アンティークカフェ〜バレンタインデー2024〜
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藍染が冷たい夜気の中、外套を肩に家路についたあのバレンタインデーの夜からひと月、そろそろ桃の花の便りが届く頃になった。
あれから藍染は、時野の店には行っていなかった。時野とて、藍染だけが客ではない。毎日の雑事に流されるように過ごしていたある日、藍染は非番の日を自邸で過ごしていた。静かな春の日、藍染家の門衛が、訪ねてきた客の応対に困っていた。
「助けて下さい!藍染隊長を呼んで下さい!」
「ちょっと落ち着いて!あ!あんたはあの骨董喫茶の、」
門衛の一人は、時野の顔を知っているようだ。押し問答をしているうちに、門衛の全員が、藍染が、特にバレンタインデーの日に贔屓にしている店の女給が訪ねてきたと気付いた。
彼女はたいした品でもない濃い藤色の毛織物のショールと小さな手提げという、着のみ着のままの姿でここまで来たらしい。化粧も薄く、藍染を正式に訪ねてきたわけではなさそうだ。
門衛達が取り乱した時野に困惑していると、その騒ぎが藍染の耳に届いた。
「やあ時野さん、先日はお世話にな…」「藍染隊長!助けて下さい!」
時野は無茶苦茶に藍染の両袖を掴んで振り、目をぎゅっとつぶっていた。
「あんな…あんな岩みたいな男、私は嫌ですよ!」
「どうしたんだい。落ち着いて話を聞かせてもらえないだろうか?」
藍染は時野のしたいままにされながら、おおらかに言葉を継いだ。
「両親が、突然、『お前の婿になる人を連れてきた』って言うんですよ!それが岩みたいなゴツゴツした大男で、あんなんじゃ商売になりませんよ!ああ嫌だ!私、思わずわけも分からず逃げてきてしまって…。失礼ながら、バレンタインデーの日に藍染隊長を助けて差し上げているのなら、藍染隊長なら私を助けて下さるんじゃないかと思って…。私の気持ち、お分かりになりますでしょ?!失礼は重々承知なんですよ!なんだか知りませんけど、藍染隊長のお宅に伺うことしか思い付かなくて、ここまで来てしまいました…私どうしたらいいんですか?!私、絶対にあんなヒト嫌ですよ!!私、私、」
「ちょっと落ち着いて。」
藍染はおかしそうに笑っていた。
「時野さん。」
藍染は優しい笑いを抑えずに、時野の両肩に暖かい大きな手を載せると、
「じゃあ今度のバレンタインデーには、時野さんが私にチョコレートをくれないかな?」
と言って、微笑みかけた。
「は?え?」
興奮と混乱の冷めやらぬ時野には、その言葉の意味が分からなかった。
「だってお互いに、それ以外に逃げようがないじゃないか。決まりだね。」
藍染は彼女の背を手の平で押すと、自邸の中に入るように促した。
「まあ一週間も帰らなければ、ご両親にもいい薬になると思うよ。その間、うちの離れで喫茶店でもやればいいじゃないか。うちにも骨董ならいくつもあるよ。『アンティークカフェ 藍之屋』なんてどうだろう?」
「アンティークカフェ?何を滅茶苦茶なことを言っているんですか?みんなの言っていることが、全て意味が分からないですよ!!」
激昂する時野の横で、藍染はアハハハと声を上げて笑っていた。
「無邪気なかくれんぼを、君といつまでもやっていたいなら、こうするしかないじゃないか。簡単なことだった。」
藍染は勝手に一人で決めると、時野の背中をポンポンと軽く叩いた。
「君となら、うまくやれそうだよ。なんならカフェの給仕を手伝ってもいいよ。」
時野は突然のことに混乱して、わめき続けていた。
「どいつもこいつも勝手に決めるなーっ!!私は、私は、」
「まあいいじゃないか。とりあえずお昼でも食べて。なんなら君が作ってくれるとうれしいんだけどね。」
藍染はニコニコしていた。
門衛達も突然のことに呆気にとられていた。
藍染の内儀として、時野が家に帰ったのは、それから一ヶ月も先の、桜も散った後のことだった。毎日毎日豆腐田楽を作らせられ、藍染の与太話の相手をしているだけの自分の何が内儀か、と彼女は思った。藍染は手を出してきもせず、しかし彼女の両親はそれは喜んでいた。何せ護廷十三隊隊長の妻に登ったのである。内実はどうあれ、町人としては大出世だ。
今、藍染家の離れは改築工事中だ。
『アンティークカフェ 藍之屋』の、開店準備中である。
〈了〉
あれから藍染は、時野の店には行っていなかった。時野とて、藍染だけが客ではない。毎日の雑事に流されるように過ごしていたある日、藍染は非番の日を自邸で過ごしていた。静かな春の日、藍染家の門衛が、訪ねてきた客の応対に困っていた。
「助けて下さい!藍染隊長を呼んで下さい!」
「ちょっと落ち着いて!あ!あんたはあの骨董喫茶の、」
門衛の一人は、時野の顔を知っているようだ。押し問答をしているうちに、門衛の全員が、藍染が、特にバレンタインデーの日に贔屓にしている店の女給が訪ねてきたと気付いた。
彼女はたいした品でもない濃い藤色の毛織物のショールと小さな手提げという、着のみ着のままの姿でここまで来たらしい。化粧も薄く、藍染を正式に訪ねてきたわけではなさそうだ。
門衛達が取り乱した時野に困惑していると、その騒ぎが藍染の耳に届いた。
「やあ時野さん、先日はお世話にな…」「藍染隊長!助けて下さい!」
時野は無茶苦茶に藍染の両袖を掴んで振り、目をぎゅっとつぶっていた。
「あんな…あんな岩みたいな男、私は嫌ですよ!」
「どうしたんだい。落ち着いて話を聞かせてもらえないだろうか?」
藍染は時野のしたいままにされながら、おおらかに言葉を継いだ。
「両親が、突然、『お前の婿になる人を連れてきた』って言うんですよ!それが岩みたいなゴツゴツした大男で、あんなんじゃ商売になりませんよ!ああ嫌だ!私、思わずわけも分からず逃げてきてしまって…。失礼ながら、バレンタインデーの日に藍染隊長を助けて差し上げているのなら、藍染隊長なら私を助けて下さるんじゃないかと思って…。私の気持ち、お分かりになりますでしょ?!失礼は重々承知なんですよ!なんだか知りませんけど、藍染隊長のお宅に伺うことしか思い付かなくて、ここまで来てしまいました…私どうしたらいいんですか?!私、絶対にあんなヒト嫌ですよ!!私、私、」
「ちょっと落ち着いて。」
藍染はおかしそうに笑っていた。
「時野さん。」
藍染は優しい笑いを抑えずに、時野の両肩に暖かい大きな手を載せると、
「じゃあ今度のバレンタインデーには、時野さんが私にチョコレートをくれないかな?」
と言って、微笑みかけた。
「は?え?」
興奮と混乱の冷めやらぬ時野には、その言葉の意味が分からなかった。
「だってお互いに、それ以外に逃げようがないじゃないか。決まりだね。」
藍染は彼女の背を手の平で押すと、自邸の中に入るように促した。
「まあ一週間も帰らなければ、ご両親にもいい薬になると思うよ。その間、うちの離れで喫茶店でもやればいいじゃないか。うちにも骨董ならいくつもあるよ。『アンティークカフェ 藍之屋』なんてどうだろう?」
「アンティークカフェ?何を滅茶苦茶なことを言っているんですか?みんなの言っていることが、全て意味が分からないですよ!!」
激昂する時野の横で、藍染はアハハハと声を上げて笑っていた。
「無邪気なかくれんぼを、君といつまでもやっていたいなら、こうするしかないじゃないか。簡単なことだった。」
藍染は勝手に一人で決めると、時野の背中をポンポンと軽く叩いた。
「君となら、うまくやれそうだよ。なんならカフェの給仕を手伝ってもいいよ。」
時野は突然のことに混乱して、わめき続けていた。
「どいつもこいつも勝手に決めるなーっ!!私は、私は、」
「まあいいじゃないか。とりあえずお昼でも食べて。なんなら君が作ってくれるとうれしいんだけどね。」
藍染はニコニコしていた。
門衛達も突然のことに呆気にとられていた。
藍染の内儀として、時野が家に帰ったのは、それから一ヶ月も先の、桜も散った後のことだった。毎日毎日豆腐田楽を作らせられ、藍染の与太話の相手をしているだけの自分の何が内儀か、と彼女は思った。藍染は手を出してきもせず、しかし彼女の両親はそれは喜んでいた。何せ護廷十三隊隊長の妻に登ったのである。内実はどうあれ、町人としては大出世だ。
今、藍染家の離れは改築工事中だ。
『アンティークカフェ 藍之屋』の、開店準備中である。
〈了〉