準備〜バレンタインデー2023〜
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嗚呼、そういえば何か飲もうか、藍染は思い立ち、思案事から意識を離して、頬をついていた手から顔を上げた。今夜は久々に考え事をゆっくりして夜を過ごしたい、そう気が乗っていた。
彼は気分転換に自ら紅茶でも淹れようと、椅子から立ち上がり虚夜宮の厨房へと向かった。
藍染が考え事をする部屋は、藍染の自宮ではない。藍染の自宮は豪華で柔らかなベッドやクッションが備え付けられているが、その思案部屋は石造りの簡質な部屋で、テーブルや椅子も石造りで硬い。
藍染はゆったりと厨房へ歩みを進めた。誰にとがめられるでもなく、すれ違う者達は皆彼に頭を下げて脇へと引いた。
厨房へ入ろうとすると、
「これは藍染様御自ら厨房へとお出ましになられるとは、お申し付け頂ければ、何なりとご用意させて頂きますのに…。」
と、入口で明日の食事の仕込みの指揮をしていた料理長が、恐縮して藍染に頭を下げた。料理人達は次々と藍染に気付き、作業の手を止めて腰を折った。
「続けてくれ。自分の手で紅茶を淹れたいんだ。」
藍染は軽く手を上げると、厨房の隅の、湯を沸かすためだけにある小さな窯へと、調理人達の間をすり抜けて向かった。そこは藍染が趣味で自ら紅茶を淹れるための特等席だが、普段は厨房に出入りする女官がお茶を準備するための窯だった。料理人達の邪魔にならぬよう、女官の使う窯は分けてあるのである。
そこに一人の女官が立って、何やら甘い香りのするものを調理していた。窯の脇の作業台には、小さなまな板と製菓用のナイフが置かれており、チョコレートを刻んだと思われる形跡があった。女官は藍染の方を振り向かず、小鍋の薄い褐色の飲み物をかき混ぜている。藍染は厨房に入る前に、霊圧で厨房の者達に軽い催眠をかけた。藍染に頭を下げずに何かを続けるなど、料理人達がその女官を注意するだろうし、女官とて目端が利かなければ務まるまい、藍染に気付かないはずがない。しかし料理人達は藍染が厨房の奥で足を止めると作業を再び開始し、女官も藍染が近付いてきても特に意識するでもない。藍染は女官に唐突に尋ねた。
「何を作っているんだい?」
「ホットチョコレートです。」
女官は照れたように答えた。
「お腹でも空いたのかい?」
「いえ、これは練習のために作っているのです。」
「練習?何のために。」
藍染は唐突な問いに唐突な答えが返ってきた、と思った。彼は女官に自白を促す霊圧を向けた。
「女官は皆こうしておりますよ。いつか藍染様にお召し上がり頂きたいと思い、厨房でお菓子作りの練習をこっそりしているのです。もっとも本当にお口に入れて頂けるのは、上級女官の方だけだと思いますが…。」
女官は恥ずかしそうに、しかしあけすけな本音を吐いた。藍染はこの女官のことをよく知らない。記憶をたどると、この女官に給仕をされたことがないことに気付いた。この女官はさして位階が高くないのだろう。そんな身分では、彼女の作った菓子が、藍染の御前に並ぶことはない。そんな無駄な努力をしているのか、と藍染はなかば呆れた。女官達はそんな無駄なことで蓄えを食い潰すつもりなのか、と藍染は無策さに軽い怒りを覚えた。女官達の、いつか藍染の寵を受けようという下心も不快だった。しかしこの眼の前の女官がしていることはどうか、と訊かれたら、何故か悪い気はしない、と直截に思った。何故か。それが分からず、藍染は少しの間黙って、女官の手付きを見ていた。それは慣れていて流れるようで、もはや熟練、とでも言って良い程だった。きわめてとろ火の窯は、ゆっくりと牛乳にチョコレートを溶かし込む。女官は牛乳を焦がさないように、慎重に火加減を見ていた。
ゆっくりと甘い香りに侵食されるように、藍染と女官の間に融和の気が漂い出した。
「君の名は?」
藍染は女官に尋ねた。
「中原と申します。」
「下の名は?」
「小夜子、ですが…何か?」
彼女は小鍋のホットチョコレートをかき混ぜる手を止めて、藍染の方を見た。まだ若さ故の可憐さの中にいる、そんな娘だった。
「続けなさい。」
藍染は微笑んで小夜子に言った。
この厨房の者達は、まだ催眠の元にいる。
小夜子はまた窯に向き合うと、木べらを動かし始めた。
彼は気分転換に自ら紅茶でも淹れようと、椅子から立ち上がり虚夜宮の厨房へと向かった。
藍染が考え事をする部屋は、藍染の自宮ではない。藍染の自宮は豪華で柔らかなベッドやクッションが備え付けられているが、その思案部屋は石造りの簡質な部屋で、テーブルや椅子も石造りで硬い。
藍染はゆったりと厨房へ歩みを進めた。誰にとがめられるでもなく、すれ違う者達は皆彼に頭を下げて脇へと引いた。
厨房へ入ろうとすると、
「これは藍染様御自ら厨房へとお出ましになられるとは、お申し付け頂ければ、何なりとご用意させて頂きますのに…。」
と、入口で明日の食事の仕込みの指揮をしていた料理長が、恐縮して藍染に頭を下げた。料理人達は次々と藍染に気付き、作業の手を止めて腰を折った。
「続けてくれ。自分の手で紅茶を淹れたいんだ。」
藍染は軽く手を上げると、厨房の隅の、湯を沸かすためだけにある小さな窯へと、調理人達の間をすり抜けて向かった。そこは藍染が趣味で自ら紅茶を淹れるための特等席だが、普段は厨房に出入りする女官がお茶を準備するための窯だった。料理人達の邪魔にならぬよう、女官の使う窯は分けてあるのである。
そこに一人の女官が立って、何やら甘い香りのするものを調理していた。窯の脇の作業台には、小さなまな板と製菓用のナイフが置かれており、チョコレートを刻んだと思われる形跡があった。女官は藍染の方を振り向かず、小鍋の薄い褐色の飲み物をかき混ぜている。藍染は厨房に入る前に、霊圧で厨房の者達に軽い催眠をかけた。藍染に頭を下げずに何かを続けるなど、料理人達がその女官を注意するだろうし、女官とて目端が利かなければ務まるまい、藍染に気付かないはずがない。しかし料理人達は藍染が厨房の奥で足を止めると作業を再び開始し、女官も藍染が近付いてきても特に意識するでもない。藍染は女官に唐突に尋ねた。
「何を作っているんだい?」
「ホットチョコレートです。」
女官は照れたように答えた。
「お腹でも空いたのかい?」
「いえ、これは練習のために作っているのです。」
「練習?何のために。」
藍染は唐突な問いに唐突な答えが返ってきた、と思った。彼は女官に自白を促す霊圧を向けた。
「女官は皆こうしておりますよ。いつか藍染様にお召し上がり頂きたいと思い、厨房でお菓子作りの練習をこっそりしているのです。もっとも本当にお口に入れて頂けるのは、上級女官の方だけだと思いますが…。」
女官は恥ずかしそうに、しかしあけすけな本音を吐いた。藍染はこの女官のことをよく知らない。記憶をたどると、この女官に給仕をされたことがないことに気付いた。この女官はさして位階が高くないのだろう。そんな身分では、彼女の作った菓子が、藍染の御前に並ぶことはない。そんな無駄な努力をしているのか、と藍染はなかば呆れた。女官達はそんな無駄なことで蓄えを食い潰すつもりなのか、と藍染は無策さに軽い怒りを覚えた。女官達の、いつか藍染の寵を受けようという下心も不快だった。しかしこの眼の前の女官がしていることはどうか、と訊かれたら、何故か悪い気はしない、と直截に思った。何故か。それが分からず、藍染は少しの間黙って、女官の手付きを見ていた。それは慣れていて流れるようで、もはや熟練、とでも言って良い程だった。きわめてとろ火の窯は、ゆっくりと牛乳にチョコレートを溶かし込む。女官は牛乳を焦がさないように、慎重に火加減を見ていた。
ゆっくりと甘い香りに侵食されるように、藍染と女官の間に融和の気が漂い出した。
「君の名は?」
藍染は女官に尋ねた。
「中原と申します。」
「下の名は?」
「小夜子、ですが…何か?」
彼女は小鍋のホットチョコレートをかき混ぜる手を止めて、藍染の方を見た。まだ若さ故の可憐さの中にいる、そんな娘だった。
「続けなさい。」
藍染は微笑んで小夜子に言った。
この厨房の者達は、まだ催眠の元にいる。
小夜子はまた窯に向き合うと、木べらを動かし始めた。
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