準備〜バレンタインデー2023〜
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その晩、藍染は小夜子を激しく幸した。体中を蹂躙されて、苦しいというのに、小夜子は幸せを感じて仕方なかった。藍染はいつもより大胆だった。何度も愛を囁き合い、何度もお互いに高め合った。
藍染の宮室の女官達の気配を、気にしなくなって久しい。小夜子は皇妃としての強さを身につけ始めた。
一ヶ月後、藍染の宮室の空き部屋に、小さな厨房が完成した。藍染は小夜子を伴うと、
「愛の証だ。」
と笑って告げて案内した。厨房には氷室もあり、生乳と卵が用意されていた。戸棚を開けるとチョコレートやドライフルーツやナッツなど、乾物が一揃い備えてあり、小麦粉や砂糖もあった。壁にはスパイス棚が作り付けられ、オールスパイスは勿論、シナモンやアニス、バニラビーンズ等も載っていた。小夜子は藍染の計らいが嬉しくて、思わず涙をこぼしてしまった。
「泣かないで。当たり前のことだろう、私が君の料理を所望したのだから。」
藍染は小夜子を抱き締めてなだめると、
「早速で悪いけど、ホットチョコレートを作ってくれないか。」
と言って、厨房の隅に備えられた、テーブルと椅子へと体を預けた。
小夜子は慣れた手付きでまな板と製菓用のナイフを取り出し、チョコレートを刻んだ。小鍋に生乳を二人分注ぐと、トロ火で温めながら、ゆっくりとチョコレートを溶かしていった。小夜子は手順を忘れていなかった。ホットチョコレートが沸騰しないうちにカップを二人分用意し、しばらく木べらを回した後、完全にチョコレートが溶け込み、湯気が立ったのを確認すると、彼女はそっと中身をカップへ注いだ。そしてオールスパイスの小瓶を傾けて一振りずつすると、目を細めて息を吐いて微笑んだ。その真からの微笑みは美しく、藍染は思わず椅子から立ち上がって、あの日のように小夜子の腰を抱いた。小夜子は藍染の胸に手の平と顔を付けて、幸せに酔った。愛はオールスパイスの香りだった。
テーブルにホットチョコレートを運び、椅子に座って二人で味わっていると、
「失礼致します。」
と、聞き慣れた声が複数人分した。小夜子はようやく、厨房の奥に、更に奥へと続く扉があることに気が付いた。扉が開くと、そこには小夜子のように豪奢に着飾った、親しい女官仲間達が全員いた。
「皇妃様、カップと鍋やまな板は私達が洗うから、ゆっくりサロンをご覧になって。」
そう言って仲間達は弾けるように笑った。
「どうしてあなた達がここに?」
小夜子が嬉しそうに驚いて立ち上がって奥の間を見ると、そこは皇妃にふさわしい、豪奢な家具と絵画で飾られた広間があった。
「君の友人達は、大層立派な働きをするので、皇妃付きの女官としてサロンを取り仕切ってもらうことにした。」
藍染は企みが成功したことに、満足そうに笑った。小夜子の友人達はサロンの切り盛りをするため、との口実で、贅沢な閑職へと『昇進』したのである。小夜子と同じ藍染の自宮に全員部屋を与えられ、これからは小夜子と共にある運命となった。
「藍染様、ありがとうございます!」
友人達は女官長に習ったばかりのお辞儀をして見せ、
「でもさあ、これからが大変だよ。毎日お勉強だ。」
「さっきも女官長に叱られたばかりだよね。」
「皇妃様、出来の悪い友人でごめん!」
と、軽口を叩いて屈託なく笑った。
「藍染様…。」
小夜子は感極まって、藍染の愛の深さに言葉を失って泣いた。
友人達は口々に泣かないで、と言うと、小夜子に、
「ねえねえ、私達にもホットチョコレートを作ってくださらない、皇妃様。」
とわいわいとねだった。
「これからは気兼ねなく、のんびりと好きにするといい。」
藍染は笑って席を外そうとしたが、立ち止まって、
「でも夜まで遊んではだめだよ。夜は私の相手があるんだから。」
と、恥ずかしげもなく言うと、口の端を上げて、今度こそ立ち去って行った。友人達はヒューと唇を鳴らすと、
「夜ってどんな感じでいらっしゃるの?」
とふざけて聞いた。
「そんなこと言えるわけないでしょ?!」
小夜子が顔を赤くして叫ぶと、
「うわあ、言えないようなことしてるの、これから私達が聞いちゃうんだ〜。」
と友人達が口に手を当ててにやついた。
「そんなこと言うと、ホットチョコレートはお預け!!」
小夜子が照れて言うと、
「でもこれからは、本当にそうなるんだよ?大丈夫?」
と友人達が真剣に尋ねてきた。
「大丈夫…じゃない…かも…。」
小夜子が急に小さな声になると、
「大丈夫、誰にも言わないし。」
と、友人達は小夜子を励ました。
「それに今にすぐに私達も男を連れ込むから大丈夫!」
と友人の一人が胸を張ると、全員がどっと笑った。
「ちょっと『馬子にも衣装』ってこれのことよ、男達が私達を見る目が変わったよね!」
「『馬鹿にするな!!』、って言ってやりたい!!この美貌は元からよ!!」
友人達はまたどっと笑った。
「もっと品の良いお話が出来ないのですか?!皇妃様の御前ですよ!!」
女官長がサロンへやって来て、小言を言った。
「皇妃様を見習いなさい!皇妃様は大変上品なお方ですよ!!」
女官長は本心から言った。今までたった一人で小夜子は宮室暮らしに耐えていたのだ。その艱難辛苦が、彼女を磨き上げていた。
「ご、ごめんあそばせ…。」
友人達は確かに、と思い返してしょげ返った。小夜子は大きめの鍋を出して来て、氷室から出した生乳を全て鍋に開けると、
「女官長様、牛乳を多めに所望してもよろしいでしょうか?」
と、女官長を立てて聞いた。
「かしこまりました。」
女官長は満足げに一礼して去って行った。
小夜子は黙ってチョコレートをひたすら刻むと、鍋を火にかけ、ゆっくりとチョコレートを溶かした。段々と甘い香りが漂ってくる。しばらくの間、小夜子も友人達も黙っていた。やっと鍋から湯気が立ち、小夜子がサロンのガラス棚からマイセンのカップを出してきて人数分用意し、ホットチョコレートを注ぐと、オールスパイスを一振りずつ振り入れた。その全ての仕草が美しく、友人達は毒気を抜かれた。
「さ、召し上がれ。」
小夜子は慎ましやかに笑った。
「い、頂きます…。」
友人達は、恐る恐るカップに口を付けると、
「これが藍染様を落とした味…。」
と、感動して言葉もなかった。その味は清新にして深く、まるで小夜子の誠心そのものだった。
「運命を変える努力をする。」
友人の一人が言った。私も、私も、と、全員が言った。小夜子は運命を変える一杯を生み出す努力を続けてきたのだ。何かをした者と、しなかった者の差は、あまりにも大きい。
「ありがとう。その心をもって、これからも側にいて。」
小夜子は涙ぐんで微笑んだ。
「最高のホワイトデーを、本当にありがとうございます。」
小夜子は感謝した。それは藍染にだけではない。天意、というものがあるなら、あの神のような藍染も、そして小さな自分も、その手の内だ、と小夜子は思った。
藍染の治世の間、彼女は精一杯咲いた。
そしてその後、虚夜宮が陥落した後も、望外の幸せに恵まれて生きた。
彼女は自分の運命を生きる準備を怠らなかった。
その努力をし続ける者に、過たず光は射すのである。
〈続〉
藍染の宮室の女官達の気配を、気にしなくなって久しい。小夜子は皇妃としての強さを身につけ始めた。
一ヶ月後、藍染の宮室の空き部屋に、小さな厨房が完成した。藍染は小夜子を伴うと、
「愛の証だ。」
と笑って告げて案内した。厨房には氷室もあり、生乳と卵が用意されていた。戸棚を開けるとチョコレートやドライフルーツやナッツなど、乾物が一揃い備えてあり、小麦粉や砂糖もあった。壁にはスパイス棚が作り付けられ、オールスパイスは勿論、シナモンやアニス、バニラビーンズ等も載っていた。小夜子は藍染の計らいが嬉しくて、思わず涙をこぼしてしまった。
「泣かないで。当たり前のことだろう、私が君の料理を所望したのだから。」
藍染は小夜子を抱き締めてなだめると、
「早速で悪いけど、ホットチョコレートを作ってくれないか。」
と言って、厨房の隅に備えられた、テーブルと椅子へと体を預けた。
小夜子は慣れた手付きでまな板と製菓用のナイフを取り出し、チョコレートを刻んだ。小鍋に生乳を二人分注ぐと、トロ火で温めながら、ゆっくりとチョコレートを溶かしていった。小夜子は手順を忘れていなかった。ホットチョコレートが沸騰しないうちにカップを二人分用意し、しばらく木べらを回した後、完全にチョコレートが溶け込み、湯気が立ったのを確認すると、彼女はそっと中身をカップへ注いだ。そしてオールスパイスの小瓶を傾けて一振りずつすると、目を細めて息を吐いて微笑んだ。その真からの微笑みは美しく、藍染は思わず椅子から立ち上がって、あの日のように小夜子の腰を抱いた。小夜子は藍染の胸に手の平と顔を付けて、幸せに酔った。愛はオールスパイスの香りだった。
テーブルにホットチョコレートを運び、椅子に座って二人で味わっていると、
「失礼致します。」
と、聞き慣れた声が複数人分した。小夜子はようやく、厨房の奥に、更に奥へと続く扉があることに気が付いた。扉が開くと、そこには小夜子のように豪奢に着飾った、親しい女官仲間達が全員いた。
「皇妃様、カップと鍋やまな板は私達が洗うから、ゆっくりサロンをご覧になって。」
そう言って仲間達は弾けるように笑った。
「どうしてあなた達がここに?」
小夜子が嬉しそうに驚いて立ち上がって奥の間を見ると、そこは皇妃にふさわしい、豪奢な家具と絵画で飾られた広間があった。
「君の友人達は、大層立派な働きをするので、皇妃付きの女官としてサロンを取り仕切ってもらうことにした。」
藍染は企みが成功したことに、満足そうに笑った。小夜子の友人達はサロンの切り盛りをするため、との口実で、贅沢な閑職へと『昇進』したのである。小夜子と同じ藍染の自宮に全員部屋を与えられ、これからは小夜子と共にある運命となった。
「藍染様、ありがとうございます!」
友人達は女官長に習ったばかりのお辞儀をして見せ、
「でもさあ、これからが大変だよ。毎日お勉強だ。」
「さっきも女官長に叱られたばかりだよね。」
「皇妃様、出来の悪い友人でごめん!」
と、軽口を叩いて屈託なく笑った。
「藍染様…。」
小夜子は感極まって、藍染の愛の深さに言葉を失って泣いた。
友人達は口々に泣かないで、と言うと、小夜子に、
「ねえねえ、私達にもホットチョコレートを作ってくださらない、皇妃様。」
とわいわいとねだった。
「これからは気兼ねなく、のんびりと好きにするといい。」
藍染は笑って席を外そうとしたが、立ち止まって、
「でも夜まで遊んではだめだよ。夜は私の相手があるんだから。」
と、恥ずかしげもなく言うと、口の端を上げて、今度こそ立ち去って行った。友人達はヒューと唇を鳴らすと、
「夜ってどんな感じでいらっしゃるの?」
とふざけて聞いた。
「そんなこと言えるわけないでしょ?!」
小夜子が顔を赤くして叫ぶと、
「うわあ、言えないようなことしてるの、これから私達が聞いちゃうんだ〜。」
と友人達が口に手を当ててにやついた。
「そんなこと言うと、ホットチョコレートはお預け!!」
小夜子が照れて言うと、
「でもこれからは、本当にそうなるんだよ?大丈夫?」
と友人達が真剣に尋ねてきた。
「大丈夫…じゃない…かも…。」
小夜子が急に小さな声になると、
「大丈夫、誰にも言わないし。」
と、友人達は小夜子を励ました。
「それに今にすぐに私達も男を連れ込むから大丈夫!」
と友人の一人が胸を張ると、全員がどっと笑った。
「ちょっと『馬子にも衣装』ってこれのことよ、男達が私達を見る目が変わったよね!」
「『馬鹿にするな!!』、って言ってやりたい!!この美貌は元からよ!!」
友人達はまたどっと笑った。
「もっと品の良いお話が出来ないのですか?!皇妃様の御前ですよ!!」
女官長がサロンへやって来て、小言を言った。
「皇妃様を見習いなさい!皇妃様は大変上品なお方ですよ!!」
女官長は本心から言った。今までたった一人で小夜子は宮室暮らしに耐えていたのだ。その艱難辛苦が、彼女を磨き上げていた。
「ご、ごめんあそばせ…。」
友人達は確かに、と思い返してしょげ返った。小夜子は大きめの鍋を出して来て、氷室から出した生乳を全て鍋に開けると、
「女官長様、牛乳を多めに所望してもよろしいでしょうか?」
と、女官長を立てて聞いた。
「かしこまりました。」
女官長は満足げに一礼して去って行った。
小夜子は黙ってチョコレートをひたすら刻むと、鍋を火にかけ、ゆっくりとチョコレートを溶かした。段々と甘い香りが漂ってくる。しばらくの間、小夜子も友人達も黙っていた。やっと鍋から湯気が立ち、小夜子がサロンのガラス棚からマイセンのカップを出してきて人数分用意し、ホットチョコレートを注ぐと、オールスパイスを一振りずつ振り入れた。その全ての仕草が美しく、友人達は毒気を抜かれた。
「さ、召し上がれ。」
小夜子は慎ましやかに笑った。
「い、頂きます…。」
友人達は、恐る恐るカップに口を付けると、
「これが藍染様を落とした味…。」
と、感動して言葉もなかった。その味は清新にして深く、まるで小夜子の誠心そのものだった。
「運命を変える努力をする。」
友人の一人が言った。私も、私も、と、全員が言った。小夜子は運命を変える一杯を生み出す努力を続けてきたのだ。何かをした者と、しなかった者の差は、あまりにも大きい。
「ありがとう。その心をもって、これからも側にいて。」
小夜子は涙ぐんで微笑んだ。
「最高のホワイトデーを、本当にありがとうございます。」
小夜子は感謝した。それは藍染にだけではない。天意、というものがあるなら、あの神のような藍染も、そして小さな自分も、その手の内だ、と小夜子は思った。
藍染の治世の間、彼女は精一杯咲いた。
そしてその後、虚夜宮が陥落した後も、望外の幸せに恵まれて生きた。
彼女は自分の運命を生きる準備を怠らなかった。
その努力をし続ける者に、過たず光は射すのである。
〈続〉