その表現力は役者裸足であった。
今日はその矢車草が、現世で流行りの「ロボット」というからくりをネタにした新作を初演することになっていた。茜は楽しみで仕方なかった。
いよいよ矢車草の出番、となったところで、着信音を切っていた伝令神機が、着信の点滅をしているのを、茜は見つけてしまった。
(ああん、もう!いいところなんだから無視無視!)
と、茜は手提げの口を閉じた。が、茜は何となく気になって、そっと席を立つと、廊下へ出て行き、着信に応対した。しかし、その着信は、間違い電話だった。
(なんやもう!死ねやボケ!カスが!)
と、心の中で精一杯毒づくと、公演中に席に戻るのは失礼だと思った茜は、客席の一番後ろの壁に立って、矢車草の公演を楽しむことにした。
いつも通り、矢車草は怒涛の勢いでオチまでの演技を詰めていく。今日は初めて人型ロボットと会話する青年と、ペッパーという名の真面目な性格のロボットが、会話をしていくうちに、だんだんとペッパーが壊れていく、という筋立てを、丁寧に、しかし小気味よい疾走感をもって演じていた。客席は笑いの渦だった。
ふと、茜は客席に目を向けた。一番後ろの席に、しっかりとした体躯の、背の高い男が、死覇装の黒い両肩を揺らして笑いをこらえているのを見つけた。「五」と書かれた隊長羽織を膝元に小さく畳んで掛け、お忍びでここに来ているようだった。
それはこの小屋にふさわしいとは言いがたい、穏健派の隊長、藍染惣右介だった。
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