準備〜バレンタインデー2023〜
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藍染は小夜子という娘が、つい先程の夕食の席で、ザエルアポロに絡まれていたことをようやく思い出した。
「今日は僕は赤ワインが飲みたかったのだけど、シャブリの後白ワイン?」
ザエルアポロは小夜子が給仕をする者の中では、最も高位の方なのであろう。困ったように少しうろたえながら、
「ザエルアポロ様、申し訳ございません。今夜のメインは白身魚のムースをディップする温野菜を添えました舌平目のムニエルで、メインが魚介であることを考慮して、料理長とソムリエが決めたものでございます。白ワインは新酒で、必ずやご期待に添えることと思います。明日は赤ワインの予定ですので、どうか平にご容赦を…。」
と、深々と頭を下げた。
「そうだったのか。今日のメインを確認しておかなかった僕が悪かったね。明日を楽しみにするよ。」
ザエルアポロは、笑って小夜子のエプロンの裾をもてあそんでいた。どうやら彼女はザエルアポロのお気に入りらしい。この場合の「お気に入り」、とは、存外物騒な意味かもしれない。彼のことである、小夜子を「被験体」、として見ていないだろうか、と思うと、藍染は小夜子に、気を付けなさい、とでも言ってやりたくなった。小夜子が機器につながれて腹を割かれるところを想像すると、藍染は彼女に対して庇護心が湧いた。健康な被験体、なら、他にいくらでもいるだろう、と何故か言ってやりたくなった。
そうこうしているうちに、ホットチョコレートは湯気を立て始めた。小夜子は沸騰しないうちに火から降ろすと、カップへホットチョコレートを注ぎ、壁のスパイス棚からオールスパイスを手に取り、カップへ軽く一振りした。湯気と共に、魅惑的な香気が辺りへ拡がった。実に慣れた手付きである。彼女は手早くまな板や小鍋を洗うと、カップを小盆に載せ、立ち去ろうとした。
「どこへ行くんだい?」
藍染は、自分のために作られたホットチョコレートを持って、小夜子が何処へ行くというのか、と思った。自分のところへ持ってくれば良いだろう、と言おうとした時、
「自室に戻ります。」
と、小夜子が悲しげに小さな声で言った。
「例え藍染様の御為にお作りしたものとはいえ、身分というものがございます。藍染様にお出しするわけには参りません。私は幼少の折、藍染家の女官をしていた叔母に連れられて、一度だけ藍染家にお伺いしたことがございます。その時、まだ霊術院にお通いだった藍染様をお見かけ致しました。諸肌脱ぎになられ、剣術のお稽古をなさっておられた藍染様は、お若いながら大層凛々しく、その時から私の胸の中には、藍染様ただお一人しかおられません。」
小夜子は自白の催眠をかけられているはずみで、ずっと秘めていた胸の内を、いとも簡単に口にしてしまった。小夜子はまだ意識を取り戻さない。彼女の告白は続く。
「私は後に、ホットチョコレート、という飲み物が現世にあることを知りました。現世ではバレンタインデーという日に、想う方へチョコレートをお贈りする習慣があるそうですが、どうせなら、箱に入った冷たい塊ではなく、温かいお飲み物で、この寒い季節、藍染様を温めて差し上げたい、私はずっとそう思い続けて参りました。きっと藍染様に私がお作りしたホットチョコレートをお召し上がり頂く日は来ないでしょう。でももし、もし、というものがございますなら、そのために毎日準備をしておかなければならない、と、その日から私は鍛錬の日々を重ねて参りました。藍染様、女は誰だっていつかは、と思い生きております。私はいつか、を思い、毎日準備を重ねて参りました。ただそれだけのことが、私を支えているのです。ただそれだけのことを一大事、と思い、今日も自分が作ったホットチョコレートを吟味しながら、一日を終える幸福をお許し下さい。」
小夜子は小さく涙を流していた。手にした小盆がカタカタと震えていた。
「見事。」
藍染は小夜子を褒めた。厨房には女官達が出入りしていて、藍染の胃袋を掴む機会を虎視眈々と狙っていることは知った。しかし彼女のように、毎日毎日、いつその時が来ても良いように鍛錬を重ねる者が、一体何人いるというのか。今日のこの時厨房へやって来て、彼女の日々を知れたのは、天啓ではないか、と藍染は思った。
そう、準備をしない者に、好機など訪れない。
彼女の誠心は、藍染の心を打った。
藍染は小夜子の手から小盆を取り上げると、調理台の上に置き、彼女の顎を指で上向かせて、身を屈めてチュッと音を立てて唇を吸った。そこで催眠は解けた。
「今日は僕は赤ワインが飲みたかったのだけど、シャブリの後白ワイン?」
ザエルアポロは小夜子が給仕をする者の中では、最も高位の方なのであろう。困ったように少しうろたえながら、
「ザエルアポロ様、申し訳ございません。今夜のメインは白身魚のムースをディップする温野菜を添えました舌平目のムニエルで、メインが魚介であることを考慮して、料理長とソムリエが決めたものでございます。白ワインは新酒で、必ずやご期待に添えることと思います。明日は赤ワインの予定ですので、どうか平にご容赦を…。」
と、深々と頭を下げた。
「そうだったのか。今日のメインを確認しておかなかった僕が悪かったね。明日を楽しみにするよ。」
ザエルアポロは、笑って小夜子のエプロンの裾をもてあそんでいた。どうやら彼女はザエルアポロのお気に入りらしい。この場合の「お気に入り」、とは、存外物騒な意味かもしれない。彼のことである、小夜子を「被験体」、として見ていないだろうか、と思うと、藍染は小夜子に、気を付けなさい、とでも言ってやりたくなった。小夜子が機器につながれて腹を割かれるところを想像すると、藍染は彼女に対して庇護心が湧いた。健康な被験体、なら、他にいくらでもいるだろう、と何故か言ってやりたくなった。
そうこうしているうちに、ホットチョコレートは湯気を立て始めた。小夜子は沸騰しないうちに火から降ろすと、カップへホットチョコレートを注ぎ、壁のスパイス棚からオールスパイスを手に取り、カップへ軽く一振りした。湯気と共に、魅惑的な香気が辺りへ拡がった。実に慣れた手付きである。彼女は手早くまな板や小鍋を洗うと、カップを小盆に載せ、立ち去ろうとした。
「どこへ行くんだい?」
藍染は、自分のために作られたホットチョコレートを持って、小夜子が何処へ行くというのか、と思った。自分のところへ持ってくれば良いだろう、と言おうとした時、
「自室に戻ります。」
と、小夜子が悲しげに小さな声で言った。
「例え藍染様の御為にお作りしたものとはいえ、身分というものがございます。藍染様にお出しするわけには参りません。私は幼少の折、藍染家の女官をしていた叔母に連れられて、一度だけ藍染家にお伺いしたことがございます。その時、まだ霊術院にお通いだった藍染様をお見かけ致しました。諸肌脱ぎになられ、剣術のお稽古をなさっておられた藍染様は、お若いながら大層凛々しく、その時から私の胸の中には、藍染様ただお一人しかおられません。」
小夜子は自白の催眠をかけられているはずみで、ずっと秘めていた胸の内を、いとも簡単に口にしてしまった。小夜子はまだ意識を取り戻さない。彼女の告白は続く。
「私は後に、ホットチョコレート、という飲み物が現世にあることを知りました。現世ではバレンタインデーという日に、想う方へチョコレートをお贈りする習慣があるそうですが、どうせなら、箱に入った冷たい塊ではなく、温かいお飲み物で、この寒い季節、藍染様を温めて差し上げたい、私はずっとそう思い続けて参りました。きっと藍染様に私がお作りしたホットチョコレートをお召し上がり頂く日は来ないでしょう。でももし、もし、というものがございますなら、そのために毎日準備をしておかなければならない、と、その日から私は鍛錬の日々を重ねて参りました。藍染様、女は誰だっていつかは、と思い生きております。私はいつか、を思い、毎日準備を重ねて参りました。ただそれだけのことが、私を支えているのです。ただそれだけのことを一大事、と思い、今日も自分が作ったホットチョコレートを吟味しながら、一日を終える幸福をお許し下さい。」
小夜子は小さく涙を流していた。手にした小盆がカタカタと震えていた。
「見事。」
藍染は小夜子を褒めた。厨房には女官達が出入りしていて、藍染の胃袋を掴む機会を虎視眈々と狙っていることは知った。しかし彼女のように、毎日毎日、いつその時が来ても良いように鍛錬を重ねる者が、一体何人いるというのか。今日のこの時厨房へやって来て、彼女の日々を知れたのは、天啓ではないか、と藍染は思った。
そう、準備をしない者に、好機など訪れない。
彼女の誠心は、藍染の心を打った。
藍染は小夜子の手から小盆を取り上げると、調理台の上に置き、彼女の顎を指で上向かせて、身を屈めてチュッと音を立てて唇を吸った。そこで催眠は解けた。